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	<title>アラエス &#187; ホイッグ党</title>
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	<item>
		<title>アメリカ合衆国の領土の拡大について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/982</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/982#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 16 Oct 2013 07:47:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[副店長]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史後期・末期]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ合衆国]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ＝メキシコ戦争]]></category>
		<category><![CDATA[インディアン]]></category>
		<category><![CDATA[ゴールドラッシュ]]></category>
		<category><![CDATA[ジェファソン]]></category>
		<category><![CDATA[ホイッグ党]]></category>
		<category><![CDATA[文明地域]]></category>
		<category><![CDATA[明白な天命]]></category>
		<category><![CDATA[米英戦争]]></category>
		<category><![CDATA[西漸運動]]></category>

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		<description><![CDATA[アメリカ合衆国の領土の拡大について考えてみます &#160; &#160; ・アメリカ合衆国の領土の拡大について &#160; &#160; 　・アメリカ合衆国では、１８００年に反連邦派のジェファソンという人が、 　　第 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/982">アメリカ合衆国の領土の拡大について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>アメリカ合衆国の領土の拡大について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・アメリカ合衆国の領土の拡大について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカ合衆国では、１８００年に反連邦派のジェファソンという人が、</p>
<p>　　第３代大統領に選ばれるということが起きた</p>
<p>　　※この動きによって、民主主義がさらに発展していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカは、独立後すぐに起こったヨーロッパの戦争に対して、</p>
<p>　　孤立主義にもとづき中立を保っていた</p>
<p>　　※しかし、イギリスが海上封鎖で通商を妨害するということが起きた</p>
<p>　　　＝そのため、１８１２年にアメリカ＝イギリス戦争（米英戦争）というのを起こした</p>
<p>　　　　→この戦争でアメリカは、独立国としての意識を強め、経済的にも自立していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、第５代の大統領にモンローという人が選ばれた</p>
<p>　　→モンローは、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・ラテンアメリカの国々の独立を支援した</p>
<p>　　　・ヨーロッパの国々がアメリカ大陸を植民の対象にすることに反対した</p>
<p>　　　・アメリカもヨーロッパに関わらないことを宣言した教書を発表した</p>
<p>　　　　＝この考え方は、その後長く続いたアメリカ外交政策の基本になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、第７代の大統領にジャクソンという人が選ばれた</p>
<p>　　→ジャクソン大統領の時代に、アメリカでは以下のようなことが起きていた</p>
<p>　　　・資本家の勢力をおさえて、農民と都市小市民の立場を重視する民主政治を進めた</p>
<p>　　　・大統領選挙で勝った党の人に連邦政府の官職を与えた</p>
<p>　　　・公務員の交替を行って、政党政治の基礎を作った</p>
<p>　　　・ジャクソン派が南部を土台とする民主党を形成した</p>
<p>　　　・反ジャクソン派が北部を土台とするホイッグ党を形成した</p>
<p>　　　　※ホイッグ党は、他の奴隷制反対の小さい政党と合併して共和党になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカは、１８０３年にフランスからミシシッピ川以西のルイジアナを買収して</p>
<p>　　領土を増やした</p>
<p>　　※ルイジアナは、１８００年にスペイン領からフランス領になっていた</p>
<p>　　　→その後、１８１９年にスペインからフロリダを買収した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・さらに、１８４０年代になると「明白な天命」を提唱して、４５年にテキサスを、</p>
<p>　　４６年にオレゴンを合わせた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、アメリカがメキシコとアメリカ＝メキシコ戦争で戦って、</p>
<p>　　１８４８年にカリフォルニアを得た</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝結果的にアメリカの領土は、太平洋岸にまで達した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※「明白な天命」とは</p>
<p>　　　・西方への領土の拡大は、未開拓地域の「文明化」を意味し、</p>
<p>　　　　アメリカが神から与えられた天命であるとする考え方のこと　　</p>
<p>　　　・オレゴンやカリフォルニアの獲得の時に、政治的に利用された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※カリフォルニアについて</p>
<p>　　　・カリフォルニアは、領土になった１８４８年に金鉱が発見された</p>
<p>　　　　→そのため、大量の移住者がカリフォルニアに殺到した</p>
<p>　　　　　※この出来事をゴールドラッシュという</p>
<p>　　　　→そのため、人口が急激に増えた</p>
<p>　　　　　＝その結果、１８５０年には早くも州に昇格した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>　・領土の拡大は、西部地域の開拓を促した</p>
<p>　　→当時は、新しい場所を求める多くの人が西へと進んでいった</p>
<p>　　　※この動きを西漸運動という</p>
<p>　　　※「文明地域」と西方の未開拓地域との境界地帯をフロンティアと呼んだ</p>
<p>　　　　→フロンティアは、西部開拓が進むにつれて西へ移動していった</p>
<p>　　　　　＝結果的に西漸運動は、西部地域に実力主義の社会を作り、民主政治を発展させた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、北アメリカの先住民であるインディアンは、白人に圧迫されていた</p>
<p>　　→そして、ジャクソン大統領時代の強制移住法によって、多くのインディアンが</p>
<p>　　　ミシシッピ川以西の保留地というところに移された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９世紀後半に、西部の開拓が大規模に進められるということが起きていた</p>
<p>　　→すると、追い詰められたインディアンが各地で激しく抵抗した</p>
<p>　　　＝しかし、結果的に１８９０年ころまでに、白人におさえこまれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※白人が植民を始めた当初は、インディアンの人口が１００万人以上と推定されていた</p>
<p>　　　　→しかし、１８９０年にはインディアンの人口が２５万人にまで減少した</p>
<p>　　　　　＝現在では公民権が認められ、インディアンの人口がかなり回復している</p>
<p>　　　　　　と言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・アメリカの領土拡大の動きについておさえる</p>
<p>・アメリカの政治的な動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/982">アメリカ合衆国の領土の拡大について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>イギリスの改革について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/972</link>
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		<pubDate>Wed, 16 Oct 2013 06:31:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[副店長]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史後期・末期]]></category>
		<category><![CDATA[オコンネル]]></category>
		<category><![CDATA[カトリック教徒解放法]]></category>
		<category><![CDATA[チャーティスト運動]]></category>
		<category><![CDATA[ホイッグ党]]></category>
		<category><![CDATA[反穀物法同盟]]></category>
		<category><![CDATA[審査法]]></category>
		<category><![CDATA[東インド会社]]></category>
		<category><![CDATA[穀物法]]></category>
		<category><![CDATA[第1回選挙法改正]]></category>
		<category><![CDATA[航海法]]></category>

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		<description><![CDATA[イギリスの改革の様子について考えてみます &#160; &#160; ・イギリスの改革の様子について &#160; &#160; 　・イギリスでは、自由主義的な性格を強めていた 　　→そのため、イギリスで以下のような動き [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/972">イギリスの改革について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イギリスの改革の様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イギリスの改革の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスでは、自由主義的な性格を強めていた</p>
<p>　　→そのため、イギリスで以下のような動きが見られるようになった</p>
<p>　　　・１８２８年に審査法が廃止された</p>
<p>　　　・１８２９年にオコンネルという人など、アイルランド人の運動が起きた</p>
<p>　　　　※この運動の結果、カトリック教徒解放法という法律が誕生し、</p>
<p>　　　　　国教徒以外でも公職につけるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また、当時の選挙制度が、産業革命後の社会の状況に合っていなかった</p>
<p>　　→そのため、イギリス国内で選挙法の改正を求める運動が激しくなった</p>
<p>　　　＝その結果、ホイッグ党内閣は１８３２年に改革を実現した</p>
<p>　　　　※この改革を、第１回選挙法改正という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第１回選挙法によって、以下のような変化が起きた</p>
<p>　　→・有権者が激減してしまった選挙区（腐敗選挙区）が廃止になった</p>
<p>　　　・廃止になった分の議席が、今まで独立した選挙区として認められていなかった</p>
<p>　　　　新興の商業都市や人口の多い州に分けられた</p>
<p>　　　・選挙資格が拡大された</p>
<p>　　　・産業資本家や、産業革命で豊かになった中流階級が政治的発言力を強めていった</p>
<p>　　　・地主階級は、変わらず政治的な指導力を維持し続けた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※しかし、上のような状況でも、労働者はより民主的な選挙制度を求めるようになった</p>
<p>　　　→そこで労働者は、１８３０年代後半から、男性普通選挙、議員の財産資格廃止など、</p>
<p>　　　　６カ条からなる、人民憲章というのを掲げて政治運動を行った</p>
<p>　　　　＝この政治運動を、チャーティスト運動という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスは当時、産業資本家に有利な自由貿易政策が実現していた</p>
<p>　　※自由貿易政策が実現した理由は、コブテンやブライトなどが参加した反穀物法同盟という</p>
<p>　　　同盟による運動の結果、１８４６年に穀物法が廃止されたことだと言われている</p>
<p>　　　※穀物法・・地主階級の利益を守るために、外国産の穀物の輸入に高率の関税をかけて</p>
<p>　　　　　　　　　穀物価格を維持する法律のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→その後、１８４９年には航海法も廃止された</p>
<p>　　→さらに、１８３４年には東インド会社の中国貿易独占権の廃止が実施された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・イギリスの改革の様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/972">イギリスの改革について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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