<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
		xmlns:xhtml="http://www.w3.org/1999/xhtml"
>

<channel>
	<title>アラエス &#187; アイユーブ朝</title>
	<atom:link href="http://ahlaes.com/post/tag/%e3%82%a2%e3%82%a4%e3%83%a6%e3%83%bc%e3%83%96%e6%9c%9d/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://ahlaes.com</link>
	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
	<lastBuildDate>Thu, 23 Oct 2025 02:10:23 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
		<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
		<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=3.8.41</generator>
<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/tag/%e3%82%a2%e3%82%a4%e3%83%a6%e3%83%bc%e3%83%96%e6%9c%9d/feed" />
	<item>
		<title>中世のムスリム商人について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/873</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/873#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 13 Oct 2013 19:02:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[足利]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[中世世界史]]></category>
		<category><![CDATA[アイユーブ朝]]></category>
		<category><![CDATA[アチェ王国]]></category>
		<category><![CDATA[カーリミー商人]]></category>
		<category><![CDATA[バグダード]]></category>
		<category><![CDATA[マタラム王国]]></category>
		<category><![CDATA[マムルーク朝]]></category>
		<category><![CDATA[マラッカ王国]]></category>
		<category><![CDATA[ムスリム商人]]></category>
		<category><![CDATA[中世]]></category>
		<category><![CDATA[神秘主義教団]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=873</guid>
		<description><![CDATA[中世のムスリム商人について考えてみます &#160; &#160; ・中世のムスリム商人の動きについて &#160; &#160; 　・１３世紀以降に、商人や神秘主義教団の活躍によって、 　　インドや東南アジアのイスラー [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/873">中世のムスリム商人について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>中世のムスリム商人について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・中世のムスリム商人の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１３世紀以降に、商人や神秘主義教団の活躍によって、</p>
<p>　　インドや東南アジアのイスラーム化が始まった</p>
<p>　　→そして、１４世紀の終わりにはマレー半島西南部にマラッカ王国が作られた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※マラッカ王国は、以下の２つの行動によって繁栄した</p>
<p>　　　　・マジャパヒト王国の商業活動をおさえこんだ</p>
<p>　　　　・インド洋と南シナ海を結ぶ中継貿易を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※マラッカ王国の後に登場したジャワ島中南部のマタラム王国や</p>
<p>　　　　スマトラ島北部のアチェ王国も、香辛料貿易によって栄えたイスラーム国家だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１０世紀～１１世紀の時に、バグダードが政治的な混乱によって</p>
<p>　　衰退するということが起きた</p>
<p>　　→すると、エジプトのカイロというところがインド洋と地中海を結ぶ</p>
<p>　　　交易活動の中心地になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→その時にムスリム商人は、インド商人と手を組んで、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・インドや東南アジア産の香辛料、香料、木材、中国産の絹織物、陶磁器などを購入した</p>
<p>　　　・上のような商品をダウ船という船に乗せて、インド洋から紅海沿岸に運んだ</p>
<p>　　　・さらに、ナイル川を利用してカイロやアレクサンドリアなどにも運んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アイユーブ朝やマムルーク朝は、豊かな農業生産に加えて東西貿易の利益を独占した</p>
<p>　　※この時に、首都のカイロはイスラーム世界の経済や世界の中心地として大いに栄えた</p>
<p>　　　→この当時にインド洋と地中海を結ぶ交易活動を行ったのは、</p>
<p>　　　　カーリミー商人というムスリム商人のグループだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝カーリミー商人は、通商による利益をモスクや学院の建設に投資し、</p>
<p>　　　イスラーム文化の保護者としても重要な役割を果たしたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>ポイント</p>
<p>・中世のムスリム商人の動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/873">中世のムスリム商人について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/873/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/873" />
	</item>
		<item>
		<title>十字軍の動きについて　－十字軍が出てくるまでの流れと出てきたときの社会の様子について－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/846</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/846#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 12 Oct 2013 14:41:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[康太]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[中世ヨーロッパ史]]></category>
		<category><![CDATA[アイユーブ朝]]></category>
		<category><![CDATA[イェルサレム]]></category>
		<category><![CDATA[ウルバヌス2世]]></category>
		<category><![CDATA[クレルモン宗教会議]]></category>
		<category><![CDATA[コンスタンティノープル]]></category>
		<category><![CDATA[サラディン]]></category>
		<category><![CDATA[セルジューク朝]]></category>
		<category><![CDATA[ヴェネツィア]]></category>
		<category><![CDATA[十字軍]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=846</guid>
		<description><![CDATA[十字軍の動きについて考えてみます &#160; &#160; ・十字軍が出てくるまでの流れについて &#160; &#160; 　・西ヨーロッパの封建社会は西暦１０００年ころから、３００年ほど 　　安定と成長が続く時代に [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/846">十字軍の動きについて　－十字軍が出てくるまでの流れと出てきたときの社会の様子について－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>十字軍の動きについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・十字軍が出てくるまでの流れについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・西ヨーロッパの封建社会は西暦１０００年ころから、３００年ほど</p>
<p>　　安定と成長が続く時代になった</p>
<p>　　→そのため、この時代には以下のような特徴がある</p>
<p>　　　・当時は気候が温暖で、三圃制の普及や水車の改良など農業技術の進歩によって</p>
<p>　　　　農業生産が拡大した</p>
<p>　　　・農業の影響もあって、人口が飛躍的に増えた</p>
<p>　　　・人口の増加の影響によって、西ヨーロッパ世界が次第に</p>
<p>　　　　内側でも外側でも拡大していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※どのような拡大の動きがあったのか</p>
<p>　　　　・修道院を中心にした開墾運動　</p>
<p>　　　　・オランダの干拓</p>
<p>　　　　・エルベ川以東への東方の植民</p>
<p>　　　　・イベリア半島の国土回復運動</p>
<p>　　　　・巡礼の流行　　など</p>
<p>　　　　　→中でも大規模な西ヨーロッパの拡大が、十字軍だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>　・１１世紀に、セルジューク朝が東地中海沿岸に進出し、</p>
<p>　　聖地イェルサレムを支配下に置くということが起きた</p>
<p>　　※セルジューク朝は、ビザンツ帝国をおびやかすほどの力があった</p>
<p>　　　→そのため、ビザンツの皇帝は教皇に助けてもらうことをお願いした</p>
<p>　　　→そこで、当時の教皇のウルバヌス２世は１０９５年にクレルモン宗教会議を行って、</p>
<p>　　　　聖地回復の聖戦を起こすということを提唱した</p>
<p>　　　　＝その結果、１０９６年に諸侯や騎士によって作られた第１回十字軍が出発した</p>
<p>　　　　　→そして、１０９９年にイェルサレムを占領して、イェルサレム王国を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→その後、イスラーム勢力が勢いを盛りかえしてくるということが起きた</p>
<p>　　　※そのため、イスラーム勢力に対して第２回十字軍が誕生した</p>
<p>　</p>
<p>　　→その後、アイユーブ朝のサラディンという人に聖地を再び奪われた</p>
<p>　　　※そこで、聖地を回復するために、ドイツ皇帝、フランス国王、イギリス国王が参加して</p>
<p>　　　　第３回十字軍が作られた</p>
<p>　　　　＝しかし、第２回十字軍も第３回十字軍も成功しなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>　・その後、第４回十字軍が誕生した</p>
<p>　　→しかし、第４回十字軍はヴェネツィア商人の要求があったため、聖地の回復という目的を</p>
<p>　　　捨てて、ヴェネツィアの商業上のライバルであるコンスタンティノープルを占領した</p>
<p>　　　＝その結果、第４回十字軍はラテン帝国というところを作った</p>
<p>　　　　※その後も第７回まで十字軍は続いたが、聖地回復という目的が達成されることはなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※十字軍の動きによって、以下のような動きも見られるようになった</p>
<p>　　・聖地への巡礼の保護を目的として、ドイツ騎士団などの宗教騎士団が</p>
<p>　　　各地で活躍するようになった</p>
<p>　　・少年十字軍という軍のように、熱狂的動機によって誕生し、</p>
<p>　　　悲劇的な結末に終わった運動もあった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・十字軍の動きによる周辺への影響について</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※十字軍は前提として、民衆の宗教的な情熱だけでなく、参加者それぞれの動機が</p>
<p>　　複雑に絡んで誕生したものである、ということをおさえておく必要がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・教皇は、十字軍の登場を機会に、東西の両方の教会を統一しようという計画を作った</p>
<p>　　→そこで、諸侯は領地や戦利品を期待し、イタリアの様々な都市は商業の利益を</p>
<p>　　　拡大しようとした</p>
<p>　　　※十字軍は結果的に失敗したものの、その後の西ヨーロッパ世界に</p>
<p>　　　　大きな影響を与えたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、十字軍の何度もの失敗は、教皇の権威が揺らぐことになった</p>
<p>　　※そのため、遠征を指揮した国王の権威は高まることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・十字軍の輸送によって、イタリアの様々な都市は繁栄した</p>
<p>　　→そのため、地中海貿易による東方との交易がもう一度盛んになっていった</p>
<p>　　　＝この動きによって、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　　・東西の間で人とものとの交流が活発になった</p>
<p>　　　　・東方の先進文明圏であるビザンツ帝国やイスラームから文物が流入してきた</p>
<p>　　　　・西ヨーロッパ人の視野が広がった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　　→以上のような動きが十字軍をきっかけにして起こり、</p>
<p>　　　結果的に中世西ヨーロッパが大きく変わることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・十字軍についておさえる</p>
<p>・十字軍までの流れについておさえる</p>
<p>・十字軍の周辺の動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです　　　　</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/846">十字軍の動きについて　－十字軍が出てくるまでの流れと出てきたときの社会の様子について－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/846/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/846" />
	</item>
		<item>
		<title>バグダードからカイロへの流れについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/816</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/816#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 15:58:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[イスラム世界史]]></category>
		<category><![CDATA[アイユーブ朝]]></category>
		<category><![CDATA[アズハル学院]]></category>
		<category><![CDATA[アッバース朝]]></category>
		<category><![CDATA[カイロ]]></category>
		<category><![CDATA[サラディン]]></category>
		<category><![CDATA[バグダード]]></category>
		<category><![CDATA[ファーティマ朝]]></category>
		<category><![CDATA[マムルーク朝]]></category>
		<category><![CDATA[十字軍]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://ahlaes.com/?p=816</guid>
		<description><![CDATA[バグダードからカイロへの動きについて考えてみます &#160; &#160; ・バグダードからカイロへの動きと流れについて &#160; &#160; 　・クルド人のサラディン（サラーフ＝アッディーン）という人が以下のよ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/816">バグダードからカイロへの流れについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>バグダードからカイロへの動きについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・バグダードからカイロへの動きと流れについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・クルド人のサラディン（サラーフ＝アッディーン）という人が以下のようなことを行った</p>
<p>　　→・エジプトにアイユーブ朝という王朝を作った</p>
<p>　　　・サラディンは、ファーティマ朝を倒してスンナ派の信仰を回復した</p>
<p>　　　・１１８７年に十字軍を破って、聖地のイェルサレムを奪い返した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、第３回十字軍は聖地の征服を再び目指したが、成功しなかった</p>
<p>　　→そこで、十字軍はサラディンと和解して帰国した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アイユーブ朝のスルタンも、トルコ人の奴隷を買ってマムルーク軍団を作ったが、</p>
<p>　　段々とその勢いが活発になった</p>
<p>　　→その後、スルタンが１２５０年にアイユーブ朝を倒して</p>
<p>　　　エジプト・シリアにマムルーク朝という王朝を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※第５代スルタンだったバイバルスという人は以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・シリアに侵入したモンゴル軍を撃退した</p>
<p>　　　・アッバース朝のカリフをカイロに復活させた</p>
<p>　　　・メッカ・メディナの両方の聖都を保護した</p>
<p>　　　　＝これらの内容を行うことで、イスラーム国家としてのマムルーク朝の権威を高めていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アイユーブ朝からマムルーク朝中期へかけてのエジプトでは、以下のようなことが起きていた</p>
<p>　　→・ナイル川が順調に増水していた</p>
<p>　　　・安定した政治が行なわれていた</p>
<p>　　　　＝この２つによって、小麦や大豆などの主要作物の生産が増え、</p>
<p>　　　　　商品作物としてのサトウキビ栽培が普及した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→その他にも、以下のような動きが見られた</p>
<p>　　　・歴代のスルタンは、国家が統制する中で、地中海・インド洋貿易の利潤を独占していた</p>
<p>　　　・首都のカイロは、バグダードのかわりに、</p>
<p>　　　　イスラーム世界の政治、経済、文化の中心地として繁栄した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ファーティマ朝時代に建設されたアズハル学院が、この時代にスンナ派イスラーム教の信仰と</p>
<p>　　　学問活動の分野で中心的な役割を果たすようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・バグダードからカイロへの流れと動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/816">バグダードからカイロへの流れについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://ahlaes.com/post/816/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
	<xhtml:link rel="alternate" media="handheld" type="text/html" href="http://ahlaes.com/post/816" />
	</item>
	</channel>
</rss>
