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	<title>アラエス &#187; 日米安全保障条約</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>平和主義について②　－日米安全保障条約・国際レベルでの協調と平和へ向けた実現について－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1816</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1816#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 08:56:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[副店長]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本国憲法]]></category>
		<category><![CDATA[シビリアン・コントロール]]></category>
		<category><![CDATA[同時多発テロ]]></category>
		<category><![CDATA[周辺事態]]></category>
		<category><![CDATA[安保闘争]]></category>
		<category><![CDATA[平和維持活動]]></category>
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		<category><![CDATA[日米地位協定]]></category>
		<category><![CDATA[日米安全保障条約]]></category>
		<category><![CDATA[海外派兵]]></category>
		<category><![CDATA[集団的自衛権]]></category>

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		<description><![CDATA[平和主義について、日米安全保障条約、国際レベルでの協調と平和へ向けた実現 について考えてみます &#160; &#160; ・日米安全保障条約について &#160; 　・１９５１年に、日本はサンフランシスコ平和条約と同時 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1816">平和主義について②　－日米安全保障条約・国際レベルでの協調と平和へ向けた実現について－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>平和主義について、日米安全保障条約、国際レベルでの協調と平和へ向けた実現</p>
<p>について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日米安全保障条約について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５１年に、日本はサンフランシスコ平和条約と同時に、日米安全保障条約を結んだ</p>
<p>　　→日米安全保障条約によって、冷戦の時にアメリカの軍隊が引き続き日本に駐留して、</p>
<p>　　　日本の基地を使うようになった</p>
<p>　　　※この時の基地の使用に関して、砂川事件という事件が発生している</p>
<p>　　　　・砂川事件・・東京の基地の拡張に関して、拡張に反対する人達が基地の中に入って</p>
<p>　　　　　　　　　　　捕まった事件のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　→拡張に反対する人達が、検察に起訴されて裁判となり、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　第一審では基地は憲法９条に反するため無罪となったが、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　最高裁では憲法に反さないとなり、拡張に反対する人達が有罪となった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一定の期間が経ってから、日米安全保障条約の改定に関して</p>
<p>　　強い反対運動（安保反対闘争）が起きたが、</p>
<p>　　結果的に、日米安全保障条約は、日本とアメリカとの関係をより強めた</p>
<p>　　日米相互協力及び安全保障条約に改定された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※相互協力及び安全保障条約によって、いくつかのことが決められた</p>
<p>　　　・日本に対して武力攻撃があった場合は、日本とアメリカが共同で</p>
<p>　　　　日本を守ることが決められた</p>
<p>　　　・アメリカ軍は日本国内の基地を使って軍事行動をして良いことになった</p>
<p>　　　　→この軍事行動に関しては、日本政府と事前に話し合わなければいけない、</p>
<p>　　　　　というルールがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６０年以降に、日米に関して出来たルールとして代表的なものに、</p>
<p>　　思いやり予算や日米地位協定などがある</p>
<p>　　※・思いやり予算・・アメリカが要求した時に、日本側がアメリカ軍の駐留のための</p>
<p>　　　　　　　　　　　　経費の大部分を負担するための予算のこと</p>
<p>　　　・日米地位協定・・日本国内でのアメリカ軍の行動について決めたルールを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　まとめた呼び方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・最近の日米安全保障条約に関する動きについて</p>
<p>　　・日米安全保障条約を日本だけでなく、「周辺事態」にも生かそうとする動きが出てきた</p>
<p>　　　※周辺事態・・日本の周辺で武力による争いが発生し、もし放っておくと</p>
<p>　　　　　　　　　　日本に直接武力攻撃になるかもしれない事態のこと</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・周辺事態を意識した主な動き　</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・１９９９年にガイドライン関連法が成立した</p>
<p>　　　　※ガイドライン関連法・・自衛隊が米軍の支援を行うことや、米軍が日本の港や空港の</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　使用を認める法律のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　周辺事態法や自衛隊法改正などによって作られているが、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　民間や地方公共団体などに協力してもらう内容が不明確</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　という問題がある</p>
<p>　　</p>
<p>　　　・アメリカ政府による米軍再編の一つとして、</p>
<p>　　　　日本にいる米軍と日本の自衛隊の司令部の連携を強化した</p>
<p>　　　　→これらについては、集団的自衛権との関係について議論がされている</p>
<p>　　　　※集団的自衛権・・同盟を結んでいる国が武力攻撃を受けた場合、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　自分の国が攻撃されていなくても、同盟を結んでいる国を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　軍事などの武力を使って守る権利のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　→日本政府は、日本に集団的自衛権があっても、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　憲法によって集団的自衛権は使えないとしている　　　　　　　　</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　</p>
<p>　　　※周辺事態や新ガイドラインなどを考えるきっかけとなったものに、</p>
<p>　　　　１９９６年の日米安保共同宣言という宣言がある</p>
<p>　　　　→日米安保共同宣言によって、日米安保体制が、</p>
<p>　　　　　日米の防衛協力を強化するという方向で再定義されることになった</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　　　　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際レベルでの協力や協調について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・日本は、海外派兵（武力行使を目的に、自衛隊を外国に派遣すること）は</p>
<p>　　憲法に違反する、ということになっている</p>
<p>　　→しかし、１９９０年の湾岸戦争の後に、</p>
<p>　　　国連の平和維持活動（ＰＫＯ）への参加が議論された</p>
<p>　　→１９９２年にＰＫＯ協力法（国連平和維持活動協力法）が作られ、</p>
<p>　　　ＰＫＯへの参加を決めた</p>
<p>　　　＝それによって、日本は世界各地に自衛隊を派遣した</p>
<p>　　　※平和維持活動（ＰＫＯ）・・紛争の拡大を防止したり、紛争を止めたりする組織のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・「同時多発テロ」について</p>
<p>　　・２００１年にアメリカで「同時多発テロ」が起きた</p>
<p>　　　→これによって、日本では様々な法律などが誕生した</p>
<p>　　　　・日本は２００１年にテロ対策特別措置法という法律を作り、</p>
<p>　　　　　自衛隊を海外に派遣して、アメリカ軍を支援した</p>
<p>　　　　　（２００８年には、新テロ対策特別措置法が作られた）</p>
<p>　　　　・２００３年にイラクが大量破壊兵器を持っているかもしれない、</p>
<p>　　　　　という疑いのもと、アメリカとイギリスが国連安全保障理事会というところの</p>
<p>　　　　　正式な許可が出ないままイラク戦争を始めた</p>
<p>　　　　　→そこで、日本は２００３年にイラク復興支援特別措置法を作って、</p>
<p>　　　　　　２００４年に自衛隊をイラクに派遣した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・平和に向けた考え方について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・平和を実現するためには、紛争を未然に防ぐように、</p>
<p>　　信頼を少しずつ作る外交の努力が必要だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・内閣には文民（軍人では無い人のこと）だけ存在し、内閣が自衛隊をコントロールする</p>
<p>　・内閣総理大臣は安全保障会議という会議を開くことが出来て、</p>
<p>　　自衛隊に対して「最高の指揮監督権」を持っている</p>
<p>　　→上の２つのような、文民統制（シビリアン・コントロール）の仕組みが</p>
<p>　　　大切だと言われている</p>
<p>　　　※文民統制・・文民が軍事をコントロールすること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※なぜ文民統制が必要なのか</p>
<p>　　　→昔は軍部が統帥権を使って、政治を無視して軍部を動かしていた、</p>
<p>　　　　という歴史があるから</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・日米安全保障条約について押さえる</p>
<p>・国際レベルでの協力や協調について押さえる</p>
<p>・平和に向けた考え方について押さえる</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1816">平和主義について②　－日米安全保障条約・国際レベルでの協調と平和へ向けた実現について－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>平和主義について②　－日米安保条約と世界の動き－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1689</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1689#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 14:49:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[パワフルくん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本国憲法]]></category>
		<category><![CDATA[ガイドライン関連法]]></category>
		<category><![CDATA[サンフランシスコ平和条約]]></category>
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		<description><![CDATA[平和主義について、日米安保条約と世界の動きについて考えてみたいと思います &#160; &#160; ・日米安全保障条約について &#160; 　・１９５１年に、日本はサンフランシスコ平和条約と同時に、日米安全保障条約を [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1689">平和主義について②　－日米安保条約と世界の動き－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>平和主義について、日米安保条約と世界の動きについて考えてみたいと思います</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日米安全保障条約について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５１年に、日本はサンフランシスコ平和条約と同時に、日米安全保障条約を結んだ</p>
<p>　　→日米安全保障条約によって、冷戦の時にアメリカの軍隊が引き続き日本に駐留して、</p>
<p>　　　日本の基地を使うようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※この時の基地の使用に関して、砂川事件という事件が発生している</p>
<p>　　　　・砂川事件・・東京の基地の拡張に関して、拡張に反対する人達が</p>
<p>　　　　　　　　　　　基地の中に入って捕まった事件のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　→拡張に反対する人達が、検察に起訴されて裁判となり、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　第一審では基地は憲法９条に反するため無罪となったが、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　最高裁では憲法に反さないとなり、拡張に反対する人達が有罪となった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一定の期間が経ってから、日米安全保障条約の改定に関して</p>
<p>　　強い反対運動（安保闘争）が起きたが、結果的に、日米安全保障条約は、</p>
<p>　　日本とアメリカとの関係をより強めた相互協力及び安全保障条約に改定された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※相互協力及び安全保障条約によって、いくつかのことが決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・日本に対して武力攻撃があった場合は、日本とアメリカが共同で</p>
<p>　　　　日本を守ることが決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・アメリカ軍は日本国内の基地を使って軍事行動をして良いことになった</p>
<p>　　　　→この軍事行動に関しては、日本政府と事前に話し合わなければいけない、</p>
<p>　　　　　というルールがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６０年以降に、日米に関して出来たルールとして代表的なものに、</p>
<p>　　思いやり予算や日米地位協定などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※・思いやり予算・・アメリカが要求した時に、日本側がアメリカ軍の駐留のための</p>
<p>　　　　　　　　　　　　経費の大部分を負担するための予算のこと</p>
<p>　　　・日米地位協定・・日本国内でのアメリカ軍の行動について決めたルールを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　まとめた呼び方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・最近の日米安全保障条約に関する動きについて</p>
<p>　　・日米安全保障条約を日本だけでなく、「周辺事態」にも生かそうとする動きが出てきた</p>
<p>　　　※周辺事態・・日本の周辺で武力による争いが発生し、もし放っておくと</p>
<p>　　　　　　　　　　日本に直接武力攻撃になるかもしれない事態のこと</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・周辺事態を意識した主な動き　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９９９年にガイドライン関連法が成立した</p>
<p>　　　　※ガイドライン関連法・・自衛隊が米軍の支援を行うことや、米軍が日本の港や空港の</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　使用を認める法律のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　周辺事態法や自衛隊法改正などによって作られているが、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　民間や地方公共団体などに協力してもらう内容が</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　不明確という問題がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・アメリカ政府による米軍再編の一つとして、日本にいる米軍と日本の自衛隊の司令部の</p>
<p>　　　　連携を強化した</p>
<p>　　　　→これらについては、集団的自衛権との関係について議論がされている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※集団的自衛権・・同盟を結んでいる国が武力攻撃を受けた場合、自分の国が</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　攻撃されていなくても、同盟を結んでいる国を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　軍事などの武力を使って守る権利のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　→日本政府は、日本に集団的自衛権があっても、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　憲法によって集団的自衛権は使えないとしている　　　　　　　　</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　　　　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際レベルでの協力や協調について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・日本は、海外派兵（武力行使を目的に、自衛隊を外国に派遣すること）は憲法に違反する、</p>
<p>　　ということになっている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、１９９０年の湾岸戦争の後に、</p>
<p>　　　国連の平和維持活動（ＰＫＯ）への参加が議論された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９９２年にＰＫＯ協力法（国連平和維持活動協力法）が作られ、</p>
<p>　　　ＰＫＯへの参加を決めた</p>
<p>　　　＝それによって、日本は世界各地に自衛隊を派遣した</p>
<p>　　　※平和維持活動（ＰＫＯ）・・紛争の拡大を防止したり、紛争を止めたりする組織のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・「同時多発テロ」について</p>
<p>　　・２００１年にアメリカで「同時多発テロ」が起きた</p>
<p>　　　→これによって、日本では様々な法律などが誕生した</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　・日本は２００１年にテロ対策特別措置法という法律を作り、自衛隊を海外に派遣して</p>
<p>　　　　　アメリカ軍を支援した</p>
<p>　　　　　（２００８年には、新テロ対策特別措置法が作られた）</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　・２００３年にイラクが大量破壊兵器を持っているかもしれない、という疑いのもと、</p>
<p>　　　　　アメリカとイギリスが国連安全保障理事会というところの正式な許可が出ないまま</p>
<p>　　　　　イラク戦争を始めた</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　　→そこで、日本は２００３年にイラク復興支援特別措置法を作って、</p>
<p>　　　　　　２００４年に自衛隊をイラクに派遣した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・平和に向けた考え方について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・平和を実現するためには、紛争を未然に防ぐように、信頼を少しずつ作る外交の努力が</p>
<p>　　必要だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・内閣には文民（軍人では無い人のこと）だけ存在し、内閣が自衛隊をコントロールする</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・内閣総理大臣は安全保障会議という会議を開くことが出来て、</p>
<p>　　自衛隊に対して「最高の指揮監督権」を持っている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上の２つのような、文民統制（シビリアン・コントロール）の仕組みが</p>
<p>　　　大切だと言われている</p>
<p>　　　※文民統制・・文民が軍事をコントロールすること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※なぜ文民統制が必要なのか</p>
<p>　　　→昔は軍部が統帥権を使って、政治を無視して軍部を動かしていた、</p>
<p>　　　　という歴史があるから</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・日米安全保障条約、日米相互協力及び安全保障条約と、</p>
<p>　それによる日本の動きを押さえる</p>
<p>・日本は思いやり予算を提供したり、日米地位協定などを結んでいたりする</p>
<p>・周辺事態やガイドライン関連法、集団的自衛権などを押さえる</p>
<p>・日本では、海外派兵は違憲と考えられていたが、ＰＫＯ協力法を作って、</p>
<p>　世界に自衛隊を派遣した</p>
<p>・「同時多発テロ」の後に、テロ対策特別措置法やイラク復興支援特別措置法などを作った</p>
<p>・平和のために、文民統制や信頼を少しずつ作る外交が大切だと言われている</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1689">平和主義について②　－日米安保条約と世界の動き－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1325</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1325#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 12:42:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[さやかとゆい]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後・占領期]]></category>
		<category><![CDATA[サンフランシスコ平和条約]]></category>
		<category><![CDATA[サンフランシスコ講和会議]]></category>
		<category><![CDATA[ダレス]]></category>
		<category><![CDATA[全面講和]]></category>
		<category><![CDATA[冷戦]]></category>
		<category><![CDATA[吉田茂]]></category>
		<category><![CDATA[日米安全保障条約]]></category>
		<category><![CDATA[日米行政協定]]></category>
		<category><![CDATA[日華平和条約]]></category>
		<category><![CDATA[賠償協定]]></category>

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		<description><![CDATA[サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約について考えてみます &#160; &#160; ・サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約について &#160; &#160; 　・アメリカは、朝鮮戦争の時に、思った以上に日 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1325">サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカは、朝鮮戦争の時に、思った以上に日本に価値があることを改めて感じた</p>
<p>　　→そのため、アメリカは日本の占領を終わらせて、日本を冷戦の西側に取り入れる</p>
<p>　　　動きを早めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカのダレスという外交顧問などは、日本との講和からソ連などを除外し（単独講和）、</p>
<p>　　講和後もアメリカ軍が日本に留まることを条件に、日本の占領を終わらせる準備を進めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※日本で南原繁や大内兵衛という人や日本社会党、日本共産党などは、ソ連や中国とも</p>
<p>　　　講和をするべき（全面講和）という考え方を持っていた人達もいた</p>
<p>　　　→特に、日本社会党については党の内部で対立が激しくなり、</p>
<p>　　　　１９５１年に左派と右派に分かれている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→当時の内閣だった第３次吉田茂内閣は、様々なことを考えたが、</p>
<p>　　　以下のような結論を出した</p>
<p>　　　・日本の独立や講和の時期に関する問題は、アメリカ軍の基地にあると考えた</p>
<p>　　　・アメリカ軍に日本に留まってもらえると、日本が軍備をわざわざ用意する必要が無い</p>
<p>　　　・軍事を用意する分の時間や資金を、日本経済の復活に充てて、</p>
<p>　　　　全力で経済を復興させたいと考えた</p>
<p>　　　　＝このような考え方から、ソ連や中国などとの講和をやめて、</p>
<p>　　　　　アメリカを中心とした西側の国々とだけ講和をすることにした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→第３次吉田茂内閣の考えによって、西側とだけ講和を行った結果、</p>
<p>　　　以下のようなことになった</p>
<p>　　　・西側との講和によって、日本の占領が終わることが考えられるようになった</p>
<p>　　　・日本がアメリカ軍に基地を提供することになった</p>
<p>　　　・基地の提供の代わりに、独立した後の日本の安全保障を</p>
<p>　　　　アメリカに任せることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５１年９月に、サンフランシスコ講和会議という会議が開かれた　　　</p>
<p>　　→この会議で、日本とその他４８カ国との間で、サンフランシスコ平和条約</p>
<p>　　　という条約を結んだ</p>
<p>　　　＝１９５２年４月に条約がスタートして、アメリカの日本占領は終了し、</p>
<p>　　　　日本は独立国になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※サンフランシスコ平和条約について</p>
<p>　　　・ソ連などは、サンフランシスコ講和会議には出席したが、調印はしなかった</p>
<p>　　　・インドやビルマ（現在のミャンマー）などは、サンフランシスコ平和条約の内容に</p>
<p>　　　　不満があったため、会議に出席しなかった</p>
<p>　　　・中華人民共和国と中華民国は、両方とも会議に呼ばれなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※日本は、サンフランシスコ平和条約とは別に、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　　　・１９５２年に中華民国と日華平和条約という条約を結んだ</p>
<p>　　　　　・１９５２年にインドと、１９５４年にビルマとも平和条約を結んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※サンフランシスコ平和条約の内容について</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・領土について様々なルールが決められた</p>
<p>　　　　→・朝鮮を独立させた</p>
<p>　　　　　・台湾、南樺太、千島列島などを放棄させた</p>
<p>　　　　　・奄美諸島が１９５３年に日本に返された　</p>
<p>　　　　　・沖縄と小笠原諸島はアメリカが支配することになった</p>
<p>　　　　　　※アメリカは、国連に相談しないで沖縄と小笠原諸島を支配した</p>
<p>　　　　　</p>
<p>　　　・日本の戦争に対する賠償について決められた</p>
<p>　　　　→・日本が戦った国の戦争被害については、サービスや生産物の提供という形で</p>
<p>　　　　　　賠償を払う義務を定めた</p>
<p>　　　　　　※ただし、冷戦が激しくなったこともあり、アメリカを始めとして</p>
<p>　　　　　　　多くの国は日本の賠償を拒否した</p>
<p>　　　　　・日本に占領されたフィリピン、インドネシア、ビルマ、南ベトナムの４カ国は、</p>
<p>　　　　　　日本と賠償協定という協定を結んだ</p>
<p>　　　　　　→そのため日本は、１９７６年までにトータルで１０億ドルの賠償を支払った</p>
<p>　　　　　　　※ただし支払い方法は、現金ではなく、サービスや生産物の提供だった</p>
<p>　　　　　　　　＝この支払い方法が、日本の商品や企業が東南アジアに進出するきっかけ</p>
<p>　　　　　　　　　でもあったと言われている</p>
<p>　　　　　・直接は戦っていないタイや韓国に対しては、賠償と同じような支払いを行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・サンフランシスコ平和条約の調印と同じ日に、日米安全保障条約（安保条約）</p>
<p>　　という条約が調印された</p>
<p>　　→この条約によって、日本が独立した後も日本国内にアメリカ軍が</p>
<p>　　　「極東の平和と安全」のために、留まることで、日本の防衛に貢献することが決められた</p>
<p>　　　※さらに、条約の中では、アメリカが必要だと考えれば、日本のどの地域でも</p>
<p>　　　　基地として求めることが出来た</p>
<p>　　　※日本に留まるアメリカ軍の行動範囲である「極東」は、定義があいまいだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→日米安全保障条約にもとづいて、１９５２年２月に日米行政協定という協定が結ばれた</p>
<p>　　　＝この協定によって、日本は日本に留まっているアメリカ軍に基地を提供することと、</p>
<p>　　　　アメリカ軍が留まるための費用をある程度負担することが決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・サンフランシスコ平和条約の内容と概要について押さえる</p>
<p>・日米安全保障条約の内容について押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1325">サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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