松方正義財政について

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投稿者:       投稿日時:2013/10/28 07:14      
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松方正義という人の財政政策について考えてみます

 

 

・松方財政までの日本の経済の状況について

 

 

 ・1876年以降に、日本で激しいインフレーションが起きた

 

   ※インフレが起きた理由

    ・当時は西南戦争があり、政府が西南戦争のためのお金が必要だと言うことで

     不換紙幣を大量に作った

    ・1876年に条約の改正によって兌換の義務が無い国立銀行が

     商人、地主、華族、士族などの出資で作られて、

     国立銀行が不換銀行券を大量に作った

 

   →インフレによって、貿易の取り引きなどで使う銀貨に対する紙幣の価値が下がった

    =その結果、地租を中心とした政府の収入が減ってきた

 

    ※さらに、明治元年から輸入超過(輸出量よりも輸入量のほうが多い状態)が

     続いて、金と銀が日本から出て行っていた

     =そのため、政府が持っている金と銀がほぼ無い状態になった

 

 

 

 ・上のような状況を変えるために、1880年に政府は大蔵卿の大隈重信という人を

  中心にして財政や紙幣を整理した

 

   →整理のために何を行ったのか

    ・酒造税などの税金の税率を引き上げた

    ・官営工場を民間に売り渡すことを決めた

     ※官営工場の売り渡しは、工場を欲しがる人が少なかったため、

      民間への売り渡しが始まったのは1884年からだった

 

 

 

 

・松方財政について

 

 

 ・大隈重信の後、1881年に大蔵卿に松方正義という人が就き、

  以下のようなことを行った

 

  →・増税を行って、政府の収入を増やした

 

   ・軍事費以外の支出を徹底的に減らした

 

   ・余った収入で不換紙幣を処分するという、デフレ政策を取りつつ、

    金や銀を貯めていった

 

   ・1882年に、中央銀行である日本銀行を作った

    ※1883年に国立銀行条例を改正して、銀行券を作る権利を

     国立銀行から取り上げた

 

   ・1885年から日本銀行で、銀と交換できる銀行券を作った

    →この流れに乗って、1886年に銀と交換できる政府紙幣も作った

     =この動きによって、銀本位(銀を中心にした貨幣制度)が作られた

 

 

 

 ・松方正義の政策が、結果的にどのような影響を与えたのか

 

  ・支出を減らすこととデフレ政策によって、お米や繭などの物価が

   ものすごい勢いで下がった

   →物価の下落による不況が全国に広がった

 

  ・増税をしたのにもかかわらず、地租は一定額を金で納める

   という状況が変わらなかった

   →そのため、農民が苦しくなり、自作農から小作農になる人が増えた

    ※自作農・・自分の土地で農業をする人のこと

     小作農・・地主から土地を借りて、土地代を払いつつ農業をする人のこと

 

  ・地主が自分の土地の一部で農業をする以外は、小作農に貸して、土地代を回収していた

   →地主は片手間で酒屋や貸金業なども行っていた

    ※地主がお金を貸す時に担保として取ったのは、基本的に土地だった

 

  ・土地が無くなった農民が貧民として都市に入ってきた

 

  ・下級の士族の生活が苦しくなっていった

 

 

ポイント

・松方財政までの流れを押さえる

・松方財政の内容とその影響を押さえる

 

このあたりが今回のポイントです

 

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