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	<title>アラエス &#187; ドル危機</title>
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	<item>
		<title>国際通貨体制の流れと変化と歴史について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1766</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1766#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 02:59:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際経済]]></category>
		<category><![CDATA[キングストン合意]]></category>
		<category><![CDATA[スミソニアン協定]]></category>
		<category><![CDATA[ドル危機]]></category>
		<category><![CDATA[ニクソン・ショック]]></category>
		<category><![CDATA[固定相場制]]></category>
		<category><![CDATA[国際流動性]]></category>
		<category><![CDATA[国際通貨体制]]></category>
		<category><![CDATA[変動相場制]]></category>
		<category><![CDATA[ＩＢＲＤ]]></category>
		<category><![CDATA[ＳＤＲ]]></category>

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		<description><![CDATA[国際通貨体制について、様々な面から考えてみます &#160; &#160; ・国際通貨体制とは 　→国際の通貨に関する制度のことで、固定相場制と変動相場制が代表的 　　＝この体制を理解するためには、戦後からの歴史を知る必 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1766">国際通貨体制の流れと変化と歴史について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国際通貨体制について、様々な面から考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際通貨体制とは</p>
<p>　→国際の通貨に関する制度のことで、固定相場制と変動相場制が代表的</p>
<p>　　＝この体制を理解するためには、戦後からの歴史を知る必要があると言われている</p>
<p>　　※・固定相場制・・為替のレートが一定で変わらない制度のこと</p>
<p>　　　・変動相場制・・為替のレートが、通貨量や需要と供給など、</p>
<p>　　　　　　　　　　　様々な理由で変わる制度のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・第二次世界大戦後の国際経済の状況について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第二次世界大戦の後は、非常に混乱した状態の場所がいくつもあった</p>
<p>　　→その中で、アメリカがずば抜けて経済力を持っていた</p>
<p>　　　※当時は、国際流動性（外国で通用するお金の量）が少ないと言われていたが、</p>
<p>　　　　ドルだけは圧倒的に強いという状況が存在していた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上のように、ドルの圧倒的な強さとアメリカの経済力の強さがあったので、</p>
<p>　　　ドル中心の国際通貨体制になったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ドルが中心になった後、アメリカはＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制という体制の時に、</p>
<p>　　自由貿易を展開すると同時に、国際復興開発銀行（ＩＢＲＤ、世界銀行）という</p>
<p>　　ものを作り、戦後の経済の復活を目指した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→この時に、２つの大きな出来事が起きた</p>
<p>　　　・冷戦が発生し、東西対立の時に、西側の国々へ経済や軍事の面で援助をした</p>
<p>　　　・ベトナム戦争が発生し、軍事の面での支出が増えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→この出来事によって、ドルが世界中に出て行ったので、</p>
<p>　　　アメリカが外国から借りているお金の量が</p>
<p>　　　アメリカ自身が持っていた金の量よりも多くなってしまった　（海外の借金＞金の量）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→結果的に、「金が少なくて、アメリカはドルを返してくれるのか？」</p>
<p>　　　という疑問が広がり、ドルに対して不安を持つ人が増え、</p>
<p>　　　金がアメリカから大量に出て行くという事態が起きた</p>
<p>　　　＝この出来事をドル危機という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカは、ドルの力を維持するための政策を行ったが、結局不可能だった</p>
<p>　　→そこで、当時のアメリカの大統領だったニクソンという人が</p>
<p>　　　１９７１年８月に新しい経済政策というものを発表した</p>
<p>　　　＝この発表の時に、金とドルの交換を停止することになった</p>
<p>　　　　（この停止を、ドル・ショック、または、ニクソン・ショックと言う）</p>
<p>　　　　※このショックで、固定相場制は終わったと言われている</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ドル・ショックの後、１９７１年１２月に、スミソニアン協定という協定によって、</p>
<p>　　新しい固定相場制のルールが考えられたが、</p>
<p>　　結果的には１９７３年から、どんどん変動相場制に変わっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※スミソニアン協定について</p>
<p>　　　・ワシントンのスミソニアン博物館という場所で行われた、</p>
<p>　　　　１０カ国の財務省のトップが集まった会議での協定のこと</p>
<p>　　　・ドルの価値は当時は、金１オンス＝３５ドルというレートだったが、</p>
<p>　　　　これを１オンス＝３８ドルに切り下げるということを行って、</p>
<p>　　　　各国の通貨の平価調整（ドルとの交換比率の調整）をした</p>
<p>　　　　→このレートの変化によって、当時は１ドル＝３６０円というレートだったが、</p>
<p>　　　　　１ドル＝３０８円というレートに変わった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７３年からの変動相場制への変更が続き、</p>
<p>　　１９７６年にはキングストン合意という合意が行われた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※キングストン合意について</p>
<p>　　　・ジャマイカの首都のキングストンというところで行われたＩＭＦ暫定委員会という</p>
<p>　　　　委員会での合意のこと</p>
<p>　　　　→この時に、ＩＭＦ協定の第２次改正案が合意された</p>
<p>　　　・キングストン合意で合意された内容</p>
<p>　　　　→・変動相場制に移ることを認めること</p>
<p>　　　　　・国が金の値段を決めること（公定価格）は廃止となった</p>
<p>　　　　　・金の代わりとして、ＳＤＲ（特別引き出し権）を土台として</p>
<p>　　　　　　考えることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ＳＤＲ（特別引き出し権）について</p>
<p>　　　・ＩＭＦが何かあった時のために準備しておく資産のこと</p>
<p>　　　・１９６９年のＩＭＦ協定第１次改正の時に、</p>
<p>　　　　金やドルを補うためのものとして用意された</p>
<p>　　　・ＩＭＦに加盟している国は、ＩＭＦに出している金額の量に応じて、</p>
<p>　　　　ＳＤＲの権利の配分を得る</p>
<p>　　　　→国際収支が赤字になった国は、ＳＤＲの権利を使って、</p>
<p>　　　　　他の国から外貨を借りることができる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・国際通貨体制を押さえる</p>
<p>・第二次世界大戦の後の状況を押さえる</p>
<p>・ドル危機の内容を押さえる</p>
<p>・固定相場制が終わる過程を押さえる</p>
<p>・スミソニアン協定、キングストン合意の内容を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1766">国際通貨体制の流れと変化と歴史について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>ドル＝ショックについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1341</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1341#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 29 Oct 2013 17:50:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[高度成長・平成時代]]></category>
		<category><![CDATA[インドシナ難民問題]]></category>
		<category><![CDATA[サミット]]></category>
		<category><![CDATA[ドル危機]]></category>
		<category><![CDATA[ドル＝ショック]]></category>
		<category><![CDATA[ベトナム戦争]]></category>
		<category><![CDATA[固定相場制]]></category>
		<category><![CDATA[変動相場制]]></category>
		<category><![CDATA[第一次石油危機]]></category>
		<category><![CDATA[第四次中東戦争]]></category>
		<category><![CDATA[１０カ国蔵相会議]]></category>

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		<description><![CDATA[ドル＝ショックについて考えてみます &#160; &#160; ・ドル＝ショックまでの流れについて &#160; 　・アメリカのニクソン政権は、アメリカ経済にダメージを与えていたベトナム戦争を 　　終わらせるために、ソ連 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1341">ドル＝ショックについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ドル＝ショックについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ドル＝ショックまでの流れについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカのニクソン政権は、アメリカ経済にダメージを与えていたベトナム戦争を</p>
<p>　　終わらせるために、ソ連の軍事的な圧力と戦っている中国との関係を改善した上で、</p>
<p>　　中国を通じて北ベトナムとの平和を考えた</p>
<p>　　→そこで、１９７１年７月にニクソン大統領は中国訪問を決め、</p>
<p>　　　アメリカと中国との関係の改善を考えた</p>
<p>　　　＝その結果、台湾に代わって国連代表権を獲得した中国を１９７２年に訪問して、</p>
<p>　　　　アメリカと中国との敵対関係を終了させた</p>
<p>　　　　（１９７９年に米中国交正常化）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上の流れの中の時に、アメリカ国内ではベトナム反戦運動が盛り上がってきたこともあり、</p>
<p>　　　１９７３年にベトナム和平協定という協定が成立し、アメリカ軍はベトナムから撤退した</p>
<p>　　　※この後、南ベトナムは１９７５年に崩壊し、ベトナム社会主義共和国という名前で、</p>
<p>　　　　南北の統一が実現した</p>
<p>　　　※しかし、インドシナ半島というところでは、カンボジアの内戦や</p>
<p>　　　　中越（中国とベトナム）戦争などといった紛争が途絶えず、</p>
<p>　　　　この紛争の時に多くの難民が出てきてしまい、難民が日本を含めた海外に流出した</p>
<p>　　　　＝この問題を、インドシナ難民問題という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→アメリカは、ベトナム戦争などで軍事面の支出を膨らませ、西側の国々への</p>
<p>　　　大量の援助を続けていた</p>
<p>　　→さらに、復興した先進国がアメリカに大量に輸出をするようになった</p>
<p>　　　＝そのため、アメリカは国際収支が悪化し、金の準備の減少が深刻になった</p>
<p>　　　　※この問題をドル危機という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ドル＝ショックについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７１年８月、ニクソン大統領は新経済政策を発表した</p>
<p>　　→この時に、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・ドルを守って、国際収支を悪化することを防ごうとした</p>
<p>　　　・アメリカ国内のインフレを抑えるために、金とドルの交換を停止した　</p>
<p>　　　・西ドイツや日本など、国際収支が黒字の国に、為替レートの引き上げを要求した</p>
<p>　　　　→このような動きの結果、ドルの基軸通貨としての価値が大きく揺らいできた</p>
<p>　　　　　＝この動きを、ドル＝ショックという</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ドル＝ショック後の流れについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７１年末に、１０カ国蔵相会議という会議の結果、</p>
<p>　　円を１ドル＝３６０円から３０８円に切り上げる、などの通貨調整が行われた</p>
<p>　　→その後、西ヨーロッパの国々は、変動相場制にどんどん移っていった</p>
<p>　　　※日本も１９７３年に変動相場制に移った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７３年に第一次石油危機という出来事が起きた</p>
<p>　　※第一次石油危機・・１９７３年１０月に、第四次中東戦争という戦争が起き、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　ＯＡＰＥＣ（アラブ石油輸出国機構）が日本に対する輸出制限を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　かけたことで、ＯＰＥＣ（石油輸出国機構）が</p>
<p>　　　　　　　　　　　　原油価格を４倍に引き上げたという出来事のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※変動相場制と石油危機によって、世界がどのように動いたのか</p>
<p>　　</p>
<p>　　・固定相場制によって、資本主義の国々の経済が結びついていた状態</p>
<p>　　（ＩＭＦ体制）が変動相場制によって崩れた</p>
<p>　　　→固定相場制から変動相場制への移行は、アメリカの衰退を表していた</p>
<p>　　　　＝そのため、１９７５年にアメリカ、ドイツ、日本、イギリス、フランス、イタリアの</p>
<p>　　　　　６カ国の首脳が話し合い、世界不況にどのように対応していくかを協議した</p>
<p>　　　　　さらに、次の年からはカナダを加えて、先進国首脳会議（サミット）が</p>
<p>　　　　　毎年開かれるようになった</p>
<p>　　　　　※先進国首脳会議では、貿易や通貨の問題など、先進国の間での経済政策について</p>
<p>　　　　　　話し合うようになった</p>
<p>　　</p>
<p>　　・経済成長の条件だった低価格な石油というのが失われてしまった</p>
<p>　　　→そのため、西側の先進国の国々の成長は、石油危機の１９７３年から成長が難しくなった</p>
<p>　　　　＝結果的に資本主義の国々は長期不況の時代に突入した</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ドル＝ショックまでの流れとその内容についておさえる</p>
<p>・ドル＝ショックによる影響と世界の動きをおさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1341">ドル＝ショックについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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