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	<title>アラエス &#187; 南都六宗</title>
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	<item>
		<title>天平文化について　－様々な書物・思想と美術－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1121</link>
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		<pubDate>Mon, 21 Oct 2013 15:15:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[足利]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[奈良時代]]></category>
		<category><![CDATA[乾漆像]]></category>
		<category><![CDATA[六国史]]></category>
		<category><![CDATA[南都六宗]]></category>
		<category><![CDATA[現世利益]]></category>
		<category><![CDATA[神仏習合]]></category>
		<category><![CDATA[行基]]></category>
		<category><![CDATA[鎮護国家]]></category>
		<category><![CDATA[鑑真]]></category>

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		<description><![CDATA[天平文化について考えてみます &#160; &#160; ・天平文化の特徴について &#160; 　・天平文化とは 　　→・奈良時代は、中央集権的な国家の仕組みが出来て、富が中央に集まるようになった 　　　・平城京を中心 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1121">天平文化について　－様々な書物・思想と美術－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>天平文化について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・天平文化の特徴について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・天平文化とは</p>
<p>　　→・奈良時代は、中央集権的な国家の仕組みが出来て、富が中央に集まるようになった</p>
<p>　　　・平城京を中心として、クオリティの高い貴族の文化が誕生した</p>
<p>　　　　＝この時代のことを、聖武天皇の時代の年号を取って、天平文化と名づけられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・天平文化の特徴</p>
<p>　　・遣唐使によって唐の進んだ文化が日本に入ってきて、当時の貴族は唐の文化を重視した</p>
<p>　　　→そのため天平文化は、唐の文化の影響を強く受けた国際色豊かな文化だった</p>
<p>　　　　という特徴があると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・仏教国家の流れについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・奈良時代は、仏教が国家の保護を受けて発展し、鎮護国家の思想が生まれた</p>
<p>　　※鎮護国家・・仏によって、国家を落ち着かせようとする考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→鎮護国家の思想によって、聖武天皇が国分寺の建立や大仏の造立などを行ったが、</p>
<p>　　　　このような動きは、国家の財政への大きな負担になったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・仏教が日本で広まる時に、仏教が現世利益を求めるための手段とされた</p>
<p>　　※現世利益・・現在の世の中で受ける神や仏からの恵みのこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・神仏習合という思想が出てきた</p>
<p>　　※神仏習合・・神と仏は本来は同じであるという考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・仏教が政治に組み込まれることを嫌って、大寺院を離れて</p>
<p>　　山にこもって修行する僧が出てきた</p>
<p>　　→この僧たちの動きが、平安時代の仏教の土台になったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・奈良の大寺院というところでは、様々な仏教の理論の研究が進められた</p>
<p>　　→その中で、南都六宗（三論、成実、法相、倶舎、華厳、律をまとめた呼び方）</p>
<p>　　　という枠組みが出来た</p>
<p>　　　※法相宗の義淵という人が大量の門下生を育て、華厳宗の良弁という人が</p>
<p>　　　　唐や新羅の僧から華厳を学んだ</p>
<p>　　　　＝この動きが、東大寺建立に影響を与えたと言われている</p>
<p>　　　</p>
<p>　・当時は、道慈や行基と呼ばれる人達が様々な場面で活躍した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※当時の僧侶は、宗教のだけでなく、最新の文明も知っていたという、</p>
<p>　　素晴らしい知識人だった</p>
<p>　　→そのため、玄昉のように、政治で活躍した僧侶もいた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時活躍した人の一人に、唐の出身の鑑真という人がいる</p>
<p>　　※鑑真について</p>
<p>　　　・日本への渡航に何回か失敗しながらも、最終的に日本に戒律というものを伝えた</p>
<p>　　　・渡航の失敗などが原因で、最終的に鑑真は盲目になってしまった</p>
<p>　　　・鑑真は、唐招提寺という寺を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・仏教は、政府に統制された、という一面もある</p>
<p>　　→そのため、一般的に僧侶の活動は寺院の中だけ、というように限られていた</p>
<p>　　　※ただし、行基のように、人々に仏教を広めながら、用水施設を作るような</p>
<p>　　　　社会的な事業を行い、国家から取締りを受けつつも多くの人々に支持された僧もいた</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　※・行基は大僧正に任命されて、大仏造りに参加した　　</p>
<p>　　　　・社会事業を行うことは、仏教思想とつながっている</p>
<p>　　　　　＝そのため、光明皇后という人が平城京に悲田院（孤児や病人の収容施設）を作ったり、</p>
<p>　　　　　　施薬院（医療に関する施設）を作ったりしたことも</p>
<p>　　　　　　仏教思想とつながっていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・「古事記」「日本書紀」「風土記」「万葉集」について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本では、国史（国の歴史をまとめたもの）の編纂が行われるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国史の編纂は、天武天皇の時に始められ、「古事記」「日本書紀」として完成した</p>
<p>　　</p>
<p>　　※「古事記」と「日本書紀」について</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・古事記（７１２年に完成）</p>
<p>　　　　→・「帝紀」と「旧辞」をもとにして、稗田阿礼という人が読んだ内容を、</p>
<p>　　　　　　太安万侶という人が筆録したもの</p>
<p>　　　　　・神話などから、推古天皇までの物語が書いてある</p>
<p>　　　　　・漢字の音と訓を使って書いてある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・日本書紀（７２０年に完成）</p>
<p>　　　　→・舎人親王という人が中心になって編纂したもの</p>
<p>　　　　　・神の時代から持統天皇までの歴史を、天皇を中心にして書いてある</p>
<p>　　　　　・漢文の編年体というスタイルで書かれている</p>
<p>　　　　　※日本書紀の後に、「続日本紀」「日本後紀」「続日本後紀」</p>
<p>　　　　　　「日本文徳天皇実録」「日本三代実録」というものが編纂された</p>
<p>　　　　　　＝これらを、日本書紀を合わせて六国史と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・古事記と日本書紀を作ると同時に、「風土記」というものが７１３年に作られた</p>
<p>　　※風土記・・それぞれの国の郷土の産品や、山川などの名前の由来をまとめた地誌のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時、貴族や官人に漢詩文の能力が必要だと考えられ、</p>
<p>　　７５１年に「懐風藻」という漢詩集が作られた</p>
<p>　　※懐風藻・・大友皇子や長屋王など、７世紀後半以降の漢詩をおさめた、</p>
<p>　　　　　　　　現存最古の漢詩集のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※８世紀半ばからの漢詩文の代表的な人に、淡海三船や石上宅嗣などがいる</p>
<p>　　　→石上宅嗣は、現在の図書館のような施設を作って、</p>
<p>　　　　学問を行う人達のために開放したと言われている</p>
<p>　　　　＝石上宅嗣が図書館のような施設のことを芸亭と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本に昔から存在する和歌というものが、様々な人によって読まれた</p>
<p>　　→そこで、７５９年に「万葉集」というものが作られた</p>
<p>　　　※万葉集・・約４５００首を収めた歌集のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　→万葉集には、東国の人たちが歌った東歌や、</p>
<p>　　　　　　　　　　　防人が歌った防人歌なども入っている</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・教育施設として、官吏を要請するために、中央に大学、地方に国学という施設を作った</p>
<p>　　※入学は、大学は貴族の子弟や朝廷で文章を書いた人が、国学は郡司の子弟が優先された</p>
<p>　　　→大学や国学で勉強する人は、卒業して、試験を受けて合格することで官人になれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※大学にはどのような教科があったのか</p>
<p>　　　→明経道、明法道、諸道、紀伝道などがあった</p>
<p>　　　　・明経道・・「論語」などのような儒教の経典を勉強する</p>
<p>　　　　・明法道・・律令などの法律を勉強する</p>
<p>　　　　・諸道・・書、算などを勉強する</p>
<p>　　　　・紀伝道・・漢文や歴史を勉強する</p>
<p>　　　　　※その他に、陰陽、天文、医、暦なども勉強していたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・天平文化の時の美術について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・建築の美術について</p>
<p>　　</p>
<p>　　・寺院や宮殿に礎石や瓦を使った建物が造られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・代表的なものに、法隆寺伝法堂、唐招提寺講堂、東大寺法華堂、唐招提寺金堂、</p>
<p>　　　正倉院宝庫などがある</p>
<p>　　　→これらは、どれも均整が取れていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>　・彫刻の美術について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・表情豊かで調和が取れている仏像が多いと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・木像や金堂像に加えて、塑像や乾漆像などが作られるようになった</p>
<p>　　　※・塑像・・木を芯にして、その木に粘土を塗り固めた像のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　→代表的なものに、東大寺法華堂の日光・月光菩薩や執金剛神像などがある</p>
<p>　　　　・乾漆像・・原型を最初に作って、原型の上に麻布を何重にもして、</p>
<p>　　　　　　　　　　漆で塗り固めて、後で原型を抜き取る像のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　→代表的なものに、東大寺法華堂の不空羂索観音像、</p>
<p>　　　　　　　　　　　興福寺の釈迦十大弟子像、八部衆像などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・絵画の美術について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・代表的なものに、正倉院にある鳥毛立女屏風の樹下美人図、</p>
<p>　　　薬師寺にある吉祥天像などがある</p>
<p>　　　→これらは、唐の影響を受けていて、豊満かつ華麗だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・その他の代表的なものとして、過去現在絵因果経というものがある</p>
<p>　　　→これは、釈迦の一生を描いたものとして、後の絵巻物の基礎になったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・工芸品の美術について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・代表的なものに、正倉院宝物がある</p>
<p>　　　→聖武天皇が亡くなった後に、光明皇太后が様々な品を保存していたため、</p>
<p>　　　　服や楽器など、多くの品がある</p>
<p>　　</p>
<p>　　・その他に、螺鈿紫檀五絃琵琶というものがある</p>
<p>　　　→この工芸品から、唐だけでなく西アジアや南アジアとも交流していたことがわかる</p>
<p>　　　　＝当時の宮廷での生活の文化レベルが高かったこと、国際的だったことなどが考えられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・また、百万塔とその中に納められている百万塔陀羅尼も、素晴らしい作品だと言われている</p>
<p>　　　※百万塔陀羅尼は、世界最古の現存している印刷物だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・天平文化の特徴と流れについて押さえる</p>
<p>・古事記、日本書紀、風土記、万葉集、教育機関などを押さえる</p>
<p>・天平文化の美術を押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
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