西方イスラーム世界の様子について
西方イスラーム世界の様子とイスラームの国家経済について考えてみます
・西方イスラーム世界の様子について
・北アフリカで、11世紀の半ばに先住民のベルベル人という人達の間の中で、
熱狂的な宗教運動が起きた
=そのため、イスラーム教への改宗が進んでいった
→ベルベル人は、マグリブ地方のモロッコを中心に、ムラービト朝とムワッヒド朝を作って、
マケラシュに都を置いた
※マグリブは、「日の没するところ」という意味があり、
モロッコやチュニジアなどの北西アフリカを指す
・一方で、イベリア半島ではキリスト教徒による国土回復運動(レコンキスタ)が
盛んになってきた
※国土回復運動・・イスラム教徒に占領されたイベリア半島を
キリスト教徒が奪い返す運動のこと
→ムラービト朝とムワッヒド朝の両方が、国土回復運動に対抗するために半島に出ていったが、
結局敗退した
→この間に、ムラービト朝が西武スーダンの黒人王国であるガーナを破った
=この動きが、内陸アフリカにイスラーム教を広めるきっかけになった
・イベリア半島では、最後のイスラーム王朝だったナスル朝という王朝が、
なんとかグラナダとその周辺を保っていた
→一方で、1492年にスペイン王国がグラナダをおとしいれるということが起きた
=その結果、イスラーム教徒の多くが北アフリカに引き上げることになった
→イスラーム教徒が引き上げる時に、グラナダにアルハンブラ宮殿という古城を残した
※アルハンブラ宮殿は、イベリア半島に誕生したイスラーム文明の繊細な美しさを
今に伝えていると言われている
ポイント
・西方イスラーム世界の様子についておさえる
このあたりが今回のポイントです