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	<title>アラエス &#187; 一条兼良</title>
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		<title>室町時代の文化について③　－東山文化－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1177</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1177#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 23 Oct 2013 16:52:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マイコ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[南北朝時代・室町時代]]></category>
		<category><![CDATA[一条兼良]]></category>
		<category><![CDATA[千利休]]></category>
		<category><![CDATA[古今伝授]]></category>
		<category><![CDATA[吉田兼倶]]></category>
		<category><![CDATA[唯一神道]]></category>
		<category><![CDATA[善阿弥]]></category>
		<category><![CDATA[書院造]]></category>
		<category><![CDATA[東山文化]]></category>
		<category><![CDATA[狩野派]]></category>
		<category><![CDATA[雪舟]]></category>

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		<description><![CDATA[室町時代の文化について、東山文化について考えてみます &#160; &#160; ・東山文化について &#160; 　※なぜ東山文化と言うのか 　　・応仁の乱の後に、足利義政が京都の東山に山荘を作った 　　　→そこに、足 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1177">室町時代の文化について③　－東山文化－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>室町時代の文化について、東山文化について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・東山文化について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※なぜ東山文化と言うのか</p>
<p>　　・応仁の乱の後に、足利義政が京都の東山に山荘を作った</p>
<p>　　　→そこに、足利義満のマネをして銀閣を建てた</p>
<p>　　　　＝銀閣の建築スタイルが、当時の文化を表していると考えられるようになったため、</p>
<p>　　　　　この時の文化を東山文化と呼ぶようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・東山文化の特徴について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・東山文化は禅の精神を中心とした簡素さ、伝統文化にある幽玄や侘が土台だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・書院造が出てきた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※書院造について</p>
<p>　　　　・書院造とは・・寝殿造を基本として、襖障子や明障子を使うなどの</p>
<p>　　　　　　　　　　　　特徴がある建築スタイルのこと</p>
<p>　　　　・書院造は銀閣の下層などに使われ、近代の和風の住宅の基本的な様式になった</p>
<p>　　　　　と言われている</p>
<p>　　　　・書院造の家や禅宗様の寺院には、禅の精神が反映された庭園が</p>
<p>　　　　　作られるようになった</p>
<p>　　　　・書院造が出てきたことで、座敷を飾りつける考えが出てきたので</p>
<p>　　　　　掛け軸や生け花などが発展した　　　</p>
<p>　</p>
<p>　　　※庭園について</p>
<p>　　　　・当時は、同朋衆や河原者と呼ばれる人達が活躍した</p>
<p>　　　　　※・同朋衆・・花道や茶道などの芸能に優れていて、東山文化に貢献した人達のこと</p>
<p>　　　　　　・河原者・・賤民の身分で、庭園を作るのに活躍した人</p>
<p>　　　　　　　　　　　　→河原者で代表的な人は、東山山荘の庭を作った善阿弥</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　という人だと言われている</p>
<p>　　　　・当時の庭園で代表的なものは、枯山水と呼ばれる岩石と砂利を使って作られた</p>
<p>　　　　　庭園だと言われている</p>
<p>　　　　　→枯山水が使われている寺院に、竜安寺や大徳寺大仙院などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>　　・水墨画で、雪舟という人が出てきた</p>
<p>　　　※雪舟・・水墨画で活躍して、日本的な水墨画のスタイルを作った人</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・大和絵で、土佐光信という人が出てきた</p>
<p>　　　※土佐光信・・応仁の乱の後に大和絵を描いて、土佐派を盛り上げた人</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・水墨画と大和絵で、狩野正信・狩野元信という親子が出てきた</p>
<p>　　　※狩野正信・狩野元信親子・・水墨画と大和絵を織り交ぜて、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　狩野派というものを作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・彫刻では、能が発達したことが影響して、能面が多く作られるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・工芸で、後藤祐乗という人が素晴らしい作品を残した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・茶道がこの時代に出てきた</p>
<p>　　　＝茶道に関しては、村田珠光という人が侘茶を作った</p>
<p>　　　　→侘茶の方式は、武野紹鴎という人がより良いものに高めて、</p>
<p>　　　　　千利休という人が完成させた</p>
<p>　　　　　※侘茶・・茶室で心の静けさを得るという、茶道のスタイルの一つ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・花道がこの時代に出てきた</p>
<p>　　　＝花道では、立花様式というスタイルが出てきた</p>
<p>　　　　→立花様式で代表的な人に、京都六角堂というところにいた池坊専慶という人がいる</p>
<p>　　　　　※池坊専慶の後、１６世紀中頃に池坊専応、１６世紀末に池坊専好</p>
<p>　　　　　　という人が出てきて、立花で活躍した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・公家が力を失ってきたので、公家の人達が有職故実や古典の研究を行うようになった</p>
<p>　　　→一条兼良などの人達が多くの研究所や注釈書を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※当時、公家が研究した古典について</p>
<p>　　　　・古典では、「古今和歌集」が重視されるようになった</p>
<p>　　　　　→当時、秘事口伝（学問や芸事などの最も大切な部分を口頭で伝えること）の</p>
<p>　　　　　　風潮があったので、古今和歌集の解釈が神聖なものになり、</p>
<p>　　　　　　一部の人にだけ伝えられた</p>
<p>　　　　　　＝このことを、古今伝授と言う</p>
<p>　　　　　　　※古今伝授は、東常縁という人がより良いものに高めて</p>
<p>　　　　　　　　宗祇という人がまとめたと言われている</p>
<p>　　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・神道思想を土台にした「日本書紀」の研究が行われた</p>
<p>　　　→吉田兼倶という人は、反本地垂迹説という考え方を土台にして</p>
<p>　　　　唯一神道を完成させたと言われている</p>
<p>　　　　※唯一神道・・神道を中心にして、儒学と仏教を一つにしようとする考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・東山文化につい手を押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1177">室町時代の文化について③　－東山文化－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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