<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
		xmlns:xhtml="http://www.w3.org/1999/xhtml"
>

<channel>
	<title>アラエス &#187; 論語</title>
	<atom:link href="http://ahlaes.com/post/tag/%e8%ab%96%e8%aa%9e/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://ahlaes.com</link>
	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
	<lastBuildDate>Thu, 23 Oct 2025 02:10:23 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
		<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
		<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=3.8.41</generator>
<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/tag/%e8%ab%96%e8%aa%9e/feed" />
	<item>
		<title>中国思想　－孔子と儒家の思想・仁と礼と徳治主義－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1619</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1619#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 14 Nov 2013 16:57:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[足利]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[中国思想]]></category>
		<category><![CDATA[五経]]></category>
		<category><![CDATA[仁]]></category>
		<category><![CDATA[儒教]]></category>
		<category><![CDATA[君子]]></category>
		<category><![CDATA[孔子]]></category>
		<category><![CDATA[徳治主義]]></category>
		<category><![CDATA[論語]]></category>
		<category><![CDATA[道]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=1619</guid>
		<description><![CDATA[中国思想について説明していきます &#160; &#160; ・孔子 　 ・孔子について 　→・孔子は「巫祝」（神と人との媒介者）だったかもしれない、と言われている 　　・儀礼の本来の意味を求めて「詩」や「書」などの古典 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1619">中国思想　－孔子と儒家の思想・仁と礼と徳治主義－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>中国思想について説明していきます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・孔子</p>
<p>　</p>
<p>・孔子について</p>
<p>　→・孔子は「巫祝」（神と人との媒介者）だったかもしれない、と言われている</p>
<p>　　・儀礼の本来の意味を求めて「詩」や「書」などの古典を読んだ、と言われている</p>
<p>　　　</p>
<p>　　※・「詩」（のちに詩経と呼ばれる）－中国最古の詩集</p>
<p>　　　・「書」（のちに書経と呼ばれる）－周（当時の中国の王朝）の王室の記録</p>
<p>　　　→この２つは、のちに儒教の経典（聖人や賢人の教えを書いた本）になる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　そのほかに・・</p>
<p>　　　・「易経」－占いの書　・「春秋」－魯の年代記　</p>
<p>　　　・「礼記」－礼儀や制度の儒者の説を集めたもの</p>
<p>　　　　などがある</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　→詩、書、易経、春秋、礼記、の５つをまとめて五経と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>　・なぜ、孔子は五経を学んだのか・・</p>
<p>　　→孔子が「朝に道を開かば、夕に死すとも可なり」と語ったように、</p>
<p>　　　人間の真実の生き方＝「道」を求めたから</p>
<p>　　　※道を探求することは、自分の人生を全てかけていると言える＝生涯学習と言える</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・なぜ、道を求めたのか</p>
<p>　　→当時の社会は、道、中でも礼が形骸化（形だけあって、中身が無いこと）していると</p>
<p>　　　感じられたから</p>
<p>　　→孔子は、周公という人の政治を理想としていたため、</p>
<p>　　　失われた礼の権威を回復すべきだと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　→以上を踏まえた上で・・</p>
<p>　　・孔子にとって大切なのは、礼を支える精神や礼に対しての積極的な心＝仁だと考えた</p>
<p>　　　→孔子は礼と仁が２つともそろって初めて道ができると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・仁について</p>
<p>　・孔子は「論語」の中で仁について定義を与えていない</p>
<p>　　→仁は、定義によって狭く限定はできず、人間全員に適用できるもの、</p>
<p>　　　と考えていたから</p>
<p>　・仁は、個人で違うため、人間にとって最も普遍的な道徳、根源的な愛、と考えた</p>
<p>　・孔子は仁の例として５つを挙げた</p>
<p>　　→・子が親に対する愛や道徳＝孝　・弟が兄に対する愛や道徳＝悌　　</p>
<p>　　　・自らを偽らない愛や道徳＝忠　・他者をあざむかない愛や道徳＝信　</p>
<p>　　　・他者の身になって考える愛や道徳＝恕</p>
<p>　　　　※孔子は孝と悌を仁の根本とした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※「論語」：孔子の言行録のこと、四書（大学、中庸、論語、孟子）の一つで、</p>
<p>　　　　　　　儒教の根本経典とされている</p>
<p>　　　　　　→孔子は、儒に見られた呪術的な要素を好まず、</p>
<p>　　　　　　　現実や合理を意識して物事を考えた</p>
<p>　　　　　　　＝その時に、徳治主義という考えが生まれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・徳治主義について</p>
<p>　</p>
<p>　・徳治主義とは・・</p>
<p>　　※孔子にとって仁は、単に情的なものだけではなかった</p>
<p>　　　→仁は、自分自身の欲に勝ち、礼という規律に積極的に従うことで達成されるとした</p>
<p>　　　　＝この考え方を克己復礼と言い、孔子は「己に克ちて礼に復るを仁と為す」という</p>
<p>　　　　　言葉を残した</p>
<p>　　</p>
<p>　　・孔子は君子を理想とした</p>
<p>　　　※君子：克己復礼のように、仁と礼との実現を目指して日々努力に励む人のこと</p>
<p>　　　　　　　ただし、君子という名前の人がいるわけではない</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・孔子は政治にもこの考え方を適用した</p>
<p>　　　→孔子は、政治のトップに立つ人が君子になるための行いをして、</p>
<p>　　　　人々を安心させるべきだとした</p>
<p>　　　　※この考えは、その後、朱子という人によって</p>
<p>　　　　　士人（指導的な高い知識を持つ人の階層）に対して</p>
<p>　　　　　「修克治人」の教えとして強調されるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このように、上の人がしっかりすることで、下の人が上の人を見て</p>
<p>　　　自分もしっかりしようとする考え方へ導くことを徳治主義と言う</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※孔子は、刑罰などを重視する、という法治主義よりも徳治主義の方が重要だと考えた</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・孔子は、「詩」や「書」を学び、それ以外に易経、春秋、礼記があり、</p>
<p>　それらをまとめて五経と言う</p>
<p>・孔子は、人間の生き方＝道を求めた</p>
<p>・孔子は、礼の権威を回復すべきだとした</p>
<p>・孔子は、仁が大切だとした</p>
<p>・孔子は、礼と仁が２つそろって初めて道ができると考えた</p>
<p>・孔子は、仁の例として、孝、悌、忠、信、恕を考え、これが大切だとした</p>
<p>・孔子は、現実や合理を意識して物事を考えた</p>
<p>・仁は自分自身の欲に勝ち、礼という規律に積極的に従うことで</p>
<p>　達成される（＝克己復礼）と考えた</p>
<p>　＝「己に克ちて礼に復るを仁と為す」という考えを残した</p>
<p>・孔子は、政治のトップに立つ人が、君子になるための行いをして</p>
<p>　人々を安心させるべきだとした</p>
<p>　＝このような、上の人の良い行動を見て、下の人が自分の行動を</p>
<p>　　良い方向に持って行くことを徳治主義と言う</p>
<p>・孔子は、法治主義よりも徳治主義が良いと考えた</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1619">中国思想　－孔子と儒家の思想・仁と礼と徳治主義－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/1619/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/1619" />
	</item>
		<item>
		<title>春秋・戦国時代の社会の変動と新しい思想について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/777</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/777#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 00:01:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マイコ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アジア・アメリカ古代史]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>
		<category><![CDATA[儒家]]></category>
		<category><![CDATA[周]]></category>
		<category><![CDATA[孔子]]></category>
		<category><![CDATA[孟子]]></category>
		<category><![CDATA[春秋・戦国時代]]></category>
		<category><![CDATA[楚辞]]></category>
		<category><![CDATA[荀子]]></category>
		<category><![CDATA[論語]]></category>
		<category><![CDATA[諸子百家]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=777</guid>
		<description><![CDATA[春秋・戦国時代の社会の変動と新しい思想について考えてみます &#160; &#160; ・春秋・戦国時代の社会の変動について &#160; &#160; 　・中国では、春秋時代の中期から、鉄製農具や牛耕の普及によって、  [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/777">春秋・戦国時代の社会の変動と新しい思想について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>春秋・戦国時代の社会の変動と新しい思想について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・春秋・戦国時代の社会の変動について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中国では、春秋時代の中期から、鉄製農具や牛耕の普及によって、</p>
<p>　　農業の生産力がだんだんと高まっていった</p>
<p>　　→そのため、小さな家族でも自立した農業経営が可能になった</p>
<p>　　　＝結果的に、氏族の統制が緩んでいった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また、戦国時代に富国策がとられ、商工業が発展していった</p>
<p>　　→この時に、青銅の貨幣が用いられるようになり、大きな富を持つ商人が</p>
<p>　　　出てくるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>　　＝上の２つの変化によって、周の時代の世襲的な身分制度が崩れた</p>
<p>　　　→そのため、個人の能力を重視した実力本位の傾向が出てきて、この時代の特徴になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※このような時代の風潮によって、以下の動きが出てきた</p>
<p>　　　　・各国の内部で、身分にとらわれず、能力の高い人材を使うようになってきた</p>
<p>　　　　・君主に権力が集中してきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時の、戦争の続く時代の中で、人々は新しい社会秩序のあり方を探すようになっていった</p>
<p>　　※そのため、独創的な主張によって君主に認められる機会が多くなっていった</p>
<p>　　　＝その結果、春秋・戦国時代に様々な新しい思想が出てきた</p>
<p>　　　　→この時に、諸子百家と呼ばれる多くの思想家や学派が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・当時の様々な思想について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・諸子百家の中で後に最も大きな影響を与えたのは、</p>
<p>　　春秋時代末期に孔子という人が作った儒家という思想だった</p>
<p>　　→孔子は、以下のようなことを考えていた</p>
<p>　　　・親に対する「孝」という、最も身近な家族の道徳を社会秩序の土台だとした</p>
<p>　　　・そのうえで、家族内の上下のけじめと愛情を多くの人が持てば、</p>
<p>　　　　理想的な社会秩序が実現すると考えた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　※孔子の言行は、「論語」というものにまとめられた</p>
<p>　　　→論語は、孟子や荀子など、戦国時代の儒家たちによって受け継がれた</p>
<p>　　　　・孟子・・万人がもともと持っている血縁的な愛情を重視するという</p>
<p>　　　　　　　　　性善説の考え方を強調した</p>
<p>　　　　・荀子・・礼による規律を維持することで人々を導くべきという</p>
<p>　　　　　　　　　性悪説の考え方を強調した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また、墨家、道家、法家などの中国社会思想の根本となるような</p>
<p>　　重要な思想もこの時代に出てきた</p>
<p>　　</p>
<p>　　※それぞれの思想について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・墨家・・血縁関係を超えて、無差別の愛を重視すること（兼愛）が良いという考え方</p>
<p>　　　　　　　　墨子という人を中心とした学派だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・道家・・ありのままの状態に逆らわず（無為自然）、すべての根源である「道」へ</p>
<p>　　　　　　　　合一することを求める考え方</p>
<p>　　　　　　　　老子や荘子と呼ばれる人たちを中心とした学派だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・法家・・強力な権力を持つ君主が法と策略によって、</p>
<p>　　　　　　　　国家の統治を行うべきだとする考え方</p>
<p>　　　　　　　　商鞅や韓非という人達を中心とした学派だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→その他にも様々な学派が出てきて、多様な分野で思想や学問の基礎が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※その他の学派として、以下のようなものが挙げられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・名家・・論理学というものを説明した学派</p>
<p>　　　　　　　　公孫竜という人が中心だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・兵家・・兵法というものを講じた学派</p>
<p>　　　　　　　　孫子という人が中心だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・縦横家・・外交の政策を講じた学派　</p>
<p>　　　　　　　　　蘇秦や張儀という人が中心だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・陰陽家・・天体の運行と人間生活の関係を説明した学派</p>
<p>　　　　　　　　　鄒衍という人が中心だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・農家・・農業の技術を論じた学派</p>
<p>　　　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また、この時代に、「詩経」や「春秋」など、儒家の経典を始めとする</p>
<p>　　諸子百家の文献がまとめられた</p>
<p>　　→それに加え、屈原の「楚辞」などという文学作品などもまとめられた</p>
<p>　　　※楚辞・・戦国時代の楚の屈原らの詩歌を中心とした文学の作品集のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・当時の社会の様子についておさえる</p>
<p>・当時出てきた思想の概要と種類、その内容などについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです　</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/777">春秋・戦国時代の社会の変動と新しい思想について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/777/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>17</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/777" />
	</item>
	</channel>
</rss>
