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	<title>アラエス &#187; 農業基本法</title>
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	<item>
		<title>農業について　－現状と歴史－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1855</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1855#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 13:13:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済関連問題]]></category>
		<category><![CDATA[兼業農家]]></category>
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		<category><![CDATA[技術革新]]></category>
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		<description><![CDATA[日本の農業について考えてみます &#160; &#160; ・日本の農業の現状について &#160; 　・高度経済成長が進むにつれて、日本経済の中での農業の比率がどんどん下がっていった　 　　→その結果として、２００５年 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1855">農業について　－現状と歴史－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>日本の農業について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の農業の現状について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・高度経済成長が進むにつれて、日本経済の中での農業の比率がどんどん下がっていった　</p>
<p>　　→その結果として、２００５年の時のデータを見ると・・</p>
<p>　　　・ＧＤＰに占める農業生産額の割合は、１．０％だった</p>
<p>　　　・農業を行っている人は、職業に就いている人全体の中で、４．０％だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・農業の家の数は、専業農家と第１種兼業農家が急激に少なくなり、</p>
<p>　　第２種兼業農家は一次的にちょっと増えたが、１９８０年代以降から、また少なくなっている</p>
<p>　　※・専業農家・・農業だけを行う農家のこと</p>
<p>　　　・兼業農家・・農業と、それ以外で収入を得る農家のこと</p>
<p>　　　・第１種兼業農家・・兼業農家のうち、農業を中心としている農家のこと</p>
<p>　　　・第２種兼業農家・・兼業農家のうち、農業以外を中心としている農家のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・農業の歴史について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・農業の歴史の中で、重要な出来事として、農地改革と食糧管理制度が出来たことが挙げられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・戦後に農地改革（農地に関して様々なルールを設けた改革のこと）という改革が行われた</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※農地改革について</p>
<p>　　　・農地改革によって、地主が小作に土地を貸して、小作が土地代を地主に払う</p>
<p>　　　　という関係が無くなり、政府が地主から買った土地を小作に安く売ったので、</p>
<p>　　　　小作が自分の土地を持つことができるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→結果的に自作農（自分の土地で農業をする人）を生み出して、</p>
<p>　　　　　農家の所得を平等にすることができた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　　→しかし、小規模農家に頼るという、日本の農業のスタイルを</p>
<p>　　　　　変えることはできなかった</p>
<p>　　　　　※この時に、地主制（地主が小作に土地を貸す制度）が復活することを恐れて、</p>
<p>　　　　　　農地法という法律を作った</p>
<p>　　　　　　＝この法律で、農地に関して様々な規制がかかったため、</p>
<p>　　　　　　　農家はより一層小規模な農家になっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のような動きの中で高度経済成長期に突入したため、</p>
<p>　　農業と工業の間の生産性と所得の格差が大きくなってしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→そこで、農業と工業の格差を縮めて、農業を工業に負けないくらい大きくするために、</p>
<p>　　１９６１年に農業基本法という法律が作られた</p>
<p>　　※農業基本法・・農業の経営規模の拡大、機械化による生産性の向上などを</p>
<p>　　　　　　　　　　めざすための法律のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　（日本政府は、農業基本法を土台にして、</p>
<p>　　　　　　　　　　　農業基本法農政ということを展開した）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→農業基本法農政の結果、１９７０年代の半ばごろまでに、農業の生産性が上がり、</p>
<p>　　農業と工業の間の生産性の格差がある程度縮まった</p>
<p>　　</p>
<p>　　※格差の縮小の原因は、農業に機械を取り入れたことと、技術革新だった</p>
<p>　　　→経営規模が大きくなったことが原因ではなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・食糧管理制度について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・食糧管理制度・・需要と供給を安定したものに保つため、主要食糧（コメや麦など）に</p>
<p>　　　　　　　　　　　関しては、国が価格などをコントロールして、</p>
<p>　　　　　　　　　　　自由に市場で売買されることに制限をかけた制度のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　→この制度は１９４２年の食糧管理法という法律で決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※食糧管理制度は、消費者のためというよりも、生産者を保護するため、</p>
<p>　　　という目的で作られた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　→そのため、生産者米価（政府がコメを作る農家から買う時の金額）が非常に高くなった　</p>
<p>　　　　＝結果的に、コメを作る人達の利益が増え、コメ農業から他の農業へ移ることが</p>
<p>　　　　　難しくなってしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→生産者の保護は、コメ以外の農産物も行うようになった</p>
<p>　　　　＝具体的な行動として、政府は農家に補助金を多く払った</p>
<p>　　　　　※しかし、補助金は農業を活発にすることはできず、</p>
<p>　　　　　　逆に農家の自立の邪魔をする結果となってしまった　</p>
<p>　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・農業基本法農政について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・農業基本法農政は、農業に関する考え方の土台が無く、政策がくるくる変わっていった</p>
<p>　　　＝そのため、このような行政を「猫の目行政」と言われることがあった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→上のような農政の問題点を改善するために、政府は１９９９年に新農業基本法を作った</p>
<p>　　　　※新農業基本法・・食料の安定供給、農業の持続的な開発、農村の振興</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　の３つを目標にする法律のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　（正しくは、「食料・農業・農村基本法」と言う）</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1855">農業について　－現状と歴史－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>日本の農業について　－歴史・現状と問題点－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1738</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1738#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 21:34:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ロンリ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[経済の諸問題]]></category>
		<category><![CDATA[専業農家]]></category>
		<category><![CDATA[新農業基本法]]></category>
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		<description><![CDATA[日本の農業について考えてみます &#160; &#160; ・日本の農業の現状について &#160; 　・高度経済成長が進むにつれて、日本経済の中での農業の比率がどんどん下がっていった　 　　→その結果として、２００５年 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1738">日本の農業について　－歴史・現状と問題点－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>日本の農業について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の農業の現状について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・高度経済成長が進むにつれて、日本経済の中での農業の比率がどんどん下がっていった　</p>
<p>　　→その結果として、２００５年の時のデータを見ると・・</p>
<p>　　　・ＧＤＰに占める農業生産額の割合は、１．０％だった</p>
<p>　　　・農業を行っている人は、職業に就いている人全体の中で、４．０％だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・農業の家の数は、専業農家と第１種兼業農家が急激に少なくなり、</p>
<p>　　第２種兼業農家は一次的にちょっと増えたが、１９８０年代以降から、また少なくなっている</p>
<p>　　※・専業農家・・農業だけを行う農家のこと</p>
<p>　　　・兼業農家・・農業と、それ以外で収入を得る農家のこと</p>
<p>　　　・第１種兼業農家・・兼業農家のうち、農業を中心としている農家のこと</p>
<p>　　　・第２種兼業農家・・兼業農家のうち、農業以外を中心としている農家のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・農業の歴史について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・農業の歴史の中で、重要な出来事として、農地改革と食糧管理制度が出来たことが挙げられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・戦後に農地改革（農地に関して様々なルールを設けた改革のこと）という改革が行われた</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※農地改革について</p>
<p>　　　・農地改革によって、地主が小作に土地を貸して、小作が土地代を地主に払う</p>
<p>　　　　という関係が無くなり、政府が地主から買った土地を小作に安く売ったので、</p>
<p>　　　　小作が自分の土地を持つことができるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→結果的に自作農（自分の土地で農業をする人）を生み出して、</p>
<p>　　　　　農家の所得を平等にすることができた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　　→しかし、小規模農家に頼るという、日本の農業のスタイルを</p>
<p>　　　　　変えることはできなかった</p>
<p>　　　　　※この時に、地主制（地主が小作に土地を貸す制度）が復活することを恐れて、</p>
<p>　　　　　　農地法という法律を作った</p>
<p>　　　　　　＝この法律で、農地に関して様々な規制がかかったため、</p>
<p>　　　　　　　農家はより一層小規模な農家になっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のような動きの中で行動経済成長期に突入したため、</p>
<p>　　農業と工業の間の生産性と所得の格差が大きくなってしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→そこで、農業と工業の格差を縮めて、農業を工業に負けないくらい大きくするために、</p>
<p>　　１９６１年に農業基本法という法律が作られた</p>
<p>　　※農業基本法・・農業の経営規模の拡大、機械化による生産性の向上などを</p>
<p>　　　　　　　　　　めざすための法律のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　（日本政府は、農業基本法を土台にして、</p>
<p>　　　　　　　　　　　農業基本法農政ということを展開した）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→農業基本法農政の結果、１９７０年代の半ばごろまでに、農業の生産性が上がり、</p>
<p>　　農業と工業の間の生産性の格差がある程度縮まった</p>
<p>　　</p>
<p>　　※格差の縮小の原因は、農業に機械を取り入れたことと、技術革新だった</p>
<p>　　　→経営規模が大きくなったことが原因ではなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・食糧管理制度について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・食糧管理制度・・需要と供給を安定したものに保つため、主要食糧（コメや麦など）に</p>
<p>　　　　　　　　　　　関しては、国が価格などをコントロールして、</p>
<p>　　　　　　　　　　　自由に市場で売買されることに制限をかけた制度のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　→この制度は１９４２年の食糧管理法という法律で決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※食糧管理制度は、消費者のためというよりも、生産者を保護するため、</p>
<p>　　　という目的で作られた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　→そのため、生産者米価（政府がコメを作る農家から買う時の金額）が非常に高くなった　</p>
<p>　　　　＝結果的に、コメを作る人達の利益が増え、コメ農業から他の農業へ移ることが</p>
<p>　　　　　難しくなってしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→生産者の保護は、コメ以外の農産物も行うようになった</p>
<p>　　　　＝具体的な行動として、政府は農家に補助金を多く払った</p>
<p>　　　　　※しかし、補助金は農業を活発にすることはできず、</p>
<p>　　　　　　逆に農家の自立の邪魔をする結果となってしまった　</p>
<p>　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・農業基本法農政について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・農業基本法農政は、農業に関する考え方の土台が無く、政策がくるくる変わっていった</p>
<p>　　　＝そのため、このような行政を「猫の目行政」と言われることがあった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→上のような農政の問題点を改善するために、政府は１９９９年に新農業基本法を作った</p>
<p>　　　　※新農業基本法・・食料の安定供給、農業の持続的な開発、農村の振興</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　の３つを目標にする法律のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　（正しくは、「食料・農業・農村基本法」と言う）</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1738">日本の農業について　－歴史・現状と問題点－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>高度経済成長について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1338</link>
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		<pubDate>Tue, 29 Oct 2013 17:31:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[高度成長・平成時代]]></category>
		<category><![CDATA[「投資が投資を呼ぶ」]]></category>
		<category><![CDATA[エネルギー革命]]></category>
		<category><![CDATA[三池争議]]></category>
		<category><![CDATA[国際通貨基金８条国]]></category>
		<category><![CDATA[日本的経営]]></category>
		<category><![CDATA[春闘]]></category>
		<category><![CDATA[産業構造の高度化]]></category>
		<category><![CDATA[資本の自由化]]></category>
		<category><![CDATA[農業基本法]]></category>
		<category><![CDATA[高度経済成長]]></category>

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		<description><![CDATA[高度経済成長について考えてみます &#160; &#160; ・高度経済成長について &#160; 　※高度経済成長とは・・・１９５５年～１９７３年の約２０年の間、日本経済の成長率が 　　　　　　　　　　　　　　年平均で [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1338">高度経済成長について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>高度経済成長について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※高度経済成長とは・・・１９５５年～１９７３年の約２０年の間、日本経済の成長率が</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　年平均で１０％を超えるという急激な成長をした時期のこと</p>
<p>　　</p>
<p>　　→１９６８年には、国民総生産（GNP）で、アメリカに次いで２位になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→鉄鋼、造船、自動車、化学、電気機械などの部門が、海外の技術革新を取り入れて、</p>
<p>　　　設備を新しくし、合成繊維や石油化学などの新しい部門も急激な発達を見せた</p>
<p>　　　※アメリカから来た技術は、生産過程や品質管理、労働管理や販売などにも及び、</p>
<p>　　　　日本はアメリカから来た技術を日本の条件に合わせて改良を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝上のような流れを受けて、低コストで高品質の工業製品を大量生産する体制が作られた</p>
<p>　　　※この時に、日本の商品の大規模な海外の進出も始まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長期の産業とその周辺について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・高度経済成長期に、日本経済の中での第一次産業の比重が下がり、</p>
<p>　　第二次・第三次産業の地位が高まった</p>
<p>　　＝これを、産業構造の高度化という</p>
<p>　　※第二次産業の中では、重化学工業の地位が高まり、</p>
<p>　　　工業生産額の３分の２を占めるまでになった</p>
<p>　　※この時に、石炭から石油へのエネルギーの転換が行われた</p>
<p>　　　（この転換をエネルギー革命ということもある）</p>
<p>　　　</p>
<p>　　※エネルギー革命の影響について</p>
<p>　　　→・エネルギー革命によって、石油の増加が起きたため、石炭産業が衰退した</p>
<p>　　　　　→そのため、三池炭鉱という炭鉱で大量解雇が起き、</p>
<p>　　　　　　その解雇に反対する激しい闘争が争議が起きた</p>
<p>　　　　　　＝この争議を三池争議という</p>
<p>　　　　　　　（この争議は、労働者の敗北で終了した）</p>
<p>　　　　・九州や北海道で炭鉱の閉山が相次いだ</p>
<p>　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・生産の急速な増大を、日本国内の市場と輸出の拡大が支えていた</p>
<p>　　</p>
<p>　　→急速な増大による影響</p>
<p>　　</p>
<p>　　　・民間企業では、設備への投資ブームが「投資が投資を呼ぶ」という呼び方で起き、</p>
<p>　　　　大量の需要を生み出した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・労働者の賃金は、若者を中心とした労働者不足と労働運動が広がったことで上昇し続けた</p>
<p>　　　　※１９５５年からは、総評を指導部として、それぞれの産業の労働組合が</p>
<p>　　　　　一斉に賃上げ要求の闘争を行う「春闘」という方式が始まって、</p>
<p>　　　　　段々と春闘が定着していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・農業では、化学肥料や農薬、農業機械などの普及によって、生産力が上昇した</p>
<p>　　　　※１９６１年には、農業基本法という法律が出され、</p>
<p>　　　　　農業構造改善事業という事業に大量の補助金が出された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→さらに、食糧管理制度という制度と農協の圧力によって、</p>
<p>　　　　　お米の値段が国によって引き上げられた</p>
<p>　　　　　※ただし、お米の消費は段々と停滞していったため、</p>
<p>　　　　　　お米が余る（生産過剰）状態になり政府の食糧管理特別会計の赤字が</p>
<p>　　　　　　深刻になった</p>
<p>　　　　　　＝そのため、１９７０年から減反政策（わざとお米の生産量を減らす</p>
<p>　　　　　　　政策のこと）を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　＝上のような影響に加えて、農業外所得の増加などもあって、</p>
<p>　　　　　農業の所得が増える傾向が続いた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・輸出は、円安の固定相場と海外からの安い資源の輸入とに支えられて</p>
<p>　　　　急速に拡大した</p>
<p>　　　　→そのため、１９６０年代後半から大幅な貿易黒字が続いた</p>
<p>　　　　　※・輸出では鉄鋼、船舶、自動車などの重化学工業の製品が中心になった</p>
<p>　　　　　　・輸入では石油を始めとして、重化学工業の原材料の比重が増えていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、高度経済成長の時に、欧米の国々の要求に応じて、１９６０年に貿易の自由化を、</p>
<p>　　１９６４年に為替と資本の自由化を実施した</p>
<p>　　※日本は１９６４年に国際通貨基金８条国（貿易支払いや資本移動に対する制限を</p>
<p>　　　禁止された国）になり同じ年に経済協力開発機構（OECD）に加盟したことで</p>
<p>　　　資本の自由化を義務付けられた</p>
<p>　　　→そのため、国際競争が激しくなることを考えて、産業を再編するという動きが表れた</p>
<p>　　　　※資本の自由化・・国際間での資本移動を自由にする動きのこと</p>
<p>　　　　→このような動きによって、１９６４年に三菱重工の再合併や、</p>
<p>　　　　　１９７０年に新日本製鉄の創立など、大型企業の合併が次々と行われてきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・そして、様々な業種にわたる多くの大企業が旧財閥系などの銀行や商社を中心として</p>
<p>　　巨大な企業集団を作った</p>
<p>　　※企業集団・・いくつかの企業が集まった団体のこと</p>
<p>　　※企業集団として、三井、三菱、住友、富士、三和、第一という六大企業集団が出てきた</p>
<p>　　　→これらは、主な産業をそれぞれ系列企業として、他の企業集団と激しい競争をした</p>
<p>　　※系列企業・・グループの中でお互いに取引関係にある企業のこと</p>
<p>　</p>
<p>　　※大企業は、株式の高い配当よりも、自分の会社の成長を優先させる</p>
<p>　　　長期的経営戦略という戦略を考え、日本的経営を行ってきた</p>
<p>　　　・日本的経営・・終身雇用制と年功序列型賃金を定着させて、</p>
<p>　　　　　　　　　　　労働者が企業へ貢献する意識を育てた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・高度経済成長の概要をおさえる</p>
<p>・高度経済成長の時の産業の様子と日本の動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1338">高度経済成長について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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