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	<title>アラエス &#187; ビスマルク</title>
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	<item>
		<title>世界の社会保障の歴史について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1861</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1861#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 15:03:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ロンリ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[労働・社会保障]]></category>
		<category><![CDATA[スウェーデン]]></category>
		<category><![CDATA[ニューディール政策]]></category>
		<category><![CDATA[ビスマルク]]></category>
		<category><![CDATA[フィラデルフィア宣言]]></category>
		<category><![CDATA[ベバリッジ報告]]></category>
		<category><![CDATA[労働運動]]></category>
		<category><![CDATA[社会保険制度]]></category>
		<category><![CDATA[社会保障の歴史]]></category>
		<category><![CDATA[ＩＬＯ]]></category>

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		<description><![CDATA[社会保障の歴史について考えてみます &#160; &#160; ・社会保障の歴史について &#160; &#160; 　・社会保障のスタートとは 　　・イギリスでは、１６世紀の半ばに、救貧院という施設を作って、 　　　貧 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1861">世界の社会保障の歴史について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>社会保障の歴史について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・社会保障の歴史について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・社会保障のスタートとは</p>
<p>　　・イギリスでは、１６世紀の半ばに、救貧院という施設を作って、</p>
<p>　　　貧しい人々を助けることを行っていた</p>
<p>　　　→特に１６０１年にイギリスでエリザベス救貧法という法律が作られ、</p>
<p>　　　　この法律が社会保障のスタートだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスの社会保障について</p>
<p>　　・イギリスでは、工業化という現象が起きたので、都市部に人々（労働者）が</p>
<p>　　　集まるようになってきた</p>
<p>　　　→その時労働者は、労働組合、協同組合、友愛組合などと呼ばれる組織を作って、</p>
<p>　　　　労働者がお互いに助け合うような関係を作るということが起きた</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界各国の動きについて</p>
<p>　　・世界各国の政府は、各地で起きている労働運動に対して、</p>
<p>　　　労働運動を抑えるということを考えた</p>
<p>　　　→そのための動きとして、労働者の保護を行うことを考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※世界最初の労働者の保護について</p>
<p>　　　→１８８３年にドイツのビスマルクという人が世界で初めて社会保険制度を作った</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・ビスマルクが作った世界最初の社会保険制度について</p>
<p>　　　　・１８８３年に疾病保険、１８８４年に災害保険、１８８９年に老齢疾病保険という</p>
<p>　　　　　３つの保険を作った</p>
<p>　　　　　※しかし、この保険制度は社会主義の立場だったので、</p>
<p>　　　　　　失業保険はまだ作られていなかった</p>
<p>　　　　・この社会保険制度は、社会主義の中で働く人達へのご褒美だという考え方があった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後の社会保障の動きについて</p>
<p>　　・ビスマルクの社会保険制度をスタートに、各国で様々な社会保障制度が生まれた</p>
<p>　　　→その中で、近代的社会保障制度が生まれた</p>
<p>　　　　※ここでの近代的社会保障制度は、国民の立場になって、</p>
<p>　　　　　国民の生存権を保障するという考えが含まれていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→近代保障制度の考え方は、１９４２年のベバリッジ報告というものを</p>
<p>　　　土台にして作られたイギリスの社会保障制度で</p>
<p>　　　初めてはっきりと表されるようになったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※ベバリッジ報告について</p>
<p>　　　　・ベバリッジ報告とは・・保守党の政府からお願いされた、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　ベバリッジという経済学者が発表した</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　「社会保険および関連事業に関する報告書」というもののこと</p>
<p>　　　　・この報告は、現在のイギリスの社会保障の基礎になっていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※ベバリッジ報告を土台にした最初の近代保障制度について</p>
<p>　　　　・この保障制度は、「ゆりかごから墓場まで」ということをスローガンにしている</p>
<p>　　　　・均一給付と均一拠出による均一主義、ナショナル・ミニマムの保障、</p>
<p>　　　　　全国民を対象にする包括給付という３つの原則が土台となっている</p>
<p>　　　　　※・均一主義・・全ての人が同じ金額を出したら、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　全ての人が同じ金額の給付を受け取るという考え方のこと</p>
<p>　　　　　　・ナショナル・ミニマム・・国が人々に保障しなければいけない</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　最低限度の生活レベルのこと</p>
<p>　　　　　　・包括給付・・国民全員に給付する考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカの社会保障について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・アメリカは、１９３５年に、ニューディール政策の一つとして、</p>
<p>　　　社会保障法という法律が作られた</p>
<p>　　　→この法律によって、公的扶助や社会保険などが含まれる社会保障が行われた</p>
<p>　　　　※しかし、国民全員が対象とはならなかった</p>
<p>　　　　※社会保障という言葉は社会保障法で初めて使われたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・スウェーデンの社会保障について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・第二次世界大戦前は、地方自治体がそれぞれの生活保障のための活動を行っていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・第二次世界大戦後は、国民全員が対象の社会保険が作られた</p>
<p>　　　→被雇用者（雇われている人）は、年金保険と医療保険の保険料は、</p>
<p>　　　　全額会社が負担することになっている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・戦後の社会保障の考え方について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・戦後は、社会保障は人間の基本的な権利だという考え方が広がっていった</p>
<p>　　　※それまでは、社会保障は救済や援助、国からの恵みだという発想が強かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このような考え方を浸透させていく時に、</p>
<p>　　　ＩＬＯ（国際労働機関）のフィラデルフィア宣言、</p>
<p>　　　国連の世界人権宣言の影響が大きいと言われている</p>
<p>　　　※フィラデルフィア宣言・・「労働は商品ではない」ということを前提として、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　労働者、雇用者、政府のそれぞれの代表が国レベルで</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　お互いに協力し合っていくことが大切だとした宣言のこと</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1861">世界の社会保障の歴史について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>社会保障の歴史について　－社会保障が出来た背景－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1749</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1749#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 22:33:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[チューペット]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[社会保障]]></category>
		<category><![CDATA[エリザベス救貧法]]></category>
		<category><![CDATA[ナショナル・ミニマム]]></category>
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		<category><![CDATA[社会主義]]></category>
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		<description><![CDATA[社会保障の歴史について考えてみます &#160; &#160; ・社会保障の歴史について &#160; &#160; 　・社会保障のスタートとは 　　・イギリスでは、１６世紀の半ばに、救貧院という施設を作って、 　　　貧 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1749">社会保障の歴史について　－社会保障が出来た背景－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>社会保障の歴史について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・社会保障の歴史について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・社会保障のスタートとは</p>
<p>　　・イギリスでは、１６世紀の半ばに、救貧院という施設を作って、</p>
<p>　　　貧しい人々を助けることを行っていた</p>
<p>　　　→特に１６０１年にイギリスでエリザベス救貧法という法律が作られ、</p>
<p>　　　　この法律が社会保障のスタートだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスの社会保障について</p>
<p>　　・イギリスでは、工業化という現象が起きたので、都市部に人々（労働者）が</p>
<p>　　　集まるようになってきた</p>
<p>　　　→その時労働者は、労働組合、協同組合、友愛組合などと呼ばれる組織を作って、</p>
<p>　　　　労働者がお互いに助け合うような関係を作るということが起きた</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界各国の動きについて</p>
<p>　　・世界各国の政府は、各地で起きている労働運動に対して、</p>
<p>　　　労働運動を抑えるということを考えた</p>
<p>　　　→そのための動きとして、労働者の保護を行うことを考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※世界最初の労働者の保護について</p>
<p>　　　→１８８３年にドイツのビスマルクという人が世界で初めて社会保険制度を作った</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・ビスマルクが作った世界最初の社会保険制度について</p>
<p>　　　　・１８８３年に疾病保険、１８８４年に災害保険、１８８９年に老齢疾病保険という</p>
<p>　　　　　３つの保険を作った</p>
<p>　　　　　※しかし、この保険制度は社会主義の立場だったので、</p>
<p>　　　　　　失業保険はまだ作られていなかった</p>
<p>　　　　・この社会保険制度は、社会主義の中で働く人達へのご褒美だという考え方があった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後の社会保障の動きについて</p>
<p>　　・ビスマルクの社会保険制度をスタートに、各国で様々な社会保障制度が生まれた</p>
<p>　　　→その中で、近代的社会保障制度が生まれた</p>
<p>　　　　※ここでの近代的社会保障制度は、国民の立場になって、</p>
<p>　　　　　国民の生存権を保障するという考えが含まれていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→近代保障制度の考え方は、１９４２年のベバリッジ報告というものを</p>
<p>　　　土台にして作られたイギリスの社会保障制度で</p>
<p>　　　初めてはっきりと表されるようになったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※ベバリッジ報告について</p>
<p>　　　　・ベバリッジ報告とは・・保守党の政府からお願いされた、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　ベバリッジという経済学者が発表した</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　「社会保険および関連事業に関する報告書」というもののこと</p>
<p>　　　　・この報告は、現在のイギリスの社会保障の基礎になっていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※ベバリッジ報告を土台にした最初の近代保障制度について</p>
<p>　　　　・この保障制度は、「ゆりかごから墓場まで」ということをスローガンにしている</p>
<p>　　　　・均一給付と均一拠出による均一主義、ナショナル・ミニマムの保障、</p>
<p>　　　　　全国民を対象にする包括給付という３つの原則が土台となっている</p>
<p>　　　　　※・均一主義・・全ての人が同じ金額を出したら、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　全ての人が同じ金額の給付を受け取るという考え方のこと</p>
<p>　　　　　　・ナショナル・ミニマム・・国が人々に保障しなければいけない</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　最低限度の生活レベルのこと</p>
<p>　　　　　　・包括給付・・国民全員に給付する考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカの社会保障について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・アメリカは、１９３５年に、ニューディール政策の一つとして、</p>
<p>　　　社会保障法という法律が作られた</p>
<p>　　　→この法律によって、公的扶助や社会保険などが含まれる社会保障が行われた</p>
<p>　　　　※しかし、国民全員が対象とはならなかった</p>
<p>　　　　※社会保障という言葉は社会保障法で初めて使われたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・戦後の社会保障の考え方について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・戦後は、社会保障は人間の基本的な権利だという考え方が広がっていった</p>
<p>　　　※それまでは、社会保障は救済や援助、国からの恵みだという発想が強かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このような考え方を浸透させていく時に、</p>
<p>　　　ＩＬＯ（国際労働機関）のフィラデルフィア宣言、</p>
<p>　　　国連の世界人権宣言の影響が大きいと言われている</p>
<p>　　　※フィラデルフィア宣言・・「労働は商品ではない」ということを前提として、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　労働者、雇用者、政府のそれぞれの代表が国レベルで</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　お互いに協力し合っていくことが大切だとした宣言のこと</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1749">社会保障の歴史について　－社会保障が出来た背景－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>ドイツの統一について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/979</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/979#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 16 Oct 2013 07:18:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[副店長]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史後期・末期]]></category>
		<category><![CDATA[アウスグライヒ]]></category>
		<category><![CDATA[ドイツの統一]]></category>
		<category><![CDATA[ドイツ関税同盟]]></category>
		<category><![CDATA[ビスマルク]]></category>
		<category><![CDATA[フランクフルト国民会議]]></category>
		<category><![CDATA[大ドイツ主義]]></category>
		<category><![CDATA[小ドイツ主義]]></category>
		<category><![CDATA[普墺戦争]]></category>
		<category><![CDATA[連邦体制]]></category>
		<category><![CDATA[鉄血政治]]></category>

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		<description><![CDATA[ドイツの統一について考えてみます &#160; &#160; ・ドイツの統一について &#160; &#160; 　・ドイツでは、連邦体制のもとで政治的な分裂が続いていた &#160; 　・１８３４年には、ライン川中流域 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/979">ドイツの統一について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ドイツの統一について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ドイツの統一について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ドイツでは、連邦体制のもとで政治的な分裂が続いていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１８３４年には、ライン川中流域の工業地帯を持つプロイセンを中心に、</p>
<p>　　オーストリア以外の大多数のドイツ諸邦からなる、ドイツ関税同盟が発足した</p>
<p>　　＝この同盟によって、商工業者が願った経済的な統一がほぼ実現された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・三月革命の時には、フランクフルト国民会議で、ドイツの統一が目指された</p>
<p>　　※しかし、この時に大ドイツ主義と小ドイツ主義が対立した</p>
<p>　　　→・大ドイツ主義・・オーストリアのドイツ人地域とベーメンを含む</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　統一方式を推す主義のこと</p>
<p>　　　　・小ドイツ主義・・プロイセンを中心に、オーストリアを排除して行う</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　ドイツ統一方式を推す主義のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→結果的に、小ドイツ主義の憲法がまとめられた</p>
<p>　　　※この時に、プロイセン王をドイツ皇帝に推した</p>
<p>　　　　＝しかし、王の拒否にあって、失敗に終わってしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、統一の主導者は自由主義者から、プロイセンの政府や軍部を支配する</p>
<p>　　保守的なユンカー層に移った</p>
<p>　　※そのため、ユンカー出身のビスマルクという人が、１８６２年にヴィルヘルム１世から</p>
<p>　　　首相に任じられた</p>
<p>　　　→その結果、議会の反対を押し切って軍備を拡大するということが起きた</p>
<p>　　　　＝これを、鉄血政治という</p>
<p>　　　　　※ビスマルクが１８６２年の議会演説から、鉄血政治と呼ばれるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・プロイセンは、デンマークから奪ったシュレスヴィヒとホルシュタインの</p>
<p>　　両方の州の処分に関して、プロイセン＝オーストリア（普墺）戦争という戦争を</p>
<p>　　起こして、オーストリアと戦った</p>
<p>　　→１８６６年にプロイセンは、オーストリアを倒した</p>
<p>　　　＝その結果、プロイセンは以下のような動きを見せた</p>
<p>　　　　・ドイツ連邦を解体した</p>
<p>　　　　・１８６７年にプロイセンを盟主とする北ドイツ連邦を作り上げた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※この時に、南ドイツの諸邦もプロイセンと同盟した</p>
<p>　　　　＝そのため、統一が完成に近づいた</p>
<p>　</p>
<p>　　　※当時のオーストリアについて</p>
<p>　　　　・オーストリアはドイツから除外された</p>
<p>　　　　・１８６７年にマジャール人のハンガリーを王国と認める</p>
<p>　　　　　妥協（アウスグライヒ）を行った</p>
<p>　　　　・同君連合としてのオーストリア＝ハンガリー帝国に再編した</p>
<p>　　　　・しかし、多民族国家として、民族問題を抱え続けていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・フランスのナポレオン３世は、プロイセンの強大化を恐れた</p>
<p>　　→そのため、スペインの王位継承問題という問題をきっかけに、</p>
<p>　　　１８７０年７月にプロイセン＝フランス戦争を始めた</p>
<p>　　　＝しかし、ナポレオン３世は、９月にはフランス北部のスダン（セダン）で捕虜になった</p>
<p>　　　　※そのため、この時に第二帝政が廃止されることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→戦争は、１８７１年にフランスにとって厳しい条件で終了した</p>
<p>　　　※実際にフランスは、以下のような行動を取った</p>
<p>　　　　・アルザスとロレーヌの両方の州をドイツに譲った</p>
<p>　　　　・莫大な賠償金が課せられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ドイツの統一の動きと流れについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/979">ドイツの統一について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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