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	<title>アラエス &#187; 連邦主義</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>アメリカ南北戦争について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/984</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/984#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 16 Oct 2013 07:51:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[副店長]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史後期・末期]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ]]></category>
		<category><![CDATA[ゲティスバーグ]]></category>
		<category><![CDATA[プランテーション]]></category>
		<category><![CDATA[ホイットニー]]></category>
		<category><![CDATA[ホームステッド法]]></category>
		<category><![CDATA[ミズーリ協定]]></category>
		<category><![CDATA[リンカーン]]></category>
		<category><![CDATA[共和党]]></category>
		<category><![CDATA[南北戦争]]></category>
		<category><![CDATA[奴隷解放宣言]]></category>
		<category><![CDATA[連邦主義]]></category>

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		<description><![CDATA[アメリカ南北戦争について考えてみます &#160; &#160; ・アメリカ南北戦争について &#160; &#160; 　・合衆国の西部への発展の裏で、アメリカの南部と北部の対立が激しくなった &#160; &#038;nbsp [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/984">アメリカ南北戦争について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>アメリカ南北戦争について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・アメリカ南北戦争について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・合衆国の西部への発展の裏で、アメリカの南部と北部の対立が激しくなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※当時の南部</p>
<p>　　　・南部地域では、黒人奴隷を使った大農園（プランテーション）が発展していた</p>
<p>　　　・１８世紀の終わりにホイットニーという人が綿繰機を発明するということが起きた</p>
<p>　　　　→すると、南部が綿花栽培の地域として、イギリスとの結びつきが強くなっていった</p>
<p>　　　　　＝そのため、南部は奴隷制の存続、自由貿易、州の自治を強く要求した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※当時の北部</p>
<p>　　　・北部は、産業革命が進んで資本主義が発達した</p>
<p>　　　・イギリスに対抗するために、保護関税政策と連邦主義を主張した</p>
<p>　　　・人道主義の立場から、奴隷制に反対する人が多かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・北部の自由州と南部の奴隷州との間で、西部開拓によって出来た新しい州に、奴隷制を認めるかどうかでもめた</p>
<p>　　※当時の州の仕組みについて</p>
<p>　　　・ある地域の自由人の成年男性人口が５千人に達すると、准州として自治政府を設けた</p>
<p>　　　・全自由人口が６万人になると、連邦議会の承認を得て州に昇格し、連邦に加入する</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上の対立は、１８２０年にミズーリ協定が結ばれたことで、一時的におさまった</p>
<p>　　　※ミズーリ協定・・北緯３６度３０分以北に奴隷州を作らないと決めた協定のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、より上にあるカンザスとネブラスカの両方の准州については、</p>
<p>　　　１８５４年に、自由州となるか奴隷州となるかは住民の意志で決めるという法律が作られた</p>
<p>　　　＝この法律が作られたことで、南北の対立が再び激しくなった</p>
<p>　　　　※このころ、ストウ夫人という人は「アンクル＝トムの小屋」という本を書いて、奴隷制に反対した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→南北の対立が再び激しくなったことをきっかけに、奴隷制の反対を提唱する共和党が作られた</p>
<p>　　　＝共和党が作られたことで、奴隷制に対する南北の対立が決定的になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１８６０年に、共和党のリンカーンという人が大統領に当選した</p>
<p>　　※リンカンには、以下のような動きが見られた</p>
<p>　　　・連邦の統一維持を優先する穏健な奴隷制拡大反対論者だった</p>
<p>　　　・ゲティスバーグというところで、リンカーンは「人民の、人民による、人民のための政治」を提唱した</p>
<p>　　　・南部諸州を連邦から切り離して、１８６１年の初めにアメリカ連合国を作った</p>
<p>　　　・アメリカ連合国をジェファソン＝デヴィスを大統領に選んだ</p>
<p>　　　　＝この結果、南北戦争が始まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※南北戦争について</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・北部は、人口や経済力で圧倒的に南部より優れていた</p>
<p>　　　　→ただし北部は、戦争の最初はリーという人の指揮下の南軍に苦戦していた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・その後１８６３年の１月に、リンカンが南部反乱地域の奴隷解放宣言を出して、内外の世論の支持を集めた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・リンカンは、１８６２年にホームステッド法という法律を作った</p>
<p>　　　　→この法によって、開拓者に１６０エーカー（約６５ヘクタール）の国有地が貸し与えられた</p>
<p>　　　　　そして、この国有地に５年間定住すれば、その土地を与えられることになった</p>
<p>　　　　　※そのため、ホームステッド法によって、西部の開拓が進んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・そして、１８６３年のゲティスバーグの戦いで北部が勝利するということが起きた</p>
<p>　　　　→そのため、グラント将軍という人が引き連れていた北部の軍が優勢になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・そして、１８６５年に南部の首都のリッチモンドというところが陥落した</p>
<p>　　　　→そのため南部の軍は降伏した</p>
<p>　　　　　＝その結果、合衆国が再統一された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・南北戦争の背景についておさえる</p>
<p>・南北戦争の内容についておさえる</p>
<p>・南北戦争の結果についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/984">アメリカ南北戦争について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>アメリカの独立について③　－合衆国憲法の制定－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/955</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/955#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 19:25:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[チューペット]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史中期]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ]]></category>
		<category><![CDATA[アメリカ独立革命]]></category>
		<category><![CDATA[フィラデルフィア]]></category>
		<category><![CDATA[ワシントン]]></category>
		<category><![CDATA[三権分立]]></category>
		<category><![CDATA[共和政]]></category>
		<category><![CDATA[合衆国憲法]]></category>
		<category><![CDATA[民主主義]]></category>
		<category><![CDATA[連邦主義]]></category>
		<category><![CDATA[連邦政府]]></category>

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		<description><![CDATA[アメリカの独立について、合衆国憲法の制定を考えてみます &#160; &#160; ・合衆国憲法の制定について &#160; &#160; 　・アメリカ合衆国は、独立はしたものの、まだ１３の独立した州のゆるい連合でしかな [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/955">アメリカの独立について③　－合衆国憲法の制定－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>アメリカの独立について、合衆国憲法の制定を考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・合衆国憲法の制定について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカ合衆国は、独立はしたものの、まだ１３の独立した州のゆるい連合でしかなかった</p>
<p>　　※そのため、中央政府の権力が弱く、政治的かつ経済的な困難が続いた</p>
<p>　　　→そこで、強力な中央政府を作ろうとする運動が高まってきた</p>
<p>　　　　＝その結果、１７８７年にフィラデルフィアの憲法制定会議で合衆国憲法が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・合衆国憲法は、共和政の民主主義（人民主義）を土台にし、連邦主義を採用した</p>
<p>　　※連邦主義・・それぞれの州に大幅な自治を認めながらも、</p>
<p>　　　　　　　　　中央政府の権限を強化する仕組みのこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・合衆国憲法は、お互いが抑制しあうことで権力が一つに集中することを避ける</p>
<p>　　三権分立の原則を定めた</p>
<p>　　※アメリカ合衆国の三権分立</p>
<p>　　　→・行政権・・大統領をトップに置く政府が握った</p>
<p>　　　　・立法権・・連邦議会（各州２名ずつの代表からなる上院と人口比例による</p>
<p>　　　　　　　　　　代表が集まる下院）にあった</p>
<p>　　　　　　　　　　→ただし連邦議会では、上院が条約の批准権などの強い権限を持っていた</p>
<p>　　　　・司法権・・最高裁判所が行使した</p>
<p>　　　→憲法については、支持をする連邦派と、支持をしない反連邦派がいた</p>
<p>　　　　※連邦派と反連邦派の対立は、後の政党のもとにもなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１７８９年に、合衆国憲法にもとづく連邦政府が発足した</p>
<p>　　※この時、ワシントンという人が初代の大統領に就任した</p>
<p>　　　→ワシントンは、以下のような動きを見せた</p>
<p>　　　　・戦後の復興と建設の努力をした</p>
<p>　　　　・フランス革命戦争で中立政策を取った</p>
<p>　　　　・連邦派を連れたハミルトンという人が財務長官として財政の基礎を固めた</p>
<p>　　　　・反連邦派の指導者だったジェファソンという人が国務長官を務めた</p>
<p>　　　　・１８００年に、首都としてワシントン特別区が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカの独立には、以下のような意味と動きがあったと言われている</p>
<p>　　→・大国でも共和政が実現できることを示した</p>
<p>　　　・信仰の自由、アパラチア山脈以西への移住解禁によって自由農民の発展をもたらす</p>
<p>　　　　などの社会改革でもあった</p>
<p>　　　・黒人奴隷や先住民の権利は無視された</p>
<p>　　　・アメリカ独立革命は、１８世紀後半から１９世紀前半の「大西洋革命」の</p>
<p>　　　　一つだとして考えることもある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・合衆国憲法の制定とその内容についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/955">アメリカの独立について③　－合衆国憲法の制定－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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