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	<title>アラエス &#187; ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制</title>
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	<item>
		<title>南北問題について　－問題点・現状・対策・背景－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1884</link>
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		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 17:41:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[赤長のいちご]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界経済・世界の課題]]></category>
		<category><![CDATA[モノカルチャー経済]]></category>
		<category><![CDATA[人口爆発]]></category>
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		<description><![CDATA[南北問題について考えてみます &#160; &#160; ・南北問題について &#160; 　・南北問題とは・・先進国と発展途上国との経済面での格差のこと &#160; &#160; &#160; 　 ・なぜ南北問題が考 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1884">南北問題について　－問題点・現状・対策・背景－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>南北問題について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・南北問題について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・南北問題とは・・先進国と発展途上国との経済面での格差のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>・なぜ南北問題が考えられるようになったのか</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・前提として、ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制が南北問題を引き起こした原因の一つだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→・ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制は、先進国を中心とした考え方だったので、</p>
<p>　　　　自由貿易によって得をしたのは基本的には先進国だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・発展途上国は、一次産品（自然で採れるもの、農産物や鉱山資源など）を</p>
<p>　　　　作ることに専念して、モノカルチャー経済を強制的に行わされていることが</p>
<p>　　　　あったので、自由貿易によって得をしなかった</p>
<p>　　　　→逆に、交易条件（商品の交換比率）が悪くなって、</p>
<p>　　　　　発展途上国の経済の状態はより一層悪くなった</p>
<p>　　　　　※モノカルチャー経済・・一つのものを専門的に作る経済のスタイルのこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　＝上のようなことがあったので、南北間（発展途上国と先進国）での格差が広がった</p>
<p>　　　　→この格差が問題視されるようになり、南北問題と言われるようになった </p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※南北問題のその他の代表的な問題に、累積債務問題、人口爆発、食糧問題などがある</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　・累積債務問題・・借金を返すことができずに、どんどん増え続けてしまう問題のこと　　　　　</p>
<p>　　　　　　　→借金が増え続けてしまうと、国の予算の多くを借金の返済に</p>
<p>　　　　　　　　あてることになるので、教育や医療、衛生などに</p>
<p>　　　　　　　　お金を使えなくなってしまう、という問題が出てくる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　・人口爆発・・人口が異常に増えること</p>
<p>　　　　　　　→人口爆発の理由として、南側の国々では労働のための</p>
<p>　　　　　　　　多くの人手が必要なこと、避妊の知識が無いこと、</p>
<p>　　　　　　　　宗教や昔からの伝統などの違いによって、出生率が高いことなどが挙げられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　・食糧問題・・人口爆発によって、食糧が足りなくなる問題のこと</p>
<p>　　　　　　　→発展途上国では、他の国へ輸出するための農産物を作ることが多いため、</p>
<p>　　　　　　　　必然的に自分達の食糧が少なくなってしまう</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・南北問題に関する対策について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６１年に、先進工業国にあるＯＥＣＤ（経済協力開発機構）が</p>
<p>　　ＤＡＣ（開発援助委員会）をＯＥＣＤの下の組織として作って、</p>
<p>　　発展途上国を援助する動きが出てきた</p>
<p>　　→援助の一つとして、ＤＡＣは政府開発援助（ＯＤＡ）が達成すべき条件を決めて、</p>
<p>　　　発展途上国の経済と福祉の発展と向上を援助する動きを広げようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ＯＤＡが達成すべき条件の内容</p>
<p>　　　・政府、政府が行っている機関が発展途上国に物品などを与える</p>
<p>　　　・発展途上国の経済が発展して、福祉が向上することが基本的な目的とする</p>
<p>　　　・グラント・エレメント（交渉ではなく、贈与にどれだけ近いかを表す数値のこと）が</p>
<p>　　　　２５％以上になる</p>
<p>　　　　→上の３つが基本とされた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６２年に、国際連合の総会で、国連貿易開発会議（ＵＮＣＴＡＤ）という会議を</p>
<p>　　開くことが決められ、１９６４年に、ジュネーブというところで第１回会議が開かれた</p>
<p>　　→この時、ＵＮＣＴＡＤ事務局長のプレビッシュという人は「プレビッシュ報告」</p>
<p>　　　という報告を発表した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※プレビッシュ報告について</p>
<p>　　　・プレビッシュという人は、この報告の中で、発展途上国の立場から、</p>
<p>　　　　ＧＡＴＴの自由貿易制度への不満を述べた</p>
<p>　　　・この報告の中で、下のような要求を発表した</p>
<p>　　　　→・一次産品の値段を安定させるための協定を行う</p>
<p>　　　　　・軽工業製品（繊維や食品を含む、消費財など）に特恵関税をかける</p>
<p>　　　　　・国際収支を調整するための資金の移動を行う</p>
<p>　　　　　・開発金融（ある分野や産業へお金を融資する）を行う　etc</p>
<p>　　　　　　※特恵関税・・ある国に関して、関税を無くしたり、低い税率にしたりする</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　という、税率に関して特別な扱いをする制度のこと</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・発展途上国の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・発展途上国は、先進国との格差を無くしていくための動きが、</p>
<p>　　資源ナショナリズムの動きの影響によって広がってきたと言われている</p>
<p>　　※資源ナショナリズム・・発展途上国が自分の国の資源を輸出しないで、自分の国の経済を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　発展させるために自分の国で資源を使っていくという考え方のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　（＝資源の輸出で、先進国の経済成長を優先的には行わない</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　という考え方が土台）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※資源ナショナリズムによって格差の解消が考えられた例</p>
<p>　　　・１９７３年にＯＰＥＣ（石油輸出国機構）が、石油の価格を大きく引き上げた</p>
<p>　　　・途上国の発言力が大きくなってきたので、</p>
<p>　　　　１９７４年にニューヨークで国連資源特別総会という会議が開かれた</p>
<p>　　　　→その中で、新国際経済秩序（ＮＩＥＯ）を作ることが決められた</p>
<p>　　　　　※ＮＩＥＯ・・国際経済に、発展途上国が平等な条件で参加するための宣言のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・最近の南北問題について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・最近は、南北問題の中でも、南南問題が出てきていると言われている</p>
<p>　　※南南問題・・少しずつ経済成長している発展途上国と、いつ発展するのか、</p>
<p>　　　　　　　　　はたして経済発展出来るのかすらも分からない発展途上国</p>
<p>　　　　　　　　　（後発発展途上国、ＬＣＤ）との間に経済的な格差が生じている問題のこと</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1884">南北問題について　－問題点・現状・対策・背景－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>金本位制とＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1879</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1879#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 17:19:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[赤長のいちご]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界経済・世界の課題]]></category>
		<category><![CDATA[ブレトン・ウッズ協定]]></category>
		<category><![CDATA[ブロック経済]]></category>
		<category><![CDATA[固定相場制]]></category>
		<category><![CDATA[最恵国待遇]]></category>
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		<category><![CDATA[金本位制]]></category>
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		<category><![CDATA[ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制]]></category>

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		<description><![CDATA[金本位制とIMF－GATT体制について考えてみます &#160; &#160; ・金本位制の時の経済について &#160; 　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、 　　金本位制という国際通貨制 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1879">金本位制とＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>金本位制とIMF－GATT体制について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・金本位制の時の経済について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、</p>
<p>　　金本位制という国際通貨制度を使った、自由貿易の経済の体制だった</p>
<p>　　※金本位制の時の国際経済は、国が手を加えなくても、収入と支出が自然と一致したので、</p>
<p>　　　自由貿易が出来ていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→しかし、下の３つの理由が原因で、金本位制が危なくなってきて、</p>
<p>　　結果的に金本位制が完全にダメになってしまったと言われている</p>
<p>　　理由：・第一次世界大戦の後に、国際経済の中心がイギリスからアメリカに</p>
<p>　　　　　　変わっていったので金がアメリカにどんどん集まるようになっていった</p>
<p>　　　　　・貿易量が増えた時に、金は増えなかったので、金が貴重になっていった</p>
<p>　　　　　・１９３０年代に世界恐慌が響いていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→そこで、金本位制が終わった時の世界恐慌を乗り切るために、</p>
<p>　　それぞれの国は主に下の２つのような行動を取った</p>
<p>　　・輸出を増やすことで不況を乗り切ろうとして、</p>
<p>　　　為替の切り下げ（自分の国の通貨の価値を下げる）を行った</p>
<p>　　・輸入する商品に、高い関税をかけることで、</p>
<p>　　　自分の国に入ってくる輸入品を減らそうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝結果的に、世界での貿易が非常に少なくなり、特に大きな国は</p>
<p>　　　ブロック経済を行うところもあった</p>
<p>　　　※ブロック経済・・いくつかの国の経済をまとめて、一つの国の経済として</p>
<p>　　　　　　　　　　　　扱うようになること</p>
<p>　　　　　　　　　　　　（１９３０年代は、イギリス、フランスなどの帝国主義だった国を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　中心に、世界全体がいくつかの経済に分けられることになった）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※上のような経済のスタイルは結果的に崩れたが、崩れたことが</p>
<p>　　　　第二次世界大戦を引き起こす原因の一つだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第二次世界大戦の前の国際経済のスタイルが失敗だということになったので、</p>
<p>　　戦後に新しい経済の制度を使って国際経済を安定させようとする動きが</p>
<p>　　見られるようになった</p>
<p>　　→戦後の国際経済を安定させるための重要な制度として使われたのが、</p>
<p>　　　ＧＡＴＴ（関税と貿易に関する一般協定）とＩＭＦ（国際通貨基金）というものだった</p>
<p>　　　※このように、ＧＡＴＴとＩＭＦが重視されたので、</p>
<p>　　　　ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制とも言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＧＡＴＴについて</p>
<p>　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは１９４８年に、自由貿易を促すために作られた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは、自由貿易、無差別最恵国待遇、多角主義の３つを基本的な原則として、</p>
<p>　　　関税を引き下げる、輸入の制限を無くす、貿易に関する様々な壁を無くす、</p>
<p>　　　などのように、多くの行動を行っている</p>
<p>　　　※最恵国待遇・・２つの国が自分達の間だけで行う貿易に関する</p>
<p>　　　　　　　　　　　独自のルール（関税や航海など）は２つの国とは関係の無い国と</p>
<p>　　　　　　　　　　　行っている貿易に関する独自のルールよりも悪いルールで</p>
<p>　　　　　　　　　　　貿易をしてはいけないということ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＩＭＦについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ＩＭＦは、１９４４年に出来たブレトン・ウッズ協定という協定を土台にして、</p>
<p>　　　１９４７年に作られた国際通貨制度のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ブレトン・ウッズ協定で決められたこと</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・ドルは、金１オンス＝３５ドルというレートで金とドルが交換できることが保障され、</p>
<p>　　　　さらに、他の国々の通貨とドルとの交換の比率も一定の率で固定化され、</p>
<p>　　　　交換できることが保障された</p>
<p>　　　　＝この制度を、固定相場制と言う</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・各国の通貨当局（通貨に関する事務を行う機関）が</p>
<p>　　　　平価維持（ドルとの交換比率を一定の数値で安定させること）を行うことを義務とした</p>
<p>　　　　※ただし、上下１％の変動までは認められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・経常収支が一時的に赤字になってしまった国は、ブレトン・ウッズ協定に</p>
<p>　　　　参加している国が出した出資金から一時的にお金を貸してもらえることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９４４年７月に開かれた連合国国際通貨会議という会議が開かれ、</p>
<p>　　　　下のようなことが決められた</p>
<p>　　　　→・ドルを基軸通貨とすることが決められた</p>
<p>　　　　　・国際復興開発銀行（ＩＢＲＤ）というものを作ることが決められた</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1879">金本位制とＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>南北問題の背景と南北問題に対する動きについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1767</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1767#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 03:09:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際経済]]></category>
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		<category><![CDATA[モノカルチャー経済]]></category>
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		<category><![CDATA[南南問題]]></category>
		<category><![CDATA[発展途上国]]></category>
		<category><![CDATA[自由貿易]]></category>
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		<category><![CDATA[ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制]]></category>
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		<description><![CDATA[南北問題について考えてみます &#160; &#160; ・南北問題について &#160; 　・南北問題とは・・先進国と発展途上国との経済面での格差のこと &#160; &#160; &#160; 　 ・なぜ南北問題が考 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1767">南北問題の背景と南北問題に対する動きについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>南北問題について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・南北問題について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・南北問題とは・・先進国と発展途上国との経済面での格差のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>・なぜ南北問題が考えられるようになったのか</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・前提として、ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制が南北問題を引き起こした原因の一つだと言われている</p>
<p>　　→・ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制は、先進国を中心とした考え方だったので、</p>
<p>　　　　自由貿易によって得をしたのは基本的には先進国だった</p>
<p>　　　・発展途上国は、一次産品（自然で採れるもの、農産物や鉱山資源など）を</p>
<p>　　　　作ることに専念して、モノカルチャー経済を強制的に行わされていることが</p>
<p>　　　　あったので、自由貿易によって得をしなかった</p>
<p>　　　　→逆に、交易条件（商品の交換比率）が悪くなって、</p>
<p>　　　　　発展途上国の経済の状態はより一層悪くなった</p>
<p>　　　　　※モノカルチャー経済・・一つのものを専門的に作る経済のスタイルのこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　＝上のようなことがあったので、南北間（発展途上国と先進国）での格差が広がった</p>
<p>　　　　→この格差が問題視されるようになり、南北問題と言われるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・南北問題に関する対策について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６１年に、先進工業国にあるＯＥＣＤ（経済協力開発機構）が</p>
<p>　　ＤＡＣ（開発援助委員会）をＯＥＣＤの下の組織として作って、</p>
<p>　　発展途上国を援助する動きが出てきた</p>
<p>　　→援助の一つとして、ＤＡＣは政府開発援助（ＯＤＡ）が達成すべき条件を決めて、</p>
<p>　　　発展途上国の経済と福祉の発展と向上を援助する動きを広げようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ＯＤＡが達成すべき条件の内容</p>
<p>　　　・政府、政府が行っている機関が発展途上国に物品などを与える</p>
<p>　　　・発展途上国の経済が発展して、福祉が向上することが基本的な目的とする</p>
<p>　　　・グラント・エレメント（交渉ではなく、贈与にどれだけ近いかを表す数値のこと）が</p>
<p>　　　　２５％以上になる</p>
<p>　　　　→上の３つが基本とされた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９６２年に、国際連合の総会で、国連貿易開発会議（ＵＮＣＴＡＤ）という会議を</p>
<p>　　開くことが決められ、１９６４年に、ジュネーブというところで第１回会議が開かれた</p>
<p>　　→この時、ＵＮＣＴＡＤ事務局長のプレビッシュという人は「プレビッシュ報告」</p>
<p>　　　という報告を発表した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※プレビッシュ報告について</p>
<p>　　　・プレビッシュという人は、この報告の中で、発展途上国の立場から、</p>
<p>　　　　ＧＡＴＴの自由貿易制度への不満を述べた</p>
<p>　　　・この報告の中で、下のような要求を発表した</p>
<p>　　　　→・一次産品の値段を安定させるための協定を行う</p>
<p>　　　　　・軽工業製品（繊維や食品を含む、消費財など）に特恵関税をかける</p>
<p>　　　　　・国際収支を調整するための資金の移動を行う</p>
<p>　　　　　・開発金融（ある分野や産業へお金を融資する）を行う　etc</p>
<p>　　　　　　※特恵関税・・ある国に関して、関税を無くしたり、低い税率にしたりする</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　という、税率に関して特別な扱いをする制度のこと</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・発展途上国の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・発展途上国は、先進国との格差を無くしていくための動きが、</p>
<p>　　資源ナショナリズムの動きの影響によって広がってきたと言われている</p>
<p>　　※資源ナショナリズム・・発展途上国が自分の国の資源を輸出しないで、自分の国の経済を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　発展させるために自分の国で資源を使っていくという考え方のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　（＝資源の輸出で、先進国の経済成長を優先的には行わない</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　という考え方が土台）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※資源ナショナリズムによって格差の解消が考えられた例</p>
<p>　　　・１９７３年にＯＰＥＣ（石油輸出国機構）が、石油の価格を大きく引き上げた</p>
<p>　　　・途上国の発言力が大きくなってきたので、</p>
<p>　　　　１９７４年にニューヨークで国連資源特別総会という会議が開かれた</p>
<p>　　　　→その中で、新国際経済秩序（ＮＩＥＯ）を作ることが決められた</p>
<p>　　　　　※ＮＩＥＯ・・国際経済に、発展途上国が平等な条件で参加するための宣言のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・最近の南北問題について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・最近は、南北問題の中でも、南南問題が出てきていると言われている</p>
<p>　　※南南問題・・少しずつ経済成長している発展途上国と、いつ発展するのか、</p>
<p>　　　　　　　　　はたして経済発展出来るのかすらも分からない発展途上国</p>
<p>　　　　　　　　　（後発発展途上国、Least developed country　略称：LDC）との間に</p>
<p>　　　　　　　　　経済的な格差が生じている問題のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・南北問題の背景、対策を押さえる</p>
<p>・発展途上国の動き、南南問題を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1767">南北問題の背景と南北問題に対する動きについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>国際経済を歴史的な視点から見る　―金本位制・IMF－GATT体制―</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1759</link>
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		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 02:46:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際経済]]></category>
		<category><![CDATA[ブレトン・ウッズ協定]]></category>
		<category><![CDATA[ブロック経済]]></category>
		<category><![CDATA[世界恐慌]]></category>
		<category><![CDATA[固定相場制]]></category>
		<category><![CDATA[国際経済の歴史]]></category>
		<category><![CDATA[最恵国待遇]]></category>
		<category><![CDATA[自由貿易]]></category>
		<category><![CDATA[金本位制]]></category>
		<category><![CDATA[ＩＢＲＤ]]></category>
		<category><![CDATA[ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制]]></category>

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		<description><![CDATA[国際経済の歴史について、金本位制とIMF－GATT体制を中心に考えてみます &#160; &#160; ・金本位制の時の経済について &#160; 　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、 　　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1759">国際経済を歴史的な視点から見る　―金本位制・IMF－GATT体制―</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国際経済の歴史について、金本位制とIMF－GATT体制を中心に考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・金本位制の時の経済について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、</p>
<p>　　金本位制という国際通貨制度を使った、自由貿易の経済の体制だった</p>
<p>　　※金本位制の時の国際経済は、国が手を加えなくても、収入と支出が自然と一致したので、</p>
<p>　　　自由貿易が出来ていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→しかし、下の３つの理由が原因で、金本位制が危なくなってきて、</p>
<p>　　結果的に金本位制が完全にダメになってしまったと言われている</p>
<p>　　理由：・第一次世界大戦の後に、国際経済の中心がイギリスからアメリカに</p>
<p>　　　　　　変わっていったので金がアメリカにどんどん集まるようになっていった</p>
<p>　　　　　・貿易量が増えた時に、金は増えなかったので、金が貴重になっていった</p>
<p>　　　　　・１９３０年代に世界恐慌が響いていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→そこで、金本位制が終わった時の世界恐慌を乗り切るために、</p>
<p>　　それぞれの国は主に下の２つのような行動を取った</p>
<p>　　・輸出を増やすことで不況を乗り切ろうとして、</p>
<p>　　　為替の切り下げ（自分の国の通貨の価値を下げる）を行った</p>
<p>　　・輸入する商品に、高い関税をかけることで、</p>
<p>　　　自分の国に入ってくる輸入品を減らそうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝結果的に、世界での貿易が非常に少なくなり、特に大きな国は</p>
<p>　　　ブロック経済を行うところもあった</p>
<p>　　　※ブロック経済・・いくつかの国の経済をまとめて、一つの国の経済として</p>
<p>　　　　　　　　　　　　扱うようになること</p>
<p>　　　　　　　　　　　　（１９３０年代は、イギリス、フランスなどの帝国主義だった国を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　中心に、世界全体がいくつかの経済に分けられることになった）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※上のような経済のスタイルは結果的に崩れたが、崩れたことが</p>
<p>　　　　第二次世界大戦を引き起こす原因の一つだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第二次世界大戦の前の国際経済のスタイルが失敗だということになったので、</p>
<p>　　戦後に新しい経済の制度を使って国際経済を安定させようとする動きが</p>
<p>　　見られるようになった</p>
<p>　　→戦後の国際経済を安定させるための重要な制度として使われたのが、</p>
<p>　　　ＧＡＴＴ（関税と貿易に関する一般協定）とＩＭＦ（国際通貨基金）というものだった</p>
<p>　　　※このように、ＧＡＴＴとＩＭＦが重視されたので、</p>
<p>　　　　ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制とも言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＧＡＴＴについて</p>
<p>　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは１９４８年に、自由貿易を促すために作られた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは、自由貿易、無差別最恵国待遇、多角主義の３つを基本的な原則として、</p>
<p>　　　関税を引き下げる、輸入の制限を無くす、貿易に関する様々な壁を無くす、</p>
<p>　　　などのように、多くの行動を行っている</p>
<p>　　　※最恵国待遇・・２つの国が自分達の間だけで行う貿易に関する</p>
<p>　　　　　　　　　　　独自のルール（関税や航海など）は２つの国とは関係の無い国と</p>
<p>　　　　　　　　　　　行っている貿易に関する独自のルールよりも悪いルールで</p>
<p>　　　　　　　　　　　貿易をしてはいけないということ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＩＭＦについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ＩＭＦは、１９４４年に出来たブレトン・ウッズ協定という協定を土台にして、</p>
<p>　　　１９４７年に作られた国際通貨制度のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ブレトン・ウッズ協定で決められたこと</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・ドルは、金１オンス＝３５ドルというレートで金とドルが交換できることが保障され、</p>
<p>　　　　さらに、他の国々の通貨とドルとの交換の比率も一定の率で固定化され、</p>
<p>　　　　交換できることが保障された</p>
<p>　　　　＝この制度を、固定相場制と言う</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・各国の通貨当局（通貨に関する事務を行う機関）が</p>
<p>　　　　平価維持（ドルとの交換比率を一定の数値で安定させること）を行うことを義務とした</p>
<p>　　　　※ただし、上下１％の変動までは認められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・経常収支が一時的に赤字になってしまった国は、ブレトン・ウッズ協定に</p>
<p>　　　　参加している国が出した出資金から一時的にお金を貸してもらえることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９４４年７月に開かれた連合国国際通貨会議という会議が開かれ、</p>
<p>　　　　下のようなことが決められた</p>
<p>　　　　→・ドルを基軸通貨とすることが決められた</p>
<p>　　　　　・国際復興開発銀行（ＩＢＲＤ）というものを作ることが決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・金本位制の概要、崩壊まで、崩壊の理由などを押さえる</p>
<p>・ＧＡＴＴの内容を押さえる</p>
<p>・ＩＭＦの内容を押さえる</p></p>
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		<title>高度経済成長期の日本経済の歴史について　－高度成長から石油危機まで－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1734</link>
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		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 21:15:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[日本経済]]></category>
		<category><![CDATA[「投資が投資を呼ぶ」]]></category>
		<category><![CDATA[所得倍増計画]]></category>
		<category><![CDATA[消費革命]]></category>
		<category><![CDATA[経常収支]]></category>
		<category><![CDATA[規模の利益]]></category>
		<category><![CDATA[貯蓄優遇税制]]></category>
		<category><![CDATA[資本自由化]]></category>
		<category><![CDATA[集積の利益]]></category>
		<category><![CDATA[高度成長]]></category>
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		<description><![CDATA[高度経済成長期の日本経済の歴史について考えてみます &#160; &#160; ・高度経済成長について &#160; 　・高度成長・・日本は１９５０年代の半ばから、高度経済成長という急速な経済成長が起きた 　　※特に、１ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1734">高度経済成長期の日本経済の歴史について　－高度成長から石油危機まで－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>高度経済成長期の日本経済の歴史について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・高度成長・・日本は１９５０年代の半ばから、高度経済成長という急速な経済成長が起きた</p>
<p>　　※特に、１９５５年から１９７３年の石油危機までは、平均１０％前後の成長をして、</p>
<p>　　　この期間にＧＮＰが約６倍になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長を引き起こしたポイントは何だったのか</p>
<p>　→高度成長のポイントは、間接的なものと直接的なものがあったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・間接的な要因</p>
<p>　　</p>
<p>　　・戦後から政治や経済の制度を改革していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・安くて質の高い労働力が多かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・日本国民の貯蓄の意識が高かった</p>
<p>　　　（日本の国民は、世界と比べても、所得の中から貯金をする割合が高い）</p>
<p>　</p>
<p>　　・ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制という体制の中で、自由貿易が行われた</p>
<p>　　・世界全体も景気が良かった</p>
<p>　　・原油の価格が安定していた</p>
<p>　　　→国際という面での経済の状態が良かった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・直接的な要因</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・企業が設備への投資を大量に行っていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※なぜ設備への投資が積極的に行われていたのか</p>
<p>　　　　・様々な分野で、アメリカやヨーロッパの技術が取り入れられるようになり、</p>
<p>　　　　　企業どうしで、設備の投資へ競争をする、といったような状態が起きた</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　・「投資が投資を呼ぶ」と言われ、一つの産業への投資が、</p>
<p>　　　　　　他の産業への投資を促進する結果となった</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　・「消費革命」という言葉が生まれたほどの消費がされたことによって、</p>
<p>　　　　　大量消費社会という社会になった</p>
<p>　　　　　→結果的に投資によるメリットや効果が高まっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・産業によって、様々な利益を狙うようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・鉄鋼、機械、自動車、電気機器などの産業</p>
<p>　　　　→設備を大きくすること、工程を一貫したものにすることが進められ、</p>
<p>　　　　　「規模の利益」が追求されるようになった</p>
<p>　　　　※規模の利益・・設備の規模を大きくすることで、商品１つあたりの</p>
<p>　　　　　　　　　　　　生産コストが小さくなり、企業の収入が増えることを狙った利益のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・石油化学の産業</p>
<p>　　　　→コンビナートというのが、様々な場所で作られ、それに関連する産業を集めるという、</p>
<p>　　　　　「集積の利益」が追求されるようになった</p>
<p>　　　　※集積の利益・・生産を一定の地域に集まって行うことで、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　流通や移動のコストを削ることができ、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　そこを削ることによって生まれる利益のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　→集積の利益は、集積する産業が多すぎると、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　土地代が上がったり、混雑したりして、逆効果を生む可能性がある</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　＝このことを、集積の不利益と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→規模の利益と集積の利益も、設備投資の拡大を引き起こすポイントだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・高度経済成長の時の世界と日本の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界との動き</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・貿易、為替の自由化が展開され、日本は１９６３年にＧＡＴＴ１１条国、</p>
<p>　　　６４年にＩＭＦ８条国に指定された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※・ＧＡＴＴ１１条国・・国際収支（海外との取引による収支）の悪化が理由で、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　輸入の量を制限することができない国のこと</p>
<p>　　　・ＩＭＦ８条国・・国際収支の悪化が理由で、為替を制限することができない国のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・日本が１９６４年にＯＥＣＤ（経済協力開発機構）に加盟して、</p>
<p>　　　６７年に資本の自由化を行った</p>
<p>　　　※資本自由化・・国際間での資本移動を自由にする動きのこと</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※日本は、戦後から資本自由化までは、外貨法と為替管理法という法律によって、</p>
<p>　　　　国際間の資本の取り引きを制限していた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本の動き</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・日本政府が、池田勇人首相のもと、所得倍増計画という計画を出し、</p>
<p>　　　経済成長を積極的に目指していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※所得倍増計画の例</p>
<p>　　　　・金融面・・財政投融資の資金が、重要な産業に多く貸しつけられるようになった</p>
<p>　　　　・財政面・・高度経済成長の時に、ドッジ・ラインに基づく、</p>
<p>　　　　　　　　　　均衡財政主義（収入と支出を同じにする）というのが取られた</p>
<p>　　　　　　　　　　</p>
<p>　　　　※しかし、この時に・・</p>
<p>　　　　　→・支出の配分について、公共投資の部分を多くした</p>
<p>　　　　　　・企業や家計が貯蓄をするように、貯蓄優遇税制という制度を作った</p>
<p>　　　　　　　→このような動きが、さらなる経済成長へとつながっていった</p>
<p>　　　　　　　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→日本は、以上のようにして経済成長をして、時々不況になったことはあったものの、</p>
<p>　　　神武景気、岩戸景気、オリンピック景気、いざなぎ景気、などの景気を経験してきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の高度経済成長期を、大きな視点で見ると、どうだったのか</p>
<p>　→高度経済成長期の前半と後半で違った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・前半・・経常収支は、基本的に赤字だった</p>
<p>　　　　　　景気が良くなれば、輸入も増えたが、赤字を減らさなければいけないので、</p>
<p>　　　　　　仕方なく好景気を押さえる動きになった</p>
<p>　　　　　　＝このような状態は、国際収支の天井と言われた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・後半・・経常収支が常に黒字になる状態となった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・高度経済成長の間接的なポイントと直接的なポイントをそれぞれ押さえる</p>
<p>・規模の利益と集積の利益を押さえる</p>
<p>・高度成長の時の、世界との動き、日本の中での動きを押さえる</p>
<p>・高度成長を、マクロの視点で見た概要を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1734">高度経済成長期の日本経済の歴史について　－高度成長から石油危機まで－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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