幸福度の高い社会へ―まとめ

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投稿者:       投稿日時:2013/11/24 16:17      
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3、小結

 本連載では、これまでの論旨を踏まえた上で、日本においてなぜ福祉国家型財政が必要なのか、福祉国家型財政に向かうのであれば財政再建とどう両立しながら財政をデザインしていくのかについて検討しました。財政再建を図るには税収を増やすことが必須です。税収を増やすプロセスとしては増税と経済成長による自然増収が考えられますが、現在の日本では租税抵抗が強く、増税は難しい。2013年10月には2014年4月に消費税率を5%から8%へと引き上げることが決定されましたが、これについては税率の引き上げ分を全額社会保障に充てる(=ニーズを満たす)としたからこそ得られた合意です。つまり、財政再建のための増税という論理では大きな反発を食らっていたでしょう。したがって財政再建は、経済成長による税収の自然増というプロセスによって達成することが基本となります。

 経済成長を達成する手段として、本連載では労働移動を促す周辺制度の整備と成長産業への投資を挙げましたが、これらは経済成長を達成する手段であると同時に純粋なニーズなのです。雇用の不安定な時代において労働市場の周辺制度を整えることや、福祉産業に財政を振り向けて働きやすい環境を作ることなどは、ニーズを満たすと同時に雇用創出と経済成長にも寄与します。つまり、ニーズを満たすことが経済成長および長期的な財政再建につながるのです。これは財政の原則である「量出制入」にもかなっています。まずはニーズを満たすこと、とりわけ過去記事で確認した現役世代向け支出と高齢者世代向け支出のバランスの悪さを是正し、現役世代への配分を強化すべきでしょう。それこそが財政再建への道であり、幸福度の高い社会への一歩であると考えています。

 

おわりに

 福祉国家型財政に焦点を当てて、北欧諸国と比較しながら、今後の日本ではどのような財政のあり方をデザインすればよいか検討することを目的とした連載において、第1章では、財政学における基本原則や役割などの基本的な部分を整理しました。第2章では、戦後から現在までを時期区分しながら、日本の財政運営のあり方を概観しました。第3章では、第2章の時期区分を踏まえて日本の財政運営のあり方を深堀りし、それぞれの時期における財政運営の特徴を洗い出すことでその類型化を図りました。第4章では、日本と北欧諸国を比較し、具体的な福祉国家型財政を概観することで北欧諸国の財政運営と日本のそれとの違いを確認しました。第5章では、第3章で類型化した財政のあり方と福祉国家型財政を比較し、結局のところ日本は福祉国家型財政なのかどうかを検討し、日本は福祉国家型財政ではないことを示しました。終章では、これまでの論旨を踏まえて、なぜ日本で福祉国家型財政が必要なのかを確認するとともに、社会保障の充実と財政再建を両立するために、今後の日本に必要な財政のあり方について、私なりの解決策を提示しました。

 本連載で検討してきたように、現代日本における国民のニーズは、かつての公共事業を通じた間接的な保障から社会保障を通じた直接的な保障へと大きく変化しています。つまり、これまでの日本の財政運営のあり方では国民生活を改善することは難しく、財政構造の転換期に差し掛かっているのです。したがって、国民一人ひとりがある程度幸福であると思える社会をデザインしたいと考えるのであれば、日本の向かうべき方向性は福祉国家型財政となるでしょう。福祉国家型財政を目指すのであれば、それ相応の負担が待ち受けていることも事実なのですが、どの程度までの負担なら許容できるかは財政民主主義にもとづいて、国民自身が決定することです。少なくとも現段階で重要なのは、量出制入の原則という観点から、ニーズをきちんとすくい取ることです。ここを決めないことには負担水準を決めることは出来ないし、何より国民の合意を得ることが難しくなるでしょう。まずは「受益」を決めること。「負担」の議論はそれからです。「受益」を見極め、それを満たすことが、ある程度幸福だと思える社会への第1歩なのです。

 最後に、本連載では、今後の日本の財政運営のあるべき姿については多くを論じた一方で、それをどう実現するかまでは深く踏み込むことは出来ませんでした。例えば、現役世代に重点配分すべきとは言っても、政治家が現役世代にメリットの大きい政策を掲げるかどうかは、それが票田になるかどうかで判断される部分もなくはないです。つまり、投票率の低い層(現役世代)にメリットのある政策を掲げるよりも、投票率高い層(高齢者世代)にメリットのある政策を掲げるほうが当選確率は上がるので、現役世代にメリットのある政策を掲げにくい部分もあるように思われます。いくら素晴らしい政策提言が出来たとしても、それが実行されなければ意味がありません。したがって今後は、一層財政に関する知識を深めつつ、このような部分をどう解決していくのかについても学び、深めることを課題としたいと思います。

 

 

〈本連載、参考文献一覧〉

・石弘光『現代税制改革史』東洋経済新報社、2008年

・井手英策『財政赤字の淵源―寛容な社会の条件を考える』有斐閣、2012年

・同上『日本財政 転換の指針』岩波書店、2013年

・大沢真理『現代日本の生活保障システム―座標とゆくえ』岩波書店、2007年

・翁百合、西沢和彦、山田久、湯元健治『北欧モデル』日本経済新聞出版社、2012年

・貝塚啓明『財政学[第3版]』東京大学出版会、2003年

・ケンジ・ステファン・スズキ『消費税25%で世界一幸せな国デンマークの暮らし』角川SSコミュニケーションズ、2010年

・菊池英博『消費税は0%にできる―負担を減らして社会保障を充実させる経済学』ダイヤモンド社、2009年

・小池直人『デンマーク福祉国家モデルとその思想』福祉国家構想研究会での報告資料、2012年5月6日

・後藤道夫『反「構造改革」』青木書店、2002年

・同上『ワーキングプア原論』花伝社、2011年

・佐伯啓思『経済学の犯罪 稀少性の経済から過剰性の経済へ』講談社、2012年

・佐藤進、宮島洋『戦後税制史』税務経理協会、1990年

・重森暁『日本財政論』青木書店、1983年

・重森曉、鶴田廣巳、植田和弘『Basic現代財政学〔第3版〕』有斐閣、2009年

・神野直彦『財政のしくみがわかる本』岩波書店、2007年

・同上『「分かち合い」の経済学』岩波書店、2010年

・鈴木優美『デンマークの光と影』リベルタ出版、2010年

・関野満夫『日本型財政の転換 新自由主義的改革を超えて』青木書店、2003年

・田中秀明『日本の財政』中央公論新社、2013年

・納富一郎、岩元和秋、中村良広、古川卓萬『戦後財政史』税務経理協会、1988年

・橋本徹、山本栄一、林宜嗣、中井英雄、高林喜久生『基本財政学〔第4版〕』有斐閣、2002年

・藤田武夫『現代日本地方財政史(中巻)』日本評論社、1978年

・同上『現代日本地方財政史(下巻)』日本評論社、1984年

・宮本憲一『現代資本主義と国家』岩波書店、1981年

・宮本太郎『生活保障』岩波書店、2009年

・山口公生『図説 日本の財政』東洋経済新報社、2011年

・「女性活用、GDP押し上げ IMF専務理事クリスティーヌ・ラガルド氏」『日本経済新聞』2013年10月7日付け、朝刊

・「赤字国債を減らす不断の努力が必要だ」『日本経済新聞』2012年11月19日付け、朝刊、社説

・「育児中女性を積極雇用」『日経MJ』2013年11月18日付け

・「国の借金991兆円、12年度末、国民一人779万円」『日本経済新聞』2013年5月11日付け、朝刊

・「財政再建 借金大国からの脱却目指せ」『読売新聞』2012年12月6日付け、朝刊、社説

・「共働き世帯主流に 『生活防衛』消費は伸びず」『日本経済新聞』2012年10月22日付け、朝刊

・「日本に財政健全化の道筋求めたG20」『日本経済新聞』2013年4月21日付け、朝刊、社説

・「日本の財政再建計画の必要性を強調 IMF局長」『朝日新聞』2013年4月23日付け、朝刊

・「非正規、初の2000万人突破」『日本経済新聞』2013年7月13日付け、朝刊

・「人を活かす会社 富士フィルム首位に」『日本経済新聞』2013年11月5日付け、朝刊

・「若者の失業 長期化」『日本経済新聞』2012年11月26日付け、夕刊

・「不振ノキアも放置 企業倒産が当たり前の北欧」『WEDGE』2013年5月、53頁

・「北欧はここまでやる。」『週刊東洋経済』2008年1月12日号

John Helliwell, Richard Layard and Jeffrey Sachs『WORLD HAPPINESS REPORT 2013http://unsdsn.org/files/2013/09/WorldHappinessReport2013_online.pdf (閲覧日:2013年10月21日)

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http://www.oecd.org/statistics/ (閲覧日:2013年10月9日)

OECD iLibrary General government financial balances, % of nominal GDP, forecast (EO93, Jun 2013)

http://www.oecd-ilibrary.org/economics/government-deficit_gov-dfct-table-en(閲覧日:2013年10月9日)

OECD labour market policies – Employment protection legislation

http://www.oecd.org/els/emp/oecdlabourmarketpolicies-employmentprotectionlegislation.htm (閲覧日:2013年10月9日)

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http://stats.oecd.org/Index.aspx?datasetcode=SOCX_REF# (閲覧日:2013年10月7日)

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・厚生労働省『賃金構造基本統計調査(平成19年度)、付属資料』

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・同上『平成22年度版 働く女性の実情』

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・同上『保育所関連状況取りまとめ 平成25年4月1日』http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11907000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Hoikuka/0000022681.pdf (閲覧日:2013年11月20日)

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・国立社会保障・人口問題研究所『社会保障費用統計(平成22年度)』

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・同上、巻末参考資料「政策分野別社会支出の項目説明」

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・財務省『債務残高の国際比較(対GDP比)』

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・同上『日本の財政関係資料 平成22年8月』http://www.mof.go.jp/budget/fiscal_condition/related_data/sy014_22.pdf (閲覧日:2013年11月4日)

・同上『日本の財政関係資料 平成25年10月』

http://www.mof.go.jp/budget/fiscal_condition/related_data/sy014_22.pdf (閲覧日:2013年11月4日)

・同上『OECD諸国の国民負担率(対国民所得比)』

http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/238.htm (閲覧日:2013年10月16日)

・政府広報オンライン『特集 社会保障と税の一体改革』

http://www.gov-online.go.jp/tokusyu/201208/naniga/zosyubun.html (閲覧日:2013年10月16日)

・総務省統計局『産業,従業上の地位,男女別就業者数19-8-a』

http://www.stat.go.jp/data/chouki/19.htm(閲覧日:2013年10月16日)

・総務省『平成24年版 情報通信白書』

http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h24/pdf/n4010000.pdf (閲覧日:2013年11月22日)

・同上『都道府県別人口増減率―総人口(大正9年~平成12年)』

http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000000090004&cycode=0 (閲覧日:2013年11月1日)

・同上『労働力調査』「第12回改定日本標準産業分類別雇用者数」

http://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/03roudou.htm (閲覧日:2013年11月22日)

・内閣府『平成18年版 国民生活白書』http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h18/10_pdf/01_honpen/pdf/06ksha0202.pdf (閲覧日:2013年11月20日)

・日本銀行調査統計局『北欧にみる成長補完型セーフティネット―労働市場の柔軟性を高める社会保障政策―』2010年7月

http://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2010/data/ron1007a.pdf(閲覧日:2013年10月11日)

・日本生産性本部『労働生産性の国際比較 2011年度版』

http://www.jpc-net.jp/intl_comparison/intl_comparison_2011_press.pdf (閲覧日:2013年10月11日)

・本田直之『北欧現地インタビュー:[社会保障と制度編] 北欧が世界幸福度ランキングでトップにいる理由』http://diamond.jp/articles/-/20642 (閲覧日:2013年10月21日)

・労働政策研究・研修機構『データブック国際労働比較』

http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2012/ch2.html (閲覧日:2013年11月15日)

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