<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
		xmlns:xhtml="http://www.w3.org/1999/xhtml"
>

<channel>
	<title>アラエス &#187; ＰＫＯ協力法</title>
	<atom:link href="http://ahlaes.com/post/tag/%ef%bd%90%ef%bd%8b%ef%bd%8f%e5%8d%94%e5%8a%9b%e6%b3%95/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://ahlaes.com</link>
	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
	<lastBuildDate>Thu, 23 Oct 2025 02:10:23 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
		<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
		<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=3.8.41</generator>
<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/tag/%ef%bd%90%ef%bd%8b%ef%bd%8f%e5%8d%94%e5%8a%9b%e6%b3%95/feed" />
	<item>
		<title>平和について　－日本・国連・市民の平和のための国際的な活動－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1868</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1868#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 15:49:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際社会・国際政治]]></category>
		<category><![CDATA[国際平和]]></category>
		<category><![CDATA[平和のための結集会議]]></category>
		<category><![CDATA[平和維持活動]]></category>
		<category><![CDATA[経済社会理事会]]></category>
		<category><![CDATA[自治体外交]]></category>
		<category><![CDATA[４つの自由]]></category>
		<category><![CDATA[ＮＧＯ]]></category>
		<category><![CDATA[ＰＫＦ]]></category>
		<category><![CDATA[ＰＫＯ協力法]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=1868</guid>
		<description><![CDATA[日本・国連・市民の平和のための活動について考えてみます &#160; &#160; ・国連の平和へ向けた活動について &#160; 　・国連は、１９５０年に国連の総会で、「平和のための結集決議」というものを採択した 　　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1868">平和について　－日本・国連・市民の平和のための国際的な活動－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>日本・国連・市民の平和のための活動について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国連の平和へ向けた活動について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国連は、１９５０年に国連の総会で、「平和のための結集決議」というものを採択した</p>
<p>　　→この決議によって、安全保障理事会が拒否権を使って、</p>
<p>　　　上手に機能しなくなってしまった場合は、緊急特別総会というものを開いて、</p>
<p>　　　総会が勧告することができるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・「平和維持活動」（ＰＫＯ）と呼ばれる活動を行うようになった</p>
<p>　　→これによって、停戦の監視、兵力分離、平和の回復後の選挙の監視などを行うようになった</p>
<p>　　　※ただし、ＰＫＯは、紛争を行っている国がＰＫＯの活動を</p>
<p>　　　　認めてからでないと派遣されない、ということがあり、</p>
<p>　　　　国連憲章というものに規定されていない</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→国連のＰＫＯは増えたが、紛争を行っている国からの同意が無かったり、</p>
<p>　　　ＰＫＯの活動が失敗に終わったりすることもある</p>
<p>　　　＝国連の安全保障をどのようにしていくべきか、という事が考えられている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国連の社会や経済への協力について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界の平和については、「４つの自由」が考えられることがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※「４つの自由」について</p>
<p>　　　・第二次世界大戦中に、アメリカのローズベルト大統領が提唱した自由のこと</p>
<p>　　　・４つの自由とは、</p>
<p>　　　　言論・表現の自由、信教の自由、欠乏からの自由、恐怖からの自由</p>
<p>　　　　のことを指す</p>
<p>　　　・国内で、４つの自由が確保されないと、国際関係も悪くなる、</p>
<p>　　　　という考えをローズベルト大統領が持っていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国連に、経済社会理事会というもの作った</p>
<p>　　→この理事会によって、様々な専門機関と協力する体制を整えたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・総会の会議によって、国連貿易開発会議（ＵＮＣＴＡＤ）、国連開発計画（ＵＮＤＰ）、</p>
<p>　　国連環境計画（ＵＮＥＰ）、国連工業開発機関（ＵＮＩＤＯ）などを作って、</p>
<p>　　戦後の南北問題、環境問題などへの対応を考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※・ＵＮＣＴＡＤ・・先進国と発展途上国との経済格差や、発展途上国の経済の促進などを行う</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　・ＵＮＤＰ・・発展途上国の、貧困の対策、民主的統治の確立、エネルギーと環境問題、</p>
<p>　　　　　　　　　　エイズの対策、紛争や災害の予防と復興の５分野の支援を行う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ＵＮＥＰ・・環境問題に関する活動に対する様々な管理や調整を行う</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・ＵＮＩＤＯ・・発展途上国の工業化を目指す</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国連人間環境会議、国連環境開発会議（地球サミット）、世界人口会議、</p>
<p>　　国連海洋法会議などの会議を開いて、国際平和を目指していると言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※・国連人間環境会議・・地球環境の破壊に対して行った最初の会議のことで、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　ストックホルムで行われた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　・地球サミット・・リオデジャネイロで行われた国際会議のことで、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　リオ宣言やアジェンダ２１などが採択され、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　気候変動枠組条約と生物多様性条約への署名が行われた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　・世界人口会議・・人口爆発などについて話し合うため、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　１０年に１度行われる会議のこと</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・日本の国際平和への活動について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、湾岸戦争の影響で、１９９２年にＰＫＯ協力法という法律を作った</p>
<p>　　→この法律によって、様々な場所に自衛隊を派遣するようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※日本が自衛隊を派遣した場所</p>
<p>　　　　・１９９２年・・カンボジアの国連暫定統治機構（ＵＮＴＡＣ）</p>
<p>　　　　・１９９３年・・モザンビーク</p>
<p>　　　　・１９９６年・・シリア（ゴラン高原）</p>
<p>　　　　・２００２年・・東ティモール</p>
<p>　　　　　</p>
<p>　　　　　→この時の派遣は、食料や医薬品の輸送、選挙の監視などだけで、</p>
<p>　　　　　　平和維持軍（ＰＫＦ）には参加しなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　　→２００１年にＰＫＯ協力法が改正されて、ＰＫＦの業務への参加が認められた</p>
<p>　　　　　　※ただし、平和執行部隊への自衛隊の派遣は認められていない</p>
<p>　　　　　　　・ＰＫＦ・・ＰＫＯで、紛争の終了や、停戦監視などを行う軍隊のこと</p>
<p>　　　　　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・市民や自治体が行う国際活動について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・市民や自治体が行う国際的な活動の代表的な団体にＮＧＯ（非政府組織）がある</p>
<p>　　</p>
<p>　　→国際的なＮＧＯの例</p>
<p>　　　・国境なき医師団という組織が、戦災地で医療活動を行う</p>
<p>　　　・地雷禁止国際キャンペーン（ＩＣＢＬ）が対人地雷全面禁止条約という条約を</p>
<p>　　　　作ることを提唱した</p>
<p>　　　・政府の援助が行かないような、細かい援助を行っているＮＧＯもある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→近年では、自治体外交というものが考えられるようになってきている</p>
<p>　　　　　※自治体外交・・自治体レベルで国際交流のネットワークを組織したり、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　外交を行ったりすること</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1868">平和について　－日本・国連・市民の平和のための国際的な活動－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/1868/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/1868" />
	</item>
		<item>
		<title>冷戦と内戦について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1344</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1344#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 29 Oct 2013 18:11:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[高度成長・平成時代]]></category>
		<category><![CDATA[デタント]]></category>
		<category><![CDATA[ベルリンの壁]]></category>
		<category><![CDATA[ペレストロイカ]]></category>
		<category><![CDATA[中距離核戦力全廃条約]]></category>
		<category><![CDATA[双子の赤字]]></category>
		<category><![CDATA[新冷戦]]></category>
		<category><![CDATA[東欧革命]]></category>
		<category><![CDATA[湾岸戦争]]></category>
		<category><![CDATA[独立国家共同体]]></category>
		<category><![CDATA[ＰＫＯ協力法]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=1344</guid>
		<description><![CDATA[冷戦と内戦について考えてみます &#160; &#160; ・冷戦と内戦について &#160; &#160; 　・１９７０年代半ばに、アメリカとソ連の関係は緊張緩和へと向かっていった 　　＝この動きを、デタントという 　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1344">冷戦と内戦について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>冷戦と内戦について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・冷戦と内戦について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９７０年代半ばに、アメリカとソ連の関係は緊張緩和へと向かっていった</p>
<p>　　＝この動きを、デタントという</p>
<p>　　　※しかし、１９７９年にソ連がアフガニスタンに侵攻したことがきっかけとなって、</p>
<p>　　　　次の年の１９８０年のアメリカ大統領選挙で当選したレーガンという人が</p>
<p>　　　　ソ連と対決する姿勢をはっきりと示した</p>
<p>　　　　＝そのため、１９８０年代は「新冷戦」の時代になったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→レーガン大統領は、軍拡を行う一方で、経済政策として企業の活動を活発にする</p>
<p>　　　大幅減税や規制緩和を行った</p>
<p>　　　※同じ時期に、イギリスのサッチャー政権や日本の中曽根政権は、</p>
<p>　　　　有効需要創出政策（ケインズ政策）や福祉国家政策を批判して、</p>
<p>　　　　昔の自由放任経済に戻る「小さな政府」の実現が目指された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・新冷戦について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・新冷戦が進んだことで、アメリカとソ連の経済はさらに悪化した</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※アメリカは、国内産業の空洞化、国家財政と国際収支が赤字となる</p>
<p>　　　　「双子の赤字」に苦しんだ</p>
<p>　　　　→アメリカはこの時、世界最大の債務国に転落した</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※ソ連も、深刻な経済危機になってしまった</p>
<p>　　　　→そこでソ連は、１９８５年に登場したゴルバチョフという人の指導によって、</p>
<p>　　　　　ソ連国内経済の立て直しを行った</p>
<p>　　　　　＝この立て直しをペレストロイカという</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→ソ連は、ペレストロイカを始めとして以下のようなことを行った</p>
<p>　　　　　・元々計画経済を行っていたが、計画経済が機能不全になったため、</p>
<p>　　　　　　市場原理を導入した</p>
<p>　　　　　・情報公開や市場原理の導入などを通して政治や社会の自由化を進めた</p>
<p>　　　　　・積極的な外交を行うことで、アメリカとの関係を改善しようとした</p>
<p>　　　　　・１９８７年に中距離核戦力（ＩＮＦ）全廃条約を結んだ</p>
<p>　　　　　・１９８８年に、アフガニスタンから兵隊を撤収させた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　＝以上のような動きをふまえて、マルタ島という場所で、アメリカとソ連の</p>
<p>　　　　首脳会談を行った結果、「冷戦の終結」がアメリカとソ連の共同で宣言された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・冷戦後の世界の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・冷戦後に、ソ連が自由化の動きを進めたが、その動きが東欧の国々の人々を刺激した</p>
<p>　　→その結果、東欧の国々はどんどん社会主義体制を放棄して、</p>
<p>　　　東側陣営から抜け出していった</p>
<p>　　　＝この動きを東欧革命という</p>
<p>　　</p>
<p>　・東欧革命の後、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　→・冷戦の象徴だった「ベルリンの壁」は壊され、次の年に東ドイツと西ドイツが統一した</p>
<p>　　　・東アジアで、１９９０年にソ連と韓国が、１９９２年に中国と韓国が国交を結んだ</p>
<p>　　　　＝これらの動きの結果、東西対決という構造が崩れることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９９１年の終わりに、ソ連が解体するという動きが起きた</p>
<p>　　＝この動きによって、冷戦の時代は完全に終了した</p>
<p>　　　→この時、旧ソ連の国々の多くは、ロシア共和国（現在のロシア連邦）を中心とする</p>
<p>　　　　ゆるやかな連合体として「独立国家共同体」（ＣＩＳ）を作った</p>
<p>　　　　※しかし、旧ソ連やユーゴスラヴィアなどでは、民族と宗教にもとづいた</p>
<p>　　　　　深刻な紛争が続いていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・冷戦が終わった後に、アメリカの外国に対する影響力がもう一度強くなった</p>
<p>　　→１９９１年の初めに、クウェートに侵攻したイラクに対して、</p>
<p>　　　アメリカ軍を中心とした「多国籍軍」が国連の決議を背景にして、</p>
<p>　　　武力での制裁を加えた</p>
<p>　　　＝この時の戦争を、湾岸戦争という</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※湾岸戦争の時に、日本はアメリカから「国際貢献」をせまられた</p>
<p>　　　　→そこで日本は、「多国籍軍」に大量の資金の援助を行った</p>
<p>　　　　　※しかし、国際的には地域紛争に対して国連平和維持活動（ＰＫＯ）で</p>
<p>　　　　　　対応する動きが強まっていた</p>
<p>　　　　　　＝そのため日本は、１９９２年から内戦の続くカンボジアなどへ</p>
<p>　　　　　　　自衛隊を派遣することを始めた</p>
<p>　　　　　　　→さらに、一連の特別措置法に基づいて、２００１年のアフガン戦争、</p>
<p>　　　　　　　　２００３年のイラク戦争にも自衛隊を派遣した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　※日本の自衛隊の海外派遣について</p>
<p>　　・日本の自衛隊については、海外派遣が違憲かどうか、などについて意見が対立していた</p>
<p>　　　→しかし、１９９２年に宮沢喜一という人を首相とする内閣のもとで、</p>
<p>　　　　ＰＫＯ協力法という法律が作られた</p>
<p>　　　　＝その結果、ＰＫＯへの自衛隊の海外派遣が可能になった</p>
<p>　　※日本は実際に以下の場所に派遣している</p>
<p>　　　・１９９３年にモザンビーク</p>
<p>　　　・１９９４年にザイール（現在のコンゴ民主共和国）</p>
<p>　　　・１９９６年にゴラン高原</p>
<p>　　　・２００２年に東ティモール</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・冷戦の時の動きのその後の世界の様子をおさえる</p>
<p>・日本の自衛についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1344">冷戦と内戦について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/1344/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/1344" />
	</item>
	</channel>
</rss>
