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	<title>アラエス &#187; 全インド＝ムスリム連盟</title>
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	<item>
		<title>第一次世界大戦の時のインドについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1033</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1033#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 08:23:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[第一次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[インド統治法]]></category>
		<category><![CDATA[ガンディー]]></category>
		<category><![CDATA[ジンナー]]></category>
		<category><![CDATA[ネルー]]></category>
		<category><![CDATA[プールナ＝スワラージ]]></category>
		<category><![CDATA[ローラット法]]></category>
		<category><![CDATA[全インド＝ムスリム連盟]]></category>
		<category><![CDATA[円卓会議]]></category>
		<category><![CDATA[塩の行進]]></category>
		<category><![CDATA[民族運動]]></category>

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		<description><![CDATA[第一次世界大戦の時のインドについて考えてみます &#160; &#160; ・第一次世界大戦の時のインドについて &#160; &#160; 　※第一次世界大戦の時は、インドの兵隊が大量に戦争へ送られ、大量の戦死者を出し [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1033">第一次世界大戦の時のインドについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>第一次世界大戦の時のインドについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・第一次世界大戦の時のインドについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※第一次世界大戦の時は、インドの兵隊が大量に戦争へ送られ、大量の戦死者を出した</p>
<p>　　→このような状況の中でイギリスは、民族自決という国際世論の圧力に押されて</p>
<p>　　　自治を約束した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１９年に、１９１９年インド統治法という法律が出来た</p>
<p>　　→この法律は、州の行政の一部をインド人にゆだねるというものだった</p>
<p>　　　※しかし、中央の部分はイギリスが握り続けるものだった</p>
<p>　　　　＝そのため、１９１９年インド統治法は、自治とはほど遠い内容だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また、１９１９年インド統治法と同時に極めて圧力の強いローラット法という</p>
<p>　　法律が制定された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・さらに、アムリットサールでイギリス軍が民衆に発砲して多くの死傷者を出す</p>
<p>　　という事件も起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝上の一連の流れは、インドの民衆の激しい反発を呼んだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上のように、植民地政府が強い圧力をかけるという支配に対して、非暴力をかかげて</p>
<p>　　　インドの民衆の新しい指導者として登場したのが、ガンディーという人だった</p>
<p>　　　※ガンディーは、南アフリカでのインド人移民への差別撤廃運動に勝利して、</p>
<p>　　　　インド人に熱狂的に受け入れられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ガンディーは、１９２０年の国民会議大会で、植民地統治に協力しない運動の方針を示した</p>
<p>　　→この方針によって、民族運動を、一般大衆を加えた全インド的な民族運動にまで</p>
<p>　　　大きくなっていった</p>
<p>　　　※この時、オスマン帝国のカリフ制を擁護する運動への支持を</p>
<p>　　　　ヒンドゥー教徒に呼びかけることで、ムスリムの支持を得ることにも成功した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、民衆の運動はガンディーの理想通りに進まなかった</p>
<p>　　　※農民による警官殺害事件が発生した</p>
<p>　　　　＝そのため、１９２２年に運動が中止された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、運動方針の対立、ヒンドゥー教徒とムスリム教徒の宗教対立が深刻化していった</p>
<p>　　→そのため、民族運動が混乱かつ停滞した</p>
<p>　　　※この後ムスリムは、反国民会議派、イギリス友好路線を進んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９２７年に、憲政改革調査委員会にインド人が含まれていなかったことを理由に、</p>
<p>　　民族運動がまた激しくなった</p>
<p>　　→激しい民族運動に直面したインド総督は、以下のような行動を選択した</p>
<p>　　　・インドを自治領とすることを約束した</p>
<p>　　　・新しいインド統治法の内容をロンドンでの円卓会議で検討することを発表した</p>
<p>　　　　※しかし、自治実現の日程は示さなかった</p>
<p>　　　　　＝そのため、１９２９年に国民会議派内のネルーという人などの急進派が、</p>
<p>　　　　　　完全な独立（プールナ＝スワラージ）を決めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・運動に呼び戻されたガンディーは、植民地支配が合理的でないことを象徴的に示すために、</p>
<p>　　１９３０年に「塩の行進」と呼ばれる運動を始めた</p>
<p>　　※塩の行進とは</p>
<p>　　　→ガンディーなどが、日常的にもっとも必要としている塩への課税を、</p>
<p>　　　　植民地支配の象徴だと考えて、違法ながら塩づくりを行うことで、</p>
<p>　　　　植民地支配に抵抗する運動のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・塩の運動の後、円卓会議で合意の達成が出来ず、１９３２年に運動が再開した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→「塩の行進」という運動で、多くの人々が逮捕された</p>
<p>　　　＝そのため、１９３４年にガンディーは運動を中止した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・次の年の１９３５年に、１９３５年インド統治法という法律が誕生した</p>
<p>　　→この法律で、以下のようなことが決められた</p>
<p>　　　・州の政治はインド人に任せることになった</p>
<p>　　　・中央の財政や外交などはイギリスがコントロールし続けることになった</p>
<p>　　　　＝そのため、完全独立の要求からかなり遠いものだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９３７年に、１９３５年インド統治法のもとで州選挙が行なわれた</p>
<p>　　　※国民会議派が多かった州で政権を獲得できた</p>
<p>　　　※ムスリムが多い州は、ムスリムを中心とする地域政党が勝利した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ジンナーという人を指導者とする全インド＝ムスリム連盟は、１９４０年に</p>
<p>　　イスラーム国家であるパキスタンの建設を目標にかかげた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・そして、第二次世界大戦が始まると、国民会議派が完全独立を要求した</p>
<p>　　→この動きに対して、イギリスは以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・完全独立をおさえつけた</p>
<p>　　　・国民会議派を非合法化した</p>
<p>　　　・ガンディーを始めとする指導者を投獄した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・第一次世界大戦の時のインドについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1033">第一次世界大戦の時のインドについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>インドの民族運動について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1009</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1009#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 06:31:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代世界史]]></category>
		<category><![CDATA[イギリス]]></category>
		<category><![CDATA[インド]]></category>
		<category><![CDATA[インド国民会議]]></category>
		<category><![CDATA[カルカッタ]]></category>
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		<category><![CDATA[ベンガル分割令]]></category>
		<category><![CDATA[全インド＝ムスリム連盟]]></category>

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		<description><![CDATA[インドの民族運動について考えてみます &#160; &#160; ・インドの民族運動について &#160; &#160; 　・イギリスは、インド帝国が成立してから、鉄道の建設などの通信交通手段を整備していった 　　→その [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1009">インドの民族運動について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>インドの民族運動について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・インドの民族運動について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスは、インド帝国が成立してから、鉄道の建設などの通信交通手段を整備していった</p>
<p>　　→そのため、以下のような商品作物の生産が進んだ</p>
<p>　　　・コーヒーや茶などのプランテーション作物</p>
<p>　　　・綿花などの工業原料作物　　など</p>
<p>　　　</p>
<p>　　※しかし、上のような政策はイギリスの利害を重視したものだった</p>
<p>　　　＝そのため、インドの人々には経済面で大きな負担を与えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のような状況で、弁護士、技術者、官僚などのエリート層を中心に</p>
<p>　　人種差別を経験することで、民族的な自覚を持つ階層が出現した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、イギリス側にもインド人エリートを植民地支配の協力者として利用する</p>
<p>　　という考え方が出て来ていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝上の２つの狙いが一致して、インド人の意見を諮問する機関として</p>
<p>　　　１８８５年にインド国民会議が結成された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・インド国民会議の結成後、民族運動がベンガルを中心にだんだんと盛んになっていった</p>
<p>　　→そこでイギリスは、ヒンドゥー教とイスラーム教を仲の悪い状態にして</p>
<p>　　　両方の宗教の運動を分断することを狙って、</p>
<p>　　　１９０５年にベンガル分割令という法律を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→ベンガル分割令に対して、国民会議では、穏健派に代わってティラクという人を</p>
<p>　　　中心とした急進派が主導権を握って反対運動を起こした</p>
<p>　　　※１９０６年にベンガルのカルカッタというところで開かれた大会では、</p>
<p>　　　　以下の４つを決めて、イギリスに正面から対抗することを考えた</p>
<p>　　　　→・英貨排斥　・スワデーシ（国産品愛用）　・スワラージ（自治獲得）　・民族教育</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、ムスリムは、ベンガル分割令によって多数派となれる州が出てくる</p>
<p>　　という利点を説明するイギリス人総督が出てきた</p>
<p>　　→この説明の影響によって、１９０５年に国民会議とは別で親英的な</p>
<p>　　　全インド＝ムスリム連盟を結成した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ただし、急激に進んだ運動は、国民会議の内部対立や植民地政府による弾圧によって、</p>
<p>　　　静まってしまった</p>
<p>　　　→これに加えて、イギリスはインド人を落ち着かせるために、</p>
<p>　　　　インド人の一部をイギリスの行政組織に参加させた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・さらに、イギリスは１９１１年にベンガル分割令を撤回した</p>
<p>　　→しかし、その一方で首都を反イギリス運動の本拠地であったカルカッタから、</p>
<p>　　　以前の首都だったデリーに移すことで、運動をやめさせていこうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・インドの民族運動とイギリスとの関係についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです　</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1009">インドの民族運動について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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