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	<title>アラエス &#187; ガンディー</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>生命の尊重や人間の尊厳について考える</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1831</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1831#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 11:14:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アルコール]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[民主社会倫理]]></category>
		<category><![CDATA[カント]]></category>
		<category><![CDATA[ガンディー]]></category>
		<category><![CDATA[シュヴァイツァー]]></category>
		<category><![CDATA[ドイツ観念論]]></category>
		<category><![CDATA[人格主義]]></category>
		<category><![CDATA[人間の価値と尊厳]]></category>
		<category><![CDATA[動機説]]></category>
		<category><![CDATA[永久平和]]></category>
		<category><![CDATA[生命の尊重]]></category>
		<category><![CDATA[道徳法則]]></category>

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		<description><![CDATA[生命の尊重や人間の尊厳について考えてみたいと思います &#160; &#160; ・生命の尊重という視点について 　→生命の尊重という視点について考えた人に、シュヴァイツァーとガンディーがいる &#160; &#160; [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1831">生命の尊重や人間の尊厳について考える</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>生命の尊重や人間の尊厳について考えてみたいと思います</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・生命の尊重という視点について</p>
<p>　→生命の尊重という視点について考えた人に、シュヴァイツァーとガンディーがいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・シュヴァイツァーについて</p>
<p>　</p>
<p>　・シュヴァイツァーは、「生命への畏敬」を提唱した</p>
<p>　　※「生命への畏敬」・・人々を愛し、大切にするだけでなく、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　生命あるものを全て大切にするべきだという考え方のこと</p>
<p>　　　</p>
<p>　・シュヴァイツァーは、人々は人間中心の生活を送っているから危険だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ガンディーについて</p>
<p>　※ガンディーが登場した当時、インドはイギリスの植民地で、独立のための運動を行っていた</p>
<p>　　→その時にガンディーは、常に「非暴力・不殺生」を提唱し続けていた</p>
<p>　</p>
<p>　・ガンディーは、イギリスに対してスワラージ（自治、独立）と</p>
<p>　　スワデーシー（国産品を愛用する意思）の２つを土台に抵抗運動を行った</p>
<p>　　＝この抵抗運動を、サティヤーグラハ（真理把持）と呼んだ</p>
<p>　　　→この正しい考えを具体的行動にしようとして、</p>
<p>　　　　ブラフマチャリヤー（自己浄化）とアヒンサー（非暴力・不殺生）の</p>
<p>　　　　２つを行おうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→ガンディーは、全ての生命を兄弟と考え、傷つけたり、殺したりなどを含めた</p>
<p>　　様々な暴力を否定し、肉食などを禁止した</p>
<p>　　＝生きているモノ全てに徹底した愛情を注ぐという立場に立った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・人間の価値と尊厳という視点について</p>
<p>　→人間の価値と尊厳という視点から考えた人で代表的な人に、カントという人がいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・カントの考え方</p>
<p>　　</p>
<p>　　・知識とは、素材とそれを正しい方向へ導くために使われる形式（カテゴリー）を</p>
<p>　　　総合したときに成り立つものだと考えた</p>
<p>　　　※・素材・・経験でしか得られないもの</p>
<p>　　　　・形式・・経験以前に、人間の理性に元々備わっていて、素材を理解するためのもの</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→上のことから、科学的な知識は、受動的に受け取るのではなく、</p>
<p>　　　　能動的に働きかけることが大切だと考えた</p>
<p>　　　　※カントは、能動的に働きかける良い例として、科学者が行う実験を挙げている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→以上のように、自分であらかじめ仮説を立てて、自然に問いかけ、</p>
<p>　　　　自然に問いかけることが重要であり、このような考え方を、コペルニクス的転回と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※また、カントは科学的知識は、扱う分野において限界があると考えた</p>
<p>　　　　　・理論理性（科学的知識）は、経験できるものに限られる</p>
<p>　　　　　・実践理性（道徳）は、神や自由や魂など、経験を超えたものを扱う</p>
<p>　　　　　　→理論理性の分野で、実践理性の範囲を扱うことはできないと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・カントが考える「自由」について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・カントは、「自由」は人間が自分から積極的に求めるもので、</p>
<p>　　　自由が哲学の最も根本的なテーマだと考えた</p>
<p>　　　→自由を根本に置いた人は、カント以外に、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルなどが</p>
<p>　　　　代表的であり、このような考え方をドイツ観念論と言う</p>
<p>　　　　※特にカントは、自律を大切にして、人格の尊厳を重要だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・カントは、自由を２つの面から考えた</p>
<p>　　　①周りの様々な縛りから離れることによって得られる自由</p>
<p>　　　②実践理性を土台に、自分の考えを自分で決める、という意志の自由</p>
<p>　　　　（＝これを「自律」と言う）</p>
<p>　　　　※自律は、自分の実践理性だけに従って行動し、自分の道徳法則（道徳律）に</p>
<p>　　　　　意欲的に従う心の持ち方のことを指し、道徳法則に従い、</p>
<p>　　　　　他のものに従わないことで、初めて自分が自由な存在だと知ることができる</p>
<p>　　　　※逆に、他の何かに従うことを、他律と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・道徳法則について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・カントは、仮言命法と定言命法の２つを考えた</p>
<p>　　　・仮言命法・・「もし○○なら××しよう」というような条件付きの命令のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　→他人を無視して、自分の欲求を満たそうとする思いが</p>
<p>　　　　　　　　　　　表れていると考えた</p>
<p>　　　・定言命法・・「××することで○○になりたい」というような無条件の命令のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　→こちらが大切で、定言命法はいつでも、どこでも、誰にでも</p>
<p>　　　　　　　　　　　当てはまると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・カントは、定言命法に対して</p>
<p>　　　「汝の意志の格率が、つねに同時に普遍的な立法の原理として妥当しうるように行為せよ」</p>
<p>　　　と考えた　</p>
<p>　　　　※汝の意志の格率・・主観的な個人の行動の基準という意味</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・カントは、道徳法則を尊敬する気持ちだけを動機として、</p>
<p>　　　その命令に従うことを義務と名づけた</p>
<p>　　　→義務にもとづく行為だけに道徳的な価値（道徳性）があると考えた</p>
<p>　　　※しかし、傾向性（同情による親切な行為や習慣となっている行動など）に</p>
<p>　　　　道徳的価値はないと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・カントは適法性と道徳性を区別した</p>
<p>　　　→どういうことか・・</p>
<p>　　　　・例えば、商売繁盛のための商売は、「義務の中で行っている」（適法性）が、</p>
<p>　　　　　「義務を土台とした行動」ではないので、道徳的価値（道徳性）に欠けると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→以上のことから、カントは・・</p>
<p>　　　・行為の結果よりも、行為の動機が大切だと考えた＝動機説</p>
<p>　　　・動機は、無条件に善いことだと考えた＝善意志</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・カントが考える「人格」について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・カントが考える「人格」とは・・</p>
<p>　　　→人間を自律的な自由意志の主体として捉え、</p>
<p>　　　　道徳の中心にあるような人間を人格と名づけた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・カントは、</p>
<p>　　　「汝の人格や他のあらゆる人の人格のうちにある人間性を、いつも同時に</p>
<p>　　　　目的としてあつかい、けっして単に手段としてのみあつかわないように行為せよ」</p>
<p>　　　と考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→どういうことか・・</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・人間は、</p>
<p>　　　　「～のために人間を使う」というように、何かしらの手段のために使われるのではなく、</p>
<p>　　　　「人間のために～が努力する」というように、</p>
<p>　　　　人間を究極の価値（目的）として尊重されるべきだと考えた</p>
<p>　　　　＝このような考え方を人格主義という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・カントは、人格主義の立場から、</p>
<p>　　　　目的の王国（お互いに全ての人の人格を目的として尊重しあう理想の社会のこと）が</p>
<p>　　　　重要と考え、目的の王国の実現のために、</p>
<p>　　　　戦争が無い永久平和が必要であると考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・人間の差別と平等について</p>
<p>　→現実には、様々な差別が存在している</p>
<p>　→最近注目されている差別に、「ジェンダー」という問題がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ジェンダーについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ジェンダーとは・・社会や文化の面から見た性差のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ジェンダーについて考えた代表的な人に、ホーヴォワールという人がいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ホーヴォワールの考え方　</p>
<p>　　　→「第二の性」という論文で、</p>
<p>　　　　「女は女に生まれるのではなく、女としてつくられるのだ」と述べた</p>
<p>　　　　＝女性は受け身のようなスタンスで育てられて、</p>
<p>　　　　　男性よりも低い立場におかれていたと指摘した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→では、差別を解消していくためにはどうすればよいのか</p>
<p>　　・様々なことが考えられる</p>
<p>　　　→例・人権を尊重する意識をする</p>
<p>　　　　　・理性を持った判断力をつけること</p>
<p>　　　　　・想像力を持つ</p>
<p>　　　　　・他人の痛みがわかるやさしさを持つ</p>
<p>　　　　　・差別を解消するための努力をする　etc</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まとめ</p>
<p>・シュヴァイツァーとガンディーの考え方を押さえる</p>
<p>・カントの考え方を押さえる</p>
<p>・ホーヴォワールの考え方を押さえる</p>
<p>・差別を解消していくための動きを考える</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1831">生命の尊重や人間の尊厳について考える</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>科学主義と新たなヒューマニズムについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1662</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1662#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 08:30:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[西洋思想]]></category>
		<category><![CDATA[ガンディー]]></category>
		<category><![CDATA[クーン]]></category>
		<category><![CDATA[シュヴァイツァー]]></category>
		<category><![CDATA[パラダイム]]></category>
		<category><![CDATA[ヒューマニズム]]></category>
		<category><![CDATA[帰納主義]]></category>
		<category><![CDATA[生命への畏敬]]></category>
		<category><![CDATA[科学主義]]></category>
		<category><![CDATA[科学革命]]></category>
		<category><![CDATA[道具的理性]]></category>

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		<description><![CDATA[科学主義と現代の新しいヒューマニズムについて考えてみます &#160; &#160; ※そもそも科学主義とは・・科学が最高のモノと考え、全ての問題が科学によって 　　　　　　　　　　　　　解決できるとする考え方のこと &#038; [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1662">科学主義と新たなヒューマニズムについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>科学主義と現代の新しいヒューマニズムについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※そもそも科学主義とは・・科学が最高のモノと考え、全ての問題が科学によって</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　解決できるとする考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→しかし、科学の発達により、核兵器が作られたり、公害の問題が発生したりと、</p>
<p>　　科学による問題も出てきた</p>
<p>　　※特に、道具的理性（科学が自然を支配するという考え方のこと）は、</p>
<p>　　　この考え方自体に疑問が持たれている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→・このような考え方から、科学が発達することは、本当に人々を幸せにするのか、</p>
<p>　　　　という問題が現在もある</p>
<p>　　　・また、このような考え方に対して、クーンという人が自分の考えを提示した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・クーンについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※クーンより前の時は、科学的な知識はベーコンの帰納法のようにして</p>
<p>　　正しい答えに近づくという方法がとられた</p>
<p>　　＝このような考え方を帰納主義という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・クーンは、科学での発見の中には帰納主義では説明できないものが多いと考えた</p>
<p>　　→そこでクーンは、すでに完成されているモノの考え方や問題への意識の持ち方、</p>
<p>　　　理論的枠組みをまとめてパラダイムと呼び、パラダイムを変えるべきだ</p>
<p>　　　という考え方（＝科学革命）を提唱した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※クーンは、科学の知識は、理論的な枠組み（パラダイム）の中で、</p>
<p>　　　読みとられているにすぎないと考えた</p>
<p>　　　（ある知識は国によって解釈が違うかもしれない、など、</p>
<p>　　　　パラダイムはその国の価値観や文化によって違う）</p>
<p>　　　＝そこで、科学を大きく変えるのは、理論的な枠組みを</p>
<p>　　　　変えること（パラダイムの変換）だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・新しい現代のヒューマニズムについて</p>
<p>　※新しいヒューマニズムが生まれた背景について</p>
<p>　　→・科学主義には、自分の力で自分の運命を切り開いていこうとする意識があった</p>
<p>　　　・しかし、科学主義が行き過ぎて、人々が自然を軽く見るようになり、</p>
<p>　　　　結果的に生命自体まで軽く見るようになった</p>
<p>　　　・また、西洋近代の特徴として、人間を中心に考え、</p>
<p>　　　　自然を物質や手段としてだけで見る考え方がある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→そこで、自然と共生していく意識が必要だという考え方が生まれてきた</p>
<p>　　　　この意識について考えた人の代表に、シュヴァイツァーとガンディーという人達がいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・シュヴァイツァーについて</p>
<p>　</p>
<p>　・シュヴァイツァーは、「生命への畏敬」を提唱した</p>
<p>　　※「生命への畏敬」・・人々を愛し、大切にするだけでなく、生命あるものを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　全て大切にするべきだという考え方のこと</p>
<p>　　　</p>
<p>　・シュヴァイツァーは、人々は人間中心の生活を送っているから危険だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ガンディーについて</p>
<p>　※ガンディーが登場した当時、インドはイギリスの植民地で、</p>
<p>　　独立のための運動を行っていた</p>
<p>　　→その時にガンディーは、常に「非暴力・不殺生」を提唱し続けていた</p>
<p>　</p>
<p>　・ガンディーは、イギリスに対してスワラージ（自治、独立）と</p>
<p>　　スワデーシー（国産品を愛用する意思）の２つを土台に抵抗運動を行った</p>
<p>　　＝この抵抗運動を、サティヤーグラハ（真理把持）と呼んだ</p>
<p>　　　→この正しい考えを具体的行動にしようとして、</p>
<p>　　　　ブラフマチャリヤー（自己浄化）とアヒンサー（非暴力・不殺生）の</p>
<p>　　　　２つを行おうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→ガンディーは、全ての生命を兄弟と考え、傷つけたり、殺したりなどを含めた様々な</p>
<p>　　暴力を否定し、肉食などを禁止した</p>
<p>　　＝生きているモノ全てに徹底した愛情を注ぐという立場に立った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・科学主義に対して、いろいろと疑問が持たれた</p>
<p>・クーンは、パラダイムをもとに科学革命を提唱した</p>
<p>・シュヴァイツァーは、「生命への畏敬」を提唱した</p>
<p>・ガンディーは、常に非暴力・不殺生を実践した</p>
<p>・ガンディーは、スワラージとスワデーシーの２つを軸とした</p>
<p>　サティヤーグラハ（真理把持）の抵抗運動をした</p>
<p>　→サティヤーグラハを具体的にしたものが、ブラフマチャリヤーとアヒンサーを行った</p>
<p>・ガンディーは、全ての生命を兄弟と考え、暴力を否定し、肉食を禁じるなど、</p>
<p>　生命あるものに愛を注ぐ立場を取った</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1662">科学主義と新たなヒューマニズムについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1056</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1056#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 16:44:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[さやかとゆい]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[戦後世界史・冷戦・第三世界]]></category>
		<category><![CDATA[アラブ連盟]]></category>
		<category><![CDATA[インド]]></category>
		<category><![CDATA[ガンディー]]></category>
		<category><![CDATA[スリランカ]]></category>
		<category><![CDATA[ネルー]]></category>
		<category><![CDATA[パレスチナ戦争]]></category>
		<category><![CDATA[パレスチナ解放機構]]></category>
		<category><![CDATA[ヒンドゥー教]]></category>
		<category><![CDATA[マラヤ連邦]]></category>
		<category><![CDATA[ミャンマー]]></category>

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		<description><![CDATA[戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界について考えてみます &#160; &#160; ・戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界について &#160; &#160; &#160; 　・インドは、戦後に独立が予定されていた 　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1056">戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・インドは、戦後に独立が予定されていた</p>
<p>　　※しかし、インドはジンナーという人とガンディーという人などとの間で対立していた</p>
<p>　　　・ジンナー・・パキスタンの分離と独立を目指す全インド＝ムスリム連盟の人</p>
<p>　　　・ガンディー・・統一インドを主張する人</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝その後、１９４７年にインド独立法という法律が作られると、</p>
<p>　　　ヒンドゥー教を中心とするインド連邦とイスラーム教徒による</p>
<p>　　　パキスタンの２国に分かれて独立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒との対立はその後も終わらなかった</p>
<p>　　　※しかも、１９４８年にガンディーは、急進派ヒンドゥー教徒に暗殺された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝インドは、初代首相のネルーという人を中心に、１９５０年にカーストによる</p>
<p>　　　差別の禁止など社会の近代化を目指す憲法を発布して、共和国になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・スリランカ（セイロン）は、１９４８年にイギリス連邦内の自治領になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ミャンマーは、１９４８年にイギリス連邦から離れて独立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスの支配下にあったマレー半島は、１９５７年にマラヤ連邦になった</p>
<p>　　→その後、１９６３年にシンガポールとイギリス領ボルネオの２つと組み合わさって、</p>
<p>　　　マレーシア連邦になった</p>
<p>　　　＝しかし、１９６５年にこの中から、華人（中国系住民）が多くを占める</p>
<p>　　　　シンガポールが、別個の国家として分離し、独立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イランは、第二次大戦中に中立を表明しつつも、イギリスとソ連の軍隊の駐留を許した</p>
<p>　　→そのため、戦後は外国が関わってくることに抗議する民族運動が広がった</p>
<p>　　　※中でも、イラン産の石油を独占するイギリス系企業の</p>
<p>　　　　アングロ＝イラニアン石油会社の国有化を求める声が強くなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そこで、１９５１年に政権についたモサデグという人は、国有化の声に応える形で、</p>
<p>　　　実際に国有化した</p>
<p>　　　※しかし、イギリスとの関係の悪化を恐れた国王のパフレヴィー２世という人は、</p>
<p>　　　　クーデタによってモサデグを追放した</p>
<p>　　　　＝そのため、イランでの民族運動の動きはおさえこまれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・エジプトなどアラブ７カ国は、１９４５年３月にアラブ連盟（アラブ諸国連盟）を</p>
<p>　　結成して、アラブの統一を目指した</p>
<p>　　※アラブ７カ国・・エジプト、シリア、イラク、レバノン、トランスヨルダン、</p>
<p>　　　　　　　　　　　イエメン、サウジアラビアを指す</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・パレスチナは、イギリスの委任統治が戦後に終了した</p>
<p>　　→この出来事をきっかけに、国際連合によってアラブ人とユダヤ人地域への</p>
<p>　　　分割案が出された</p>
<p>　　　※ユダヤ人はこれを受け入れて１９４８年にイスラエルの建国を宣言した</p>
<p>　　　※しかし、アラブ連盟は反対して、イスラエルと戦った</p>
<p>　　　　＝この戦争を、パレスチナ戦争（第一次中東戦争）という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→この後、国際連合の調停によってイスラエルが独立を確保した</p>
<p>　　　※しかし、パレスチナから追放された１００万人以上のアラブ人が</p>
<p>　　　　難民（パレスチナ人）になった　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９６４年に、パレスチナ難民は、アラブ諸国の支援のもとに、</p>
<p>　　　パレスチナ奪回を目標とするパレスチナ解放機構（ＰＬＯ）を設立した</p>
<p>　　　※ＰＬＯは、イスラエルに対する闘争や国際世論への働きかけを指導した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界の様子をおさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1056">戦後の南アジア・西アジア・アラブ世界について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>第一次世界大戦の時のインドについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1033</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1033#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 08:23:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[第一次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[インド統治法]]></category>
		<category><![CDATA[ガンディー]]></category>
		<category><![CDATA[ジンナー]]></category>
		<category><![CDATA[ネルー]]></category>
		<category><![CDATA[プールナ＝スワラージ]]></category>
		<category><![CDATA[ローラット法]]></category>
		<category><![CDATA[全インド＝ムスリム連盟]]></category>
		<category><![CDATA[円卓会議]]></category>
		<category><![CDATA[塩の行進]]></category>
		<category><![CDATA[民族運動]]></category>

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		<description><![CDATA[第一次世界大戦の時のインドについて考えてみます &#160; &#160; ・第一次世界大戦の時のインドについて &#160; &#160; 　※第一次世界大戦の時は、インドの兵隊が大量に戦争へ送られ、大量の戦死者を出し [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1033">第一次世界大戦の時のインドについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>第一次世界大戦の時のインドについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・第一次世界大戦の時のインドについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※第一次世界大戦の時は、インドの兵隊が大量に戦争へ送られ、大量の戦死者を出した</p>
<p>　　→このような状況の中でイギリスは、民族自決という国際世論の圧力に押されて</p>
<p>　　　自治を約束した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１９年に、１９１９年インド統治法という法律が出来た</p>
<p>　　→この法律は、州の行政の一部をインド人にゆだねるというものだった</p>
<p>　　　※しかし、中央の部分はイギリスが握り続けるものだった</p>
<p>　　　　＝そのため、１９１９年インド統治法は、自治とはほど遠い内容だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また、１９１９年インド統治法と同時に極めて圧力の強いローラット法という</p>
<p>　　法律が制定された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・さらに、アムリットサールでイギリス軍が民衆に発砲して多くの死傷者を出す</p>
<p>　　という事件も起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝上の一連の流れは、インドの民衆の激しい反発を呼んだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上のように、植民地政府が強い圧力をかけるという支配に対して、非暴力をかかげて</p>
<p>　　　インドの民衆の新しい指導者として登場したのが、ガンディーという人だった</p>
<p>　　　※ガンディーは、南アフリカでのインド人移民への差別撤廃運動に勝利して、</p>
<p>　　　　インド人に熱狂的に受け入れられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ガンディーは、１９２０年の国民会議大会で、植民地統治に協力しない運動の方針を示した</p>
<p>　　→この方針によって、民族運動を、一般大衆を加えた全インド的な民族運動にまで</p>
<p>　　　大きくなっていった</p>
<p>　　　※この時、オスマン帝国のカリフ制を擁護する運動への支持を</p>
<p>　　　　ヒンドゥー教徒に呼びかけることで、ムスリムの支持を得ることにも成功した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→しかし、民衆の運動はガンディーの理想通りに進まなかった</p>
<p>　　　※農民による警官殺害事件が発生した</p>
<p>　　　　＝そのため、１９２２年に運動が中止された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、運動方針の対立、ヒンドゥー教徒とムスリム教徒の宗教対立が深刻化していった</p>
<p>　　→そのため、民族運動が混乱かつ停滞した</p>
<p>　　　※この後ムスリムは、反国民会議派、イギリス友好路線を進んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９２７年に、憲政改革調査委員会にインド人が含まれていなかったことを理由に、</p>
<p>　　民族運動がまた激しくなった</p>
<p>　　→激しい民族運動に直面したインド総督は、以下のような行動を選択した</p>
<p>　　　・インドを自治領とすることを約束した</p>
<p>　　　・新しいインド統治法の内容をロンドンでの円卓会議で検討することを発表した</p>
<p>　　　　※しかし、自治実現の日程は示さなかった</p>
<p>　　　　　＝そのため、１９２９年に国民会議派内のネルーという人などの急進派が、</p>
<p>　　　　　　完全な独立（プールナ＝スワラージ）を決めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・運動に呼び戻されたガンディーは、植民地支配が合理的でないことを象徴的に示すために、</p>
<p>　　１９３０年に「塩の行進」と呼ばれる運動を始めた</p>
<p>　　※塩の行進とは</p>
<p>　　　→ガンディーなどが、日常的にもっとも必要としている塩への課税を、</p>
<p>　　　　植民地支配の象徴だと考えて、違法ながら塩づくりを行うことで、</p>
<p>　　　　植民地支配に抵抗する運動のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・塩の運動の後、円卓会議で合意の達成が出来ず、１９３２年に運動が再開した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→「塩の行進」という運動で、多くの人々が逮捕された</p>
<p>　　　＝そのため、１９３４年にガンディーは運動を中止した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・次の年の１９３５年に、１９３５年インド統治法という法律が誕生した</p>
<p>　　→この法律で、以下のようなことが決められた</p>
<p>　　　・州の政治はインド人に任せることになった</p>
<p>　　　・中央の財政や外交などはイギリスがコントロールし続けることになった</p>
<p>　　　　＝そのため、完全独立の要求からかなり遠いものだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９３７年に、１９３５年インド統治法のもとで州選挙が行なわれた</p>
<p>　　　※国民会議派が多かった州で政権を獲得できた</p>
<p>　　　※ムスリムが多い州は、ムスリムを中心とする地域政党が勝利した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ジンナーという人を指導者とする全インド＝ムスリム連盟は、１９４０年に</p>
<p>　　イスラーム国家であるパキスタンの建設を目標にかかげた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・そして、第二次世界大戦が始まると、国民会議派が完全独立を要求した</p>
<p>　　→この動きに対して、イギリスは以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・完全独立をおさえつけた</p>
<p>　　　・国民会議派を非合法化した</p>
<p>　　　・ガンディーを始めとする指導者を投獄した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・第一次世界大戦の時のインドについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1033">第一次世界大戦の時のインドについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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