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	<title>アラエス &#187; ゲルマン人の大移動</title>
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	<item>
		<title>ゲルマン人の大移動について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/829</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/829#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 11 Oct 2013 12:49:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[康太]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[中世ヨーロッパ史]]></category>
		<category><![CDATA[アングロ＝サクソン七王国]]></category>
		<category><![CDATA[イベリア半島]]></category>
		<category><![CDATA[カタラウヌムの戦い]]></category>
		<category><![CDATA[ケルト人]]></category>
		<category><![CDATA[ゲルマン人]]></category>
		<category><![CDATA[ゲルマン人の大移動]]></category>
		<category><![CDATA[ドナウ川]]></category>
		<category><![CDATA[フランク王国]]></category>
		<category><![CDATA[フン人]]></category>

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		<description><![CDATA[ゲルマン人の大移動について考えてみます &#160; &#160; ・ゲルマン人の大移動について &#160; &#160; 　・アルプスより北側の地域には、紀元前６世紀ころからケルト人という人達が住んでいた 　　→一方 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/829">ゲルマン人の大移動について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ゲルマン人の大移動について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ゲルマン人の大移動について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アルプスより北側の地域には、紀元前６世紀ころからケルト人という人達が住んでいた</p>
<p>　　→一方で、バルト海沿岸を原住地とするゲルマン人という人達が、</p>
<p>　　　ケルト人を西に追いやりながら勢力を広げていった</p>
<p>　　　＝結果的にゲルマン人は、紀元前後ころにライン川から黒海沿岸にいたるまでの</p>
<p>　　　　広い地域に拡大していった</p>
<p>　　　　※この時に、ローマ帝国と境界が接するまでになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※紀元前後のゲルマン人の社会については、以下のような資料が重要だと言われている</p>
<p>　　　　　・カエサルという人の「ガリア戦記」</p>
<p>　　　　　・タキトゥスという人の「ゲルマニア」　　など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時のゲルマン人には、以下のような特徴があった</p>
<p>　　→・数十の部族に分かれていて、それぞれの部族に１人の王や数人の首長を持っていた</p>
<p>　　　・貴族、平民、奴隷の身分差がすでに発生していた</p>
<p>　　　　※ただし、重要な決定は貴族と平民で構成される成年男性自由人の全体の集会である</p>
<p>　　　　　民会が行なった</p>
<p>　　　・農業が主な生活の手段となり、人口が増えてくると同時に耕地が不足した</p>
<p>　　　　※この耕地不足が民族移動の内的な原因になったと言われている</p>
<p>　　　</p>
<p>　　→以上のような特徴があったため、ローマ帝政後期になるとゲルマン人は</p>
<p>　　　ドナウ川流域にまで広がった</p>
<p>　　→さらに、ローマの下級官吏、傭兵、コロヌスとして、平和的に帝国内に</p>
<p>　　　移住する人も多くなってきた</p>
<p>　　　＝同時に、ゲルマン人の社会では小部族が軍事的指導者である王のもとに</p>
<p>　　　　まとめられて大部族に成長していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・４世紀の後半に、アジア系のフン人がドン川という川をこえて西に進むということが起きた</p>
<p>　　→その後、フン人がゲルマン人の一派である東ゴート人の大半を征服し、</p>
<p>　　　西ゴート人も圧迫した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そこで、西ゴート人は３７５年に南へ移動を始め、</p>
<p>　　　次の年にドナウ川を渡ってローマ帝国領内に移住した</p>
<p>　　　※この動きをきっかけに、他のゲルマンの様々な部族も</p>
<p>　　　　大規模な移動を開始するようになった</p>
<p>　　　　＝この流れの結果、約２００年におよぶゲルマン人の大移動が始まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・西ゴート人は４１０年にローマを略奪した</p>
<p>　　→その後、ガリア西南部とイベリア半島に移動して建国をした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・他の民族については、以下のような動きを見せた</p>
<p>　　→・ヴァンダル人は北アフリカに建国した</p>
<p>　　　・ブルグンド人はガリア東南部に建国した</p>
<p>　　　・フランク人はガリア北部に建国した</p>
<p>　　　・アングロ＝サクソン人は大ブリテン島に渡った</p>
<p>　　　　※アングロ＝サクソン人は９世紀までの間に</p>
<p>　　　　　アングロ＝サクソン七王国（ヘプターキー）を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方でフン人は、５世紀前半にアッティラ王という人がパンノニア（現在のハンガリー）を</p>
<p>　　中心に大帝国を作った</p>
<p>　　→しかし、４５１年にカタラウヌムの戦いでフン人が西ローマとゲルマンの連合軍に負ける</p>
<p>　　　ということが起きた</p>
<p>　　　＝そのため、アッティラの死後に大帝国が崩壊してしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上のような混乱の中で、４７６年に西ローマ帝国がゲルマン人傭兵隊長の</p>
<p>　　　オドケアルという人に滅ぼされた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・東ゴート人は、テオドリック大王という人のもとでフン人の支配から脱出した</p>
<p>　　→その後、東ゴート人はイタリア半島に移動してオドケアルの王国を倒し、</p>
<p>　　　イタリア半島に建国した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝そして、５６８年に北イタリアにランゴバルド王国が作られたのを最後に、</p>
<p>　　　民族大移動の波は一度終了した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※先住民のケルト人は、現在のアイルランド、スコットランド、ウェールズ、</p>
<p>　　　ブルターニュ半島に追いやられたが、その後も独自の文化を保ち続けていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→ゲルマンの様々な民族の国家の多くが短命だったのに対して、その後着実に領土を広げ、</p>
<p>　　最有力国として西ヨーロッパ世界の形成に大きな役割を果たしたのは、</p>
<p>　　フランク王国というところだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ゲルマン人の大移動とその内容、動きなどについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/829">ゲルマン人の大移動について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>西ローマ帝国の滅亡について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/690</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/690#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 04 Oct 2013 20:39:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[世界は仲間]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[オリエント地中海古代史]]></category>
		<category><![CDATA[ゲルマン人の大移動]]></category>
		<category><![CDATA[コロヌス]]></category>
		<category><![CDATA[コンスタンティヌス帝]]></category>
		<category><![CDATA[コンスタンティノープル]]></category>
		<category><![CDATA[テオドシウス帝]]></category>
		<category><![CDATA[テトラルキア（四帝分治制）]]></category>
		<category><![CDATA[ディオクレティアヌス帝]]></category>
		<category><![CDATA[ビザンツ帝国]]></category>
		<category><![CDATA[専制君主制]]></category>

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		<description><![CDATA[西ローマ帝国の滅亡について考えてみます &#160; &#160; ・西ローマ帝国の滅亡について &#160; &#160; 　・２８４年にディオクレティアヌス帝が即位した &#160; 　　→ディオクレティアヌス帝は、 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/690">西ローマ帝国の滅亡について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>西ローマ帝国の滅亡について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・西ローマ帝国の滅亡について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・２８４年にディオクレティアヌス帝が即位した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→ディオクレティアヌス帝は、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・四帝分治制（テトラルキア）という制度を使って、政治的な秩序を回復した</p>
<p>　　　　※四帝分治制・・帝国を４つに分け、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　正帝と副帝を２人ずつたてて統治させる制度のこと</p>
<p>　　　・軍の兵員を増やして、徴税の仕組みを新しくするなどの様々な改革を行った</p>
<p>　　　　→上のような改革によって、分裂の危機をとりあえず回避した</p>
<p>　　　・皇帝を神として礼拝させ、専制君主として支配した</p>
<p>　　　　＝結果的に、政治体制が元首政から専制君主政（ドミナトゥス）へと変化していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ディオクレティアヌス帝の政策を、コンスタンティヌス帝という人が引き継いだ</p>
<p>　　→コンスタンティヌス帝は、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・今まで迫害されていたキリスト教を公認することで、帝国の統一を狙った</p>
<p>　　　・軍隊をさらに増強して、帝国の支配を安定させようとした</p>
<p>　　　・財政基盤を整備するために、コロヌスを土地に縛り付けて税の収入を確保した</p>
<p>　　　・下層民の身分や職業を世襲化させた</p>
<p>　　　・３３０年に新しい首都を、ビザンティウムというところに建設した</p>
<p>　　　　※この都市は、コンスタンティノープルと名前を変えた</p>
<p>　　　　→財政基盤の整備や世襲化などを使って、巨大な官僚体制を作っていった</p>
<p>　　　・官吏の力を強め、皇帝が官吏を使って帝国を専制支配する体制を作っていった</p>
<p>　　　・ローマを官僚制を土台とした階層社会にした</p>
<p>　　　　→そのため、人々は官吏としての出世が目標になっていった</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　＝こうして、ポリス以来の市民の自由は完全に失われてしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・コンスタンティヌス帝が改革したのにも関わらず、膨大な数の軍隊と官僚を支えるための</p>
<p>　　重い税金は相次ぐ属州の反乱を招くことになった</p>
<p>　　→そして、３７５年にゲルマン人の大移動ということが起きたため、帝国内部が混乱した</p>
<p>　　　＝そのため、帝国の分裂を防ぐことは難しかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そこで、３９５年にテオドシウス帝は帝国を東西に分割して２人の子どもに分け与えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・東西の分割によって、東ローマ帝国（ビザンツ帝国）と西ローマ帝国が出て来た</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・東ローマ帝国は、コンスタンティノープルを首都とし、都市経済が比較的に順調だった</p>
<p>　　→そのため、その後１４５３年まで東ローマ帝国は続いた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・西ローマ帝国は、ローマを首都とし、ゲルマン人の侵入によって混乱してしまった</p>
<p>　　→そのため、４７６年にゲルマン人傭兵隊長のオドアケルという人によって、</p>
<p>　　　西ヨーロッパ皇帝が退位させられた</p>
<p>　　　＝その結果、西ヨーロッパ帝国は滅亡してしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ディオクレティアヌス帝の動きについておさえる</p>
<p>・コンスタンティヌス帝の動きについておさえる</p>
<p>・東ローマ帝国と西ローマ帝国の様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/690">西ローマ帝国の滅亡について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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