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	<title>アラエス &#187; 三位一体説</title>
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		<title>イエスの死からキリスト教の成立と伝導と発展へ向けて　－パウロ・アウグスティヌス・トマス＝アクィナス－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1614</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1614#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 14 Nov 2013 16:11:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[宗教]]></category>
		<category><![CDATA[アウグスティヌス]]></category>
		<category><![CDATA[イエス]]></category>
		<category><![CDATA[カトリック]]></category>
		<category><![CDATA[トマス＝アクィナス]]></category>
		<category><![CDATA[パウロ]]></category>
		<category><![CDATA[三位一体説]]></category>
		<category><![CDATA[二重真理説]]></category>
		<category><![CDATA[宗教間対話]]></category>
		<category><![CDATA[新約聖書]]></category>
		<category><![CDATA[神秘主義]]></category>

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		<description><![CDATA[イエスの死とキリスト教の成立、発展について説明します &#160; &#160; ・イエスの死 &#160; 　・イエスは、パリサイ派やサドカイ派を批判していたため、 　　ユダヤ教の人達によって十字架の刑になった 　　※ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1614">イエスの死からキリスト教の成立と伝導と発展へ向けて　－パウロ・アウグスティヌス・トマス＝アクィナス－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イエスの死とキリスト教の成立、発展について説明します</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イエスの死</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イエスは、パリサイ派やサドカイ派を批判していたため、</p>
<p>　　ユダヤ教の人達によって十字架の刑になった</p>
<p>　　※イエスは死刑の時、「父よ、私の例を御手にゆだねます」と言った</p>
<p>　　　→この発言は、人々に信仰を見せたと言える</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イエスの死後</p>
<p>　　・イエスの死後、「イエスはメシアである」と信じる人々が、</p>
<p>　　　イエスが復活したことを信じて、ペテロという人を中心に</p>
<p>　　　教団や教会（エクレシア）を作った</p>
<p>　　　→この動きによって、原始キリスト教が成立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※ペテロ：イエスの一番最初の弟子</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・キリスト教の伝道とパウロ</p>
<p>　・キリスト教を伝導する（広める）中心に、パウロという人がいた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・パウロについて</p>
<p>　　</p>
<p>　　・元々はユダヤ教だったが、旅の途中で神の啓示（＝神の教え）を受けて、</p>
<p>　　　キリスト教に回心（改宗）をした</p>
<p>　　</p>
<p>　　・パウロは、「私の内に善はないことを知っている。なぜなら、善はしないで、</p>
<p>　　　悪ばかりするからだ」というような意味が含まれている発言をした</p>
<p>　　　→この発言は、神に背いて自分の欲望のままに生きようとする、</p>
<p>　　　　という根本的な罪から、ユダヤ教だと 逃れることができない</p>
<p>　　　　と考えたことを理由に、ユダヤ教からキリスト教に移ったことを表している</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※キリスト教では、神の意志に背いたアダムの罪のために、</p>
<p>　　　　その子孫である「人間」が身代わりをしてきた</p>
<p>　　　　→これが一番最初の罪であり、原罪と言われる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※「アダムとイブが楽園にいた時に、アダムが神に反してリンゴを食べた」</p>
<p>　　　　ということがあった</p>
<p>　　　　→このアダムの行動が、罪だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・パウロは、上のような罪の苦しみから逃れるために、キリスト教を信じた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※なぜ、キリストだと罪の苦しみから逃れられると思ったのか</p>
<p>　　　　→イエスは、全人類の罪をまとめて引き受け（贖罪／しょくざい）た上で、</p>
<p>　　　　　十字架の死を行ったため、キリストに罪は残っていないと思ったから</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・以上を踏まえて、パウロは「生きているのは、もはや、私ではない。</p>
<p>　　キリストが私の内に生きておられる」という言葉を残した</p>
<p>　　＝パウロは、イエスが復活して愛を提供してくれると思ったから、</p>
<p>　　　人々に信仰と希望と愛が大切だとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・キリスト教の発展</p>
<p>　</p>
<p>　・２世紀までに、キリスト教が「新約聖書」にまとめられた</p>
<p>　　※「新約聖書」は、福音書（イエスの伝記）と使途（キリストの弟子）の</p>
<p>　　　手紙から出来ている</p>
<p>　　→「新約聖書」がまとめられた後、信仰や教会のあり方が確立した</p>
<p>　　→信仰や教会のあり方の考え方の中心となったのが、</p>
<p>　　　アウグスティヌスの教父哲学であった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アウグスティヌスについて</p>
<p>　　・いくつかの思想を経験した時に、新プラトン学派（神秘主義の学派）に出会った</p>
<p>　　　※神秘主義：自分が神を経験して、既存の神に加えて、</p>
<p>　　　　　　　　　自分が神になることを求めた主義のこと</p>
<p>　　　→その学派でいくつか学んだが、「自分が悪を欲し、善を嫌う理由」の答えが</p>
<p>　　　　見つけられなかった</p>
<p>　　　→ある時、「パウロの手紙」というものを読んで、何があっても（絶対的に）神を</p>
<p>　　　　信仰することで解決すると知った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→アウグスティヌスはこの経験を経て、自分なりの考え方を生み出した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・アウグスティヌスの思想</p>
<p>　　　・人間を救うのは神の恩寵（神からの恵み）だけだと考え、教会が神を</p>
<p>　　　　受け入れてくれる場所だと考えた</p>
<p>　　　・パウロが提唱した、信仰・希望・愛（３つをまとめて「キリスト教の三元徳」と言う）を</p>
<p>　　　　ギリシアの四元徳の上に位置づけるべきだと考えた</p>
<p>　　　・「神と教会が重要」ということを前提に置いて、いろいろと考えるべきだとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※アウグスティヌスは、３２５年のニケーア公会議（宗教会議）という会議で、</p>
<p>　　　「父なる神と子なるイエスと聖霊は一つのものである」という三位一体説を提唱している</p>
<p>　　　　→これは、アタナシウス派の主張ともされており、</p>
<p>　　　　　アタナシウス派の主張が正当とされた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・中世（１１世紀ごろ）のヨーロッパ哲学</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※この時代の西ヨーロッパは、ローマ・カトリック教会に支配されていた</p>
<p>　　カトリック：普遍的、世界的という意味</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・キリスト教哲学（スコラ哲学）という哲学の内部で、「理性と信仰が調和するか」を</p>
<p>　　めぐって論争が起きた</p>
<p>　　→この論争の結果、二重心理説（二元論的世界観）が生まれた</p>
<p>　　　※二重心理説：理性と信仰は矛盾しているとしても、それぞれが正しいという考え方</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・「理性と信仰が調和するか」という問題に対して、</p>
<p>　　スコラ哲学を大きくしたと言われる、トマス＝アクィナスという人が答えを出そうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・トマス＝アクィナスについて</p>
<p>　　・アリストテレスの思想の影響を受けている</p>
<p>　　・「神学大全」という本を書いたが、未完成に終わってしまった</p>
<p>　　</p>
<p>　・トマス＝アクィナスの考え</p>
<p>　　・理性を軸にした真理（≒答え）の探求＝「神が作った自然の秩序」の探求だと考えた</p>
<p>　　　→要は、信仰を優位として、理性と信仰の調和を取るのが良いと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※この考えのあとに、ロジャー＝ベーコンやウィリアム＝オッカムという人達が、</p>
<p>　　「理性と信仰は分離するべき」という主張をした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※キリスト教は、時が進むにつれ、宗教間対話を意識するようになった</p>
<p>　　宗教間対話：キリスト教以外の宗教を排除せずに肯定していこうとする考え方</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・イエスの死後、ペテロを中心に</p>
<p>・パウロは、ユダヤ教だと根本的な罪から逃れることができないと考え</p>
<p>　キリスト教に回心する</p>
<p>・一番最初の罪を原罪と言い、パウロは贖罪を信じた</p>
<p>・パウロは、信仰・希望・愛のキリスト三元徳が重要と考えた</p>
<p>・キリスト教は新約聖書に書かれていて、新約聖書は福音書と使徒からの手紙を</p>
<p>　合わせたもの</p>
<p>・信仰や教会の中心となったのが、アウグスティヌスの教父哲学だった</p>
<p>・アウグスティヌスは、人間は神の恩寵だけに救われ、</p>
<p>　教会が神を受け入れる場所だと考えた</p>
<p>・アウグスティヌスは、キリスト三元徳をギリシア四元徳の上に位置すると考えた</p>
<p>・アウグスティヌスは、三位一体説を提唱した</p>
<p>・スコラ哲学から、二重真理説が登場した</p>
<p>・トマス＝アクィナスは、信仰を優位として、理性と信仰の調和を図ろうとした</p>
<p>・ロジャー＝ベーコンやウィリアム＝オッカムなどが「理性と信仰の分離」を提唱</p>
<p>・キリスト教が、宗教間対話を試みている</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1614">イエスの死からキリスト教の成立と伝導と発展へ向けて　－パウロ・アウグスティヌス・トマス＝アクィナス－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>キリスト教の迫害と国教化への動きについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/692</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/692#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 04 Oct 2013 20:58:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[世界は仲間]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[オリエント地中海古代史]]></category>
		<category><![CDATA[キリスト教]]></category>
		<category><![CDATA[ディオクレティアヌス帝]]></category>
		<category><![CDATA[ニケーア公会議]]></category>
		<category><![CDATA[ネストリウス派]]></category>
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		<category><![CDATA[ミラノ勅令]]></category>
		<category><![CDATA[ユリアヌス帝]]></category>
		<category><![CDATA[三位一体説]]></category>
		<category><![CDATA[多神教]]></category>

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		<description><![CDATA[キリスト教の迫害と国教化への動きについて考えてみます &#160; &#160; ・キリスト教の迫害と国教化への動きについて &#160; &#160; 　・当時のローマは多神教で、皇帝は神の中の一人だと考えられていた  [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/692">キリスト教の迫害と国教化への動きについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>キリスト教の迫害と国教化への動きについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・キリスト教の迫害と国教化への動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時のローマは多神教で、皇帝は神の中の一人だと考えられていた</p>
<p>　　※この考え方を土台にして、皇帝崇拝儀礼がだんだんと強化されていった</p>
<p>　　　→しかし、キリスト教徒は唯一絶対神を信じていたため、</p>
<p>　　　　皇帝の礼拝を拒否して、国家の祭儀に参加しなかった</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　＝そのため、当時のキリスト教徒は反社会的集団とみなされた</p>
<p>　　　→６４年のネロ帝という人の迫害から</p>
<p>　　　　３０３年のディオクレティアヌス帝の大迫害という出来事まで、</p>
<p>　　　　キリスト教徒は民衆や国家から激しく迫害された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※しかし、キリスト教は迫害を受けていたものの帝国全体に拡大を続けていた</p>
<p>　　　→そのため、キリスト教を禁止すると、帝国の統一の維持が出来ない</p>
<p>　　　　　ということが分かった</p>
<p>　　　　＝結果、３１３年にコンスタンティヌス帝はミラノ勅令というものを出して、</p>
<p>　　　　　キリスト教を公認した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※さらに、３２４年にコンスタンティヌス帝が全国統一を果たすということが起き、</p>
<p>　　　キリスト教の公認が全帝国に広がっていった</p>
<p>　　　→その後、キリスト教は皇帝の保護を受けて勢力をのばしてった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時のキリスト教は教義（教えの内容）について論争が起きていた</p>
<p>　　※そのため、３２５年にコンスタンティヌス帝がニケーア公会議という会議を開催した</p>
<p>　　　→そこでは、アタナシウス派が正しいとされ、</p>
<p>　　　　　アリウス派は特殊だということになった</p>
<p>　　　　・アタナシウス派・・キリストは神であるという考え方</p>
<p>　　　　・アリウス派・・キリストは人間であるという考え方</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→アタナシウス派の考え方は、三位一体説という考え方として確立され、</p>
<p>　　　　キリスト教の正統教義の根本になった</p>
<p>　　　　※三位一体説・・父なる神、子なるキリスト、聖霊の３つは独立しながらも</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　同一であるという考え方</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※４世紀の後半に「背教者」と呼ばれていたユリアヌス帝が</p>
<p>　　　　アリウス派の復興を狙ったが失敗している</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　＝結果的に、３９２年にテオドシウス帝という皇帝が</p>
<p>　　アタナシウス派キリスト教を国教にして、他の宗教を禁止した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このように、キリスト教が国家の権力とつながっていくにつれて、</p>
<p>　　　一般の信徒の指導や監督をする司教・司祭などと呼ばれる</p>
<p>　　　聖職者の身分というのが誕生して、教会が組織化されていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・一方で、特殊だと考えられていたアリウス派は、</p>
<p>　　北方のゲルマン人の中に広がっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・さらに、４３１年のエフェソス公会議という会議で、</p>
<p>　　ネストリウス派も異端だと宣告された</p>
<p>　　※ネストリウス派・・キリストの神的な部分と人間的な部分を分けて考える</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　という考え方のこと</p>
<p>　　　→ネストリウス派は、ササン朝を通って唐の時代の中国に伝わって、</p>
<p>　　　　景教と呼ばれた</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・キリスト教の迫害の流れについておさえる</p>
<p>・キリスト教の国教化の流れについておさえる</p>
<p>・異端の考え方の扱いについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/692">キリスト教の迫害と国教化への動きについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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