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	<title>アラエス &#187; 先住民</title>
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		<title>アメリカが独立する時の動きと流れ</title>
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		<pubDate>Sat, 15 Mar 2014 20:50:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[コイングラム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史前期]]></category>
		<category><![CDATA[13植民地]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ合衆国]]></category>
		<category><![CDATA[イギリスとアメリカ]]></category>
		<category><![CDATA[パリ条約]]></category>
		<category><![CDATA[ボストン茶会事件]]></category>
		<category><![CDATA[ワシントン]]></category>
		<category><![CDATA[七年戦争]]></category>
		<category><![CDATA[先住民]]></category>
		<category><![CDATA[茶法]]></category>
		<category><![CDATA[黒人奴隷]]></category>

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		<description><![CDATA[北アメリカの東海岸に、18世紀半ばまでに、イギリス人による13植民地が成立していた ※その時に、人々が植民地ごとに議会を作って自治を行い、様々な産業を発展させた →イギリスは、自国に必要な原料などの生産を植民地に求め、自 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2531">アメリカが独立する時の動きと流れ</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>北アメリカの東海岸に、18世紀半ばまでに、イギリス人による<strong>13植民地</strong>が成立していた</p>
<p>※その時に、人々が植民地ごとに議会を作って自治を行い、様々な産業を発展させた</p>
<p>→イギリスは、自国に必要な原料などの生産を植民地に求め、自国の利益を損なう産業を禁止した</p>
<p>※ただし、取り締まりは緩く、植民地の人達はイギリスとの通商の間で利益を得ていたために、対立は少なかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、1756年にオーストリアとプロイセンとの間で<strong>七年戦争</strong>が発生した</p>
<p>※この時にイギリスは莫大な戦費に苦しんだ</p>
<p>→そのためイギリスは、植民地の人々にも戦費を負担させようとして、植民地の課税を強化した</p>
<p>＝この課税に対して反対運動が起き、独立運動の起点になっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>課税については、植民地の人達がいない状況でイギリスの人達だけで、<strong>印紙法</strong>や<strong>茶法</strong>などを決めた</p>
<p>→この課税に対して、植民地の人々は反対した</p>
<p>※代表的な例として、<strong>ボストン茶会事件</strong>がある</p>
<p>※ボストン茶会事件・・茶法に反対する植民地の人達が、紅茶を港に投げ込んだ事件のこと</p>
<p>→ボストン茶会事件に対して、イギリスが武力で解決しようとした</p>
<p>＝そのため、1774年に13植民地が大陸会議を開いて強く抗議した</p>
<p>※1775年には、独立戦争が始まった</p>
<p>→そして、1776年にジェファソンという人が作った独立宣言で自由と平等の戦いを宣言した</p>
<p>※植民地軍の総司令官は、七年戦争で活躍した<strong>ワシントン</strong>という人が担当した</p>
<p>→ワシントンは、フランクリンという人の協力も得て、独立戦争を勝利させた</p>
<p>＝この結果、1783年の<strong>パリ条約</strong>で独立が認められ、<strong>アメリカ合衆国</strong>が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※アメリカでは、以下のような動きが起きた</p>
<p>・1787年に合衆国憲法が作られた</p>
<p>・1789年に初代大統領としてワシントンが就任した</p>
<p>※合衆国憲法によって、アメリカは共和政、連邦国家、三権分立を採用した</p>
<p>→独立宣言や憲法は、フランス革命などにも影響を与えている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※ただし、独立宣言や憲法で示されている「自由・平等」を実現できたのは白人だけだった</p>
<p>＝<strong>先住民</strong>や<strong>黒人奴隷</strong>は、<span style="text-decoration: underline">独立後も抑圧的</span>だった</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2531">アメリカが独立する時の動きと流れ</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>熱帯林の破壊について　－東南アジアの例－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1463</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1463#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 31 Oct 2013 18:02:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界の環境とエネルギーの問題]]></category>
		<category><![CDATA[ラワン]]></category>
		<category><![CDATA[先住民]]></category>
		<category><![CDATA[東南アジア]]></category>
		<category><![CDATA[焼畑]]></category>
		<category><![CDATA[熱帯林]]></category>
		<category><![CDATA[生態系]]></category>
		<category><![CDATA[生物種]]></category>
		<category><![CDATA[農地開発]]></category>

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		<description><![CDATA[熱帯林の破壊について、東南アジアを例に考えてみます &#160; &#160; &#160; ・東南アジアの熱帯林の減少について &#160; &#160; 　・東南アジアの熱帯林では、昔から先住民による小規模な焼畑が行 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1463">熱帯林の破壊について　－東南アジアの例－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>熱帯林の破壊について、東南アジアを例に考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・東南アジアの熱帯林の減少について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・東南アジアの熱帯林では、昔から先住民による小規模な焼畑が行なわれていた</p>
<p>　　→現在は、大規模な伐採や火入れが行なわれて、多くの熱帯林が消えていて、</p>
<p>　　　生態系や住民の生活に影響を与えている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・熱帯林の破壊には、以下のような理由があると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　①熱帯林が、用材としての需要が高い</p>
<p>　　　→・熱帯林の中で使うことが出来るのは、有用材というもので、</p>
<p>　　　　　ラワンやチークなどに限られる</p>
<p>　　　　・ラワンは、合板材としての需要が高く、日本は世界一の輸入国になっている　　　</p>
<p>　　　　　※日本の熱帯林の輸入相手国は、以下のように変化してきた</p>
<p>　　　　　　・１９７０年まで・・フィリピン　　</p>
<p>　　　　　　・１９７０年代・・インドネシア　　</p>
<p>　　　　　　・１９８０年代・・マレーシア</p>
<p>　　　　・熱帯林から有用材を切り出すときは、周りのじゃまな木を根こそぎ伐採したり</p>
<p>　　　　　林道を建設したりする</p>
<p>　　　　　→そのため、森林全体が大規模に破壊される</p>
<p>　　　　・木材の収入によって恩恵を受ける人々がいる裏で、</p>
<p>　　　　　熱帯林の中で生活していた先住民は、生活基盤を壊された</p>
<p>　　　　　　※そのため、先住民による森林の伐採反対運動などが起きている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　②農地開発が行なわれる</p>
<p>　　　→・マレーシアやインドネシアでは、熱帯林が大規模に焼き払われて、</p>
<p>　　　　　輸出用の油やしやプランテーションが開発されている</p>
<p>　　　　・マングローブの広がる沿岸部では、日本向けのえびの養殖池にかわっている</p>
<p>　　　　　→このような外貨の獲得のための開発は、一時的には住民に利益を出したとしても、</p>
<p>　　　　　　土地がすぐダメになり、長期的に見ると地域のためにならないと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・熱帯林の破壊による影響について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・熱帯林は、多くの動植物を維持する場所として、重要だとされている</p>
<p>　　※なかには、医薬品として期待されている植物もある</p>
<p>　　　＝そのため、熱帯林の消滅は、熱帯林に住む生物種の絶滅につながる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・熱帯林の表面の土は、やせていて非常に薄い</p>
<p>　　→そのため、森林が伐採されて地面が強い雨と強い日差しに直接さられると、</p>
<p>　　　土が雨で流され、地力が低下する</p>
<p>　　　＝結果的に、植物の再生が難しい荒地になる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・先住民が伝統的に行ってきた小規模な焼畑は、数年間の耕作の後に畑が放棄され、</p>
<p>　　休閑期に森林が回復した</p>
<p>　　→この経験を生かして、農業と林業をうまく組み合わせて経営することで、</p>
<p>　　　森林の減少を防ぎつつ持続可能な農業を行うという努力も行われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・東南アジアの熱帯林の減少についておさえる</p>
<p>・熱帯林の破壊による影響についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1463">熱帯林の破壊について　－東南アジアの例－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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