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	<title>アラエス &#187; 生活革命</title>
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		<title>スペインとポルトガルから始まった大航海時代の時の動きとその影響</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2507</link>
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		<pubDate>Fri, 21 Feb 2014 01:00:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[コイングラム]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代ヨーロッパ史初期]]></category>
		<category><![CDATA[オスマン帝国]]></category>
		<category><![CDATA[コロンブス]]></category>
		<category><![CDATA[マゼラン]]></category>
		<category><![CDATA[価格革命]]></category>
		<category><![CDATA[商業革命]]></category>
		<category><![CDATA[大航海時代]]></category>
		<category><![CDATA[生活革命]]></category>
		<category><![CDATA[香辛料]]></category>
		<category><![CDATA[黒人奴隷]]></category>

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		<description><![CDATA[大航海時代の始まり・・スペインとポルトガル &#160; スペインとポルトガルは、航海術、羅針盤、新知識などを使って海外渡航を始めた ※なぜ、海外渡航をする必要があったのか ・ヨーロッパで使われていた香辛料は、長い間地中 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2507">スペインとポルトガルから始まった大航海時代の時の動きとその影響</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p><strong>大航海時代</strong>の始まり・・<strong>スペイン</strong>と<strong>ポルトガル</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>スペインとポルトガルは、航海術、羅針盤、新知識などを使って<strong>海外渡航</strong>を始めた</p>
<p>※なぜ、海外渡航をする必要があったのか</p>
<p>・ヨーロッパで使われていた<strong>香辛料</strong>は、長い間地中海を経由してアジアから輸入されていた</p>
<p>→しかし、15世紀半ばになると、ヨーロッパとアジアとの間に<strong>オスマン帝国</strong>が入って利益を独占するようになってきた</p>
<p>＝そのため、香辛料を輸入するための新しい道が必要になり、海外渡航を始めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※どのような海外渡航が行われたのか</p>
<p>・ポルトガル・・アフリカ南端の喜望峰に到達、1498年に<strong>ヴァスコ＝ダ＝ガマ</strong>がインドに到達した</p>
<p>・スペイン・・スペイン女王イサベルの援助を受けながら<strong>コロンブス</strong>が航海に出て、1492年に西インドのサンサルバドル島に到達、</p>
<p>また、<strong>マゼラン</strong>がインドを目指したがフィリピンで戦死し、残った部下によって世界一周が達成された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※海外渡航の影響</p>
<p>・コロンブスの到達後に、スペイン人が中南米に進出した</p>
<p>→スペイン人は、アステカ王国やインカ帝国を滅ぼし、幅広い文明を消滅させた</p>
<p>→征服したスペイン人は、国王の許可を得てアステカ王国やインカ帝国にいた人達（先住民）に納税や労働を強制した</p>
<p>※ただし、先住民は重労働と疫病が原因で、数が激減してしまった</p>
<p>＝そのため、スペイン人はアフリカから<strong>黒人を奴隷として輸入した</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※奴隷については、ローマ＝カトリック教会も文化を理解できないまま、奴隷の改宗とスペイン文化の浸透を進め、先住民の社会を大きく変えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・新航路が開拓されたことによって、世界の地域間の結びつきが、ヨーロッパ優位のもとで深まった</p>
<p>※この時に、ヨーロッパに以下のような変化が起きた</p>
<p>・商業の中心が地中海から大西洋岸に移り、イタリアが停滞した（＝<strong>商業革命</strong>）</p>
<p>・「新大陸」であるスペインの植民地から銀が大量に流入し、人口増加したため、物価が急速に上がった（＝<strong>価格革命</strong>）</p>
<p>・「新大陸」から様々な栽培作物が伝わった（＝<strong>生活革命</strong>）</p>
<p>&nbsp;</p></p>
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		<title>近代ヨーロッパの宮廷文化と市民文化について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/944</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/944#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 18:41:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[赤長のいちご]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史前期]]></category>
		<category><![CDATA[サンスージ宮殿]]></category>
		<category><![CDATA[バロック美術]]></category>
		<category><![CDATA[ピューリタン文学]]></category>
		<category><![CDATA[フランス学士院]]></category>
		<category><![CDATA[ルーベンス]]></category>
		<category><![CDATA[レンブラント]]></category>
		<category><![CDATA[ロココ美術]]></category>
		<category><![CDATA[ヴェルサイユ宮殿]]></category>
		<category><![CDATA[生活革命]]></category>

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		<description><![CDATA[近代ヨーロッパの宮廷文化と市民文化について考えてみます &#160; &#160; ・宮廷文化と市民文化について &#160; &#160; 　・１７～１８世紀のヨーロッパ文化は、君主の宮廷生活との結びつきを強め、 　　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/944">近代ヨーロッパの宮廷文化と市民文化について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>近代ヨーロッパの宮廷文化と市民文化について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・宮廷文化と市民文化について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１７～１８世紀のヨーロッパ文化は、君主の宮廷生活との結びつきを強め、</p>
<p>　　君主の権威を見せつけるのに役立てられた</p>
<p>　　→それを最もよく示したのは、１７世紀のスペインやフランスで完成された</p>
<p>　　　豪壮華麗なバロック美術だった</p>
<p>　　　※バロック美術の代表的な例に、ヴェルサイユ宮殿がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・絵画の分野では、フランドル派の巨匠であるルーベンスや、</p>
<p>　　その弟子のファン＝ダイクが名高かった</p>
<p>　　※スペインのエル＝グレコ、ベラスケス、ムリリョなども</p>
<p>　　　数々の優れた肖像画や宗教画を描いた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・文学の分野では、ルイ１４世時代のフランスで以下のような人達が出てきた</p>
<p>　　→・悲劇作家のコルネイユやラシーヌ</p>
<p>　　　・喜劇作家のモリエール　　など</p>
<p>　　　　＝これらの人達は、規律と調和を重視する古典主義の傑作を生んだ</p>
<p>　　</p>
<p>　　→また、リシュリューという人が１６３５年にフランス学士院（アカデミー）を作った</p>
<p>　　　※フランス学士院は、フランス語の統一と洗練の努力を行った</p>
<p>　　　　＝結果、フランス語がヨーロッパの国々の上流社会で使われるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１８世紀になると、バロックにかわって、繊細優美なロココ美術というのが広まった</p>
<p>　　→ロココ美術は、王侯貴族や富裕市民に好まれた</p>
<p>　　　※代表的な例に、フランスのワトーの絵画などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→プロイセンのフリードリヒ２世がポツダムにたてたサンスージ宮殿は、</p>
<p>　　　ロココ美術の建築として有名になった</p>
<p>　　→バッハやヘンデルの音楽もロココ美術が広まった時に完成された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時の文化の特徴の一つは、市民層の役割が増大したことだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・西欧の国々では、「生活革命」という各目によって、一般の市民が貴族と一緒に</p>
<p>　　海外からの茶、砂糖、コーヒーなどの新しくて珍しい商品を消費するようになった</p>
<p>　　※この時に、一般の市民を反映する文化が出てきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・独立後のオランダでは、レンブラントという人が明暗を強調する画法で、</p>
<p>　　市民の力強さを表現した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスでは、１７世紀に以下のようなピューリタン文学の名作が生まれた</p>
<p>　　→・ミルトンの「失楽園」</p>
<p>　　　・バンヤンの「天路歴程」　など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１８世紀になると、イギリスで盛んな貿易活動や植民活動が行なわれていた</p>
<p>　　→そのような背景で、以下のような小説が出版された</p>
<p>　　　・デフォーの「ロビンソン＝クルーソー」</p>
<p>　　　・スウィフトの「ガリヴァー旅行記」　　など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスでは、１７世紀のなかばからコーヒーハウスのような、</p>
<p>　　市民が交流する場が形成されていた</p>
<p>　　＝このような場所の形成は、文芸活動やジャーナリズムの発展を支えたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・当時の宮廷文化についておさえる</p>
<p>・当時の市民文化についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/944">近代ヨーロッパの宮廷文化と市民文化について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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