なぜ生活保護受給者が増えたのか考えてみた
生活保護受給者増大の背景には、生活保護制度そのものの問題点だけではなく、生活保護を取り巻く周辺の制度との関係の中で、いくつかの要因が存在します。そこで、生活保護制度を取り巻く周辺制度に焦点を当てて受給者増大の背景を検討してみました。生活保護制度そのものの問題については、別の機会に考えてみます
生活保護受給者増大の背景を考える上での足掛かりとして、まずは受給者の構成について確認してみました。国立社会保障・人口問題研究所のデータによると、2010年度の受給者の構成比は、「高齢者世帯」が42.9%、「母子世帯」が7.7%、「傷病者世帯」が21.9%、「障害者世帯」が11.2%、「その他の世帯」が16.2%となっています。このデータから受給者の半数近くが高齢者世帯だということがわかります。
ではなぜ、高齢者世帯の受給者が多いのでしょうか。それは不十分な年金制度が関係していると言えます。日本年金機構HPによると、老齢基礎年金を満期の40年間納めた場合の受け取れる金額は、平成24年度で年額786,500円、月額では約66,000円である。これには住宅費や医療費、介護費などは加味されていないので、最低生活保障が困難になっています。そもそも年金制度自体の趣旨が老後の生活すべてを賄うようには設計されておらず、あくまで食費を中心とした老後の生活の「基礎部分」を賄うものと考えられています。したがって、年金とは、かつての所得の一部を支給することを目的としているので、最低限の生活を保障するものではありません。このように年金制度が最低限の生活を保障するものではないために、今まで働いてきた分の貯蓄が十分でない高齢者が退職した後に最低限の生活ができずに生活保護へ流れるという構図ができています。
年金との関連で言うと、近年の国民年金の納付率の低下も重要です。要因としては年金制度に対する不信や、そもそも保険料が支払えないワーキングプアの増大が考えられます。国民年金の納付率が低下するということは、年金の受給できる額が減額、または無年金という状況も考えられます。こうした状況の人々が増えれば、生活保護受給者が増大するのは必然と言えるでしょう。以上が一つ目の受給者増大要因です。
次に検討するのが、雇用と生活保護受給者増大の関連です。不安定な非正規労働者の拡大も、生活保護受給者を増大させる要因となっています。かつての日本においては、日本型雇用と呼ばれる終身雇用が第一のセーフティネットの役割を果たしていましたが、近年の非正規労働者の増大によって、終身雇用というネットはもろくなっています。こうしてもろくなった雇用からこぼれた人を受け止める失業給付も受けられる人が減っているのが現状です。
具体的にみていくと、雇用と関連する生活保護受給者増大の背景としては、経済の低迷に伴う失業者の増加があります。国立社会保障・人口問題研究所によると、2008年以降「その他の世帯」が増大しています。「その他の世帯」とは、働きながら生活保護を受けている母子世帯を除いた世帯がそれに当たります。すなわち働く能力のある失業者が生活保護受給者になったことを示しています。「その他の世帯」は08年に10.6%であったが、09年には13.5%、10年には16.2%と増大しています。リーマンショック以降の経済低迷で、多くの非正規労働者が派遣切りに遭った結果と考えられます。本来ならば失業した場合は雇用保険がセーフティネットの役割を果たし、失業給付が受けられるはずなのですが、非正規労働者の中には雇用保険に加入していないために失業給付が受けられず、直接生活保護を受けることになるのです。
最近では長期失業者が増大していることも生活保護受給者を増大させる要因となっています。本田良一氏によれば、1990年時点では失業者のうち1年以上の長期失業者は19.1%でしたが、2007年には32.0%に達するという。このように一年以上の長期失業者が増大しているにもかかわらず、失業給付の期間は原則として最長で330日なので、失業給付からこぼれて生活保護を受けるという形になっているのです。以上のように、非正規労働者が増大することによって雇用というセーフティネットからこぼれる人が増えたこと、雇用のセーフティネットからこぼれた人を支える失業給付が貧弱であるというダブルパンチによって、生活保護を増大させていることが言えます。
次に検討するのが貧困や教育、学歴の関連です。貧困や教育、学歴は密接に関連しています。週刊ダイヤモンドに掲載されている大阪府堺市健康福祉局理事の調査によると、生活保護家庭の4分の1は世襲です。具体的に見てみると、全体のうち、過去に育った家庭も受給世帯の割合は25.1%で、母子家庭に至っては40.6%です。また、全体のうち世帯主が中学卒の割合は58.2%です。
別のデータもあります。これも同じ週刊ダイヤモンドに掲載されているもので、父の学歴によって子の収入も変わることを示しています。具体的に見ると、父が大卒の場合の子の収入は、年収650万円以上が5割弱を占め、年収300万円未満は2割弱にとどまる。一方で父が中卒の場合の子の収入は、年収650万円以上は3割弱に過ぎず、年収300万円未満は2割強です。また、就学援助率と学力の関係を表すデータもあり、就学援助率が高い地域では学力調査の平均点が低いという結果が出ている。これらがいわゆる貧困の連鎖です。
では、貧困の連鎖を断ち切るための有効な手段とは何か。それは前述した父の学歴と子の収入のデータから見れば、学歴であると言えるでしょう。
ところが、日本の場合は教育費が非常に高いため、経済力の差によって教育機会の不平等が生じてしまっています。OECDが公表している『図表でみる教育 OECDインディケータ(2011年度版)』によると、日本の教育支出を占める私費負担の割合は、学校教育段階全てにおいてOECD平均を上回っています。ここでは高等教育(大学)について具体的に見てみる。日本では、私費負担全体で66.7%、そのうち家計負担は50.7%である。データの中で最も負担が低かった国のフランスを見てみると、私費負担全体で18.3%、そのうち家計負担は9.6%です。授業料で比較すると更にわかりやすい。『週刊エコノミスト 2012年8月13日号 大学生の授業料・奨学金に関する国際比較』によると、フランスの国立大学の授業料は年間1.8万円。一方の日本の国立大学は年間53.6万円、これに加えて入学金28万円を支払います。このように、日本の教育費、特に高等教育費が非常に高いために大学進学がかなわず、家庭の経済力の差によって教育機会が不平等となることで子どもの将来格差も生み出す貧困の連鎖が確立されてしまっているのです。こうした状況は、生活保護受給者の増大要因というよりは、世代を超えて生活保護受給者が再生産され、貧困から抜け出すことが困難であるという点で問題を認識すべきであると言えるでしょう。
〈参考文献〉
・本田良一『ルポ 生活保護 貧困をなくす新たな取り組み』中公新書、2010年
・阿部彩『経済教室 生活保護制度を考える(上)』日本経済新聞、2012年7月24日朝刊
・岡部卓『経済教室 生活保護制度を考える(下)』日本経済新聞、2012年7月25日朝刊
・『生活保護法』http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO144.html (閲覧日:2012年10月9日)
・国立社会保障・人口問題研究所HP『世帯類型別被保護世帯数及び生活保護率の年次推移』
http://www.ipss.go.jp/s-info/j/seiho/seiho.asp (閲覧日:2012年10月9日)
・日本年金機構HP『年金の受給(老齢年金)』
http://www.nenkin.go.jp/n/www/service/detail.jsp?id=3221 (閲覧日:2012年10月10日)
・『週刊エコノミスト』2012年8月13日号、p125~127
・『週刊ダイヤモンド』2008年8月30日号、p35~41
・『図表でみる教育 OECDインディケータ(2011年度版)』
http://www.oecdtokyo2.org/pdf/theme_pdf/education/20110913eag.pdf (閲覧日:2012年10月11日)