東南アジアの工業について -ASEANと地域の工業-

閲覧数:8,901
投稿者:       投稿日時:2013/11/01 00:04      
評価数:3
評価 : 平均:4.67点 | 総合:14点
コメント数: 3       お気に入り登録数:7

LINEで送る
Pocket

東南アジアの工業について、ASEANと地域の工業を中心に考えてみます

 

 

・ASEANの誕生までの歴史について

 

 

 ・近代以降の東南アジアは、タイ以外の国々が欧米の植民地とされてきた

  →しかし、第二次世界大戦が終わると、つぎつぎに独立を果たしていった

   ※東南アジアの独立には、以下のような動きがあった

    ・1945年・・インドネシアが、オランダから独立

    ・1946年・・フィリピンが、アメリカ合衆国から独立

    ・1948年・・ミャンマー(ビルマ)が、イギリスから独立

    ・1949年・・ラオスが、フランスから独立

    ・1953年・・カンボジアが、フランスから独立

    ・1957年・・マラヤ連邦が、イギリスから独立

    ・1963年・・マラヤ連邦が、シンガポールなどとマレーシアを結成

    ・1965年・・シンガポールが、マレーシアから分離

 

 

  →その後1967年に、ベトナム戦争(1965年~1975年)が激しくなる

   ということが起きた

   ※この時に、インドシナ半島の社会主義勢力に対抗することを考えた

    =そこで、インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピン、タイの5カ国は、

     東南アジア諸国連合(ASEAN)を結成した

 

 

   ※ASEANの地域は、ベトナム戦争やカンボジア内戦の後に安定してきた

    =すると、ASEANは、経済、社会、文化の面での協力を目指すようになった

 

 

   ※その後、ASEANに以下のような国々が加わった

    ・1976年・・南北ベトナムが統一し、ベトナム社会主義共和国になる

    ・1984年・・ブルネイが、イギリスから独立して、ASEANに加盟

    ・1995年・・ベトナムが、ASEANに加盟

    ・1997年・・ラオスとミャンマーが、ASEANに加盟

    ・1999年・・カンボジアが、ASEANに加盟

     →この結果、ASEANが東南アジア全体に関わる経済地域になった

 

 

   ※ASEAN結成後の約40年間に、第一次産業の比率が低下して、

    第二次産業と第三次産業の比率が著しく伸びる、というように

    ASEANの産業構造が変化した

 

 

 

 

 

 

・東南アジアの工業と他の地域との関係について

 

 

 ※東南アジアは、原油、天然ガス、すず、などの豊かな天然資源を持つ地域だとされている

  →植民地時代は、これらの資源が宗主国の利益を増やすために開発された

   =そのため、東南アジアの天然ガスは、東南アジアの工業の発展には結びつかなかった

 

 

 ・独立後、東南アジアの国々は、国民の生活の向上のために、どの国も工業化政策をとった

  →1970年代からは、資本と技術を持った外国企業を積極的に誘致した

   =その結果、輸出指向型の工業化を進めていった

 

  ※輸出指向型の工業化によって、先進国の企業は、低賃金の労働力や

   安い工業用地などを求めて、

   次々とASEAN諸国に進出し、各国の工業化が急速に進んでいった

   =その結果、1980年代に、多くの国での輸出品目の第1位は、

    工業製品になった

 

 

 

 

 

 

・東南アジアの工業化の動きについて

 

 

 ・ASEANのなかで、最もはやく工業化に成功したのは、シンガポールだった

  →シンガポールは、水も食料も自給できない小さな島国ながらも、

   積極的に工業化政策を進めた

   =その結果、シンガポールはアジアNIEsの一員になるまでに成長した

 

  →その後、マレーシアとタイが外国企業の誘致によって工業化をなしとげた

   ※さらにその後に、インドネシアとフィリピンが工業化した

 

 

  →上で出てきた国々は、ASEANのなかでも工業の成長が著しかった

   ※なかには、他のアジアの国々に投資を行って進出を目指す企業も出てきていた

 

 

 

 ・1997年には、ASEANの国々などで過度なインフレーションが起こって、

  輸出が減った

  →そのため、経済が一時停滞したものの、現在は輸出が回復した

   ※この時の経済の停滞を、アジア経済危機という

    =結果的に、その後のASEAN諸国は、エレクトロニクス製品の供給基地としての

     地位を確立している

 

 

 

 

 

 

・東南アジアの後発国の工業について

 

 

 ※インドシナ半島では、第二次世界大戦後も各地で紛争が続いた

  =その影響もあって、工業化が遅れている国が東南アジアに多い

 

 

 ・ベトナムについて

  →・1986年から、ベトナム戦争の終結後に続けてきた閉鎖的な統制経済を改めた

    →その後は、ドイ・モイ(刷新)と呼ばれる市場開放政策をとるようになった

   ・1995年に、アメリカ合衆国がベトナム戦争から続けた経済制裁を解除し、

    ベトナムがASEANに加盟した

    →そのため、日本、韓国、シンガポール、台湾などの外国からの投資が

     ベトナムに増えた

     ※これは、ベトナムがほかのASEANの国々に比べて

      生産コストが安かったためだと言われている

      =そのため、ベトナムの国内各地で工業化が進みつつあると言われている

   ・ベトナム政府は、日本の政府開発援助(ODA)や日本企業からの投資を

    強く期待している

 

 

 ・カンボジア、ミャンマー、ラオス

  →・内戦の影響、政情不安、経済の停滞などで工業化が遅れている

   ・これらの国々の人々は、工業化が進んでいるシンガポール、マレーシア、タイなどに

    合法または非合法の出稼ぎ労働者として流入している

    ※この人たちは、低賃金できつい労働を行わされている

 

 

 

ポイント

・ASEANの誕生までの歴史についておさえる

・東南アジアの工業と他の地域との関係についておさえる

・東南アジアの工業化の動きについておさえる

・東南アジアの後発国の工業についておさえる

 

このあたりが今回のポイントです

 

閲覧数:8,901
LINEで送る
Pocket


(3名の投票, 平均点: 4.67, 総合点:14 | 未評価)
Loading ... Loading ...
投稿者:
投稿日時2013/11/01 00:04

コメント数: 3
お気に入り登録数:7



コメント

  • : 2022/9/14(水) 11:19:39 | あ | 返信する

    • : 2023/1/20(金) 13:52:02 | あ |

    • : 2023/1/20(金) 13:52:25 | あ |

      おあっか

コメントを残す