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	<title>アラエス &#187; 溥儀</title>
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	<item>
		<title>満州事変について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1041</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1041#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 09:50:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[パワフルくん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界恐慌・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[リットン調査団]]></category>
		<category><![CDATA[上海事変]]></category>
		<category><![CDATA[二・二六事件]]></category>
		<category><![CDATA[五・一五事件]]></category>
		<category><![CDATA[八・一宣言]]></category>
		<category><![CDATA[国際連盟]]></category>
		<category><![CDATA[満州事変]]></category>
		<category><![CDATA[溥儀]]></category>
		<category><![CDATA[西安事件]]></category>
		<category><![CDATA[関東軍]]></category>

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		<description><![CDATA[満州事変について考えてみます &#160; &#160; ・満州事変について &#160; &#160; 　・日本は、第一次世界大戦の時の好景気によって工業を発展させた 　　※しかし、１９２３年ころから貿易の調子が悪くな [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1041">満州事変について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>満州事変について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・満州事変について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、第一次世界大戦の時の好景気によって工業を発展させた</p>
<p>　　※しかし、１９２３年ころから貿易の調子が悪くなった</p>
<p>　　　→さらに、１９２７年には金融恐慌が発生した</p>
<p>　　　　＝そして、１９２９年の世界恐慌によって、日本が大きなダメージを受けた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本の経済面では、混乱が発生すると同時に労働争議が多発し、社会不安が広がった</p>
<p>　　※しかし、日本の既成の政党は政権争いを続けていたため、国民の信頼を失った</p>
<p>　　　＝そこで軍部は、経済危機を大陸での支配圏の拡大によって解決することを考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３１年９月に、日本の関東軍は中国東北地方（当時の日本は「満州」と呼んでいた）の</p>
<p>　　柳条湖で鉄道を爆破するということを起こした</p>
<p>　　→日本は、この爆破を口実にして、軍事行動を起こし、東北地方の大半を占領してしまった</p>
<p>　　　＝この出来事を満州事変という</p>
<p>　　　　※日本の軍部は、国際社会の注目をそらすために、１９３２年に上海事変を起こした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本の軍事行動は国際的に批判された</p>
<p>　　※さらに、中国の提訴によって国際連盟がリットン調査団という団体の派遣を決めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・関東軍は、既成事実を作るために、１９３２年３月に、清朝最後の皇帝だった溥儀という人を</p>
<p>　　執政（のちの皇帝）に置いて、中国東北地方に満州国を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・リットン調査団は、軍事行動が自分達を守るためのものであるという日本の主張をしりぞけた</p>
<p>　　※この主張のしりぞけを、国際連盟も支持した</p>
<p>　　　＝そのため、日本は１９３３年３月に、国際連盟脱退を通告された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・この後、日本の侵攻は、熱河方面に向かっていった</p>
<p>　　※一時は、長城を超えて北京にせまり、華北支配を狙うようになった</p>
<p>　　→華北支配と並行する形で、一部の軍人はテロやクーデタ事件を起こして、</p>
<p>　　　国内での影響力を強めようとした</p>
<p>　　　※代表的なテロやクーデタに、</p>
<p>　　　　１９３２年の五・一五事件、</p>
<p>　　　　１９３６年の二・二六事件などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本軍は、１９３５年に、防共の名目で内モンゴルと華北に侵攻した</p>
<p>　　→その時日本は、河北省東部に国民政府から分離した冀東防共自治政府を設置させた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で中国は、１９２８～３０年に関税自主権回復を達成したことで、国民政府が力を得た</p>
<p>　　→この時に、国内の政治的かつ軍事的な統一を目指した</p>
<p>　　　＝そのため中国は、満州事変などの日本の軍事行動への対応よりも、</p>
<p>　　　　共産党との戦いに力を入れた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３４年に、瑞金という人を中心とする共産党軍は、国民政府軍の攻撃を受けて、</p>
<p>　　延安を中心とする奥地の陝西省と甘粛省を目指す長征というのを実行した</p>
<p>　　※この動きの過程で、共産党内の毛沢東の指導力が高まっていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３５年に、国民政府はイギリスとアメリカ合衆国の援助で通貨を統一した</p>
<p>　　※今まで中国の通貨は基本的に銀で、紙幣を各銀行が発行していたため、</p>
<p>　　　通貨の価値や範囲が不安定だった</p>
<p>　　　→そこで国民政府は、銀を禁止して、ポンドに連動した四大銀行が発行する銀行券を</p>
<p>　　　　国内通貨として定めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝これら一連の動きによって、中国の地方の軍閥の力が弱められ、</p>
<p>　　　国内統一への方向がさらに進んでいった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・満州事変をきっかけに中国の抗日運動が全国に広まっていった</p>
<p>　　→そこで中国は、１９３５年８月に中国共産党が八・一宣言を出して、</p>
<p>　　　内戦の停止と民族統一戦線の結成を呼び掛けた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・西安にいた張学良という人は、上のような状況を見て、共産党への攻撃を促した蒋介石を</p>
<p>　　捉えて、日本への対抗と内戦の停止を説得した</p>
<p>　　＝この出来事を西安事件という</p>
<p>　　　→西安事件の時に、蒋介石は説得を受け入れたため、その後に国共がふたたび接近した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・満州事変についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです　　</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1041">満州事変について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>辛亥革命について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1008</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1008#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 06:24:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代世界史]]></category>
		<category><![CDATA[三民主義]]></category>
		<category><![CDATA[中国同盟会]]></category>
		<category><![CDATA[光緒新政]]></category>
		<category><![CDATA[北洋軍]]></category>
		<category><![CDATA[孫文]]></category>
		<category><![CDATA[溥儀]]></category>
		<category><![CDATA[第二革命]]></category>
		<category><![CDATA[興中会]]></category>
		<category><![CDATA[袁世凱]]></category>
		<category><![CDATA[辛亥革命]]></category>

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		<description><![CDATA[辛亥革命について考えてみます &#160; &#160; ・辛亥革命について &#160; &#160; 　・義和団事件後の清朝は、以下のような動きを見せることで、 　　近代国家の建設に向けて改革を行った 　　→・１９０ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1008">辛亥革命について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>辛亥革命について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・辛亥革命について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・義和団事件後の清朝は、以下のような動きを見せることで、</p>
<p>　　近代国家の建設に向けて改革を行った</p>
<p>　　→・１９０５年に科挙を廃止した</p>
<p>　　　・１９０８年に立憲制へ向けて憲法大綱を発表し、国会開設を公約した</p>
<p>　　　　＝この改革のことを、光緒新政という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、清朝の新政は、改革のために増税をしたり、中央集権的な性格が強かった</p>
<p>　　　＝そのため、地方の有力者や民衆の反発を招くことになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、海外では、華僑や留学生を中心に、漢族が清朝を倒すことを目指す</p>
<p>　　革命運動が盛んになっていった</p>
<p>　　</p>
<p>　・興中会を指導した孫文という人は、バラバラであった様々な革命の団体の結集を行い、</p>
<p>　　１９０５年に日本の東京で中国同盟会を作った</p>
<p>　　※興中会・・孫文が、１８９４年にハワイで華僑を中心に組織した政治的秘密結社のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中国同盟会は、三民主義をかかげて、革命宣伝や武装蜂起を行った</p>
<p>　　※三民主義とは</p>
<p>　　　→満州王朝の打倒、共和国の建設、貧富の差の抑制を内容とする</p>
<p>　　　　「民族、民権、民生」という主義のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１１年に中国で、満州皇族を中心として内閣が成立した</p>
<p>　　→内閣は、幹線鉄道を国有化し、それを担保に外国からの借款を得ようとした</p>
<p>　　　※しかし、外国から利権を回収して民営の鉄道建設を進めようとしていた</p>
<p>　　　　民族資本家や地方の有力者は幹線鉄道の国有化に猛反対した</p>
<p>　　　　＝結果的に、四川で暴動が起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→その後、四川での暴動をきっかけに、１９１１年１０月に武昌（湖北省）の軍隊の</p>
<p>　　　中にいた革命派が蜂起した</p>
<p>　　　＝その結果、辛亥革命が始まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→辛亥革命による蜂起は、すぐにそれぞれの省に広まった</p>
<p>　　　※そのため、１か月のうちに大半の省が独立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→革命軍は、帰国した孫文を臨時大統領に選出した</p>
<p>　　　＝そこで孫文は、１９１２年１月に、南京で中華民国の建国を宣言した</p>
<p>　　　　※結果的に、アジアで初めての共和国が誕生した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→清側は、北洋軍を握る実力者であった袁世凱という人を起用して、</p>
<p>　　　革命側との交渉に当たらせた</p>
<p>　　　※北洋軍・・李鴻章が、淮軍を基盤として洋務運動の時期に作り上げた近代的軍隊のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、袁世凱は清朝を見捨てたため、清帝の退位と共和政の維持を条件に、</p>
<p>　　　孫文から臨時大統領の地位を譲り受けて、北京で就任した</p>
<p>　　　※その後、１９１２年２月の宣統帝（溥儀）という人が退位した</p>
<p>　　　　＝その結果、二千年以上にわたる中国の皇帝政治が終了した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※ただし、皇帝政治の終了後も、共和政が安定しなかった</p>
<p>　　　　→そのため、議会の力をおさえようとする袁世凱と、袁世凱に抵抗する孫文などの</p>
<p>　　　　　国民党と激しく対立した</p>
<p>　　　　　＝この時の、孫文たちの武装蜂起を第二革命という</p>
<p>　　　　　　　※国民党について</p>
<p>　　　　　　　　・中国同盟会を中心として作られた政党</p>
<p>　　　　　　　　・国民党は１９１３年に解散させられた</p>
<p>　　　　　　　　・その後、孫文などが秘密結社の中華革命党を結成した</p>
<p>　　　　　　　　・そして、１９１９年に中華革命党を改組して、大衆政党の中国国民党にした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→第二革命の時に、袁世凱は孫文などを鎮圧して正式に大統領の座についた</p>
<p>　　　※この時に袁世凱は独裁を進め、自ら帝位につこうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、国民党系の地方の軍人が第三革命を起こしたり、</p>
<p>　　　外国が支持をしなかったりしたため、帝政の復活は失敗した</p>
<p>　　　※そして、１９１６年に袁世凱が病死した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝袁世凱が亡くなってからは、列強の支援を受けた軍閥が各地に分立して</p>
<p>　　　互いに抗争するという不安定な軍閥政権が十数年間続いた</p>
<p>　　</p>
<p>　　　　※軍閥とは</p>
<p>　　　　　→中央の統制に従わず、自ら財源を確保して個人的に軍隊をやしない、</p>
<p>　　　　　　政治を左右するようになった軍人を軍閥という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中華民国は、清が領有していた漢、満、モンゴル、ウイグル、チベットなどの</p>
<p>　　様々な民族が住む地域を領土にした</p>
<p>　　※しかし、辛亥革命をきっかけに、周辺の地域で独立に向かう動きが出てきた</p>
<p>　　　＝結果的に以下のような動きが出てきた</p>
<p>　　　　・１９１１年に外モンゴルが独立を宣言した</p>
<p>　　　　　→外モンゴルは、１９２４年にソヴィエト連邦の影響によって</p>
<p>　　　　　　モンゴル人民共和国を成立させた</p>
<p>　　　　・１９１３年にチベットで、ダライ＝ラマ１３世という人が独立を</p>
<p>　　　　　主張する布告を出した</p>
<p>　　　　　＝しかし、外モンゴル以外の地域は中華民国の中にとどまって、独立しなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・辛亥革命についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1008">辛亥革命について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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