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	<title>アラエス &#187; ムラービト朝</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>イスラーム化への動きについて　－東南アジアとアフリカ－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/820</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/820#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 16:18:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[イスラム世界史]]></category>
		<category><![CDATA[アクスム王国]]></category>
		<category><![CDATA[イスラーム]]></category>
		<category><![CDATA[ガーナ王国]]></category>
		<category><![CDATA[クシュ王国]]></category>
		<category><![CDATA[ソンガイ王国]]></category>
		<category><![CDATA[マラタム王国]]></category>
		<category><![CDATA[マリ王国]]></category>
		<category><![CDATA[ムスリム商人]]></category>
		<category><![CDATA[ムラービト朝]]></category>
		<category><![CDATA[東南アジア]]></category>

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		<description><![CDATA[イスラーム化への動きについて、東南アジアとアフリカを中心に考えてみます &#160; &#160; ・東南アジアのイスラーム化への動きについて &#160; &#160; 　・東南アジアのイスラーム化は、８世紀ころからム [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/820">イスラーム化への動きについて　－東南アジアとアフリカ－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イスラーム化への動きについて、東南アジアとアフリカを中心に考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・東南アジアのイスラーム化への動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・東南アジアのイスラーム化は、８世紀ころからムスリム商人が東南アジアから中国へと交易圏を</p>
<p>　　広げていく間に、諸島部を中心に進んでいった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※早い段階では、１３世紀の終わりにスマトラ島にイスラーム国家が</p>
<p>　　　成立したことが知られている</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　→しかし、重要なきっかけになったのは、１５世紀に国際貿易都市のマラッカの王が</p>
<p>　　　　イスラームに改宗したことだと言われている</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　＝結果的に以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　　・マラッカを拠点に、イスラーム教は交易ルートにのって</p>
<p>　　　　　ジャワからフィリピンにひろまっていった</p>
<p>　　　　・ジャワでは、１６世紀末にイスラーム教のマタラム王国が成立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・アフリカのイスラーム化への動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※ナイル川上流のクシュ王国というところは、</p>
<p>　　エジプト以外で現在最も古いアフリカ人の国として知られている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・クシュ王国は、紀元前８世紀に一時的にエジプト王朝を倒した</p>
<p>　　→その後、紀元前６６７年にアッシリアの侵入によって後退した</p>
<p>　　　※メロエに都を置いていた時代は、製鉄と商業によって栄え、メロエ文字（未解読）を使った</p>
<p>　　　　＝しかし、４世紀にエチオピアのアクスム王国によって滅ぼされた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・西アフリカにあったガーナ王国は、金を豊富に産出した</p>
<p>　　→そこで、ムスリム商人は塩を持ってガーナ王国に訪れて、金と交換した</p>
<p>　　→その後、１０７６年と１０７７年にガーナ王国がムラービト朝に攻撃されて衰退した</p>
<p>　　　＝ガーナ王国の衰退は、西アフリカのイスラーム化を促した</p>
<p>　　　　※その後に誕生したマリ王国やソンガイ王国の支配階級は、イスラーム教徒だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→ソンガイ王国は、西アフリカの隊商都市の大部分を支配して、北アフリカとの交易で栄えた</p>
<p>　　　※特に、ニジェール川中流の交易都市だったトンブクトゥは、内陸アフリカでの</p>
<p>　　　　イスラームの学問の中心地として発展していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・モガディシュ以北のアフリカ東岸の海港では、古くからアラビアやイランとの</p>
<p>　　海上交易が行なわれていた</p>
<p>　　→１０世紀以降は、その南のマリンディ、モンバサ、ザンジバル、キルワなどの</p>
<p>　　　海港都市にムスリム商人が住み着いた</p>
<p>　　　＝結果的に、ムスリム商人によるインド洋貿易の西の拠点として繁栄した</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　→その後、西の拠点としての海岸地帯では、アラビア語の影響を受けたスワヒリ語が</p>
<p>　　　共通語として用いられた</p>
<p>　　　※スワヒリ（サワーヒリー）とは、アラビア語で「海岸地帯の人々」を意味する</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→さらに、海岸地帯の南側にある、サンベジ川の南では１１世紀ころから</p>
<p>　　　鉱産資源とインド洋貿易によって、モノモタパ王国などの国々が活動した</p>
<p>　　　※この繁栄ぶりは、ジンバブエの遺跡によく出ていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・東南アジアのイスラーム化への動きについておさえる</p>
<p>・アフリカのイスラーム化への動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/820">イスラーム化への動きについて　－東南アジアとアフリカ－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>西方イスラーム世界の様子について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/817</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/817#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 16:05:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[イスラム世界史]]></category>
		<category><![CDATA[アルハンブラ宮殿]]></category>
		<category><![CDATA[イスラーム教]]></category>
		<category><![CDATA[グラナダ]]></category>
		<category><![CDATA[スペイン王国]]></category>
		<category><![CDATA[ベルベル人]]></category>
		<category><![CDATA[ムラービト朝]]></category>
		<category><![CDATA[ムワッヒド朝]]></category>
		<category><![CDATA[レコンキスタ]]></category>
		<category><![CDATA[北アフリカ]]></category>
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		<description><![CDATA[西方イスラーム世界の様子とイスラームの国家経済について考えてみます &#160; &#160; &#160; ・西方イスラーム世界の様子について &#160; &#160; 　・北アフリカで、１１世紀の半ばに先住民のベル [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/817">西方イスラーム世界の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>西方イスラーム世界の様子とイスラームの国家経済について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・西方イスラーム世界の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・北アフリカで、１１世紀の半ばに先住民のベルベル人という人達の間の中で、</p>
<p>　　熱狂的な宗教運動が起きた</p>
<p>　　＝そのため、イスラーム教への改宗が進んでいった</p>
<p>　　　→ベルベル人は、マグリブ地方のモロッコを中心に、ムラービト朝とムワッヒド朝を作って、</p>
<p>　　　　マケラシュに都を置いた</p>
<p>　　　　※マグリブは、「日の没するところ」という意味があり、</p>
<p>　　　　　モロッコやチュニジアなどの北西アフリカを指す</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、イベリア半島ではキリスト教徒による国土回復運動（レコンキスタ）が</p>
<p>　　盛んになってきた</p>
<p>　　※国土回復運動・・イスラム教徒に占領されたイベリア半島を</p>
<p>　　　　　　　　　　　キリスト教徒が奪い返す運動のこと</p>
<p>　　→ムラービト朝とムワッヒド朝の両方が、国土回復運動に対抗するために半島に出ていったが、</p>
<p>　　　結局敗退した</p>
<p>　　→この間に、ムラービト朝が西武スーダンの黒人王国であるガーナを破った</p>
<p>　　　＝この動きが、内陸アフリカにイスラーム教を広めるきっかけになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イベリア半島では、最後のイスラーム王朝だったナスル朝という王朝が、</p>
<p>　　なんとかグラナダとその周辺を保っていた</p>
<p>　　→一方で、１４９２年にスペイン王国がグラナダをおとしいれるということが起きた</p>
<p>　　　＝その結果、イスラーム教徒の多くが北アフリカに引き上げることになった</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　→イスラーム教徒が引き上げる時に、グラナダにアルハンブラ宮殿という古城を残した</p>
<p>　　　※アルハンブラ宮殿は、イベリア半島に誕生したイスラーム文明の繊細な美しさを</p>
<p>　　　　今に伝えていると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・西方イスラーム世界の様子についておさえる </p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/817">西方イスラーム世界の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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