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	<title>アラエス &#187; アフガニスタン</title>
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	<item>
		<title>アラブの国々の分裂とその影響について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1078</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1078#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 19:18:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[トクホンクリーム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[現代世界史]]></category>
		<category><![CDATA[アフガニスタン]]></category>
		<category><![CDATA[イラン革命]]></category>
		<category><![CDATA[イラン＝イラク戦争]]></category>
		<category><![CDATA[エジプト＝イスラエル平和条約]]></category>
		<category><![CDATA[サダム＝フセイン]]></category>
		<category><![CDATA[パレスチナ解放機構]]></category>
		<category><![CDATA[ホメイニ]]></category>
		<category><![CDATA[同時多発テロ事件]]></category>
		<category><![CDATA[湾岸戦争]]></category>
		<category><![CDATA[第４次中東戦争]]></category>

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		<description><![CDATA[アラブの国々の分裂とその影響について考えてみます &#160; &#160; ・アラブの国々の分裂とその影響について &#160; &#160; 　・中東でのアラブの国々とイスラエルとの対立は、 　　１９６７年の第３次中 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1078">アラブの国々の分裂とその影響について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>アラブの国々の分裂とその影響について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・アラブの国々の分裂とその影響について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中東でのアラブの国々とイスラエルとの対立は、</p>
<p>　　１９６７年の第３次中東戦争でさらに深まっていた</p>
<p>　　※この戦争の時に、イスラエルがシナイ半島とゴラン高原を占領したために、</p>
<p>　　　深まったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７０年に、ナセルのあとを、エジプトのサダト大統領という人がついだ</p>
<p>　　→サダトは、１９７３年にシリアと一緒にイスラエルに反撃したものの、</p>
<p>　　　すぐに停戦になった</p>
<p>　　　＝この時の戦争を、第４次中東戦争という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→その後、サダトはイスラエルとの和解に転じた</p>
<p>　　　＝その結果、１９７９年にエジプト＝イスラエル平和条約が締結された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・サダトは１９８１年に暗殺された</p>
<p>　　→しかし、サダトの後を継いだムバラクという人は、サダトの政策を引き継いで、</p>
<p>　　　シナイ半島を返還させた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、イスラエルが戦争によって占領地を併合する姿勢を見せた</p>
<p>　　→そのため、パレスチナ解放機構とアラブ人の抵抗が強まっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９９３年に、イスラエルのラビン首相とパレスチナ解放機構の</p>
<p>　　アラファト議長が話し合いによる解決を目指した</p>
<p>　　→その結果、相互承認と、パレスチナ人の暫定自治樹立で合意した</p>
<p>　　　※しかし、１９９５年にラビン首相がユダヤ教急進派に暗殺されるということが起きた</p>
<p>　　　　＝すると、イスラエルもパレスチナ解放機構も対決の考え方にもどった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→２００３年なかば以降は、アメリカなどの働きかけによって和解する道が探されている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・エジプトがアラブ世界の中心から降りると、それにかわってイランやイラクが</p>
<p>　　主導権を目指して出てきた</p>
<p>　　※イラン、イラク、フセインでは、以下のようなことが起きていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イランについて</p>
<p>　　→・イランは、パフレヴィー２世による近代化の政策によって農村が</p>
<p>　　　　打撃を受けるようになった</p>
<p>　　　　→その後、１９７８年から国王独裁への抗議運動が全国に広がっていった</p>
<p>　　　・１９７９年１月に国王が亡命した</p>
<p>　　　　→その後、フランスから宗教指導者のホメイニという人が帰国して</p>
<p>　　　　　イラン＝イスラーム共和国が成立した</p>
<p>　　　　　＝この出来事をイラン革命という</p>
<p>　　　・新しい国家は、イスラームを国家の原理にかかげ、欧米の国々との</p>
<p>　　　　対立も考える姿勢を見せていた</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イラクについて</p>
<p>　　→・イラクは、１９６８年から、アラブの統一と社会主義をかかげる</p>
<p>　　　　バース党が権力を握った</p>
<p>　　　　→そして、１９７９年にバース党の実権を握ったサダム＝フセイン</p>
<p>　　　　　という人が大統領になった</p>
<p>　　　・１９８０年に、フセインは国境の紛争からイランと１９８８年まで</p>
<p>　　　　続く戦争を起こした</p>
<p>　　　　＝この戦争をイラン＝イラク戦争という</p>
<p>　　　・１９９０年に、クウェートに侵攻した</p>
<p>　　　　→しかし、１９９１年１月に、国際連合の決議によって</p>
<p>　　　　　アメリカ軍を中心とした多国籍軍の反撃を受けたため、撤退した</p>
<p>　　　　　＝この出来事を、湾岸戦争という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アフガニスタンについて</p>
<p>　　→・アフガニスタンでは、１９９６年から、イスラーム原理主義を提唱する</p>
<p>　　　　ターリバーンが権力を握っていた</p>
<p>　　　・２００１年９月１１日には、４機のアメリカの旅客機が乗っ取られ、</p>
<p>　　　　ニューヨークとワシントンのビルに突入するという</p>
<p>　　　　同時多発テロ事件というのが起きた</p>
<p>　　　・民主党のクリントンの後に出てきた共和党のブッシュ大統領は、</p>
<p>　　　　ターリバーンの保護下にあったイスラーム急進派組織のアル＝カーイダが</p>
<p>　　　　事件の実行者であると考えた</p>
<p>　　　　→そこでアメリカは、２００１年の１１月に、同盟国の支援のもとに、</p>
<p>　　　　　アフガニスタンに対して軍事行動を起こし、ターリバーンを追放した</p>
<p>　　　　　＝その後、アフガニスタンには国際連合の主導で暫定政権が成立し、</p>
<p>　　　　　　国内の復興を目指している</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→・アメリカはさらに、２００３年３月に、イラクのフセイン政権が</p>
<p>　　　　中東地域の脅威になっていると考えた</p>
<p>　　　　→この考え方から、イギリスとともにイラクに武力を発動して、フセイン政権を倒した</p>
<p>　　　・イラクはアメリカ、イギリスの軍を中心にした占領統治下におかれた</p>
<p>　　　　※この時に日本が、復興の支援のために自衛隊を派遣した</p>
<p>　　　・２００４年６月に、暫定政権に主権が渡された</p>
<p>　　　　※しかし、外国軍の駐留や暫定政権に対する反対が続いている</p>
<p>　　　　　→そのため、正常化への道はなおも険しいと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※有力な産油地帯での紛争の多発は、世界経済にも不安を与えていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・中東地域の歴史的な概要についておさえる</p>
<p>・イラン、イラク、アフガニスタンと他の国々との関係についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1078">アラブの国々の分裂とその影響について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>近代のイランとアフガニスタンの動きについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/901</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/901#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 07:35:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[大きな魚]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代アジア史後期]]></category>
		<category><![CDATA[アフガニスタン]]></category>
		<category><![CDATA[アフガン戦争]]></category>
		<category><![CDATA[アフガン王国]]></category>
		<category><![CDATA[イラン]]></category>
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		<category><![CDATA[トルコマンチャーイ条約]]></category>
		<category><![CDATA[バーブ教]]></category>
		<category><![CDATA[東アルメニア]]></category>

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		<description><![CDATA[近代のイランとアフガニスタンの動きについて考えてみます &#160; &#160; ・イランとアフガニスタンの動きについて &#160; &#160; 　・サファヴィー朝滅亡後のイランでは、１８世紀の終わりにテヘランを首 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/901">近代のイランとアフガニスタンの動きについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>近代のイランとアフガニスタンの動きについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イランとアフガニスタンの動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・サファヴィー朝滅亡後のイランでは、１８世紀の終わりにテヘランを首都とする</p>
<p>　　カージャール朝が誕生した</p>
<p>　　→カージャール朝は、カフカスをめぐるロシアとの戦いに敗れた</p>
<p>　　　＝結果的に、１８２８年にトルコマンチャーイ条約によってロシアに治外法権を認め、</p>
<p>　　　　東アルメニアを割譲した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上のような混乱を背景に、１８４８年に農民や商人からなるバーブ教徒</p>
<p>　　　というのが動き始めた</p>
<p>　　　※バーブ教は、イギリスやロシアをはじめとする外国勢力への屈従を拒んで武装蜂起した</p>
<p>　　　　＝結果的に、政府軍によって鎮圧された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※バーブ教について</p>
<p>　　　　・バーブ教は、１９世紀のイランで誕生した</p>
<p>　　　　・バーブ教は、シーア派から生まれた新しい宗教だった</p>
<p>　　　　・バーブ教は、救世主（マフディー）の再臨を説明して、混乱した政治や</p>
<p>　　　　　社会状況の改革を訴えた</p>
<p>　　　　・バーブ教は、農民や中小の商人のあいだに広く受け入れられていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アフガニスタンでは、１８世紀のなかば以降からアフガン王国が独立を保っていた</p>
<p>　　→しかし、１９世紀以降に入るとカージャール朝はロシアの支援を受けて</p>
<p>　　　アフガニスタンに侵攻した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ロシアが南に進むことを恐れたイギリスは、上の侵攻に介入し、</p>
<p>　　アフガニスタンのイランからの独立を認めさせた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・そして、インドでの権益をまもろうとするイギリスは、アフガニスタンとのあいだで</p>
<p>　　３回にわたるアフガン戦争という戦争を起こした</p>
<p>　　→この戦争は、第２次戦争の勝利によってアフガニスタンを保護した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・イランとアフガニスタンの動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/901">近代のイランとアフガニスタンの動きについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>イスラーム勢力の進出とインドの様子について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/819</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/819#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 16:15:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[イスラム世界史]]></category>
		<category><![CDATA[アイバク]]></category>
		<category><![CDATA[アフガニスタン]]></category>
		<category><![CDATA[イスラーム]]></category>
		<category><![CDATA[インド]]></category>
		<category><![CDATA[ガズナ朝]]></category>
		<category><![CDATA[ゴール朝]]></category>
		<category><![CDATA[デリー＝スルタン朝]]></category>
		<category><![CDATA[ヒンドゥー教]]></category>
		<category><![CDATA[ラージプート]]></category>
		<category><![CDATA[奴隷王朝]]></category>

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		<description><![CDATA[イスラーム勢力の進出とインドの様子について考えてみます &#160; &#160; ・イスラーム勢力の進出とインドの様子について &#160; &#160; &#160; 　・アフガニスタンを拠点とするトルコ系のガズナ朝 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/819">イスラーム勢力の進出とインドの様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イスラーム勢力の進出とインドの様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イスラーム勢力の進出とインドの様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アフガニスタンを拠点とするトルコ系のガズナ朝が出てきた</p>
<p>　・ガズナ朝から独立したイラン系とされるゴール朝が出てきた</p>
<p>　　→この２つのイスラーム勢力は、インドの富を奪うことを目指して、</p>
<p>　　　１０世紀末から北インドに対して軍事的な侵攻を繰り返していった</p>
<p>　</p>
<p>　　※ラージプートと呼ばれるヒンドゥー教の様々な勢力は、お互いの仲が悪かったため、</p>
<p>　　　２つのイスラーム勢力の軍事的な侵攻に対抗することが出来なかった</p>
<p>　　　＝その結果、１３世紀の初めにインドで最初のイスラーム政権が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・最初のイスラーム政権になったのは、ゴール朝のインド遠征に同行して、</p>
<p>　　北インドの支配地域の経営を任された将軍のアイバクという人が</p>
<p>　　デリーというところに作った王朝だった</p>
<p>　　※アイバクは、奴隷出身だった</p>
<p>　　　＝そのため、この王朝を奴隷王朝という</p>
<p>　　　　→奴隷王朝を含めて、その後デリーを本拠地をにしたイスラームの様々な王朝を、</p>
<p>　　　　　まとめてデリー＝スルタン朝という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※奴隷王朝は、ハルジー朝、トゥグルク朝、サイイド朝、ロディー朝と続いていった</p>
<p>　　　→これらの王朝の中で、ハルジー朝は、地租の金納化など様々な経済改革を実施した</p>
<p>　　　　＝この経済改革は、後のムガル帝国の経済政策に受け継がれていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イスラーム勢力の進出によって、初期に以下のようなことが起きた</p>
<p>　　→・仏教の拠点が破壊されて、インドから仏教が消滅した</p>
<p>　　　・ヒンドゥー教の寺院が破壊された</p>
<p>　　　・破壊された寺院のの資材がイスラーム建築に流用されるという例もあった</p>
<p>　　　　※しかし、現実の統治ではイスラーム教が強制されることはなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→イスラーム信仰は、バクティやヨーガなどの昔からの信仰と共通する部分もあった</p>
<p>　　　＝そのため、都市の住民やカースト差別に苦しむ人々の間にも</p>
<p>　　　　イスラーム信仰が広まっていった</p>
<p>　　　　※バクティ・・神へ自分の身を捧げること</p>
<p>　　　　　ヨーガ・・苦行を通じて、神との合体を求めること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝上のような流れを通して、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・ヒンドゥー教とイスラーム教の両方の要素を融合させた壮大な都市が作られた</p>
<p>　　　・インドのサンスクリット語の作品がペルシア語に翻訳されるということが起きた</p>
<p>　　　　＝結果的に、インド＝イスラーム文化が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・イスラーム勢力の進出の様子についておさえる</p>
<p>・インドの様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/819">イスラーム勢力の進出とインドの様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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