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	<title>アラエス &#187; ネルー</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1056</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1056#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 16:44:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[さやかとゆい]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後世界史・冷戦・第三世界]]></category>
		<category><![CDATA[アラブ連盟]]></category>
		<category><![CDATA[インド]]></category>
		<category><![CDATA[ガンディー]]></category>
		<category><![CDATA[スリランカ]]></category>
		<category><![CDATA[ネルー]]></category>
		<category><![CDATA[パレスチナ戦争]]></category>
		<category><![CDATA[パレスチナ解放機構]]></category>
		<category><![CDATA[ヒンドゥー教]]></category>
		<category><![CDATA[マラヤ連邦]]></category>
		<category><![CDATA[ミャンマー]]></category>

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		<description><![CDATA[戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界について考えてみます &#160; &#160; ・戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界について &#160; &#160; &#160; 　・インドは、戦後に独立が予定されていた 　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1056">戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・インドは、戦後に独立が予定されていた</p>
<p>　　※しかし、インドはジンナーという人とガンディーという人などとの間で対立していた</p>
<p>　　　・ジンナー・・パキスタンの分離と独立を目指す全インド＝ムスリム連盟の人</p>
<p>　　　・ガンディー・・統一インドを主張する人</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝その後、１９４７年にインド独立法という法律が作られると、</p>
<p>　　　ヒンドゥー教を中心とするインド連邦とイスラーム教徒による</p>
<p>　　　パキスタンの２国に分かれて独立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒との対立はその後も終わらなかった</p>
<p>　　　※しかも、１９４８年にガンディーは、急進派ヒンドゥー教徒に暗殺された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝インドは、初代首相のネルーという人を中心に、１９５０年にカーストによる</p>
<p>　　　差別の禁止など社会の近代化を目指す憲法を発布して、共和国になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・スリランカ（セイロン）は、１９４８年にイギリス連邦内の自治領になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ミャンマーは、１９４８年にイギリス連邦から離れて独立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスの支配下にあったマレー半島は、１９５７年にマラヤ連邦になった</p>
<p>　　→その後、１９６３年にシンガポールとイギリス領ボルネオの２つと組み合わさって、</p>
<p>　　　マレーシア連邦になった</p>
<p>　　　＝しかし、１９６５年にこの中から、華人（中国系住民）が多くを占める</p>
<p>　　　　シンガポールが、別個の国家として分離し、独立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イランは、第二次大戦中に中立を表明しつつも、イギリスとソ連の軍隊の駐留を許した</p>
<p>　　→そのため、戦後は外国が関わってくることに抗議する民族運動が広がった</p>
<p>　　　※中でも、イラン産の石油を独占するイギリス系企業の</p>
<p>　　　　アングロ＝イラニアン石油会社の国有化を求める声が強くなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そこで、１９５１年に政権についたモサデグという人は、国有化の声に応える形で、</p>
<p>　　　実際に国有化した</p>
<p>　　　※しかし、イギリスとの関係の悪化を恐れた国王のパフレヴィー２世という人は、</p>
<p>　　　　クーデタによってモサデグを追放した</p>
<p>　　　　＝そのため、イランでの民族運動の動きはおさえこまれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・エジプトなどアラブ７カ国は、１９４５年３月にアラブ連盟（アラブ諸国連盟）を</p>
<p>　　結成して、アラブの統一を目指した</p>
<p>　　※アラブ７カ国・・エジプト、シリア、イラク、レバノン、トランスヨルダン、</p>
<p>　　　　　　　　　　　イエメン、サウジアラビアを指す</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・パレスチナは、イギリスの委任統治が戦後に終了した</p>
<p>　　→この出来事をきっかけに、国際連合によってアラブ人とユダヤ人地域への</p>
<p>　　　分割案が出された</p>
<p>　　　※ユダヤ人はこれを受け入れて１９４８年にイスラエルの建国を宣言した</p>
<p>　　　※しかし、アラブ連盟は反対して、イスラエルと戦った</p>
<p>　　　　＝この戦争を、パレスチナ戦争（第一次中東戦争）という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→この後、国際連合の調停によってイスラエルが独立を確保した</p>
<p>　　　※しかし、パレスチナから追放された１００万人以上のアラブ人が</p>
<p>　　　　難民（パレスチナ人）になった　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９６４年に、パレスチナ難民は、アラブ諸国の支援のもとに、</p>
<p>　　　パレスチナ奪回を目標とするパレスチナ解放機構（ＰＬＯ）を設立した</p>
<p>　　　※ＰＬＯは、イスラエルに対する闘争や国際世論への働きかけを指導した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界の様子をおさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1056">戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>第一次世界大戦の時のインドについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1033</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1033#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 08:23:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[第一次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[インド統治法]]></category>
		<category><![CDATA[ガンディー]]></category>
		<category><![CDATA[ジンナー]]></category>
		<category><![CDATA[ネルー]]></category>
		<category><![CDATA[プールナ＝スワラージ]]></category>
		<category><![CDATA[ローラット法]]></category>
		<category><![CDATA[全インド＝ムスリム連盟]]></category>
		<category><![CDATA[円卓会議]]></category>
		<category><![CDATA[塩の行進]]></category>
		<category><![CDATA[民族運動]]></category>

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		<description><![CDATA[第一次世界大戦の時のインドについて考えてみます &#160; &#160; ・第一次世界大戦の時のインドについて &#160; &#160; 　※第一次世界大戦の時は、インドの兵隊が大量に戦争へ送られ、大量の戦死者を出し [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1033">第一次世界大戦の時のインドについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>第一次世界大戦の時のインドについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・第一次世界大戦の時のインドについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※第一次世界大戦の時は、インドの兵隊が大量に戦争へ送られ、大量の戦死者を出した</p>
<p>　　→このような状況の中でイギリスは、民族自決という国際世論の圧力に押されて</p>
<p>　　　自治を約束した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１９年に、１９１９年インド統治法という法律が出来た</p>
<p>　　→この法律は、州の行政の一部をインド人にゆだねるというものだった</p>
<p>　　　※しかし、中央の部分はイギリスが握り続けるものだった</p>
<p>　　　　＝そのため、１９１９年インド統治法は、自治とはほど遠い内容だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また、１９１９年インド統治法と同時に極めて圧力の強いローラット法という</p>
<p>　　法律が制定された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・さらに、アムリットサールでイギリス軍が民衆に発砲して多くの死傷者を出す</p>
<p>　　という事件も起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝上の一連の流れは、インドの民衆の激しい反発を呼んだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上のように、植民地政府が強い圧力をかけるという支配に対して、非暴力をかかげて</p>
<p>　　　インドの民衆の新しい指導者として登場したのが、ガンディーという人だった</p>
<p>　　　※ガンディーは、南アフリカでのインド人移民への差別撤廃運動に勝利して、</p>
<p>　　　　インド人に熱狂的に受け入れられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ガンディーは、１９２０年の国民会議大会で、植民地統治に協力しない運動の方針を示した</p>
<p>　　→この方針によって、民族運動を、一般大衆を加えた全インド的な民族運動にまで</p>
<p>　　　大きくなっていった</p>
<p>　　　※この時、オスマン帝国のカリフ制を擁護する運動への支持を</p>
<p>　　　　ヒンドゥー教徒に呼びかけることで、ムスリムの支持を得ることにも成功した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、民衆の運動はガンディーの理想通りに進まなかった</p>
<p>　　　※農民による警官殺害事件が発生した</p>
<p>　　　　＝そのため、１９２２年に運動が中止された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、運動方針の対立、ヒンドゥー教徒とムスリム教徒の宗教対立が深刻化していった</p>
<p>　　→そのため、民族運動が混乱かつ停滞した</p>
<p>　　　※この後ムスリムは、反国民会議派、イギリス友好路線を進んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９２７年に、憲政改革調査委員会にインド人が含まれていなかったことを理由に、</p>
<p>　　民族運動がまた激しくなった</p>
<p>　　→激しい民族運動に直面したインド総督は、以下のような行動を選択した</p>
<p>　　　・インドを自治領とすることを約束した</p>
<p>　　　・新しいインド統治法の内容をロンドンでの円卓会議で検討することを発表した</p>
<p>　　　　※しかし、自治実現の日程は示さなかった</p>
<p>　　　　　＝そのため、１９２９年に国民会議派内のネルーという人などの急進派が、</p>
<p>　　　　　　完全な独立（プールナ＝スワラージ）を決めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・運動に呼び戻されたガンディーは、植民地支配が合理的でないことを象徴的に示すために、</p>
<p>　　１９３０年に「塩の行進」と呼ばれる運動を始めた</p>
<p>　　※塩の行進とは</p>
<p>　　　→ガンディーなどが、日常的にもっとも必要としている塩への課税を、</p>
<p>　　　　植民地支配の象徴だと考えて、違法ながら塩づくりを行うことで、</p>
<p>　　　　植民地支配に抵抗する運動のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・塩の運動の後、円卓会議で合意の達成が出来ず、１９３２年に運動が再開した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→「塩の行進」という運動で、多くの人々が逮捕された</p>
<p>　　　＝そのため、１９３４年にガンディーは運動を中止した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・次の年の１９３５年に、１９３５年インド統治法という法律が誕生した</p>
<p>　　→この法律で、以下のようなことが決められた</p>
<p>　　　・州の政治はインド人に任せることになった</p>
<p>　　　・中央の財政や外交などはイギリスがコントロールし続けることになった</p>
<p>　　　　＝そのため、完全独立の要求からかなり遠いものだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９３７年に、１９３５年インド統治法のもとで州選挙が行なわれた</p>
<p>　　　※国民会議派が多かった州で政権を獲得できた</p>
<p>　　　※ムスリムが多い州は、ムスリムを中心とする地域政党が勝利した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ジンナーという人を指導者とする全インド＝ムスリム連盟は、１９４０年に</p>
<p>　　イスラーム国家であるパキスタンの建設を目標にかかげた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・そして、第二次世界大戦が始まると、国民会議派が完全独立を要求した</p>
<p>　　→この動きに対して、イギリスは以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・完全独立をおさえつけた</p>
<p>　　　・国民会議派を非合法化した</p>
<p>　　　・ガンディーを始めとする指導者を投獄した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・第一次世界大戦の時のインドについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1033">第一次世界大戦の時のインドについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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