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	<title>アラエス &#187; 土建国家</title>
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		<title>日本財政の類型化―2、開発主義国家型財政（2-2減税政策）</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/782</link>
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		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 02:14:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ルーブル]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後・占領期]]></category>
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		<description><![CDATA[2-2　減税政策 開発主義を考える上では税制上の優遇、つまり減税政策も重要な論点です。過去記事で指摘したように、高度成長期の公共事業は地方への資源配分や低所得者層への雇用保障という側面がありました。しかし、この政策だけで [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/782">日本財政の類型化―2、開発主義国家型財政（2-2減税政策）</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>2-2　減税政策</p>
<p>開発主義を考える上では税制上の優遇、つまり減税政策も重要な論点です。過去記事で指摘したように、高度成長期の公共事業は地方への資源配分や低所得者層への雇用保障という側面がありました。しかし、この政策だけで政治的な合意を図ろうとすれば、中間層の政治抵抗を強めることになっていたでしょう。そこで中間層を宥和する役割を担ったのが減税なのです。井手が指摘するように、「減税による中間層への利益分配、これこそが土建国家を支えるもうひとつの重要な原動力（59頁）」でした（注；ここで井手は土建国家と呼んでいますが、『日本財政　転換の指針』の中で、「土建国家とは、経済成長を与件としつつ、公共投資と減税を政策の中核に据えた利益配分システム（63頁）」と指摘しているので、ここでいう開発主義国家と概ね同義と考えてよいと思います）。</p>
<p>　それでは、1950年代から60年代に高い成長率を実現した日本経済と税制は、どのように関わりあっていたのでしょうか。石によれば、経済成長と税制の間には2つのルートがあり、それらは相互に関連しあっているといいます。第1に、高い成長率の経済は、豊富な税収の自然増をもたらします。そして第2が、税制を積極的に活用して成長促進を図るというルートです。この2つのルートは、高度成長期の租税政策として、「①一貫した減税政策、②強力な租税誘因政策（<i>tax incentive policies</i>）を生み出した（注；石、下記参考文献、175頁）」。</p>
<p>　まず①から検討すると、高度成長期の名目成長率は、概ね年率15%以上を達成し、これによって税収の自然増は年々拡大を続けました。したがって、税制をそのまま変更せずに固定しておけば、政府は毎年巨額な財源を手にすることができる状態でした。しかし、納税者の視点から見れば、税負担の急増が避けられない状態でもありました。</p>
<p>　そこで日本政府は、年々拡大するこの財源を減税に充てるという政策を採用しました。他国では政府が無料、もしくは安価で提供するような財・サービス、例えば教育、育児・保育、住宅等に必要な資金を、日本では減税というかたちで間接的に還付したのです。実際に税制改革について見てみると、中低所得者に対しては基礎控除や扶養控除、配偶者控除といったかたちで所得税を減税しました。中小企業に対しては、税率の軽減や租税特別措置の拡大によって対応しました。こうした減税政策は、1959年から75年までほぼ毎年のように実施され、成長経済の恩恵を国民に還元したのです。</p>
<p>　次に②について検討しましょう。租税誘因政策とは、税制上に優遇措置を設けることで特定の政策目標を推進しようとするものです。敗戦後の日本は経済の自立や経済成長のために急速な資本蓄積や産業基盤の育成が重要な政策課題とされてきました。この資本蓄積や産業基盤の育成などの個別の経済政策の手段に税制を活用しようとする考え方のことを租税誘因といいます。租税誘因は主に租税特別措置を活用して実施されました。石によれば、租税誘因は①貯蓄の奨励②内部留保の充実③技術振興および設備近代化④産業の助成⑤その他の5つの項目に整理されます（注；石、181-182頁）。このうち、大きく分けると所得税に関係するものと法人税に関係するものに分けられます。ここでは次節で検討する財政投融資と密接な関係がある①貯蓄の奨励に重点を置いて検討します。</p>
<p>　1950年以降の租税特別措置の中での最大の項目は、一貫して貯蓄奨励を目標としたものでした。高度成長期の租税特別措置の中の貯蓄奨励として導入されたものは、利子所得の分離課税や非課税、税率の軽減、生命保険料控除、貯蓄控除等、実に様々な種類があります。利子所得についてみると、公平性などの観点から総合課税が原則でした。しかし、1953年度税制改正によって分離課税が導入され、利子所得は10％の比例税率で分離されて所得税が課税されました。この措置は貯蓄奨励のための典型的な政策税制です。他にも、郵便貯金や国民貯蓄組合預金等の利子、納税準備預金利子などはすべて非課税とされました。郵便貯金に関しては、金利体系から見て普通銀行の預金と比べて優遇されていました。井手によれば、1955年から74年にかけてGNPが16倍の伸びを示した一方で、郵貯残高は36倍の伸びを示したといいます（注；155頁）。こうして蓄積された資金を財源に実施されたのが財政投融資です。</p>
<p>　このように高度成長期には、高い成長経済が豊富な税収をもたらすと同時に、税制上で減税という優遇を設けることで貯蓄を促し、それを元手に更なる投資を行うことで一層の経済成長を追求するというモデル、つまり日本独特ともいえる開発主義国家型財政を確立したのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>参考文献</p>
<p>・石弘光『現代税制改革史』東洋経済新報社、2008年</p>
<p>・井手英策『財政赤字の淵源―寛容な社会の条件を考える』有斐閣、2012年</p>
<p>・同上『日本財政　転換の指針』岩波書店、2013年</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/782">日本財政の類型化―2、開発主義国家型財政（2-2減税政策）</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>「財政赤字の淵源」を読んでみた</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/545</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/545#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 02 Sep 2013 04:50:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[大きな魚]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[社会科コラム全般]]></category>
		<category><![CDATA[井出英策]]></category>
		<category><![CDATA[公共事業]]></category>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>日本における膨大な財政赤字の原因を歴史的アプローチから解明した上で、今後の人々の生活を支える財政制度をどのように設計していくかを提言した書。第Ⅰ部では戦時期の高橋財政や大蔵省統制、占領期の財政運営などを切り口に、日本の財政の原型がどのように作られたかを検討している。第Ⅱ部では高度成長期における公共事業と減税による利益分配メカニズムについて検討している。第Ⅲ部では各部を踏まえた上で、近年では財政ニーズが変化しているにもかかわらずそれに対応した政策運営ができなかったことを指摘しつつ、今後のあるべき財政システムを提言している。</p>
<p>第Ⅰ部の大蔵省統制のあたりは自分の勉強不足でイマイチぴんとこず、そういうものかなあくらいにしか思えなかった。しかし、第Ⅱ部からは重要な指摘に富んでいたように思う。今日において公共事業といえば諸悪の根源（ちょっと言い過ぎ？）的な扱いがなされ、常に批判の的となっている印象を受ける。しかしながら、1950年代から70年代あたりの高度成長期までは、公共事業を所得再分配と結びつけて、社会保障による救済の代わりに、公共事業によって就労機会を提供することで低所得者を救済するという利益分配システムが合理的に機能していたことを指摘している。これが土建国家と言われる所以だと思われる。</p>
<p>このように高度成長期当時はいわゆる土建国家という社会システムが機能していたが、1990年代以降の様々な社会変化（金融自由化、労働法制の規制緩和、女性の社会進出など）によって社会的な要請も変化し、土建国家の限界が見えてきたと言える。こうしたことを考えると日本政府はニーズの変化に対応できていないように感じる。今後の日本がどうすべきかは、北欧諸国の政策が示唆しているように思う。もちろん北欧の政策をそっくりそのまま取り入れられるほど事は単純ではないだろうから、一つの参考として、日本的にカスタムできればと思う。</p>
<p>近年の膨大な財政赤字の累積を背景に、財政再建のための歳出削減や増税の必要性が喧伝されるが、本来の目的はそこではないということを知ることができるので、一読の価値はあると思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>〈参考文献〉</p>
<p>・井手英策『財政赤字の淵源―寛容な社会の条件を考える』有斐閣、2012年</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/545">「財政赤字の淵源」を読んでみた</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>土建国家の合理性</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/280</link>
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		<pubDate>Wed, 21 Aug 2013 18:17:32 +0000</pubDate>
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<p>土建国家とは、経済成長を前提としつつ、減税によって中間層を宥和するとともに貯蓄を増大させ、その貯蓄を財源にした財政投融資を活用して公共事業を行うことで地方への利益分配も可能にしたシステムと言えます。土建国家を考える上でのキーワードは、①公共事業②減税③財政投融資の三つです。まず①から検討します。</p>
<p>　高度成長期における公共事業の目的は、企業の経済活動の基盤を整えることにありました。そのきっかけとなったのが所得倍増計画や全国総合開発計画などです。こうした国の経済計画の策定によって道路や港湾、鉄道、工業用地など、産業基盤への投資が拡大していきました。他方で地方自治体もこの動きに連動して総合開発計画を次々に策定し、国からの補助金を元手に産業基盤の強化を図りました。こうした政策は製造業や建設業の競争力強化につながりました。これに伴い、就業構造も変化しました。農家の機械化によって余剰人員が生まれ、彼らが建設業や製造業へと就業し、農家は兼業化していきました。農家の兼業化は所得の増大を促し、所得格差を小さくしました。このように、公共事業によって就労機会を提供し、所得を増大させながら農業と建設業、製造業との所得格差を小さくすることで合意形成を図っていました。</p>
<p>　次に減税について検討します。土建国家という視点は公共事業だけでは語れません。公共事業には前述のように地方への資源配分や低所得層への雇用保障という側面がありました。しかし、この政策だけで統治を図ろうとするならば、中間層の政治抵抗を強めることになっていたと思われます。「地方や低所得者ばかり支援しやがって！」となるわけです。そこで中間層を宥和する役割を担ったのが減税です。井手氏が指摘するように、「減税による中間層への利益分配、これこそが土建国家を支えるもうひとつの重要な原動力（井手、2013）」だったのです。</p>
<p>　減税は高度成長期において、公共事業と同じように重要視されました。高度成長期の各年度税制改正を見ると、1972年度予算以外は1961年度から1975年度まで、すべての年で減税が行われました。中低所得者対しては基礎控除や扶養控除、配偶者控除というかたちで所得税を減税しました。中小企業に対しては税率の軽減や租税特別措置の拡大によって対応しました。このような減税政策は、「高度成長が税収を生み、減税が高度成長を生むという好循環を作り出した。（井手、2012）」のです。また、減税によって還付された資金は貯蓄に向けられました。日本は明らかに小さな政府であったため、西欧では政府が提供するようなサービス、例えば教育、育児、介護、住宅などを購入するための資金として減税分を貯蓄したのです。このように、減税が人々の生活設計に組み込まれていったために、減税という政策から脱却しづらくした側面があるのです。</p>
<p>　土建国家を考える上でもう一つ重要な論点は、財政投融資です。財政投融資とは、郵便貯金や簡易保険などの国民の貯蓄を活用し、政府が行う投融資活動のことです。減税政策によって還付された資金が貯蓄に向けられたことは前述しましたが、その貯蓄先は金利的に優遇されていた郵便貯金に集中しました。この貯金を活用して実施されたのが財政投融資です。財政投融資は厳密に言えば公共事業関係費とは区別されなければなりません。しかし、その内訳をみると、住宅建設、道路・港湾・橋梁の整備、生活環境の改善など、実質的には公共事業と言えるもので、財政投融資＝公共事業と言っても問題はないものと思われます。要するに、貯蓄が公共事業の財源となっていたのです。</p>
<p>　以上をまとめると、土建国家とは、経済成長を前提としつつ、減税によって中間層を宥和するとともに貯蓄を増大させ、それを財源にした財政投融資を活用して公共事業を行うことで地方への利益分配も可能にしたシステムでした。このシステムは経済成長を前提とした社会においてはそれなりに合理的に機能したのです。しかし、1970年代に入り、ニクソンショックやオイルショックなどに伴う経済の低成長化によって減税と公共事業による利益分配には限界が見えてきました。経済危機などを背景に国債の発行が増大していく一方で、人々の生活設計には度重なる減税が根付いていたために増税への転換を難しくしたのです。このような「減税グセ」が示す歳入不足が赤字国債の発行を不可避にし、今日の膨大な財政赤字の基礎を作ったと言えるかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>〈参考文献〉</p>
<p>・井手英策『財政赤字の淵源―寛容な社会の条件を考える』有斐閣、2012年</p>
<p>・同上『日本財政―転換の指針』岩波書店、2013年</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/280">土建国家の合理性</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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