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	<title>アラエス &#187; 日韓基本条約</title>
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	<item>
		<title>地球市民社会の中の日本の存在について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1713</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1713#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 19:05:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ロンリ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際政治]]></category>
		<category><![CDATA[サンフランシスコ平和条約]]></category>
		<category><![CDATA[人間の安全保障]]></category>
		<category><![CDATA[国連]]></category>
		<category><![CDATA[地球市民社会]]></category>
		<category><![CDATA[太平洋戦争]]></category>
		<category><![CDATA[戦後補償問題]]></category>
		<category><![CDATA[日ソ共同宣言]]></category>
		<category><![CDATA[日中共同声明]]></category>
		<category><![CDATA[日韓基本条約]]></category>
		<category><![CDATA[領土問題]]></category>

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		<description><![CDATA[地球市民社会の中の日本の存在について考えてみたいと思います &#160; &#160; ・戦後の日本の動きについて &#160; 　・１９５１年に、サンフランシスコ平和条約という条約を西側の国々と結んだ 　　※・サンフラ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1713">地球市民社会の中の日本の存在について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>地球市民社会の中の日本の存在について考えてみたいと思います</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・戦後の日本の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５１年に、サンフランシスコ平和条約という条約を西側の国々と結んだ</p>
<p>　　※・サンフランシスコ平和条約に中国は呼ばれなくて、ソ連、ポーランド、</p>
<p>　　　　チェコスロバキアは条約に署名をしなかった</p>
<p>　　　・日本では、西側だけではなく、東側の人々も含めて、関係する国々全てと結ぶべき</p>
<p>　　　　＝「全面講和」をするべき、という意見があった</p>
<p>　</p>
<p>　・１９５２年に、当時の連合国の占領下から日本が独立をした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・サンフランシスコ平和条約と同時に、日米安全保障条約という条約も結んだ</p>
<p>　　→これによって、日本はアメリカに軍事基地を提供したりして、</p>
<p>　　　日本はアメリカの冷戦の戦略に組み込まれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・戦後の日本は、国連中心主義、自由主義諸国との協調、アジアの一員としての立場の堅持を</p>
<p>　　海外との交流の時の原則にした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本が独立した後は、日本の周りの国々との関係を良好にすることと、</p>
<p>　　国際社会に復帰することが日本の、海外との交流の時の重要なポイントになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、１９５６年に日ソ共同宣言という宣言をして、ソ連との関係を復活させた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、１９５６年に国連に加盟した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、１９６５年に日韓基本条約を韓国と結んだ</p>
<p>　　※日韓基本条約・・日本と韓国が結んだ条約のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　この条約で、日本は韓国を朝鮮半島にある唯一の合法政府として認めた</p>
<p>　　　　　　　　　　　→これによって、日本と韓国との間に交流が生まれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、１９７２年に日中共同声明という声明によって中国との交流を復活させた</p>
<p>　　→その後、１９７８年に日中平和友好条約という条約が調印された</p>
<p>　　※中国との交流の復活は、日本が台湾（中華民国）との間で</p>
<p>　　　日華平和条約という条約を結んでいたため、交流の復活が遅かったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・朝鮮民主主義人民共和国との交流は復活していない</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の領土の問題について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７２年に沖縄を返してもらうことが出来た</p>
<p>　　→しかし、領土を誰が持っているか、という問題が多く存在する</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・領土問題の例</p>
<p>　　　→・ロシアとの北方領土の問題</p>
<p>　　　　・韓国との竹島の問題</p>
<p>　　　　・中国との尖閣諸島の問題</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※北方領土については、日本の政府は、歯舞諸島、色丹島、国後島、択捉島</p>
<p>　　　　（まとめて北方領土という）は歴史の視点で見ると、日本の領土だと考えて、</p>
<p>　　　　ソ連に返してもらうことをお願いしている</p>
<p>　　　　＝このことを、北方領土問題と言う</p>
<p>　　　　　→現在はロシアと北方領土についての交渉をしている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の戦後補償問題について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９８０年代に、日本から植民地の支配や、日本の攻撃によるダメージを受けた人達が、</p>
<p>　　日本政府に対して、個人補償や謝罪をしてほしいというお願いが出てきた</p>
<p>　　＝このような問題を戦後補償問題と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→政府は、戦後補償問題については、植民地支配や攻撃をした国に</p>
<p>　　　お金や物品などを渡したことで解決したと考えているが、</p>
<p>　　　現在でも日本に対して不満を持っている人は多い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※一般的には、戦争の被害の補償に関しては、和解のための条件として、</p>
<p>　　　国が国へお金や物品などを渡す、という形で行われることになっている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→・日本政府の場合は、賠償協定という協定を結んだ、フィリピン、南ベトナム、</p>
<p>　　　　インドネシア、ビルマには賠償だがそれ以外の国々については、</p>
<p>　　　　賠償をしない代わりに、経済の支援を行うという行動を基本的に取ってきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の安全保障の問題について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９８９年に冷戦が終わり、ソ連が崩壊し、ロシア連邦になった</p>
<p>　　→そこで、日本とロシアとの間で、北方領土の問題はあるとしても、</p>
<p>　　　平和条約を結ぶ方向が考えられている</p>
<p>　・一方で日本は、戦争の放棄が書いてある平和憲法があるが、</p>
<p>　　世界の中でもかなりの上位に入るほどの軍事への支出をしていて、</p>
<p>　　矛盾しているのではないか、と言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上の２つを考え、勢力均衡が世界で失敗したという事実を考慮した上で、</p>
<p>　　　平和憲法の原則を守りつつ、自分の国の安全を維持していくことが</p>
<p>　　　重要だと言われている</p>
<p>　</p>
<p>　　※自国の安全の維持の方法の一つとして、国連やＡＳＥＡＮ地域フォーラム（ＡＲＦ）などの</p>
<p>　　　多国間国際機構を使う、ということが考えられている</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　→そのような機構を使うことで、ヒトや経済の交流を促して、</p>
<p>　　　　他の国や人々との信頼関係を作ってコミュニケーションや協力などを土台にした</p>
<p>　　　　国際政治のルールを作ることが大切だと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※ＡＳＥＡＮ地域フォーラム・・アジア太平洋地域の安全保障の問題について多くの</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　国との間で議論をするための枠組みのこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　→１９９４年に作られ、ＡＳＥＡＮ諸国、日本、中国</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　韓国、アメリカ、ロシア、ＥＵなどが参加している</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本の安全保障では、アメリカとどのような関係を持つか、</p>
<p>　　ということが重要だと言われている</p>
<p>　　※なぜ重要なのか・・　　</p>
<p>　　　→アメリカは単独の行動が多く、アメリカに極端に従うと、</p>
<p>　　　　日本が世界で孤立する可能性があるから</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・アジアと日本との関係について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は太平洋戦争（アジア太平洋戦争）の時に、アジアの国々の人々を日本が支配した、</p>
<p>　　ということがあった</p>
<p>　　→この時、支配されたアジアの国々の人々は、今でも日本に対して不信感を抱いている</p>
<p>　　　※韓国や中国からは、日本の戦後補償と歴史的な背景の理解が甘いと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・世界の中での日本の役割について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界で唯一核兵器の被爆を受けた国として、核を減らすことを促す必要がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・政府開発援助（ＯＤＡ）や国連など、様々な国際機関にお金を提供する必要がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・安全保障理事会に、日本とドイツが入るべき、という意見がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・軍事への貢献をする必要がある</p>
<p>　　→そこで、日本はイラク戦争の時に、戦後復興支援という名前を使って、</p>
<p>　　　日本の自衛隊をイラクに派遣した</p>
<p>　　※イラクへの派遣については、本当に平和に貢献しているのか、</p>
<p>　　　日本の平和憲法の扱いはどうするべきなのか</p>
<p>　　　などの議論がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、自分の国だけの安全や平和、利益などを追求するのではなく、</p>
<p>　　世界全体を視野に入れて考える必要がある</p>
<p>　　→そこで、人間の安全保障のための考えや、地域紛争を未然に防ぐための考えなどを、</p>
<p>　　　世界へ伝えていって、実際に行動に移るように努力する必要がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※人間の安全保障・・人々に共通している利益（人権を保障する、地球環境を維持する、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　など）を目指して、格差のない社会を作っていく、という考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・戦後の日本の動き、特に他国との関係を押さえる</p>
<p>・日本の領土の問題を押さえる</p>
<p>・日本の戦後補償問題について押さえる</p>
<p>・日本の安全保障の問題を様々な面から押さえる</p>
<p>・アジアと日本との関係を押さえる</p>
<p>・世界の中での日本の役割と影響と関係を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1713">地球市民社会の中の日本の存在について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>保守政権の時代について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1336</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1336#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 29 Oct 2013 17:22:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[高度成長・平成時代]]></category>
		<category><![CDATA[ベトナム戦争]]></category>
		<category><![CDATA[佐藤栄作]]></category>
		<category><![CDATA[国民所得倍増計画]]></category>
		<category><![CDATA[大学紛争]]></category>
		<category><![CDATA[日韓基本条約]]></category>
		<category><![CDATA[朴正煕]]></category>
		<category><![CDATA[民主社会党]]></category>
		<category><![CDATA[池田勇人]]></category>
		<category><![CDATA[沖縄問題]]></category>
		<category><![CDATA[非核三原則]]></category>

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		<description><![CDATA[保守政権の時代について考えてみます &#160; &#160; ・保守政権について &#160; 　・１９６０年７月に、岸信介内閣に代わって、池田勇人という人を首相とした 　　内閣が誕生した &#160; 　　→池田勇人 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1336">保守政権の時代について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>保守政権の時代について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・保守政権について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６０年７月に、岸信介内閣に代わって、池田勇人という人を首相とした</p>
<p>　　内閣が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→池田勇人内閣は、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・「寛容と忍耐」というスローガンを出して、革新の勢力と</p>
<p>　　　　　真正面からぶつかることを避けた</p>
<p>　　　・「所得倍増」というものをスローガンに掲げた</p>
<p>　　　・「政経分離」という方針によって、中華人民共和国との貿易を拡大させようとした</p>
<p>　　　　→その結果、１９６２年に国交が無かった中国と、準政府間貿易（LT貿易）を</p>
<p>　　　　　することを決めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※所得倍増・・１９６０年から１０年後の１９７０年までに、国民総生産（GNP）</p>
<p>　　　　　　　　　　という指標と一人当たりの国民所得を２倍にすることを</p>
<p>　　　　　　　　　　目指した計画のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　→実際は、計画を大きく上回る勢いで経済成長していったため、</p>
<p>　　　　　　　　　　　１９６７年には、目標を達成した</p>
<p>　　　　　　　　　　→この時の計画を、国民所得倍増計画という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※LT貿易・・この時の交渉を担当した廖承志（L）という人と高碕達之助（T）という人の</p>
<p>　　　　　　　　　頭文字を取って名付けられた貿易のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６４年に、佐藤栄作という人による内閣が誕生した</p>
<p>　　→経済成長が順調だったこともあって、７年半以上の長期政権になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・佐藤栄作内閣が行ったこと</p>
<p>　　　→・日本と韓国との交渉を行い、１９６５年に日韓基本条約という条約を結んだ</p>
<p>　　　　　※この条約によって、１９１０年より前の様々な条約の無効を認め、</p>
<p>　　　　　　韓国政府を、「朝鮮にある唯一の合法的な政府」と認め、</p>
<p>　　　　　　韓国との国交を樹立した</p>
<p>　　　　　※１９５２年から、日本と韓国との話し合いは植民地や漁業などの問題で</p>
<p>　　　　　　中断と再開を繰り返していた</p>
<p>　　　　　　→しかし、１９６１年に朴正煕という人の政権が韓国で誕生してから、</p>
<p>　　　　　　　韓国側の日本に対する姿勢が変わったため、</p>
<p>　　　　　　　１９６４年からの第７次会談で合意が決まった</p>
<p>　　　　　　→この時に結ばれた協定の内容は、基本条約に加えて、漁業、請求権・経済協力、</p>
<p>　　　　　　　文化協力、在日外国人の法的地位の４つの協定が結ばれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　・非核三原則（持たず、作らず、持ち込ませず）を出して、海外との交渉を進めた</p>
<p>　　　　　→１９６８年に小笠原諸島の返還を達成した</p>
<p>　　　　　→１９６９年の日米首脳会談（佐藤・ニクソン会談）は「核抜き」の</p>
<p>　　　　　　沖縄返還で合意された</p>
<p>　　　　　→１９７１年に沖縄返還協定という協定が調印され、１９７２年に協定が</p>
<p>　　　　　　発効されたことで沖縄が日本に復帰した</p>
<p>　　　　　　※しかし、この時にアメリカの軍事基地は残ることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※沖縄問題について</p>
<p>　　・１９６５年以降、アメリカがベトナムに本格的に介入していった</p>
<p>　　　（＝この時の戦争をベトナム戦争という）</p>
<p>　　　→この時に、沖縄や日本本土はアメリカ軍の前線基地になった</p>
<p>　　　　※そのため、戦争によって日本にドルでお金が入ってくるようになり、</p>
<p>　　　　　経済成長を後押しした</p>
<p>　</p>
<p>　　・一方で、「基地の島」と言われた沖縄では、日本に復帰することを求める住民運動が続いた</p>
<p>　　　→この時に、ベトナム戦争が激しくなると同時に、沖縄返還の問題が</p>
<p>　　　　改めて出てくるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※沖縄問題の歴史について</p>
<p>　　・第二次世界大戦後の沖縄は、日本本土から切り離されてアメリカ軍の直接的な</p>
<p>　　　軍事の支配下に置かれた</p>
<p>　　　→日本の独立が回復した後も、沖縄はアメリカの政権下に置かれていた</p>
<p>　　　　※しかし、ベトナム戦争に伴う基地用地の強制的な取り上げと</p>
<p>　　　　　アメリカ兵の犯罪の増加があった</p>
<p>　　　→上のような流れがあって、沖縄の祖国復帰運動が本格的になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・池田勇人、佐藤栄作内閣の時の政治の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・この時、自由民主党が国会で安定して多数の議席を獲得していた</p>
<p>　　　※ただし、与党の内部では総裁の地位をめぐって派閥間の抗争が繰り返されていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・野党側では、社会党から民主社会党（後の民社党）という政党が分立した</p>
<p>　　・さらに、１９６４年に新しく公明党という政党が結成された</p>
<p>　　・そして、日本共産党という政党が議席を増やしていった</p>
<p>　　　→この時代は、多党化現象が進んだといわれている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・そして、革新政党を批判する学生を中心に、新左翼が組織された</p>
<p>　　　→新左翼が、ベトナム戦争や大学の在り方などに反発する運動を行った</p>
<p>　　　　※１９６８年から１９６９年にかけて、東京大学をはじめとして全国の大学で、</p>
<p>　　　　　大学と対立した学生たちがキャンパスをバリケードで封鎖するなどの紛争も起きた</p>
<p>　　　　　＝このような紛争を大学紛争という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・池田勇人内閣の動きについておさえる</p>
<p>・佐藤栄作内閣の動きについておさえる</p>
<p>・沖縄問題についておさえる</p>
<p>・当時の政治の様子をおさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1336">保守政権の時代について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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