イエスの死からキリスト教の成立と伝導と発展へ向けて -パウロ・アウグスティヌス・トマス=アクィナス-
イエスの死とキリスト教の成立、発展について説明します
・イエスの死
・イエスは、パリサイ派やサドカイ派を批判していたため、
ユダヤ教の人達によって十字架の刑になった
※イエスは死刑の時、「父よ、私の例を御手にゆだねます」と言った
→この発言は、人々に信仰を見せたと言える
・イエスの死後
・イエスの死後、「イエスはメシアである」と信じる人々が、
イエスが復活したことを信じて、ペテロという人を中心に
教団や教会(エクレシア)を作った
→この動きによって、原始キリスト教が成立した
※ペテロ:イエスの一番最初の弟子
・キリスト教の伝道とパウロ
・キリスト教を伝導する(広める)中心に、パウロという人がいた
・パウロについて
・元々はユダヤ教だったが、旅の途中で神の啓示(=神の教え)を受けて、
キリスト教に回心(改宗)をした
・パウロは、「私の内に善はないことを知っている。なぜなら、善はしないで、
悪ばかりするからだ」というような意味が含まれている発言をした
→この発言は、神に背いて自分の欲望のままに生きようとする、
という根本的な罪から、ユダヤ教だと 逃れることができない
と考えたことを理由に、ユダヤ教からキリスト教に移ったことを表している
※キリスト教では、神の意志に背いたアダムの罪のために、
その子孫である「人間」が身代わりをしてきた
→これが一番最初の罪であり、原罪と言われる
※「アダムとイブが楽園にいた時に、アダムが神に反してリンゴを食べた」
ということがあった
→このアダムの行動が、罪だと言われている
・パウロは、上のような罪の苦しみから逃れるために、キリスト教を信じた
※なぜ、キリストだと罪の苦しみから逃れられると思ったのか
→イエスは、全人類の罪をまとめて引き受け(贖罪/しょくざい)た上で、
十字架の死を行ったため、キリストに罪は残っていないと思ったから
・以上を踏まえて、パウロは「生きているのは、もはや、私ではない。
キリストが私の内に生きておられる」という言葉を残した
=パウロは、イエスが復活して愛を提供してくれると思ったから、
人々に信仰と希望と愛が大切だとした
・キリスト教の発展
・2世紀までに、キリスト教が「新約聖書」にまとめられた
※「新約聖書」は、福音書(イエスの伝記)と使途(キリストの弟子)の
手紙から出来ている
→「新約聖書」がまとめられた後、信仰や教会のあり方が確立した
→信仰や教会のあり方の考え方の中心となったのが、
アウグスティヌスの教父哲学であった
・アウグスティヌスについて
・いくつかの思想を経験した時に、新プラトン学派(神秘主義の学派)に出会った
※神秘主義:自分が神を経験して、既存の神に加えて、
自分が神になることを求めた主義のこと
→その学派でいくつか学んだが、「自分が悪を欲し、善を嫌う理由」の答えが
見つけられなかった
→ある時、「パウロの手紙」というものを読んで、何があっても(絶対的に)神を
信仰することで解決すると知った
→アウグスティヌスはこの経験を経て、自分なりの考え方を生み出した
・アウグスティヌスの思想
・人間を救うのは神の恩寵(神からの恵み)だけだと考え、教会が神を
受け入れてくれる場所だと考えた
・パウロが提唱した、信仰・希望・愛(3つをまとめて「キリスト教の三元徳」と言う)を
ギリシアの四元徳の上に位置づけるべきだと考えた
・「神と教会が重要」ということを前提に置いて、いろいろと考えるべきだとした
※アウグスティヌスは、325年のニケーア公会議(宗教会議)という会議で、
「父なる神と子なるイエスと聖霊は一つのものである」という三位一体説を提唱している
→これは、アタナシウス派の主張ともされており、
アタナシウス派の主張が正当とされた
・中世(11世紀ごろ)のヨーロッパ哲学
※この時代の西ヨーロッパは、ローマ・カトリック教会に支配されていた
カトリック:普遍的、世界的という意味
・キリスト教哲学(スコラ哲学)という哲学の内部で、「理性と信仰が調和するか」を
めぐって論争が起きた
→この論争の結果、二重心理説(二元論的世界観)が生まれた
※二重心理説:理性と信仰は矛盾しているとしても、それぞれが正しいという考え方
・「理性と信仰が調和するか」という問題に対して、
スコラ哲学を大きくしたと言われる、トマス=アクィナスという人が答えを出そうとした
・トマス=アクィナスについて
・アリストテレスの思想の影響を受けている
・「神学大全」という本を書いたが、未完成に終わってしまった
・トマス=アクィナスの考え
・理性を軸にした真理(≒答え)の探求=「神が作った自然の秩序」の探求だと考えた
→要は、信仰を優位として、理性と信仰の調和を取るのが良いと考えた
※この考えのあとに、ロジャー=ベーコンやウィリアム=オッカムという人達が、
「理性と信仰は分離するべき」という主張をした
※キリスト教は、時が進むにつれ、宗教間対話を意識するようになった
宗教間対話:キリスト教以外の宗教を排除せずに肯定していこうとする考え方
ポイント
・イエスの死後、ペテロを中心に
・パウロは、ユダヤ教だと根本的な罪から逃れることができないと考え
キリスト教に回心する
・一番最初の罪を原罪と言い、パウロは贖罪を信じた
・パウロは、信仰・希望・愛のキリスト三元徳が重要と考えた
・キリスト教は新約聖書に書かれていて、新約聖書は福音書と使徒からの手紙を
合わせたもの
・信仰や教会の中心となったのが、アウグスティヌスの教父哲学だった
・アウグスティヌスは、人間は神の恩寵だけに救われ、
教会が神を受け入れる場所だと考えた
・アウグスティヌスは、キリスト三元徳をギリシア四元徳の上に位置すると考えた
・アウグスティヌスは、三位一体説を提唱した
・スコラ哲学から、二重真理説が登場した
・トマス=アクィナスは、信仰を優位として、理性と信仰の調和を図ろうとした
・ロジャー=ベーコンやウィリアム=オッカムなどが「理性と信仰の分離」を提唱
・キリスト教が、宗教間対話を試みている