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	<title>アラエス &#187; インフレ</title>
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	<item>
		<title>松方正義財政について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1256</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1256#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 27 Oct 2013 22:14:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[副店長]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[明治時代中期]]></category>
		<category><![CDATA[インフレ]]></category>
		<category><![CDATA[デフレ政策]]></category>
		<category><![CDATA[不換銀行券]]></category>
		<category><![CDATA[国立銀行条例]]></category>
		<category><![CDATA[士族]]></category>
		<category><![CDATA[大隈重信]]></category>
		<category><![CDATA[小作農]]></category>
		<category><![CDATA[日本銀行]]></category>
		<category><![CDATA[松方正義]]></category>
		<category><![CDATA[銀本位]]></category>

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		<description><![CDATA[松方正義という人の財政政策について考えてみます &#160; &#160; ・松方財政までの日本の経済の状況について &#160; &#160; 　・１８７６年以降に、日本で激しいインフレーションが起きた 　 　　　※イ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1256">松方正義財政について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>松方正義という人の財政政策について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・松方財政までの日本の経済の状況について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１８７６年以降に、日本で激しいインフレーションが起きた</p>
<p>　</p>
<p>　　　※インフレが起きた理由</p>
<p>　　　　・当時は西南戦争があり、政府が西南戦争のためのお金が必要だと言うことで</p>
<p>　　　　　不換紙幣を大量に作った</p>
<p>　　　　・１８７６年に条約の改正によって兌換の義務が無い国立銀行が</p>
<p>　　　　　商人、地主、華族、士族などの出資で作られて、</p>
<p>　　　　　国立銀行が不換銀行券を大量に作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→インフレによって、貿易の取り引きなどで使う銀貨に対する紙幣の価値が下がった</p>
<p>　　　　＝その結果、地租を中心とした政府の収入が減ってきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※さらに、明治元年から輸入超過（輸出量よりも輸入量のほうが多い状態）が</p>
<p>　　　　　続いて、金と銀が日本から出て行っていた</p>
<p>　　　　　＝そのため、政府が持っている金と銀がほぼ無い状態になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のような状況を変えるために、１８８０年に政府は大蔵卿の大隈重信という人を</p>
<p>　　中心にして財政や紙幣を整理した</p>
<p>　</p>
<p>　　　→整理のために何を行ったのか</p>
<p>　　　　・酒造税などの税金の税率を引き上げた</p>
<p>　　　　・官営工場を民間に売り渡すことを決めた</p>
<p>　　　　　※官営工場の売り渡しは、工場を欲しがる人が少なかったため、</p>
<p>　　　　　　民間への売り渡しが始まったのは１８８４年からだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・松方財政について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・大隈重信の後、１８８１年に大蔵卿に松方正義という人が就き、</p>
<p>　　以下のようなことを行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→・増税を行って、政府の収入を増やした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・軍事費以外の支出を徹底的に減らした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・余った収入で不換紙幣を処分するという、デフレ政策を取りつつ、</p>
<p>　　　　金や銀を貯めていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１８８２年に、中央銀行である日本銀行を作った</p>
<p>　　　　※１８８３年に国立銀行条例を改正して、銀行券を作る権利を</p>
<p>　　　　　国立銀行から取り上げた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１８８５年から日本銀行で、銀と交換できる銀行券を作った</p>
<p>　　　　→この流れに乗って、１８８６年に銀と交換できる政府紙幣も作った</p>
<p>　　　　　＝この動きによって、銀本位（銀を中心にした貨幣制度）が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・松方正義の政策が、結果的にどのような影響を与えたのか</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・支出を減らすこととデフレ政策によって、お米や繭などの物価が</p>
<p>　　　ものすごい勢いで下がった</p>
<p>　　　→物価の下落による不況が全国に広がった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・増税をしたのにもかかわらず、地租は一定額を金で納める</p>
<p>　　　という状況が変わらなかった</p>
<p>　　　→そのため、農民が苦しくなり、自作農から小作農になる人が増えた</p>
<p>　　　　※自作農・・自分の土地で農業をする人のこと</p>
<p>　　　　　小作農・・地主から土地を借りて、土地代を払いつつ農業をする人のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・地主が自分の土地の一部で農業をする以外は、小作農に貸して、土地代を回収していた</p>
<p>　　　→地主は片手間で酒屋や貸金業なども行っていた</p>
<p>　　　　※地主がお金を貸す時に担保として取ったのは、基本的に土地だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・土地が無くなった農民が貧民として都市に入ってきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・下級の士族の生活が苦しくなっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・松方財政までの流れを押さえる</p>
<p>・松方財政の内容とその影響を押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1256">松方正義財政について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>戦後から現在までの概観と時期区分―戦後復興期(1945-1955)</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/287</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/287#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 22 Aug 2013 04:17:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[チューペット]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後・占領期]]></category>
		<category><![CDATA[インフレ]]></category>
		<category><![CDATA[デフレ]]></category>
		<category><![CDATA[ドッジ・ライン]]></category>
		<category><![CDATA[傾斜生産方式]]></category>
		<category><![CDATA[戦後]]></category>
		<category><![CDATA[戦後復興]]></category>
		<category><![CDATA[日本経済]]></category>
		<category><![CDATA[朝鮮戦争]]></category>
		<category><![CDATA[臨時軍事費特別会計]]></category>
		<category><![CDATA[財政政策]]></category>

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		<description><![CDATA[1、 混乱期 　1945年の終戦以降の日本経済は、戦後復興の時代でした。戦後直後の日本経済はまさに壊滅的と言うべき状況で、戦勝国からの大量の援助物資があったものの、生産財や消費物資は著しく不足していました。また、戦時中の [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/287">戦後から現在までの概観と時期区分―戦後復興期(1945-1955)</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>1、 混乱期</p>
<p>　1945年の終戦以降の日本経済は、戦後復興の時代でした。戦後直後の日本経済はまさに壊滅的と言うべき状況で、戦勝国からの大量の援助物資があったものの、生産財や消費物資は著しく不足していました。また、戦時中の臨時軍事費特別会計の支出が戦後になって大規模に行われたこともあり、急激なインフレに見舞われました。インフレ対策として預金封鎖や政府債務の整理が行われましたが、政策の重点はあくまで生産の復興に置かれていました。生産の復興には拡大再生産のための石炭や鉄鉱等が必要だったため、これらに集中して資金を投入していきました(傾斜生産方式)。そして、これを実施するための財源として設立されたのが復興金融金庫でしたが、終戦処理に伴う財政拡大や復興金融金庫の原資調達のための復金債の日銀引き受けなどによってインフレは続き、インフレ対策は中途半端でした。</p>
<p>　49年に入ると、この事態に対処するためにドッジ・ラインが実施されました。これによって一気にインフレを終息させたものの、その反動でデフレが深刻化し、失業や不景気が国民を苦しめました。このように、戦後直後の45年から49年頃までは、経済が正常に機能していない混乱期と言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2、 離陸期</p>
<p>　50年代に入ると、朝鮮戦争が勃発し、ドッジ・ラインによって後退していた景気は、朝鮮特需によって回復をみました。しかし、翌51年の朝鮮戦争の休戦以降は、世界経済に景気後退をもたらしました。他方で52年、53年の日本は世界経済の停滞をしり目に、総合収支の均衡という考え方を放棄し、経済自立をスローガンとした積極的な財政政策と朝鮮特需に遅れて増加した消費によって景気が拡大しました。しかし、今度は財政政策による景気拡大に伴って国際収支の赤字を招き、54年、55年には財政・金融引き締めへと転換しました。このように、50年から55年は、景気変動と財政政策の激しい変動の時期であり、経済成長に向けた足固めの時期とも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>参考文献</p>
<p>・石弘光『現代税制改革史』東洋経済新報社、2008年</p>
<p>・佐藤進、宮島洋『戦後税制史』税務経理協会、1990年</p>
<p>・納富一郎ら『戦後財政史』税務経理協会、1988年</p>
<p>・山口公生『図説　日本の財政』東洋経済新報社、2011年</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/287">戦後から現在までの概観と時期区分―戦後復興期(1945-1955)</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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