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	<title>アラエス &#187; 環濠集落</title>
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	<item>
		<title>弥生時代について③　－小国の分立－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1102</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1102#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 20 Oct 2013 18:52:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[緑の葉っぱ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[弥生時代]]></category>
		<category><![CDATA[「後漢書」東夷伝]]></category>
		<category><![CDATA[「漢書」地理志]]></category>
		<category><![CDATA[光武帝]]></category>
		<category><![CDATA[奴国]]></category>
		<category><![CDATA[小国]]></category>
		<category><![CDATA[小国の分立]]></category>
		<category><![CDATA[楽浪郡]]></category>
		<category><![CDATA[環濠集落]]></category>
		<category><![CDATA[生口]]></category>
		<category><![CDATA[金属器]]></category>

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		<description><![CDATA[弥生時代について、小国の分立について考えてみます &#160; &#160; ・小国について &#160; &#160; 　・小国が出来るまでの流れ &#160; 　　・この時代には、環濠集落や金属器などの武器が出てきた [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1102">弥生時代について③　－小国の分立－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>弥生時代について、小国の分立について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・小国について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・小国が出来るまでの流れ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・この時代には、環濠集落や金属器などの武器が出てきた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※なぜ、武器や環濠集落などが出てくるようになったのか</p>
<p>　　　　→農耕社会になった時に、自分達が食べる分以外の食料のために、</p>
<p>　　　　　戦いをするようになったので武器や環濠集落などを使うことで、</p>
<p>　　　　　自分達の多めに作った食料を守る必要があったから</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※このような、余剰生産物の争いは農耕社会が生まれた地域では、</p>
<p>　　　　　だいたい戦いがあり、日本も例外ではなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・日本も争いをするようになった時に、力のある集落が周りの集落と合わさっていった</p>
<p>　　　→この統合によって、様々な地域で「クニ」と呼ばれる政治的な</p>
<p>　　　　まとまりのある集落が出てきた</p>
<p>　　　　＝このような、まとまっている集落のことを小国と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※大量の副葬品と一緒に甕棺に入れられたり、大きな墳丘の墓を作って</p>
<p>　　　　　埋葬されたりしたのは、それぞれの小国の王様ではないかと考えられている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※日本の小国分立は、中国の歴史書からも分かると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中国の歴史書から見た、日本の小国分立について</p>
<p>　　→代表的な歴史書に、「漢書」地理志と「後漢書」東夷伝がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・「漢書」地理志について</p>
<p>　　　→この本によると、「倭人」（日本人のこと）の社会は、１００以上の国に分かれ、</p>
<p>　　　　楽浪郡というところに定期的に使いを送っていた、と書かれている</p>
<p>　　　　※楽浪郡・・当時の朝鮮半島に存在していた４つの郡のうちの１つのこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・「後漢書」東夷伝について</p>
<p>　　　→この本によると・・</p>
<p>　　　　・紀元５７年（建武中元２年）に倭の奴国の王様の使いが、後漢の都である</p>
<p>　　　　　洛陽というところにいって、光武帝という人から印綬というものを授かった</p>
<p>　　　　　※奴国・・現在の福岡市の近くにあった小国のことで、</p>
<p>　　　　　　　　　　福岡市の志賀島というところからは、</p>
<p>　　　　　　　　　　倭の奴国の王様が光武帝からもらったと</p>
<p>　　　　　　　　　　考えられる金印というものが見つかった</p>
<p>　　　　・１０７年に、倭国（日本のこと）の王様である帥升という人などが</p>
<p>　　　　　生口（≒奴隷）１６０人を安帝という後漢の王様に渡した</p>
<p>　　　　　</p>
<p>　　→「漢書」地理志や「後漢書」東夷伝などに出てくる小国の王は、</p>
<p>　　　　中国や朝鮮半島にある文物（文化的な産物）を手に入れることで、</p>
<p>　　　　倭国の中で有利な立場に立とうと考えたので、</p>
<p>　　　　中国や朝鮮半島に使いを送ったと考えられている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・小国の分立とその時の動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1102">弥生時代について③　－小国の分立－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>弥生時代について②　－農業と生活・住居と墓・集落－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1101</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1101#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 20 Oct 2013 17:43:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[緑の葉っぱ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[弥生時代]]></category>
		<category><![CDATA[乾田]]></category>
		<category><![CDATA[伸展葬]]></category>
		<category><![CDATA[方形周溝墓]]></category>
		<category><![CDATA[環濠集落]]></category>
		<category><![CDATA[穂首刈り]]></category>
		<category><![CDATA[鉄器]]></category>
		<category><![CDATA[集落]]></category>
		<category><![CDATA[青銅製祭器]]></category>
		<category><![CDATA[高地性集落]]></category>
		<category><![CDATA[高床倉庫]]></category>

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		<description><![CDATA[弥生時代について、 &#160; &#160; ・弥生時代の人々の農業と生活について &#160; &#160; 　・農業について &#160; 　　・弥生時代の人々は、すでに田植えをしていた &#160; 　　・稲作の [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1101">弥生時代について②　－農業と生活・住居と墓・集落－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>弥生時代について、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・弥生時代の人々の農業と生活について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・農業について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・弥生時代の人々は、すでに田植えをしていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・稲作の時には、鋤（すき）や鍬（くわ）、木臼や竪杵などが使われていて、</p>
<p>　　　石包丁の穂首刈りなども行われた</p>
<p>　　　※稲作の時の道具は、最初は磨製石器を使っていたが、</p>
<p>　　　　段々と鉄製工具を使うようになっていった</p>
<p>　　　　→最終的に石器は無くなり、鉄器が普及した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・弥生時代の最初の方は湿田だったが、段々と乾田に変わっていった</p>
<p>　　　※・湿田・・水はけが悪く、水位が高い田んぼのこと</p>
<p>　　　　　　　　　→水を減らすために排水の仕組みが必要で、生産性は低い</p>
<p>　　　　・乾田・・水はけが良く、水位が低い田んぼのこと</p>
<p>　　　　　　　　　→水を増やすために灌漑（人工的に水を入れる）の仕組みが必要で、</p>
<p>　　　　　　　　　　灌漑と排水を繰り返すことで、田んぼの栄養分が良くなるので、</p>
<p>　　　　　　　　　　生産性は高い</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・収穫した物は、高床倉庫という倉庫や貯蔵穴という場所に保管されていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・住居と墓について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・住居は、竪穴式住居が中心だったが、掘立柱の高床倉庫や平地に作った建物も増えてきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・集落に存在する住居の数が増えた</p>
<p>　　　→集落の中には、環濠集落や高地性集落も多かった</p>
<p>　　　　※・集落・・村や都市など、いくつかの住居が集まっている場所のこと</p>
<p>　　　　　・環濠集落・・深い濠（ほり）や土塁（土をもり上げることで作る</p>
<p>　　　　　　　　　　　　砦のようなもの）が周りにある集落のこと</p>
<p>　　　　　・高地性集落・・山の上など、高いところに存在している集落のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　→高地性集落を見れる遺跡として、佐賀県の吉野ヶ里遺跡がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・死んだ人は、伸展葬（両足を折り曲げない埋葬）のスタイルだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・死んだ人は、箱式石棺墓、支石墓、甕棺墓などに入れられていた</p>
<p>　　　※甕棺墓には、中国鏡や青銅器などの武器が副葬品として、墓に一緒に入れられている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・方形周溝墓を始めとして、大きな墳丘の墓が出てきた</p>
<p>　　　※・方形周溝墓・・方形の墳丘の周りに溝を作った墓のこと</p>
<p>　　　　・墳丘・・土をもり上げながら作った小さな山のこと</p>
<p>　　</p>
<p>　　　→なぜ、当時から大きな墓や副葬品が存在していたのか</p>
<p>　　　　＝集団の中で身分差が出てきて、各地に大きな力を持つ支配者が出てきたことを</p>
<p>　　　　　表していると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・集落について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・集落では、より良い収穫の祈願と収穫の感謝をする神祭りが行われていた</p>
<p>　　　→神祭りには、青銅製祭器（銅鐸、銅矛、銅剣、銅戈など）が使われていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※青銅製祭器が見つけられた場所について</p>
<p>　　　　　・銅剣、銅鐸、銅矛・・島根県の神庭荒神谷遺跡</p>
<p>　　　　　・銅鐸・・島根県の加茂岩倉遺跡</p>
<p>　　　　　・銅矛・・北九州</p>
<p>　　　　　・平型銅剣・・瀬戸内</p>
<p>　　　　　・銅鐸・・近畿</p>
<p>　　　　　　→地域によって使う青銅製祭器は違ったものの、共通の祭器を使う地域も</p>
<p>　　　　　　　あったことがわかる</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　※青銅製祭器は、集落にいる人達の共同の祭りの時に使われる祭器で、</p>
<p>　　　　　個人の墓に埋められることは、ほとんどなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・弥生時代の特徴（農業、住居と墓、集落）を押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1101">弥生時代について②　－農業と生活・住居と墓・集落－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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