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	<title>アラエス &#187; 共和政</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>アメリカの独立について③　－合衆国憲法の制定－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/955</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/955#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 19:25:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[チューペット]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史中期]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ独立革命]]></category>
		<category><![CDATA[フィラデルフィア]]></category>
		<category><![CDATA[ワシントン]]></category>
		<category><![CDATA[三権分立]]></category>
		<category><![CDATA[共和政]]></category>
		<category><![CDATA[合衆国憲法]]></category>
		<category><![CDATA[民主主義]]></category>
		<category><![CDATA[連邦主義]]></category>
		<category><![CDATA[連邦政府]]></category>

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		<description><![CDATA[アメリカの独立について、合衆国憲法の制定を考えてみます &#160; &#160; ・合衆国憲法の制定について &#160; &#160; 　・アメリカ合衆国は、独立はしたものの、まだ１３の独立した州のゆるい連合でしかな [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/955">アメリカの独立について③　－合衆国憲法の制定－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>アメリカの独立について、合衆国憲法の制定を考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・合衆国憲法の制定について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカ合衆国は、独立はしたものの、まだ１３の独立した州のゆるい連合でしかなかった</p>
<p>　　※そのため、中央政府の権力が弱く、政治的かつ経済的な困難が続いた</p>
<p>　　　→そこで、強力な中央政府を作ろうとする運動が高まってきた</p>
<p>　　　　＝その結果、１７８７年にフィラデルフィアの憲法制定会議で合衆国憲法が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・合衆国憲法は、共和政の民主主義（人民主義）を土台にし、連邦主義を採用した</p>
<p>　　※連邦主義・・それぞれの州に大幅な自治を認めながらも、</p>
<p>　　　　　　　　　中央政府の権限を強化する仕組みのこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・合衆国憲法は、お互いが抑制しあうことで権力が一つに集中することを避ける</p>
<p>　　三権分立の原則を定めた</p>
<p>　　※アメリカ合衆国の三権分立</p>
<p>　　　→・行政権・・大統領をトップに置く政府が握った</p>
<p>　　　　・立法権・・連邦議会（各州２名ずつの代表からなる上院と人口比例による</p>
<p>　　　　　　　　　　代表が集まる下院）にあった</p>
<p>　　　　　　　　　　→ただし連邦議会では、上院が条約の批准権などの強い権限を持っていた</p>
<p>　　　　・司法権・・最高裁判所が行使した</p>
<p>　　　→憲法については、支持をする連邦派と、支持をしない反連邦派がいた</p>
<p>　　　　※連邦派と反連邦派の対立は、後の政党のもとにもなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１７８９年に、合衆国憲法にもとづく連邦政府が発足した</p>
<p>　　※この時、ワシントンという人が初代の大統領に就任した</p>
<p>　　　→ワシントンは、以下のような動きを見せた</p>
<p>　　　　・戦後の復興と建設の努力をした</p>
<p>　　　　・フランス革命戦争で中立政策を取った</p>
<p>　　　　・連邦派を連れたハミルトンという人が財務長官として財政の基礎を固めた</p>
<p>　　　　・反連邦派の指導者だったジェファソンという人が国務長官を務めた</p>
<p>　　　　・１８００年に、首都としてワシントン特別区が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカの独立には、以下のような意味と動きがあったと言われている</p>
<p>　　→・大国でも共和政が実現できることを示した</p>
<p>　　　・信仰の自由、アパラチア山脈以西への移住解禁によって自由農民の発展をもたらす</p>
<p>　　　　などの社会改革でもあった</p>
<p>　　　・黒人奴隷や先住民の権利は無視された</p>
<p>　　　・アメリカ独立革命は、１８世紀後半から１９世紀前半の「大西洋革命」の</p>
<p>　　　　一つだとして考えることもある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・合衆国憲法の制定とその内容についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/955">アメリカの独立について③　－合衆国憲法の制定－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>ローマ共和政について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/683</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/683#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 04 Oct 2013 19:12:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[世界は仲間]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[オリエント地中海古代史]]></category>
		<category><![CDATA[エルトリア人]]></category>
		<category><![CDATA[ギリシア文化]]></category>
		<category><![CDATA[ホルテンシウス法]]></category>
		<category><![CDATA[リキニウス・セクスティウス法]]></category>
		<category><![CDATA[ローマ]]></category>
		<category><![CDATA[元老院]]></category>
		<category><![CDATA[共和政]]></category>
		<category><![CDATA[十二表法]]></category>

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		<description><![CDATA[ローマ共和政について考えてみます &#160; &#160; ・ローマ共和政について &#160; &#160; 　・紀元前１０００年ころに、古代イタリア人が北方からイタリア半島に南下してきた 　　→南下してきた古代イタ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/683">ローマ共和政について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ローマ共和政について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ローマ共和政について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・紀元前１０００年ころに、古代イタリア人が北方からイタリア半島に南下してきた</p>
<p>　　→南下してきた古代イタリア人の中のラテン人の一部によって</p>
<p>　　　ティベル川という川のほとりに都市国家が作られた</p>
<p>　　　＝この時に作られた都市国家がローマだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ローマは先住民だったエトルリア人を通して、ギリシア文化の影響を受けた</p>
<p>　　→そのため、最初はエトルリア人の王に支配されていたが、</p>
<p>　　　紀元前６世紀末に王を追放して、共和政になった</p>
<p>　　　※共和政・・国民の選挙でえらばれた代表者を元首とする政治のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ローマでは貴族（パトリキ）と、おもに中小農民である平民（プレブス）の身分差があった</p>
<p>　　※ちなみに、最高官職で任期１年、2名のコンスル（執政官）は貴族から選ばれていた</p>
<p>　　　→そして、コンスルを指導して実質的な支配権を握っていたのは、</p>
<p>　　　　貴族の会議である元老院だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中小農民は、重装歩兵として国防で重要な役割を果たすようになった</p>
<p>　　→しかし、中小農民は貴族による政権の独占に不満を持っていた</p>
<p>　　　＝そのため、平民と貴族との間での闘争が早いうちから起きた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　→闘争の後、以下のような動きが起きた</p>
<p>　　　・紀元前５世紀の前半に、元老院やコンスルの決定に拒否権を行使できる</p>
<p>　　　　平民出身の護民官が出来た</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・平民だけの民会として平民会が出来た</p>
<p>　　　　※ローマには、平民会以外にいくつかの民会があったが、</p>
<p>　　　　　これらの決定には元老院の承認が必要だった</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・紀元前５世紀のなかばに、十二表法という法が作られ、公開された</p>
<p>　　　　※十二表法・・当時の慣習法を初めて成文化した法のこと</p>
<p>　　　　　→今まで貴族が独占していた慣習法を成文化したことは、</p>
<p>　　　　　　　平民の地位の向上に役立ったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・紀元前３６７年にリキニウス・セクスティウス法という法が出来た</p>
<p>　　　　→この法によって、コンスルのうち１人は平民から選ばれるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・紀元前２８７年にホルテンシウス法という法ができた</p>
<p>　　　　→この法によって、平民会の決議が元老院の認可なしに</p>
<p>　　　　　全ローマ人の国法になることが定められた</p>
<p>　　　　　＝以上を通して、平民と貴族との政治上の権利は同じになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、平民にも参政権が与えられるようになると、</p>
<p>　　今までの貴族に一部の富裕な平民が加わって新しい支配層が成立し、</p>
<p>　　政権を独占するようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・実質的には元老院が指導権を持ち続けていた</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・非常時には独裁官（ディクタトル）が独裁権を使えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝以上の点から、ローマの共和政は、ギリシアの民主政と大きく違っていたことが分かる</p>
<p>　　　※ギリシアの民主政は、貧富の区別がなく、市民が政治に参加できた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ローマの共和政についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/683">ローマ共和政について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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