イエスの教え -福音と神の国と隣人愛-
イエスの教えについて考えます
・イエス
・イエスとはどういう人なのか
→・ヨハネという預言者から儀礼を受けて、自分が救世主(メシア)であることを自覚した
・神様の子どもとして扱われた
・イエスは、「時は満ちた、神の国は近づいた、悔い改めて福音せよ」という名言を残した
→どういうことなのか・・
・イエスは、「神を信仰することで希望が持てる」と考えた
そのため、パリサイ派やサドカイ派を批判した
※ただし、イエスはユダヤ教全体を批判したわけではなく、
ユダヤ教の形式的な律法を批判した
※・パリサイ派:多数派かつ民衆のグループで、
律法を徹底して守るべきだと考えた
・サドカイ派:少数派かつ上流のグループで、保守的な考え方を持っていた
→この2つは、ユダヤ教を信仰する点では共通していた
・イエスは神への愛と信仰が大切だと言い、
人々は神様が生活している神の国を待ち望むべきだとした
→神の国は、目に見えるものではなく、一人一人の心の中に存在するものだから、
神の国は一人一人違うと考えた
→このような考え方から、イエスは信仰で神の国を待ち望むが、神の国は一人一人違うから
信仰は形式ではない(全員で同じ律法を守ることは違う)と考えた
・神の愛
※神の愛を知るためには、ユダヤ教とキリスト教の違いを知る必要がある
・ユダヤ教とキリスト教の違い
・ユダヤ教
・神と人間との間には、人間がひたすら神や教えを信じ、神が人間を救うという契約があり、
この契約を促すものとして、律法がある
→そのため、律法が生かされることは、神が人間を救済することである
=要は、神は正義であり、神の判断が中心だから、律法に従うべきだと考えた
・キリスト教
・イエスは、神の愛(アガペー)が大切だと考えた
=人間は罪にビビっているから神に頼るのであり、だからこそ神の愛が必要と考えた
・イエスは、神の愛を表現する言葉として、
「悪いものにも、良いものにも、正しい人も、正しくない人も太陽は昇る」と表現した
=イエスは、「無差別、無償の愛」が大切だと説明した
→ただし、これは神の愛の表面上の意味であって、本当の意味は違った
・本当の意味は、「救う神、許す神が大切で、悪い人を救済する」という考えだった
→この考え方が、本当の神の愛の意味である
※この考え方は人々にとっては喜ばしき知らせ(福音)であると言われた
・イエスの教えの根本(信仰の根幹)
①神を信じて愛することが大切-「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、
主なるあなたの神を愛せ」という言葉を残した
②神がくれた愛を人間同士で実践することが大切-「自分を愛するように
あなたの隣人を愛せ」という言葉を残した
→この2つの考え方は、隣人愛を実践するべきということを表している
・隣人愛とは、どういうことか・・
→神は選民思想ではなく、神を信じる人全員に愛を注いでくれる
だから、神の愛に答えるために、神の愛を自分のものとして(自分から)実践することが
大切とした
=罪人を許し、悪人を愛することが必要と考えた
※ただし、相手に愛されたから自分も愛そう、ではダメだと考えた
ポイント
・イエスは、救世主であることを自覚した
・イエスは、ユダヤ教を批判したが、ユダヤ教自体を批判したのではなく、ユダヤ教の形式的な律法を批判した
・パリサイ派とサドカイ派の違いを覚える
・人々は、神への愛と信仰によって、神の国を待ち望むべきだとした
・神の国は一人一人違うから、全員で同じ律法を守ることは違うと考えた
・ユダヤ教とキリスト教の違いを抑える
・「救う神、許す神が大切で、悪い人を救済する」という考えが本当の神の愛であり、重要だとした
→これが、福音となった