<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
		xmlns:xhtml="http://www.w3.org/1999/xhtml"
>

<channel>
	<title>アラエス &#187; 米内光政</title>
	<atom:link href="http://ahlaes.com/post/tag/%e7%b1%b3%e5%86%85%e5%85%89%e6%94%bf/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://ahlaes.com</link>
	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
	<lastBuildDate>Thu, 23 Oct 2025 02:10:23 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
		<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
		<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=3.8.41</generator>
<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/tag/%e7%b1%b3%e5%86%85%e5%85%89%e6%94%bf/feed" />
	<item>
		<title>大東亜戦争について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1313</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1313#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 09:20:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[昭和時代・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[ミッドウェー海戦]]></category>
		<category><![CDATA[大東亜会議]]></category>
		<category><![CDATA[大東亜共栄圏]]></category>
		<category><![CDATA[大東亜戦争]]></category>
		<category><![CDATA[戦争翼賛体制]]></category>
		<category><![CDATA[東条英機]]></category>
		<category><![CDATA[民族解放運動]]></category>
		<category><![CDATA[米内光政]]></category>
		<category><![CDATA[翼賛政治会]]></category>
		<category><![CDATA[翼賛選挙]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=1313</guid>
		<description><![CDATA[大東亜戦争を中心に当時の様子について考えてみます &#160; &#160; ・当時の戦争の様子 &#160; &#160; 　・日本がアメリカに宣戦布告したため、日独伊三国同盟によってドイツとイタリアも 　　アメリカに [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1313">大東亜戦争について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>大東亜戦争を中心に当時の様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・当時の戦争の様子</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本がアメリカに宣戦布告したため、日独伊三国同盟によってドイツとイタリアも</p>
<p>　　アメリカに宣戦布告した</p>
<p>　　→そのため、アメリカはヨーロッパとアジアと正面からぶつかる形での戦争に入っていった</p>
<p>　　　＝この後、戦争が全世界に広がっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※当時の戦争の時に、アメリカ・イギリス・ソ連などが連合国、</p>
<p>　　　日本・ドイツ・イタリアなどが枢軸国と言われていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・戦争が始まってすぐの日本軍は、ハワイでアメリカ太平洋艦隊、</p>
<p>　　マレー沖でイギリス東洋艦隊にダメージを与えた</p>
<p>　　→この動きをスタートに、アメリカとの戦争が始まって半年で、</p>
<p>　　　東南アジアや南太平洋などを制圧した</p>
<p>　　　※当時制圧した地域</p>
<p>　　　　・シンガポール・香港・ビルマ（現在のミャンマー）・イギリス領マレー半島、</p>
<p>　　　　　アメリカ領フィリピン、オランダ領東インド（現在のインドネシア）　　　など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このような状況であり、戦争が始まってすぐの戦いは日本が勝ったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※日本は最初、この戦争をアメリカやイギリスから自分の国を守る</p>
<p>　　　という考え方でいたが、段々と「大東亜共栄圏」の建設や、</p>
<p>　　　欧米の植民地からアジアを解放するなどといったスローガンを目指すようになった</p>
<p>　　　→そのため、戦争の範囲がどんどん拡大していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・人々が最初のほうでの日本の勝利に盛り上がっていた１９４２年４月に、</p>
<p>　　戦争翼賛体制（日本の戦争を応援していく体制）を作ることを目指して、</p>
<p>　　東条英機内閣は５年ぶりの総選挙を行った</p>
<p>　　＝この選挙を翼賛選挙という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→この結果、政府が援助して推薦していた候補が多くの票を得た</p>
<p>　　　＝さらに、選挙の後に挙国一致（一つの目標に国全体でむかうこと）のような</p>
<p>　　　　政治団体として翼賛政治会という団体が作られた</p>
<p>　　　　※この時に、議会は政府の提案を承認するだけの機関になったものの、</p>
<p>　　　　　形式的には憲法や議会の活動は停止されなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※当時は、鳩山一郎、尾崎行雄、片山哲、芦田均などの人達が政府の推薦を受けないで</p>
<p>　　　立候補をしたが、警察や地方が選挙に介入してきていたため、</p>
<p>　　　推薦を受けない人達は当選がなかなかできなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・連合国は、ドイツを倒すことを第一の目標にした</p>
<p>　　→そのため連合国は、最初は太平洋の方に送る軍事力を抑えた</p>
<p>　</p>
<p>　　※しかし、アメリカが軍事力を確保する能力が高かったため、早い段階で</p>
<p>　　　太平洋の方にも軍事を送るようになり、１９４２年６月に、</p>
<p>　　　中部太平洋のミッドウェー島沖で、日本とアメリカの海軍が戦う</p>
<p>　　　ということが起きてしまった</p>
<p>　　　＝この戦いを、ミッドウェー海戦という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→ミッドウェー海戦で日本側は、ミッドウェー海戦の時に主力の空母４隻と</p>
<p>　　　　軍艦に載せる航空機を失うほどの大敗だった</p>
<p>　　　　＝そのため、日本側は海上と航空の面で不利な状況になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・戦争の状況もどんどん変化していった</p>
<p>　　※特に、１９４２年の後半からは、アメリカが日本に反撃する体制が</p>
<p>　　　本格的に作られることになった</p>
<p>　　　→そのため、日本側も戦略を考え直すことが必要になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※１９４３年９月３０日の御前会議では、千島、小笠原、カロリン、マリアナ、</p>
<p>　　　西ニューギニア、ビルマを含んだ範囲（絶対国防圏）まで、</p>
<p>　　　防衛のラインを下げることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９４３年１１月に、東条英機内閣は、日本が占領した地域に</p>
<p>　　戦争へ協力してもらうことを考えた</p>
<p>　　→そこで、中国の汪兆銘政権、満州、タイ、ビルマ、フィリピンなどの代表者を</p>
<p>　　　東京に集めて会議を行った</p>
<p>　　　＝この会議を大東亜会議という</p>
<p>　　　　※この会議の時に、「大東亜共栄圏」でのつながりを強調した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・しかし、日本は欧米の植民地を欧米の支配から解放することが本来の目的だった</p>
<p>　　のにも関わらず、欧米の植民地を日本が支配するようになった時に、</p>
<p>　　日本は自分達の戦争のサポートとして植民地の人達を使うという行動を取った</p>
<p>　　→そのため、日本のこのような動きに対して、植民地の人達の怒りが増えてきた</p>
<p>　　　※日本は実際に、タイとフランス領インドシナ以外の多くの地域に</p>
<p>　　　　軍備のスタイルを取り入れていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、東南アジアの占領地については、以下のようなことを行わせた</p>
<p>　　→・現地の文化や生活スタイルを無視して、日本語の学習、天皇の崇拝、</p>
<p>　　　　神社の参拝などを強制的に行わせた</p>
<p>　　　・タイとビルマをつなぐ泰緬鉄道という鉄道を強制的に作らせようとした</p>
<p>　　　・土木や鉱山に関する作業を強制的に行わせた</p>
<p>　　　・シンガポールやマレーシアで、多くの中国系の住民（華僑）が、</p>
<p>　　　　日本に反抗する運動をしたという容疑で、</p>
<p>　　　　日本軍が華僑を虐殺するという事件が起きた　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→日本が、東南アジアの占領地について強制をしたことで、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・フランス領インドシナやフィリピンなどを始めとして、様々な場所で</p>
<p>　　　　日本に反発する運動が起きた</p>
<p>　　　　＝これらの運動をまとめて、民族解放運動ということがある</p>
<p>　　　　　→民族解放運動を行った国は、日本の敗戦後に、自力で独立を達成した</p>
<p>　　　　　　※結果的に、アジアでの欧米の植民地は一気に払われたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中国に対して日本は、太平洋戦争が始まってすぐに以下のような作戦を取った</p>
<p>　　→・中国の飛行場を米軍に使われることを防ぐ</p>
<p>　　　・華中と華南という地域を連絡させる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中国側は、中国共産党が華北という地域の農村地帯に、日本に抵抗するための</p>
<p>　　拠点（解放区）を作って、ゲリラ戦を行った</p>
<p>　　→これに対して日本は、中国のゲリラを一掃するための作戦</p>
<p>　　　（中国では三光作戦と言われた）を行った</p>
<p>　　　※この時に、一般の人達にも大きな被害を与えたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、中国と戦った時に、毒ガスも使った</p>
<p>　　→そのため、満州などにあった日本軍の施設では、毒ガスや細菌兵器の</p>
<p>　　　研究などが行われた</p>
<p>　　　※満州のハルビンというところには、７３１部隊という細菌を使った戦いの研究のための</p>
<p>　　　　特殊部隊が置かれ、石井四郎という人などが中心になって行動した</p>
<p>　　　※７３１部隊では、中国人やソ連の捕虜を使って、生体実験も行われていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９４４年７月に、マリアナ諸島のサイパン島というところが攻め落とされる、</p>
<p>　　ということが起きた</p>
<p>　　＝この出来事によって、絶対国防圏の一部だった場所が崩されたことになった</p>
<p>　　　→その時に、一部が崩された責任を取るということで、東条英機内閣が総辞職になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→その後、小磯国昭という陸軍大将が新しい首相になった</p>
<p>　　　　※この時に、米内光政という海軍大将が小磯国昭内閣に協力する</p>
<p>　　　　　という形になった</p>
<p>　　　　　＝その結果、陸軍と海軍の連立政権が出来た</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・大東亜戦争の時の様子を押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1313">大東亜戦争について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/1313/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/1313" />
	</item>
		<item>
		<title>新体制運動と三国同盟について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1311</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1311#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 09:06:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[昭和時代・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[創氏改名]]></category>
		<category><![CDATA[南進]]></category>
		<category><![CDATA[国民学校]]></category>
		<category><![CDATA[大政翼賛会]]></category>
		<category><![CDATA[忠君愛国]]></category>
		<category><![CDATA[新体制運動]]></category>
		<category><![CDATA[日独伊三国同盟]]></category>
		<category><![CDATA[皇民化政策]]></category>
		<category><![CDATA[米内光政]]></category>
		<category><![CDATA[近衛文麿]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=1311</guid>
		<description><![CDATA[新体制運動と三国同盟について考えてみます &#160; &#160; ・新体制運動と三国同盟について &#160; &#160; 　・１９４０年６月に、近衛文麿は枢密院の議長を降りて、新体制運動という運動の 　　トップに [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1311">新体制運動と三国同盟について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>新体制運動と三国同盟について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・新体制運動と三国同盟について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９４０年６月に、近衛文麿は枢密院の議長を降りて、新体制運動という運動の</p>
<p>　　トップに立った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※新体制運動とは・・</p>
<p>　　　→ナチ党やファシスト党を見習い、力のある組織を中心にして大きな政党を一つ作り</p>
<p>　　　　今までの政党政治を壊して一つの政党が指導することで、</p>
<p>　　　　全ての国民を戦争に協力させるという「革新」運動のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・立憲政友会、立憲民政党、社会大衆党などの様々な政党や団体が積極的に、</p>
<p>　　または仕方なく解散して新体制運動への参加を決めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※この時に、軍部が近衛文麿が首相になることを期待していた</p>
<p>　　　→そのため、米内光政内閣を終了させた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９４０年７月に第２次近衛文麿内閣が誕生した</p>
<p>　　→第２次近衛文麿内閣は内閣を誕生させた時に、</p>
<p>　　　近衛文麿、陸軍大臣、海軍大臣、外務大臣で話し合いをして、</p>
<p>　　　以下のようなことを決めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ヨーロッパの戦争に参加しないという方針を変えて、参加する</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ドイツ、イタリア、ソ連との関係を強化する</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・積極的に南方に行くこと（南進）の方針が決まった</p>
<p>　　　　※南進の政策には、いくつかの大きな狙いがあった</p>
<p>　　　　　・援蒋ルートを遮断して、停滞していた当時の戦争の状況を動かす</p>
<p>　　　　　・ドイツに従うことになったヨーロッパの植民地を、</p>
<p>　　　　　　ドイツだけでなく日本も一緒に支配できるようにする</p>
<p>　　　　　　→当時のドイツの植民地は、オランダ領東インド（現在のインドネシア）、</p>
<p>　　　　　　　フランス領インドシナ（現在のベトナム、ラオス、カンボジア）などだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このようにして、１９４０年の９月に、日本軍はフランス領インドシナに行って、</p>
<p>　　　移動とほぼ同じタイミングで日独伊三国同盟を結んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※日独伊三国同盟の内容について</p>
<p>　　　　・ヨーロッパとアジアの「新秩序」として、上に立って指導をする地位であることを</p>
<p>　　　　　３つの国がお互いに認める</p>
<p>　　　　・日本、ドイツ、イタリア以外の国から攻撃された時は、お互いに援助し合う</p>
<p>　　　　・ソ連に関しては、除外の規定を作る</p>
<p>　　　　・アメリカを仮に敵国であると想定する軍事同盟だった</p>
<p>　　　　・そのため、この同盟はアメリカから強く反発された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日独伊三国同盟の前後で、アメリカは航空機用のガソリンやくず鉄などを</p>
<p>　　日本に輸出することを禁止する政策を取った</p>
<p>　　→ここからアメリカは、日本への経済的な政策を本格的に行うようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、新体制運動は１９４０年１０月に大政翼賛会という組織が</p>
<p>　　作られるまでの運動になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※大政翼賛会について</p>
<p>　　　・大政翼賛会は、最初目指していた政党のような組織でなくなった</p>
<p>　　　　→その代わり、トップを総理大臣、支部長を道県知事、町内会と部落会と隣組を</p>
<p>　　　　　下部組織とする官製で上の人達の命令を下に伝えるという組織になった</p>
<p>　　　　　※この後、大日本産業報国会、大日本婦人会、大日本翼賛壮年団などの</p>
<p>　　　　　　様々な団体を大政翼賛会の支配下に置いて、戦争の時にスムーズに</p>
<p>　　　　　　国民を動かすことができるようにした</p>
<p>　　　　　※大政翼賛会で一番下の位として置かれた隣組は、回覧板での情報の伝達や</p>
<p>　　　　　　配給などの雑務を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・教育の分野で、１９４１年に小学校が国民学校に変わった</p>
<p>　　→その時に、「忠君愛国」という国家主義のような教育を行わせていた</p>
<p>　　　※忠君愛国・・天皇に仕えて、国を愛する、という考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・朝鮮や台湾で、日本語教育を徹底するなどの「皇民化」政策が取られた</p>
<p>　　※皇民化政策・・他の国の人を日本人のように扱って、日本が他の国の人を</p>
<p>　　　　　　　　　　コントロールするための政策のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そのため、朝鮮では創氏改名が強制的に行われた</p>
<p>　　　※創氏改名・・名字と名前を日本風に変えさせる政策のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・新体制運動について押さえる</p>
<p>・三国同盟について押さえる</p>
<p>・新体制運動と三国同盟のその後を押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1311">新体制運動と三国同盟について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/1311/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/1311" />
	</item>
	</channel>
</rss>
