<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
		xmlns:xhtml="http://www.w3.org/1999/xhtml"
>

<channel>
	<title>アラエス &#187; 社会的分業</title>
	<atom:link href="http://ahlaes.com/post/tag/%e7%a4%be%e4%bc%9a%e7%9a%84%e5%88%86%e6%a5%ad/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://ahlaes.com</link>
	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
	<lastBuildDate>Thu, 23 Oct 2025 02:10:23 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
		<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
		<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=3.8.41</generator>
<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/tag/%e7%a4%be%e4%bc%9a%e7%9a%84%e5%88%86%e6%a5%ad/feed" />
	<item>
		<title>「所得」概念と「租税」理論―アダム・スミスの経済学体系</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2070</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2070#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 05 Dec 2013 07:44:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ルーブル]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済全般]]></category>
		<category><![CDATA[労働価値説]]></category>
		<category><![CDATA[商業社会]]></category>
		<category><![CDATA[本源的所得]]></category>
		<category><![CDATA[社会的分業]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=2070</guid>
		<description><![CDATA[  ・スミスの経済学体系の基底 ⇒労働価値説と社会的分業 &#160; 労働価値説：労働の質と量こそが国富の源泉であるという説 ⇒しかし、労働は単独では社会を豊かにできないので、分業で職業を専門化し、生活に必要なものはお [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2070">「所得」概念と「租税」理論―アダム・スミスの経済学体系</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p align="center"> </p>
<p>・スミスの経済学体系の基底</p>
<p>⇒労働価値説と社会的分業</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>労働価値説：労働の質と量こそが国富の源泉であるという説</p>
<p>⇒しかし、労働は単独では社会を豊かにできないので、分業で職業を専門化し、生活に必要なものはお互いに交換を始めるようになる=商業社会へ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※社会的分業について、詳しくは<a href="http://ahlaes.com/post/1476">こちら</a>をどうぞ。あと<a href="http://ahlaes.com/post/557">こちら</a>。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆この労働価値説は、言い換えると「個」が出発点だということです。逆に言えば、全体のことは一切考えていないのです。</p>
<p>⇒つまり、自分にとって最適であることのみを考えて行動する結果、意図せざる形でその社会の全体最適が生み出されるという考え方</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こうした考え方は、全体の設計から入って個に至るのではなく、個から出発して全体を説明するという点で、一種の「原子論」なのです。</p>
<p>⇒ホッブズやロックと通じるところがあるのですが、相反する部分もあります。これについては別途まとめたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このように「労働」に価値をおいたスミスは、更にそこから<span style="text-decoration: underline">3</span><span style="text-decoration: underline">つの本源的所得</span>が生み出されると指摘した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>3つの本源的所得：(1)利潤　(2)地代　(3)賃金</p>
<p>⇒これらを経済分析の基礎に据えたことで、租税はこれら3つの本源的所得のいずれかに対する課税にならざるを得ないことを明らかにした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>では、具体的にどのような基準で納税者に租税負担を求めるべきなのか。</p>
<p>『国富論』より(下記、諸富、55頁)：</p>
<p>「あらゆる国家の臣民は、各人の能力にできるだけ比例して、いいかえれば、かれらがそれぞれ国家の保護の下に享受する収入に比例して、政府を維持するために貢納すべきものである。」</p>
<p>⇒この一節から、支払い能力に応じた課税(応能負担)を公平だとみなし、また支出(=消費)に応じて税を負担するのではなく、収入(=所得)に比例して負担することが公平だと考えていることがわかる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、応能負担を実現するためには正確な所得把握が必須条件となるが、スミスの生きた時代にはそれが徴税技術的に不可能だった。また、納税者自身の所得把握を嫌うことも認識していた。それゆえ、直接税としての所得税の導入には至らなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆とはいえ、スミスの租税論を過小評価してはならないでしょう。当時は所得税を導入できなくても、後年には導入されたわけだし、今日的には徴税技術も向上しているので、一考の価値はあるように思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※全体として、他の記事と合わせて読んだほうが理解がスムーズかと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>参考文献、資料</p>
<p>・諸富徹『私たちはなぜ税金を納めるのか―租税の経済史』新潮社、2013年、52-56頁</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2070">「所得」概念と「租税」理論―アダム・スミスの経済学体系</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/2070/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/2070" />
	</item>
		<item>
		<title>企業の概要と雇用について　－企業の本当の役割とは／雇用はどうしていけばいいのか－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1977</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1977#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 19 Nov 2013 03:18:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[チューペット]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[社会科コラム全般]]></category>
		<category><![CDATA[企業]]></category>
		<category><![CDATA[市場経済]]></category>
		<category><![CDATA[政府]]></category>
		<category><![CDATA[日本企業の構造]]></category>
		<category><![CDATA[産業]]></category>
		<category><![CDATA[社会的分業]]></category>
		<category><![CDATA[競争]]></category>
		<category><![CDATA[財・サービス]]></category>
		<category><![CDATA[資本主義]]></category>
		<category><![CDATA[雇用]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=1977</guid>
		<description><![CDATA[資本主義市場経済のなかで社会的分業の一単位を担っているのが企業である。例えば、服飾会社、印刷会社、自動車会社など、実に様々な種類がある。企業の役割としては、財・サービスの提供、雇用の確保、人に地位や所得を与えることがある [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1977">企業の概要と雇用について　－企業の本当の役割とは／雇用はどうしていけばいいのか－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>資本主義市場経済のなかで社会的分業の一単位を担っているのが企業である。例えば、服飾会社、印刷会社、自動車会社など、実に様々な種類がある。企業の役割としては、財・サービスの提供、雇用の確保、人に地位や所得を与えることがある。歴史的にみると、企業の役割は財・サービスの提供や利潤の追求だけだったが、企業が大規模化するにつれて労働者の数が増え、倒産した時の社会的な打撃が大きくなったので、雇用確保という意味での安定的な経営も求められるようになってきた。近年では、公害の発生などの反省から、環境に対する責任も求められているので、企業の役割はかつてより大きくなっていると言える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>個人的見解としては、雇用の確保に関しては、産業界の解雇規制の緩和要求が強まっていることを考えればわかるように、もはや企業が担うのは厳しいのではないかと思っています。私自身は日本企業の構造的な問題（消費者の需要ではなく技術力のみで勝負する点。例えば、80インチのテレビのようなそこまで需要のなさそうな商品を作るなど）によって競争力が失われてきた部分が大きいと思っているのですが、企業の6重苦などと言われるように、企業活動が厳しい状況に追い込まれているのも事実だと思われます。こうしたことを踏まえれば、競争力強化に専念していただくためにも、雇用の確保は企業ではなく、政府に委ねられるべきなのではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1977">企業の概要と雇用について　－企業の本当の役割とは／雇用はどうしていけばいいのか－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/1977/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/1977" />
	</item>
		<item>
		<title>企業について、簡単にまとめて簡単に意見を書いてみた</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/549</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/549#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 02 Sep 2013 05:15:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[康太]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済の仕組み]]></category>
		<category><![CDATA[企業]]></category>
		<category><![CDATA[企業の６重苦]]></category>
		<category><![CDATA[労働者]]></category>
		<category><![CDATA[政府と雇用]]></category>
		<category><![CDATA[産業界の解雇規制]]></category>
		<category><![CDATA[社会的分業]]></category>
		<category><![CDATA[競争力]]></category>
		<category><![CDATA[資本主義市場経済]]></category>
		<category><![CDATA[雇用の確保]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=549</guid>
		<description><![CDATA[資本主義市場経済のなかで社会的分業の一単位を担っているのが企業である。例えば、服飾会社、印刷会社、自動車会社など、実に様々な種類がある。企業の役割としては、財・サービスの提供、雇用の確保、人に地位や所得を与えることがある [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/549">企業について、簡単にまとめて簡単に意見を書いてみた</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>資本主義市場経済のなかで社会的分業の一単位を担っているのが企業である。例えば、服飾会社、印刷会社、自動車会社など、実に様々な種類がある。企業の役割としては、財・サービスの提供、雇用の確保、人に地位や所得を与えることがある。歴史的にみると、企業の役割は財・サービスの提供や利潤の追求だけだったが、企業が大規模化するにつれて労働者の数が増え、倒産した時の社会的な打撃が大きくなったので、雇用確保という意味での安定的な経営も求められるようになってきた。近年では、公害の発生などの反省から、環境に対する責任も求められているので、企業の役割はかつてより大きくなっていると言える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>個人的見解としては、雇用の確保に関しては、産業界の解雇規制の緩和要求が強まっていることを考えればわかるように、もはや企業が担うのは厳しいのではないかと思っています。私自身は日本企業の構造的な問題（消費者の需要ではなく技術力のみで勝負する点。例えば、80インチのテレビのようなそこまで需要のなさそうな商品を作るなど）によって競争力が失われてきた部分が大きいと思っているのですが、企業の6重苦などと言われるように、企業活動が厳しい状況に追い込まれているのも事実だと思われます。こうしたことを踏まえれば、競争力強化に専念していただくためにも、雇用の確保は企業ではなく、政府に委ねられるべきなのではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/549">企業について、簡単にまとめて簡単に意見を書いてみた</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/549/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/549" />
	</item>
	</channel>
</rss>
