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	<title>アラエス &#187; 消費革命</title>
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	<item>
		<title>高度経済成長期の日本経済の歴史について　－高度成長から石油危機まで－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1734</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1734#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 21:15:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本経済]]></category>
		<category><![CDATA[「投資が投資を呼ぶ」]]></category>
		<category><![CDATA[所得倍増計画]]></category>
		<category><![CDATA[消費革命]]></category>
		<category><![CDATA[経常収支]]></category>
		<category><![CDATA[規模の利益]]></category>
		<category><![CDATA[貯蓄優遇税制]]></category>
		<category><![CDATA[資本自由化]]></category>
		<category><![CDATA[集積の利益]]></category>
		<category><![CDATA[高度成長]]></category>
		<category><![CDATA[ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制]]></category>

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		<description><![CDATA[高度経済成長期の日本経済の歴史について考えてみます &#160; &#160; ・高度経済成長について &#160; 　・高度成長・・日本は１９５０年代の半ばから、高度経済成長という急速な経済成長が起きた 　　※特に、１ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1734">高度経済成長期の日本経済の歴史について　－高度成長から石油危機まで－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>高度経済成長期の日本経済の歴史について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・高度成長・・日本は１９５０年代の半ばから、高度経済成長という急速な経済成長が起きた</p>
<p>　　※特に、１９５５年から１９７３年の石油危機までは、平均１０％前後の成長をして、</p>
<p>　　　この期間にＧＮＰが約６倍になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長を引き起こしたポイントは何だったのか</p>
<p>　→高度成長のポイントは、間接的なものと直接的なものがあったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・間接的な要因</p>
<p>　　</p>
<p>　　・戦後から政治や経済の制度を改革していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・安くて質の高い労働力が多かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・日本国民の貯蓄の意識が高かった</p>
<p>　　　（日本の国民は、世界と比べても、所得の中から貯金をする割合が高い）</p>
<p>　</p>
<p>　　・ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制という体制の中で、自由貿易が行われた</p>
<p>　　・世界全体も景気が良かった</p>
<p>　　・原油の価格が安定していた</p>
<p>　　　→国際という面での経済の状態が良かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・直接的な要因</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・企業が設備への投資を大量に行っていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※なぜ設備への投資が積極的に行われていたのか</p>
<p>　　　　・様々な分野で、アメリカやヨーロッパの技術が取り入れられるようになり、</p>
<p>　　　　　企業どうしで、設備の投資へ競争をする、といったような状態が起きた</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　・「投資が投資を呼ぶ」と言われ、一つの産業への投資が、</p>
<p>　　　　　　他の産業への投資を促進する結果となった</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　・「消費革命」という言葉が生まれたほどの消費がされたことによって、</p>
<p>　　　　　大量消費社会という社会になった</p>
<p>　　　　　→結果的に投資によるメリットや効果が高まっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・産業によって、様々な利益を狙うようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・鉄鋼、機械、自動車、電気機器などの産業</p>
<p>　　　　→設備を大きくすること、工程を一貫したものにすることが進められ、</p>
<p>　　　　　「規模の利益」が追求されるようになった</p>
<p>　　　　※規模の利益・・設備の規模を大きくすることで、商品１つあたりの</p>
<p>　　　　　　　　　　　　生産コストが小さくなり、企業の収入が増えることを狙った利益のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・石油化学の産業</p>
<p>　　　　→コンビナートというのが、様々な場所で作られ、それに関連する産業を集めるという、</p>
<p>　　　　　「集積の利益」が追求されるようになった</p>
<p>　　　　※集積の利益・・生産を一定の地域に集まって行うことで、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　流通や移動のコストを削ることができ、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　そこを削ることによって生まれる利益のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　→集積の利益は、集積する産業が多すぎると、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　土地代が上がったり、混雑したりして、逆効果を生む可能性がある</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　＝このことを、集積の不利益と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→規模の利益と集積の利益も、設備投資の拡大を引き起こすポイントだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長の時の世界と日本の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界との動き</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・貿易、為替の自由化が展開され、日本は１９６３年にＧＡＴＴ１１条国、</p>
<p>　　　６４年にＩＭＦ８条国に指定された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※・ＧＡＴＴ１１条国・・国際収支（海外との取引による収支）の悪化が理由で、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　輸入の量を制限することができない国のこと</p>
<p>　　　・ＩＭＦ８条国・・国際収支の悪化が理由で、為替を制限することができない国のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・日本が１９６４年にＯＥＣＤ（経済協力開発機構）に加盟して、</p>
<p>　　　６７年に資本の自由化を行った</p>
<p>　　　※資本自由化・・国際間での資本移動を自由にする動きのこと</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※日本は、戦後から資本自由化までは、外貨法と為替管理法という法律によって、</p>
<p>　　　　国際間の資本の取り引きを制限していた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本の動き</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・日本政府が、池田勇人首相のもと、所得倍増計画という計画を出し、</p>
<p>　　　経済成長を積極的に目指していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※所得倍増計画の例</p>
<p>　　　　・金融面・・財政投融資の資金が、重要な産業に多く貸しつけられるようになった</p>
<p>　　　　・財政面・・高度経済成長の時に、ドッジ・ラインに基づく、</p>
<p>　　　　　　　　　　均衡財政主義（収入と支出を同じにする）というのが取られた</p>
<p>　　　　　　　　　　</p>
<p>　　　　※しかし、この時に・・</p>
<p>　　　　　→・支出の配分について、公共投資の部分を多くした</p>
<p>　　　　　　・企業や家計が貯蓄をするように、貯蓄優遇税制という制度を作った</p>
<p>　　　　　　　→このような動きが、さらなる経済成長へとつながっていった</p>
<p>　　　　　　　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→日本は、以上のようにして経済成長をして、時々不況になったことはあったものの、</p>
<p>　　　神武景気、岩戸景気、オリンピック景気、いざなぎ景気、などの景気を経験してきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の高度経済成長期を、大きな視点で見ると、どうだったのか</p>
<p>　→高度経済成長期の前半と後半で違った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・前半・・経常収支は、基本的に赤字だった</p>
<p>　　　　　　景気が良くなれば、輸入も増えたが、赤字を減らさなければいけないので、</p>
<p>　　　　　　仕方なく好景気を押さえる動きになった</p>
<p>　　　　　　＝このような状態は、国際収支の天井と言われた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・後半・・経常収支が常に黒字になる状態となった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・高度経済成長の間接的なポイントと直接的なポイントをそれぞれ押さえる</p>
<p>・規模の利益と集積の利益を押さえる</p>
<p>・高度成長の時の、世界との動き、日本の中での動きを押さえる</p>
<p>・高度成長を、マクロの視点で見た概要を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1734">高度経済成長期の日本経済の歴史について　－高度成長から石油危機まで－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>消費革命とそれを取り巻く社会の様子について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1339</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1339#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 29 Oct 2013 17:39:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[高度成長・平成時代]]></category>
		<category><![CDATA[三ちゃん農業]]></category>
		<category><![CDATA[三種の神器]]></category>
		<category><![CDATA[中流意識]]></category>
		<category><![CDATA[太平洋ベルト地帯]]></category>
		<category><![CDATA[手塚治虫]]></category>
		<category><![CDATA[新産業都市建設促進法]]></category>
		<category><![CDATA[日本万国博覧会]]></category>
		<category><![CDATA[消費革命]]></category>
		<category><![CDATA[高度成長期]]></category>
		<category><![CDATA[３Ｃ]]></category>

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		<description><![CDATA[消費革命とそれを取り巻く社会の様子について考えてみます &#160; &#160; ※高度成長期の概要 &#160; 　・高度経済成長は、日本の社会や人々の意識を大きく変えた &#160; 　・太平洋側を中心に製鉄所や石 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1339">消費革命とそれを取り巻く社会の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>消費革命とそれを取り巻く社会の様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※高度成長期の概要</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・高度経済成長は、日本の社会や人々の意識を大きく変えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・太平洋側を中心に製鉄所や石油化学コンビナートなど新しい工場の建設が続いた</p>
<p>　　→特に、京浜、中京、阪神、北九州という４つの地域を中心とした</p>
<p>　　　帯状の大きな重化学工業地帯が誕生した</p>
<p>　　　＝この重化学工業地帯を太平洋ベルト地帯と言い、太平洋ベルトに産業と人口が</p>
<p>　　　　大量に集まった</p>
<p>　　　　※政府は、１９６２年に新産業都市建設促進法という法律を作って、</p>
<p>　　　　　開発が弱い地域を活発にしようとしたが、</p>
<p>　　　　　太平洋ベルトへの集まりの勢いは止まらなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・全国で、農村地方から都市部に向けて大量の人口移動が起きた</p>
<p>　　→この時に、トラクターやコンバインなどが普及して農耕の機械化や省力化が進んで、</p>
<p>　　　兼業農家が増えた</p>
<p>　　　※１９５５年から段々と専業農家の人口が減っていき、１９７０年には２割を切った</p>
<p>　　　※しかし、第２種兼業農家（農業以外の労働が主で、農業を副業とする農家）の</p>
<p>　　　　比率は１９７０年に農業総数の５０％に達した</p>
<p>　　　　→この時に、「三ちゃん（じいちゃん・ばあちゃん・かあちゃん）農業」</p>
<p>　　　　　という言葉も生まれた　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、多くの人々が移動した都市部では、住宅地が足りなくなったため、</p>
<p>　　都市の郊外に大量の住宅施設が誕生し、大都会の周辺には、核家族が住む高層アパートが</p>
<p>　　大量にできた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・消費革命について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※消費革命・・大量に生産できる体制が日本で出来た時に、</p>
<p>　　　　　　　　各家庭に自動車や家電製品などの耐久消費財が爆発的に普及したこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・消費革命の時の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・高度成長期の前半は、三種の神器（テレビ・電気洗濯機・冷蔵庫）が普及した</p>
<p>　・１９６０年代末以降は、３Ｃ（自家用自動車、カラーテレビ、クーラーのことで、</p>
<p>　　新三種の神器ともいう）が普及した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・食生活が豊かになったため、乳製品や肉類の消費が増え、日本人の体格も向上した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、お米の食事が減るとともに、食事の洋風化が進んだ</p>
<p>　　→この時に、インスタント食品や冷凍食品なども普及し、外食産業が発達した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・交通網の整備が、政府を中心にして大きく推進された</p>
<p>　　→特に、鉄道の電気化が全国で行われ、１９６４年には、東海道新幹線が開通した</p>
<p>　　</p>
<p>　・一方で、自家用車が急速に普及したため、「マイカー時代」という時代が来て、</p>
<p>　　自動車が日本での交通手段の中心を担った（モータリゼーションと言うこともある）</p>
<p>　　→さらに、１９６５年に名神高速道路、１９６９年に東名高速道路が開通したことで、</p>
<p>　　　交通において、自動車の存在が大きくなると同時に、高速道路での運転に</p>
<p>　　　耐えられるような国産自動車の質の向上が考えられるようになった</p>
<p>　　　＝結果的に、先進国の国々へ輸出が拡大することにもつながった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・生活にゆとりが出てくるようになったため、人々は休日を楽しみたいという</p>
<p>　　欲求を持つようになってきた</p>
<p>　　→そのため、マスメディアやレジャー産業が発達していった</p>
<p>　　</p>
<p>　・この当時に、新聞や雑誌、書籍などの出版物の部数が飛躍的に増えた</p>
<p>　　→これらをモチーフにして、社会派推理小説の松本清張や歴史小説の司馬遼太郎などの</p>
<p>　　　人気作家が活躍した</p>
<p>　　　※この人たちの作品は、純文学と大衆文化の中間という意味で、「中間小説」と呼ばれた</p>
<p>　　　　→この時期の純文学の代表的な人に、三島由紀夫や大江健三郎などという人たちがいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→特に、週刊誌は発行部数が大量に増えた</p>
<p>　　　＝そのため、少年向けに始まった漫画週刊誌は成年も読んでいた人が多かった</p>
<p>　　　　※この時、手塚治虫という人が世界にもないようなストーリー漫画を作り、</p>
<p>　　　　　その後の漫画やアニメーションの基礎を作ったといわれている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９５３年に、テレビ放送が始まった</p>
<p>　　→テレビ放送は１９６０年代半ばまでに多くの家庭に普及して、</p>
<p>　　　日常生活には欠かせないものになった</p>
<p>　　　※これによって、映画産業が急激に衰退していった</p>
<p>　　　※さらに、マスメディアは大衆文化の中心になるとともに、大量の広告（ＣＭ）を出すことで、</p>
<p>　　　　人々の購買意欲をあおるようなことを行っていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・「教育熱」を持つ親が増え、高校や大学への進学率が高まった</p>
<p>　　※１９７５年に、高校の進学率が９０％を超えるまでになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・マスメディアと公教育機関が大量に情報を国民に提供したことで、</p>
<p>　　日本人の考え方や知識を画一化させる影響もあった</p>
<p>　　→そのため、自分は社会の中流にいると考える人が日本国民の８～９割を占めるようになった</p>
<p>　　　＝このような意識を、中流意識という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６４年位オリンピック東京大会、１９７０年に大阪で日本万国博覧会を開催した</p>
<p>　　→このようなイベントによって、日本の復興を世界にアピールして、</p>
<p>　　　国際的な文化交流にも貢献した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※なぜ、日本は高度経済成長を迎えられたのか</p>
<p>　</p>
<p>　＝理由の一つに、科学技術の発達だといわれている</p>
<p>　</p>
<p>　　・大学などの研究機関では、世界的水準の基礎科学研究が行われた</p>
<p>　　　→その結果、１９６５年には朝永振一郎という人が、１９７３年に江崎玲於奈という人が</p>
<p>　　　　それぞれノーベル物理学賞を授与された</p>
<p>　</p>
<p>　　・また、政府は原子力政策や宇宙開発など積極的な科学技術開発政策を推進した</p>
<p>　　　→原子力の平和を政府が提唱した上で、１９６０年代半ばから電力会社が</p>
<p>　　　　各地で原子力発電所を建設した</p>
<p>　　　　※しかし、ソ連でチェルノブイリ事故が起きてから、</p>
<p>　　　　　原発反対の声も上がっている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・高度成長の概要をおさえる</p>
<p>・消費革命と当時の社会の様子をおさえる</p>
<p>・高度成長突入のきっかけをおさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1339">消費革命とそれを取り巻く社会の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>アダム・スミスの生きた時代　－「なぜ分業を提唱したのか」を中心に、スミスの主張を見直してみる－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/557</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/557#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 02 Sep 2013 06:32:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[前田のけんちゃん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済の種類と概要]]></category>
		<category><![CDATA[アダム・スミス]]></category>
		<category><![CDATA[リカード]]></category>
		<category><![CDATA[佐伯啓思]]></category>
		<category><![CDATA[分業]]></category>
		<category><![CDATA[労働]]></category>
		<category><![CDATA[比較優位説]]></category>
		<category><![CDATA[消費革命]]></category>
		<category><![CDATA[自由主義]]></category>
		<category><![CDATA[見えざる手]]></category>
		<category><![CDATA[重商主義]]></category>

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		<description><![CDATA[なぜスミスは分業を提唱したのか、について考えてみたいと思います。 &#160; ○スミスの生きた時代 ・18C、イギリス：『重商主義』が基本的な経済上の考え方であった。 &#160; ※重商主義…政府が商業を保護して貿易 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/557">アダム・スミスの生きた時代　－「なぜ分業を提唱したのか」を中心に、スミスの主張を見直してみる－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>なぜスミスは分業を提唱したのか、について考えてみたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>○スミスの生きた時代</p>
<p>・18C、イギリス：『重商主義』が基本的な経済上の考え方であった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※重商主義…政府が商業を保護して貿易差額を生み、金銀を確保する政策のこと。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>具体的には…当時は｢貨幣(金銀)こそが富｣という考え方で、金銀さえあれば何でも買えたので、金銀を欲していた→金銀がない国は？→政府が介入して特産品を育成、輸出→一方で関税、輸入制限などで輸入は抑える→その差額で金銀を得る</p>
<p>⇒重商主義</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・なぜ重商主義がはやったのか？(歴史的背景)</p>
<p>15C末の新大陸発見→16,17Cにヨーロッパへ大量の富が流入</p>
<p>⇒大航海時代：ヨーロッパ、新大陸、アジアが結びつけられるいわば最初の｢グローバル化｣</p>
<p>※これをイマニュエル・ウォーラーステインが｢世界システム｣の形成と呼んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>世界システムの形成によって、モノや富が流入した。ヨーロッパ人にとってはアジアの特産品(綿花、茶、香辛料)や新大陸の特産品(タバコ、砂糖)が大人気で、大量消費をした。</p>
<p>⇒ヨーロッパの宮廷文化(上層階級)を軸にした「消費革命」による経済発展</p>
<p>※現在の社会も見方によっては重商主義と近いところがあるかもしれませんね</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆このように、金銀を手に入れるためには重商主義が一番手っ取り早かったために、重商主義が世界に広がったのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>○なぜスミスは重商主義を批判したか</p>
<p>⇒前述したような時代の通念をスミスは批判</p>
<p>なぜか？</p>
<p>重商主義は一国の富をあまりに不確定性の高い、不安定な構造の上に置き、自然の秩序を崩すから</p>
<p>⇒すなわち、グローバルな商業と、それを支える巨大な財政基盤も単なる「信用」に基づいているために不安定。「信用」を見ず知らずの人に委ねるのは不安定性が高い</p>
<p>⇒スミス：重商主義は経済を「人為的なもの」によって支えようとした、と表現</p>
<p>＝経済の持つ「自然」の構造を歪めてしまったと言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>では、自然の構造とは？</p>
<p>⇒まずは身近な土地に働きかける「労働」から始めること</p>
<p>土地に働きかける労働はまず「農業」を発展→次に「製造業」(手工業)→農産物や工業品を交換・流通させるための｢商業｣が発展→国内が飽和したら｢外国貿易｣</p>
<p>＝｢事物の自然の秩序｣</p>
<p>⇒こうした考え方から自由主義を擁護する主張へ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>改めて、重商主義反対の理由：人間の「性向」にかなった「自然の秩序」を崩すから！</p>
<p>⇒自分が十分に知ることのできない遠い国の人々に信頼を与えることは不確実な要素を彼らに委ねることになるから</p>
<p>※人間の性向とは、｢人々は何よりもまず不確かなものを避け、身近にあって良く知っているものを大切にしようとする｣といういわば人間の本性</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆ここで言いたいのは、順序が逆だということ(貿易ではなく身近な労働から始めましょう)</p>
<p>⇒海外貿易から始める(重商主義)→これは「人為的」なもので「自然秩序」に反する→だから政府は余計な「人為」をはずして「自由」にすればおのずと「自然秩序」が実現するということ⇒これが周知の｢見えざる手｣</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・改めてスミスの主張を確認</p>
<p>重商主義：「貨幣こそが富である」</p>
<p>スミス：「労働こそが富である」</p>
<p>労働こそが富である：アジアのモノを買うには貨幣が必要→貨幣を得るにはモノを売る→モノを売るにはモノを作る→モノを作るのは労働、という論理</p>
<p>☆労働こそが「根源的な価値」であるという主張</p>
<p>では、その労働の生産性を高めるにはどうすれば良いか？を考えると…</p>
<p>⇒ここで「分業」が提唱される</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この「分業」によって分散された生産要素や生産物を結ぶために自由な「市場」を形成し、この「分業」と「自由市場」によって一国の生産性が高まり、お互いに豊かになれると考えた。</p>
<p>☆ここで重要なのは、全ては<span style="text-decoration: underline">国内の労働</span>による生産性の向上、生産物の増大を主張している点である。国内の労働を固めて自然に任せれば上手くいくという主張。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※現代日本にはめると、TPPの前にやるべきことがあるかも。と考えたくなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・「大地」に根差した経済を擁護</p>
<p>スミスのやろうとしたこと：当時のグローバル化状況の中でそれに抗して、より確かな基盤をまずは国内生産力の強化に求めること</p>
<p>それで余ったら相互貿易すれば良い(この発展がリカード「比較優位説」)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こうしてみると、「見えざる手」の部分だけ切り取って何でも市場に任せればよいというのはちょっと違うかな？というのがわかると思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>〈参考文献〉</p>
<p>・佐伯啓思『経済学の犯罪―稀少性の経済から過剰性の経済へ』、講談社、2012年</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/557">アダム・スミスの生きた時代　－「なぜ分業を提唱したのか」を中心に、スミスの主張を見直してみる－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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