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	<title>アラエス &#187; ヴィクトリア女王</title>
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	<item>
		<title>イギリスのヴィクトリア時代について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/976</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/976#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 16 Oct 2013 06:50:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[副店長]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史後期・末期]]></category>
		<category><![CDATA[アイルランド]]></category>
		<category><![CDATA[アイルランド自治法案]]></category>
		<category><![CDATA[イギリス]]></category>
		<category><![CDATA[グラッドストン]]></category>
		<category><![CDATA[ロンドン万国博覧会]]></category>
		<category><![CDATA[ヴィクトリア女王]]></category>
		<category><![CDATA[労働組合法]]></category>
		<category><![CDATA[教育法]]></category>
		<category><![CDATA[議会政党政治]]></category>
		<category><![CDATA[連合王国]]></category>

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		<description><![CDATA[イギリスのヴィクトリア時代について考えてみます &#160; &#160; ・イギリスのヴィクトリア時代について &#160; &#160; 　・１９世紀のなかばのイギリスは、ヴィクトリア女王のもとで、最も繁栄していた  [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/976">イギリスのヴィクトリア時代について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イギリスのヴィクトリア時代について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イギリスのヴィクトリア時代について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９世紀のなかばのイギリスは、ヴィクトリア女王のもとで、最も繁栄していた</p>
<p>　　※１８５１年には、のべ６００万人以上が入場したロンドン万国博覧会が開かれた</p>
<p>　　　→この博覧会では、人々に近代工業力の成果を見せつけたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスでは、二大政党が総選挙の結果にもとづいて交替して政権を担当するという、</p>
<p>　　典型的な議会政党政治が成立していた</p>
<p>　　→議会政党政治のもとでは、保守党のディズレーリや自由党のグラッドストンなどによって、</p>
<p>　　　重要な改革が次々と実現されていくようになった</p>
<p>　　　※１９世紀のなかばに、トーリ党が保守党に、ホイッグ党が自由党と</p>
<p>　　　　呼ばれるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→改革の内容として、以下のようなことが挙げられる</p>
<p>　　　・１８６７年の第２回選挙法改正で、都市労働者の多くが選挙権を獲得した</p>
<p>　　　・１８８４年の第３回選挙法改正で、農業労働者などが選挙権を獲得した</p>
<p>　　　　→この２つの選挙権の獲得は、民主化を進める動きの１つになったと言われている</p>
<p>　　　・１８７０年の教育法で、初等教育の公的な整備が始まった</p>
<p>　　　・１８７１年の労働組合法で、組合の法的な地位を認めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、アイルランドという国が、昔からイギリスの圧迫を受けて、</p>
<p>　　１８０１年に正式に併合されて「連合王国」に組み込まれていた</p>
<p>　　※アイルランドは、住民の多くがカトリックで、イギリス人不在地主に対する</p>
<p>　　　小作人の地位に置かれていたため、生活が苦しい住民が多かった</p>
<p>　</p>
<p>　　※さらに、アイルランドは１８４０年代のなかばに大飢饉（ジャガイモ飢饉）が起きた</p>
<p>　　　→そのため、アイルランドからは、わずか数年間で１００万人以上の人々が</p>
<p>　　　　移民としてアメリカに移動した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※そして、１８８０年代以降にグラッドストンという人が提出した</p>
<p>　　　アイルランド自治法案というのが議会を通過しなかった</p>
<p>　　　＝そのため、ケルト系民族の国であるアイルランドをめぐる問題は、</p>
<p>　　　　未解決のまま、２０世紀を迎えることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・イギリスのヴィクトリア時代の様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/976">イギリスのヴィクトリア時代について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>植民地の時のインドの大反乱について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/904</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/904#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 07:58:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[大きな魚]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代アジア史後期]]></category>
		<category><![CDATA[インド]]></category>
		<category><![CDATA[インド帝国]]></category>
		<category><![CDATA[シパーヒー]]></category>
		<category><![CDATA[デリー城]]></category>
		<category><![CDATA[ムガル帝国]]></category>
		<category><![CDATA[ムガル皇帝]]></category>
		<category><![CDATA[ヴィクトリア女王]]></category>
		<category><![CDATA[分割統治]]></category>
		<category><![CDATA[植民地]]></category>
		<category><![CDATA[藩王国とりつぶし政策]]></category>

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		<description><![CDATA[植民地の時のインドの大反乱について考えてみます &#160; &#160; ・インドの大反乱について &#160; &#160; 　・上のような沈んだインドの状況の中で、１９世紀の後半に入ってから（１８５７～５９年） 　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/904">植民地の時のインドの大反乱について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>植民地の時のインドの大反乱について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・インドの大反乱について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のような沈んだインドの状況の中で、１９世紀の後半に入ってから（１８５７～５９年）</p>
<p>　　インド人傭兵（シパーヒー）による大反乱が起きた</p>
<p>　　→反乱の直接的なきっかけは、新式銃の弾薬包だった</p>
<p>　　　※弾薬包は、口で噛み切る必要があったが、当時の弾薬包にはヒンドゥーにとって</p>
<p>　　　　神聖な牛の脂とムスリムが嫌う豚の脂が塗ってあったから、反乱のきっかけになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※その他に、以下のような反乱の理由があった</p>
<p>　　　　・藩王国とりつぶし政策によって没落した旧支配層が不満を持っていた</p>
<p>　　　　　※藩王国とりつぶし政策・・王に継承者がいない場合に、養子を認めず、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　藩王国をとりつぶして東インド会社が</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　領地を併合してしまう政策のこと</p>
<p>　　　　・シパーヒーが植民地支配の安定によって解雇されたことに反感を持っていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→蜂起したシパーヒーはデリー城を占拠し、名目だけの存在だったムガル皇帝を擁護した</p>
<p>　　　※しかし、指揮系統の混乱やイギリスの軍事的な立て直しによって、</p>
<p>　　　　だんだんと鎮圧されていった</p>
<p>　　　　＝結果的に、１８５８年にムガル皇帝が流刑に処せられ、</p>
<p>　　　　　ムガル帝国は名実ともに滅亡した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１８５８年に、イギリスは東インド会社を解散して直接的な統治に乗り出した</p>
<p>　　→その後、１８７７年にはヴィクトリア女王がインド皇帝に即位して、</p>
<p>　　　インド帝国が成立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※インド帝国では、以下のような動きが見られた</p>
<p>　　　・新しい体制のもとで、司法や行政の全般にわたって統治体制が整備された</p>
<p>　　　・今までの強圧的な政策ではなく、「分割統治」という言葉に示されるように、</p>
<p>　　　　インド人のあいだに対立を醸し出すような、巧妙な政策が取られるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・インドの大反乱の様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/904">植民地の時のインドの大反乱について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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