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	<title>アラエス &#187; 五経</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>中国思想　－孔子と儒家の思想・仁と礼と徳治主義－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1619</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1619#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 14 Nov 2013 16:57:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[足利]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[中国思想]]></category>
		<category><![CDATA[五経]]></category>
		<category><![CDATA[仁]]></category>
		<category><![CDATA[儒教]]></category>
		<category><![CDATA[君子]]></category>
		<category><![CDATA[孔子]]></category>
		<category><![CDATA[徳治主義]]></category>
		<category><![CDATA[論語]]></category>
		<category><![CDATA[道]]></category>

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		<description><![CDATA[中国思想について説明していきます &#160; &#160; ・孔子 　 ・孔子について 　→・孔子は「巫祝」（神と人との媒介者）だったかもしれない、と言われている 　　・儀礼の本来の意味を求めて「詩」や「書」などの古典 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1619">中国思想　－孔子と儒家の思想・仁と礼と徳治主義－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>中国思想について説明していきます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・孔子</p>
<p>　</p>
<p>・孔子について</p>
<p>　→・孔子は「巫祝」（神と人との媒介者）だったかもしれない、と言われている</p>
<p>　　・儀礼の本来の意味を求めて「詩」や「書」などの古典を読んだ、と言われている</p>
<p>　　　</p>
<p>　　※・「詩」（のちに詩経と呼ばれる）－中国最古の詩集</p>
<p>　　　・「書」（のちに書経と呼ばれる）－周（当時の中国の王朝）の王室の記録</p>
<p>　　　→この２つは、のちに儒教の経典（聖人や賢人の教えを書いた本）になる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　そのほかに・・</p>
<p>　　　・「易経」－占いの書　・「春秋」－魯の年代記　</p>
<p>　　　・「礼記」－礼儀や制度の儒者の説を集めたもの</p>
<p>　　　　などがある</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　→詩、書、易経、春秋、礼記、の５つをまとめて五経と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>　・なぜ、孔子は五経を学んだのか・・</p>
<p>　　→孔子が「朝に道を開かば、夕に死すとも可なり」と語ったように、</p>
<p>　　　人間の真実の生き方＝「道」を求めたから</p>
<p>　　　※道を探求することは、自分の人生を全てかけていると言える＝生涯学習と言える</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・なぜ、道を求めたのか</p>
<p>　　→当時の社会は、道、中でも礼が形骸化（形だけあって、中身が無いこと）していると</p>
<p>　　　感じられたから</p>
<p>　　→孔子は、周公という人の政治を理想としていたため、</p>
<p>　　　失われた礼の権威を回復すべきだと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　→以上を踏まえた上で・・</p>
<p>　　・孔子にとって大切なのは、礼を支える精神や礼に対しての積極的な心＝仁だと考えた</p>
<p>　　　→孔子は礼と仁が２つともそろって初めて道ができると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・仁について</p>
<p>　・孔子は「論語」の中で仁について定義を与えていない</p>
<p>　　→仁は、定義によって狭く限定はできず、人間全員に適用できるもの、</p>
<p>　　　と考えていたから</p>
<p>　・仁は、個人で違うため、人間にとって最も普遍的な道徳、根源的な愛、と考えた</p>
<p>　・孔子は仁の例として５つを挙げた</p>
<p>　　→・子が親に対する愛や道徳＝孝　・弟が兄に対する愛や道徳＝悌　　</p>
<p>　　　・自らを偽らない愛や道徳＝忠　・他者をあざむかない愛や道徳＝信　</p>
<p>　　　・他者の身になって考える愛や道徳＝恕</p>
<p>　　　　※孔子は孝と悌を仁の根本とした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※「論語」：孔子の言行録のこと、四書（大学、中庸、論語、孟子）の一つで、</p>
<p>　　　　　　　儒教の根本経典とされている</p>
<p>　　　　　　→孔子は、儒に見られた呪術的な要素を好まず、</p>
<p>　　　　　　　現実や合理を意識して物事を考えた</p>
<p>　　　　　　　＝その時に、徳治主義という考えが生まれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・徳治主義について</p>
<p>　</p>
<p>　・徳治主義とは・・</p>
<p>　　※孔子にとって仁は、単に情的なものだけではなかった</p>
<p>　　　→仁は、自分自身の欲に勝ち、礼という規律に積極的に従うことで達成されるとした</p>
<p>　　　　＝この考え方を克己復礼と言い、孔子は「己に克ちて礼に復るを仁と為す」という</p>
<p>　　　　　言葉を残した</p>
<p>　　</p>
<p>　　・孔子は君子を理想とした</p>
<p>　　　※君子：克己復礼のように、仁と礼との実現を目指して日々努力に励む人のこと</p>
<p>　　　　　　　ただし、君子という名前の人がいるわけではない</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・孔子は政治にもこの考え方を適用した</p>
<p>　　　→孔子は、政治のトップに立つ人が君子になるための行いをして、</p>
<p>　　　　人々を安心させるべきだとした</p>
<p>　　　　※この考えは、その後、朱子という人によって</p>
<p>　　　　　士人（指導的な高い知識を持つ人の階層）に対して</p>
<p>　　　　　「修克治人」の教えとして強調されるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このように、上の人がしっかりすることで、下の人が上の人を見て</p>
<p>　　　自分もしっかりしようとする考え方へ導くことを徳治主義と言う</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※孔子は、刑罰などを重視する、という法治主義よりも徳治主義の方が重要だと考えた</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・孔子は、「詩」や「書」を学び、それ以外に易経、春秋、礼記があり、</p>
<p>　それらをまとめて五経と言う</p>
<p>・孔子は、人間の生き方＝道を求めた</p>
<p>・孔子は、礼の権威を回復すべきだとした</p>
<p>・孔子は、仁が大切だとした</p>
<p>・孔子は、礼と仁が２つそろって初めて道ができると考えた</p>
<p>・孔子は、仁の例として、孝、悌、忠、信、恕を考え、これが大切だとした</p>
<p>・孔子は、現実や合理を意識して物事を考えた</p>
<p>・仁は自分自身の欲に勝ち、礼という規律に積極的に従うことで</p>
<p>　達成される（＝克己復礼）と考えた</p>
<p>　＝「己に克ちて礼に復るを仁と為す」という考えを残した</p>
<p>・孔子は、政治のトップに立つ人が、君子になるための行いをして</p>
<p>　人々を安心させるべきだとした</p>
<p>　＝このような、上の人の良い行動を見て、下の人が自分の行動を</p>
<p>　　良い方向に持って行くことを徳治主義と言う</p>
<p>・孔子は、法治主義よりも徳治主義が良いと考えた</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1619">中国思想　－孔子と儒家の思想・仁と礼と徳治主義－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>漢代の社会と文化について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/780</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/780#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 00:13:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マイコ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アジア・アメリカ古代史]]></category>
		<category><![CDATA[五経]]></category>
		<category><![CDATA[史記]]></category>
		<category><![CDATA[官吏登用法]]></category>
		<category><![CDATA[官学]]></category>
		<category><![CDATA[漢]]></category>
		<category><![CDATA[紀伝体]]></category>
		<category><![CDATA[編年体]]></category>
		<category><![CDATA[董仲舒]]></category>
		<category><![CDATA[訓詁学]]></category>
		<category><![CDATA[陰陽五行]]></category>

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		<description><![CDATA[漢代の社会と文化ついて考えてみます &#160; &#160; ・漢代の社会と文化について &#160; &#160; 　・中国では、春秋・戦国時代に氏族制度が崩れて以来、 　　５～６人程度の小家族によって行われる農業経 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/780">漢代の社会と文化について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>漢代の社会と文化ついて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・漢代の社会と文化について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中国では、春秋・戦国時代に氏族制度が崩れて以来、</p>
<p>　　５～６人程度の小家族によって行われる農業経営が中国の経済を支えていた</p>
<p>　　※秦と漢の国家が理想としたのも、皇帝が官僚を使って</p>
<p>　　　小家族の農民たちを直接おさめる体制だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→実際には、飢饉、徭役、重い税が理由で、土地を売って没落する農民も多かった</p>
<p>　　　　＝この時に、多くの土地を買い集めた豪族は、没落した農民を奴隷や小作人として</p>
<p>　　　　　支配下に入れて勢力をのばした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※皇帝は、豪族の土地所有を制限しようとする政策をとったものの、</p>
<p>　　　　効果は得られなかった</p>
<p>　　　　＝結果的に、地方の長官の推薦による官吏登用法（郷挙里選）によって、</p>
<p>　　　　　勢力のある豪族は官僚となって国の政治に進出した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・漢代の初めに、法家や道家の思想が力を持った</p>
<p>　　→武帝の時代は、董仲舒という人の提案によって、儒学が官学になった</p>
<p>　　　＝その結果、礼と徳の思想を重視することによる社会秩序の安定化が目指された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→儒学の主な経典として、五経が定められた</p>
<p>　　　※特に、後漢の時代には、鄭玄などの学者による訓詁学というのが発展して、</p>
<p>　　　　経典の詳しい注釈書が作られた</p>
<p>　　　※五経・・一般的に、「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」の５つを指す</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→一方で、陰陽五行の考え方も広く信じられるようになった</p>
<p>　　　※この考え方は、王朝の交替の説明に用いられるなど、</p>
<p>　　　　政治的にも大きな影響力があった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時の書物は、主に竹簡に書かれていた</p>
<p>　　→その後、後漢の時代に製紙技術が改良されたため、紙が次第に普及していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・文字は、今日の漢字と大差のない隷書というものに統一された</p>
<p>　　※この時に、辞書も作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・漢代以前の歴史を伝えるもっとも重要な書物として、</p>
<p>　　武帝の時期の司馬遷という人がまとめた「史記」だった</p>
<p>　　→「史記」は、大昔から武帝の時期にいたるまでの歴史を紀伝体で書き、</p>
<p>　　　当時を生き生きと描いている</p>
<p>　　　※歴史書の書き方には、紀伝体と編年体の２種類がある</p>
<p>　　　　・紀伝体・・皇帝の事績（本紀）と功臣などの伝記（列伝）を中心とする歴史書の書き方</p>
<p>　　　　・編年体・・年月順に記す歴史書の書き方</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→「史記」とそれに続く後漢の班固という人が書いた「漢書」以後、</p>
<p>　　　紀伝体が中国の歴史書のもっとも基本的な形になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・漢代の社会と文化についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/780">漢代の社会と文化について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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