<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
		xmlns:xhtml="http://www.w3.org/1999/xhtml"
>

<channel>
	<title>アラエス &#187; 関東大震災</title>
	<atom:link href="http://ahlaes.com/post/tag/%e9%96%a2%e6%9d%b1%e5%a4%a7%e9%9c%87%e7%81%bd/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://ahlaes.com</link>
	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
	<lastBuildDate>Thu, 23 Oct 2025 02:10:23 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
		<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
		<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=3.8.41</generator>
<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/tag/%e9%96%a2%e6%9d%b1%e5%a4%a7%e9%9c%87%e7%81%bd/feed" />
	<item>
		<title>戦後恐慌と金融恐慌について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1296</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1296#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 07:07:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[昭和時代・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[モラトリアム]]></category>
		<category><![CDATA[取付け騒ぎ]]></category>
		<category><![CDATA[戦後恐慌]]></category>
		<category><![CDATA[枢密院]]></category>
		<category><![CDATA[片岡直温]]></category>
		<category><![CDATA[若槻礼次郎]]></category>
		<category><![CDATA[財閥]]></category>
		<category><![CDATA[金融恐慌]]></category>
		<category><![CDATA[金輸出禁止]]></category>
		<category><![CDATA[関東大震災]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=1296</guid>
		<description><![CDATA[戦後恐慌と金融恐慌について考えてみます &#160; &#160; ・戦後恐慌と金融恐慌について &#160; &#160; 　・第一次世界大戦が終わって、ヨーロッパの国々の復活が進んできたため、 　　ヨーロッパの商品が [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1296">戦後恐慌と金融恐慌について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>戦後恐慌と金融恐慌について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・戦後恐慌と金融恐慌について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第一次世界大戦が終わって、ヨーロッパの国々の復活が進んできたため、</p>
<p>　　ヨーロッパの商品がアジアの市場に出てきた</p>
<p>　　→その結果、日本は第一次世界大戦の時の好景気とは違い、</p>
<p>　　　経済が苦しい状況になってしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１９年からは、貿易について輸入量が輸出量を超えてしまった（輸入超過）</p>
<p>　　→そのため、特に重化学工業の分野では、国内の生産がダメージを受けた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９２０年に、株式が大暴落するということが起きた</p>
<p>　　＝この大暴落をきっかけに起きた恐慌を、戦後恐慌という</p>
<p>　　　※この時に、綿糸や生糸の相場が半額以下に暴落した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９２３年に、関東大震災という大きな地震が発生した</p>
<p>　　→この時に、銀行は手持ちの手形を処理することができなくなってしまった</p>
<p>　　　※この状況に対して、政府は日本銀行に特別にお金を出させて、一時的にしのいだが、</p>
<p>　　　　不況が強引に続いたため手形（当時は震災手形と呼んだ）を処理することが</p>
<p>　　　　なかなか出来なかった</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、１９２７年に議会で震災手形を処理する法案について、</p>
<p>　　議論がされるようになった</p>
<p>　　→その時に、当時の大蔵大臣（現在の財務大臣）だった片岡直温という人が失言をした</p>
<p>　　→そのため、一部の銀行のダメな経営状態がバレてしまい、取付け騒ぎが起きたため、</p>
<p>　　　休業する銀行が続出した</p>
<p>　　　＝この時の恐慌を、金融恐慌という</p>
<p>　　　　※取付け騒ぎ・・預金者が銀行に不安を抱いたため、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　預金者が自分の預金を手元に戻そうとすること</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→金融恐慌が起きた時の首相だった若槻礼次郎という人は、</p>
<p>　　　経営が破たんした鈴木商店という総合商社に対する</p>
<p>　　　大量の不良債権（貸し付けたが回収できそうにないお金）を抱えた台湾銀行を</p>
<p>　　　助けるために、緊急の命令を出そうとした</p>
<p>　　　＝しかし、この命令を枢密院が認めなかったため、若槻礼次郎内閣は総辞職になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※鈴木商店について</p>
<p>　　　　・鈴木商店という総合商社は、貿易を中心に経営を行っていた</p>
<p>　　　　・鈴木商店は、第一次世界大戦の時に台湾銀行という銀行からのお金に</p>
<p>　　　　　支えられて急成長した</p>
<p>　　　　・しかし、戦後不況によって、鈴木商店は死にかけの状態になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→若槻礼次郎内閣の後に、立憲政友会の田中義一という人が首相になった</p>
<p>　　　・田中義一内閣は、３週間のモラトリアム（支払猶予令）を出して、</p>
<p>　　　　日本銀行から大量のお金を様々な銀行に流した</p>
<p>　　　　＝その結果、金融恐慌がなんとか鎮まった</p>
<p>　　　　　※モラトリアム・・借金の支払いを一時的に引き延ばすこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>・当時の経済面からの日本の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９２０年代の日本経済は、電力関連の重化学工業が発展したものの、</p>
<p>　　慢性的な不況の状態が続いていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・政府は何度も来た恐慌に対して、基本的にお金を大量に発行する</p>
<p>　　という政策を取ってきた</p>
<p>　　※しかし、この政策は経済の危機的な状況を一時的に回避しただけだった</p>
<p>　　　→そのため、第一次世界大戦中にパニックになった経済を</p>
<p>　　　　簡単に復活させることはできなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、工業の国際競争力が無く、物価が上昇する傾向にあったため、</p>
<p>　　輸入が増え続ける状況だった</p>
<p>　　→さらに、１９１７年以降から様々な国で金輸出禁止の政策を取り始め、</p>
<p>　　　外国為替相場が不安定な状態で下落し続けるという状況が起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・多くの産業の分野で企業の集中やカルテルの結成、資本の輸出などが起きた</p>
<p>　　※資本の輸出に関しては、大きな紡績会社が中国に在華紡という工場を</p>
<p>　　　作っていったことが代表的だと言われている　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・財閥がこの時期から、金融や流通の面を上手にコントロールして、</p>
<p>　　産業を支配していこうとした</p>
<p>　　※さらに、財閥は政党ともつながりを持って、政治に影響を与えて行こうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→財閥の具体的な動きについて</p>
<p>　　　　・金融恐慌の時に中小の銀行の整理や合併が行われた</p>
<p>　　　　　→そのため、預金が大銀行に集中するようになった</p>
<p>　　　　　　＝結果的に、三井、三菱、住友、安田、第一の５大銀行が</p>
<p>　　　　　　　支配する地位にまでのぼりつめた</p>
<p>　　　　・三井は立憲政友会とつながり、三菱は憲政会（立憲民政党）とつながった</p>
<p>　　　　　→このつながりは当時は有名で、政党に反発する原因の一つになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→以上のようにして、独占の資本や金融の資本が経済を支配するような状況になっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※一方で、大企業や農村から追い出された労働力を使って、</p>
<p>　　　中小企業が増える例も見られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・戦後恐慌と金融恐慌について押さえる</p>
<p>・当時の経済面からの日本の様子について押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1296">戦後恐慌と金融恐慌について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/1296/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/1296" />
	</item>
		<item>
		<title>大正時代の様々な社会運動について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1291</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1291#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 04:35:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[大正時代]]></category>
		<category><![CDATA[全国水平社]]></category>
		<category><![CDATA[友愛会]]></category>
		<category><![CDATA[小作争議]]></category>
		<category><![CDATA[平塚らいてう]]></category>
		<category><![CDATA[日本共産党]]></category>
		<category><![CDATA[日本農民組合]]></category>
		<category><![CDATA[総力戦]]></category>
		<category><![CDATA[虎の門事件]]></category>
		<category><![CDATA[鈴木文治]]></category>
		<category><![CDATA[関東大震災]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=1291</guid>
		<description><![CDATA[様々な社会運動について考えてみます &#160; &#160; ・なぜ、社会運動が起きるようになったのか &#160; &#160; 　・第一次世界大戦は、総力戦の戦争だと言われるようになった 　　※総力戦・・国民全員を [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1291">大正時代の様々な社会運動について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>様々な社会運動について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・なぜ、社会運動が起きるようになったのか</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第一次世界大戦は、総力戦の戦争だと言われるようになった</p>
<p>　　※総力戦・・国民全員を動かし、資源や生産力など全てを使う戦争のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そのため、総力戦だったらと、戦時中から戦後にかけて戦争に参加した国では</p>
<p>　　　民主主義を求める声が増えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※日本でも、ロシア革命や米騒動などをきっかけにして社会運動が起きるようになった</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の社会運動の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第一次世界大戦の時に産業が急激に発展していったため、</p>
<p>　　労働者が大量に増えると同時に、物価も大きく上昇していった</p>
<p>　　→そのため、賃金を上げてもらうことを要求するしかなかく、</p>
<p>　　　労働争議がものすごく増えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１２年に、労働者の地位の向上と労働組合の育成を目的に、</p>
<p>　　鈴木文治という人が友愛会という団体を作った</p>
<p>　　→友愛会は、１９１９年に大日本労働総同盟友愛会という名前に変えた</p>
<p>　　→友愛会は、１９２０年に第１回メーデーを開催した</p>
<p>　　→友愛会は、１９２１年に日本労働総同盟という名前に変えた</p>
<p>　　　※この時に、労働者が資本家と仲良くなろうとする考え方から、</p>
<p>　　　　資本家と戦う考え方に変えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→友愛会は、第一次世界大戦の後の不況の状況での労働運動を</p>
<p>　　　引っ張っていったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・この時期から農村で、小作料の減免を求めて、小作人が小作争議</p>
<p>　　という争いをたくさん起こした</p>
<p>　　→その後、１９２２年に杉山元治郎や賀川豊彦などによって、</p>
<p>　　　日本農民組合という組合が作られた</p>
<p>　　　※日本農民組合・・各地にある小作人の組合の全国的な組織のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、民本主義を提唱する吉野作造は、１９１８年に黎明会という団体を作った</p>
<p>　　→この時に吉野作造は、時代の流れは平和や協調にあると考えて、</p>
<p>　　　多くの知識人などに影響を与えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・吉野作造の影響を受けた学生は、東大新人会などの団体を作って、</p>
<p>　　労働や農民の運動などとの関係を深めていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・この時期に、「冬の時代」と言われていた社会主義者たちが活動を再開した</p>
<p>　　→１９２０年に、労働運動家や学生運動家、様々な社会主義者たちを集めて、</p>
<p>　　　日本社会主義同盟を作った</p>
<p>　　　※しかし、この同盟は次の年の１９２１年に禁止された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・社会主義の研究にも制限がかかるようになった</p>
<p>　　※代表的なものに、１９２０年に東京帝国大学の助教授だった森戸辰男という人が</p>
<p>　　　クロポトキンという人の研究をしていたことを指摘されて</p>
<p>　　　休職処分を受けた、ということがあった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・社会主義の内部では、大杉栄という人などの無政府主義と、</p>
<p>　　堺利彦という人などの共産主義が対立していた</p>
<p>　　→その状況の時にロシア革命が起きたため、ロシア革命の影響によって</p>
<p>　　　社会運動の中で共産主義の影響力が急激に高まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※１９２２年７月には、堺利彦や山川均という人たちなどによって、</p>
<p>　　　　日本共産党という組織が作られた</p>
<p>　　　　→日本共産党は、コミンテルンという国際組織の支部として作られ、</p>
<p>　　　　　違法にも関わらず作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・女性解放について</p>
<p>　</p>
<p>　　・女性開放運動は、１９１１年に平塚らいてうという人などによって</p>
<p>　　　作られた青鞜社という女性の文学者の団体を作ったことによって始まった</p>
<p>　　　※平塚らいてうなどは、この時に「青鞜」という雑誌を作っていた</p>
<p>　　　　→最初は女性の文芸誌だったが、段々と女性問題を専門的に扱う雑誌に</p>
<p>　　　　　変わっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・平塚らいてうと市川房江という人などが、１９２０年に</p>
<p>　　　新婦人協会（１９２４年に婦人参政権獲得期成同盟会に変化）という</p>
<p>　　　団体を作って、女性の地位を高めるための運動を行った</p>
<p>　　　※新婦人協会の影響によって、１９２２年に治安警察法が改正され、</p>
<p>　　　　女性も政治演説会に参加できるようになった</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　・山川菊枝や伊藤野枝などの人達によって、赤瀾会という団体が作られた</p>
<p>　　　→赤瀾会は、社会主義の立場から女性運動を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・被差別部落について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・被差別部落の住民にある社会的な差別を、政府の政策ではなく、</p>
<p>　　　自主的に無くしていこうとする運動が起きた</p>
<p>　　　→この運動は、西光万吉という人などを中心に本格的になり、</p>
<p>　　　　１９２２年に全国水平社という団体が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・男性普通選挙権について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・普選運動（男子普通選挙権を得るための運動）は、</p>
<p>　　　１９１９～１９２０年の時に、世界的にデモクラシーが叫ばれたこともあり、</p>
<p>　　　友愛会の労働者や学生などを中心にして盛り上がった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・普通選挙制については、加藤友三郎内閣の時に、</p>
<p>　　　本格的に取り入れることを検討するようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・１９２３年に誕生した第２次山本権兵衛内閣は普通選挙制を取り入れることに賛成だった</p>
<p>　　　→しかし、内閣が出来た直後に起きた関東大震災と虎ノ門事件が原因で、</p>
<p>　　　　第２次山本権兵衛内閣が総辞職をしてしまったため、</p>
<p>　　　　普通選挙を取り入れることが出来なかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※虎の門事件とは・・</p>
<p>　　　　　・１９２３年に、無政府主義者の一人だった難波大助という人が、</p>
<p>　　　　　　摂政宮裕仁親王（後の昭和天皇）を</p>
<p>　　　　　　虎ノ門というところの近くで狙撃するという出来事が起きた</p>
<p>　　　　　・摂政宮は難を逃れたものの、難波大助は大逆罪で死刑にさせられる</p>
<p>　　　　　　という事件が起きた</p>
<p>　　　　　　＝この出来事を虎の門事件という</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　　　→内閣は、この責任を取るために総辞職をした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・当時の様々な社会主義を押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1291">大正時代の様々な社会運動について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/1291/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/1291" />
	</item>
	</channel>
</rss>
