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	<title>アラエス &#187; スルタン</title>
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	<item>
		<title>オスマン帝国の成立と発展について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/893</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/893#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 13 Oct 2013 21:16:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[足利]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代アジア史前期]]></category>
		<category><![CDATA[オスマン帝国]]></category>
		<category><![CDATA[カピチュレーション]]></category>
		<category><![CDATA[スルタン]]></category>
		<category><![CDATA[スレイマン1世]]></category>
		<category><![CDATA[セリム1世]]></category>
		<category><![CDATA[セリム2世]]></category>
		<category><![CDATA[ニコポリスの戦い]]></category>
		<category><![CDATA[バヤジット1世]]></category>
		<category><![CDATA[プレヴェザの海戦]]></category>
		<category><![CDATA[レパントの海戦]]></category>

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		<description><![CDATA[オスマン帝国の成立と発展について考えてみます &#160; &#160; ・オスマン帝国の成立と発展について &#160; &#160; 　・１３世紀の終わりに、西方に進出したトルコ人は小アジア西北部に 　　オスマン帝国 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/893">オスマン帝国の成立と発展について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>オスマン帝国の成立と発展について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・オスマン帝国の成立と発展について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１３世紀の終わりに、西方に進出したトルコ人は小アジア西北部に</p>
<p>　　オスマン帝国を建設した</p>
<p>　　→その後、小アジア側のビザンツ帝国領を奪うということを行った</p>
<p>　　　＝そして、バルカン半島に進出し、１３６６年にアドリアノープル（現在のエディルネ）を</p>
<p>　　　　首都にした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、１３９６年にバヤジット１世という人が、ニコポリスの戦いで</p>
<p>　　バルカン諸国とフランス・ドイツの連合軍を撃破するということが起きた</p>
<p>　　→その後は、小アジアに進出したティムールと衝突し、負けてしまった</p>
<p>　　　※しかし、メフメト２世の時に国力を回復し、１４５３年にコンスタンティノープルを倒した</p>
<p>　　　　＝そして、結果的にビザンツ帝国を滅ぼした</p>
<p>　　　　　※この時にコンスタンティノープルが首都になり、以後はイスタンブルという呼び方が</p>
<p>　　　　　　一般的になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・その後、セリム１世という人は、新しく出てきたサファヴィー朝を倒した後に</p>
<p>　　シリアへ進出した</p>
<p>　　→そして、１５１７年にはマムルーク朝を倒してエジプトを組み合わせた</p>
<p>　　　＝その結果、それまでマムルーク朝の管理下にあった両方の聖都（メッカとメディナ）の</p>
<p>　　　　保護権を手に入れた</p>
<p>　　　　※以後、オスマン帝国のスルタンというところは、カリフ政治の後継者として</p>
<p>　　　　　スンナ派イスラーム教を守る中心の存在になった　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・オスマン帝国は、スレイマン１世という人のもとで最盛期を迎えた</p>
<p>　　→スレイマン１世は、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・サファヴィー朝から南イラクを奪った</p>
<p>　　　・北アフリカに支配を広げた</p>
<p>　　　・ハンガリーを征服した</p>
<p>　　　・１５２９年にウィーンを包囲してヨーロッパ諸国に大きな脅威を与えた</p>
<p>　　　・１５３８年にプレヴェザの海戦というので、スペイン・ヴェネツィアの連合艦隊を破って、</p>
<p>　　　　地中海の制海権を手中におさめた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→次に、セリム２世という人が出てきて、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・スレイマン１世の時代の慣習にもとづいて、１５６９年にフランス商人に</p>
<p>　　　　領内での居住と通商の自由をおおやけに認めた</p>
<p>　　　　＝これをカピチュレーションという</p>
<p>　　　　　　※カピチュレーションについて</p>
<p>　　　　　　　・この特権は、のちにイギリスやオランダにも与えられた</p>
<p>　　　　　　　・１８世紀以降にオスマン帝国の衰退を迎えた時に、ヨーロッパの国々は</p>
<p>　　　　　　　　これを中東侵略の有力な手段としても使った</p>
<p>　　　・レパントの海戦で負けた</p>
<p>　　　・オスマン艦隊が依然として東地中海を自由に航行した</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　＝そのため、１７世紀の終わりまで、オスマン帝国とヨーロッパ諸国との力関係に</p>
<p>　　　大きな変化はなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・オスマン帝国のスルタンというところは、強大な権力を持つ専制君主だった</p>
<p>　　※スルタンは、イスラーム法にもとづく政治を行って、州、県、郡に分かれる</p>
<p>　　　整然とした行政機構を整えた</p>
<p>　　※一方で、帝国内に住むキリスト教徒やユダヤ教徒の共同体（ミッレト）には、</p>
<p>　　　法で定められた自治を認め、イスラーム教徒との共存が目指された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・スルタンの軍隊は、ティマールを保持する騎士の軍団とイェニチェリ軍団とからなっていた</p>
<p>　　※ティマールとは、スルタンから与えられた土地からの徴税権を意味している</p>
<p>　　　→ティマール制は、イクター制を継承した制度だと言われている</p>
<p>　　※イェニチェリ軍団は、バルカン半島の征服後に、キリスト教徒の子弟を強制的に集めて</p>
<p>　　　編制した歩兵軍団だった</p>
<p>　　　→そのため、スルタンの常備軍として、ヨーロッパやアジア各地の征服に活動した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・オスマン帝国の流れと内部の様子、周辺との関係についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/893">オスマン帝国の成立と発展について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>東方イスラーム世界の動きについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/815</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/815#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 15:55:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[イスラム世界史]]></category>
		<category><![CDATA[アッバース朝]]></category>
		<category><![CDATA[カザン＝ハン]]></category>
		<category><![CDATA[ガズナ朝]]></category>
		<category><![CDATA[スルタン]]></category>
		<category><![CDATA[セルジューク朝]]></category>
		<category><![CDATA[トゥグリル＝ベク]]></category>
		<category><![CDATA[ニザーミーヤ学院]]></category>
		<category><![CDATA[マムルーク]]></category>
		<category><![CDATA[十字軍]]></category>
		<category><![CDATA[東方イスラーム世界]]></category>

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		<description><![CDATA[東方イスラーム世界の動きについて考えてみます &#160; &#160; ・東方イスラーム世界の動きについて &#160; &#160; 　・アッバース朝のカリフは、９世紀の初めころからマムルークと呼ばれる 　　トルコ人 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/815">東方イスラーム世界の動きについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>東方イスラーム世界の動きについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・東方イスラーム世界の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アッバース朝のカリフは、９世紀の初めころからマムルークと呼ばれる</p>
<p>　　トルコ人奴隷を親衛隊として使うようになった</p>
<p>　　※遊牧民だったトルコ人は騎馬戦士として優れていた</p>
<p>　　※親衛隊として使ってた時、マムルーク勢力が拡大するにつれて、</p>
<p>　　　カリフの権力が低下していくことになった</p>
<p>　　　→しかし、他の地域からマムルークを買って軍事力の中心とする動きが、</p>
<p>　　　　イスラーム世界で一般的になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・セルジューク朝について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・トルコ人のセルジューク朝という王朝が中央アジアから西方に進出していった</p>
<p>　　　※セルジューク朝もマムルークを使った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・セルジューク朝はトゥグリル＝ベクという人が作った</p>
<p>　　　→トゥグリル＝ベクは、１０５５年にブワイフ朝を倒してバグダードに入城した</p>
<p>　　　　※この時に、アッバース朝のカリフからスルタン（支配者）の称号を授けられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・セルジューク朝はスンナ派を信仰していたため、シーア派を信仰していた</p>
<p>　　　ファーティマ朝に対抗する形で、セルジューク朝の土地内部の主要な都市に</p>
<p>　　　学院（マドラサ）を作った</p>
<p>　　　＝学院を作ることで、スンナ派の神学と法学を奨励して学問の育成を行った</p>
<p>　　　　※これらの学院は、建設の指導を行ったニザーム＝アルムルクという人にちなんで、</p>
<p>　　　　　ニザーミーヤ学院と呼ばれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・セルジューク朝は、シリアの海岸地帯にも進出していき、ビザンツ領を圧迫していった</p>
<p>　　　※この動きは、後にヨーロッパのキリスト教団が十字軍を誕生させるきっかけになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　</p>
<p>　・カラ＝ハン朝とガズナ朝について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・トルコ人のカラ＝ハン朝は、東と西のトルキスタンを組み合わせて、</p>
<p>　　　この地方にイスラーム文化を導入した</p>
<p>　　</p>
<p>　　・アフガニスタンのガズナ朝は１０世紀の終わりから北インドへの侵入を始めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　＝イスラーム世界は分裂していたにも関わらず、上のようなトルコ人の活躍があったために、</p>
<p>　　　　イスラーム世界が着実に拡大していったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のような動きの後、モンゴルの勢力が発展していった</p>
<p>　　→フラグという人が連れていたモンゴル軍は、西アジアに進出して、</p>
<p>　　　１２５８年にバグダードを陥れた</p>
<p>　　　＝その結果、アッバース朝は滅亡し、カリフの制度が一度消滅した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・フラグは、イランとイラクを領有してイル＝ハン国という国を作った</p>
<p>　　→イル＝ハン国はエジプトのマムルーク朝と敵対した</p>
<p>　　　＝結果的にカザン＝ハンという人の時にイル＝ハン国はイスラーム教を国教に定めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・カザン＝ハンは、地租を中心とするイスラーム式の税制を導入した</p>
<p>　　→この税制の導入によって、農村の復興を目指した</p>
<p>　　→一方で、イスラーム文化の保護も目指した</p>
<p>　　　＝そのため、モンゴル人の支配のもとにイラン＝イスラーム文化が成長していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・東方のイスラーム世界の概況をおさえる</p>
<p>・セルジューク朝についておさえる</p>
<p>・カラ＝ハン朝とガズナ朝についておさえる</p>
<p>・モンゴル勢力の発達の様子とイル＝ハン国についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/815">東方イスラーム世界の動きについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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