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	<title>アラエス &#187; チャーティスト運動</title>
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		<title>国民主権を中心とした様々な考え方について　－国民主権・参政権・議会制民主主義・多数決原理・権力分立－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1810</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1810#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 08:15:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マイコ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[政治制度]]></category>
		<category><![CDATA[チェック－アンド－バランス]]></category>
		<category><![CDATA[チャーティスト運動]]></category>
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		<category><![CDATA[直接民主主義]]></category>
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		<description><![CDATA[国民主権と議会制民主主義について考えてみます &#160; &#160; ・国民主権について &#160; 　・国民主権とは・・国の政治の方針を国民が決めるという考え方のこと &#160; 　　※国民主権は、世界各国が近 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1810">国民主権を中心とした様々な考え方について　－国民主権・参政権・議会制民主主義・多数決原理・権力分立－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国民主権と議会制民主主義について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国民主権について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国民主権とは・・国の政治の方針を国民が決めるという考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※国民主権は、世界各国が近代に移る時に起きた市民革命によって考えられるようになった</p>
<p>　　　→それまでは、王様や天皇が主権を握っていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・そもそも主権とは</p>
<p>　　→以下の３つの権利をまとめた呼び方のこと</p>
<p>　　　①国家の統治権（国家を支配する権利のこと）</p>
<p>　　　②国家権力の中で最も強いもので、さらに独立している権利のこと</p>
<p>　　　③国の政治の方針を最終的に決定する権利のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→国民主権が広がってきたことによって、民主主義という考え方も広がっていった</p>
<p>　　※民主主義（民主政治）・・国民主権と基本的人権の尊重の２つを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　土台として行う政治のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国民主権を使って、具体的にどのように政治に参加するのか</p>
<p>　　→国民全員が予算や法律などについて、毎回全員が集まって話し合うということは不可能</p>
<p>　　→そこで、国民の中から代表（国会議員や大統領）を選び、</p>
<p>　　　その代表を通して政治に参加する</p>
<p>　　　＝国民が代表を選ぶ形で、政治に参加することになる</p>
<p>　　　＝そのため、国民には参政権（選挙権）が与えられている</p>
<p>　　　　※このように、自分から積極的に政治に参加する人々のことを市民という</p>
<p>　　　　　また、昔は参政権を持つことが出来る人に制限があった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→上のように、国民の中から代表を選んで、その代表が中心となって</p>
<p>　　　政治を進めるスタイルを議会制民主主義と言う</p>
<p>　　　※議会制民主主義が出来る前は、人口が少なく、国の面積が小さかったので、</p>
<p>　　　　代表を選ばなくても国民が直接話し合いなどを行う事が出来た</p>
<p>　　　　＝このように、国民が直接話し合う政治のスタイルを直接民主主義と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・参政権について</p>
<p>　　・参政権は、昔は税金を国に納める人だけが持つことが出来る資格だと考えられていた　　</p>
<p>　　　（税金を納めている人しか、国の政府の活動を支えることになっていないから）</p>
<p>　　　→そのため、昔はお金持ちの男子だけ、と限定されてしまっていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→しかし、国民が少しずつお金を持ってくるようになると、</p>
<p>　　　　納税の額に関係なく選挙権を持つことができるようにすることを</p>
<p>　　　　求める運動が起こるようになってきた</p>
<p>　　　　＝この運動などによって、最終的に普通選挙制が生まれた</p>
<p>　　　　　※普通選挙制・・全ての男女の成人に参政権を与える制度のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※参政権を求める運動として代表的なものに、</p>
<p>　　　イギリスのチャーティスト運動というものもある</p>
<p>　　　・チャーティスト運動・・１８３０年代の後半から始まった、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　イギリスの労働者の人達が選挙権を求めるための運動のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※参政権に関する動きとして、リンカーンの演説というのがある</p>
<p>　　　・リンカーンの演説・・「人民の人民による人民のための政治」という言葉を残した</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　→国民主権を中心とした民主政治が大切だと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・多数決原理について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・多数決原理とは・・多数の方の意見を、その全体の意見だとすること</p>
<p>　　　　　　　　　　　ex：ＡとＢの意見があり、そのクラスではＡに賛成が多かったので、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　そのクラスの意見をＡにする</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→なぜ、多数決原理が考えられるようになったのか</p>
<p>　　　＝理想は意見が全員一致することだが、それは不可能なので、</p>
<p>　　　　現実的に考えた時に、多数決が良いだろうとなったから</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ただし、多数決原理については、合意を目指す努力、</p>
<p>　　　少数意見の尊重なども大切なのではないかと言われている</p>
<p>　　　・合意・・全員が納得するように、意見が一致すること</p>
<p>　　　・少数意見の尊重・・多数決原理で少数になった時の意見は、無視されがちだが、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　少数の意見をもっと配慮していく必要があるのではないのか、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　という考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・権力分立について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・権力分立とは・・権力を様々な機関に分けることで、</p>
<p>　　　　　　　　　　権力が集中して限度を超えた権力の使い方になる状況を防ぐこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→権力分立を考えた人の中で、代表的な人に、ロックとモンテスキューがいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ロックの考え方</p>
<p>　　　　→立法権（法律を作る権利）と執行権（法によって政治を行う権利）を分けて、</p>
<p>　　　　　立法権を優先するのが良いと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・モンテスキューの考え方</p>
<p>　　　　→国の権力は、立法権、執行権、裁判権（法律を使って争いを裁く権利）の</p>
<p>　　　　　３つに分けるのが良いと考えた</p>
<p>　　　　　＝モンテスキューは、チェック－アンド－バランスをすることで、</p>
<p>　　　　　　権力が集中したり、むやみに使われたりすることを防ぐのが良いと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　　※チェック－アンド－バランス・・それぞれの権力が、お互いに抑制し合って、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　権力についてつり合いの取れた状態を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　目指すような状態のこと</p>
<p>　　　　　　→このように、３つの権力がチェック－アンド－バランスを行う状態を、</p>
<p>　　　　　　　三権分立と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・国民主権を中心とした様々な考え方を押さえる</p>
<p>・参政権を押さえる</p>
<p>・多数決原理を押さえる</p>
<p>・権力分立を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1810">国民主権を中心とした様々な考え方について　－国民主権・参政権・議会制民主主義・多数決原理・権力分立－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>1848年の革命について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/974</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/974#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 16 Oct 2013 06:37:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[副店長]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史後期・末期]]></category>
		<category><![CDATA[1848年]]></category>
		<category><![CDATA[1848年革命]]></category>
		<category><![CDATA[「ヨーロッパの憲兵」]]></category>
		<category><![CDATA[「諸国民の春」]]></category>
		<category><![CDATA[ウィーン体制の崩壊]]></category>
		<category><![CDATA[チャーティスト運動]]></category>
		<category><![CDATA[三月革命]]></category>
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		<description><![CDATA[１８４８年の革命について考えてみます &#160; &#160; ・１８４８年革命について &#160; &#160; 　・１８４０年代の後半にヨーロッパの国々は、凶作と不況に見舞われた 　　→そのため、１８４８年には、 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/974">1848年の革命について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>１８４８年の革命について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・１８４８年革命について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１８４０年代の後半にヨーロッパの国々は、凶作と不況に見舞われた</p>
<p>　　→そのため、１８４８年には、多くの地域で労働者や下層民衆の革命的な動きが見られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・フランスでは、七月革命以後に産業革命が本格化した</p>
<p>　　→この時は、銀行家などの一部の富裕層だけが優遇され、選挙権を持たない中小資本家や労働者の不満が強くなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１８４８年２月に、選挙法改正の要求が拒否されるということが起きた</p>
<p>　　→この拒否をきっかけに、パリで革命が起きた</p>
<p>　　　※この時に、国王のルイ＝フィリップという人は亡命し、第二共和政という共和政の臨時政府が樹立された</p>
<p>　　　　＝この一連の動きを二月革命という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第二共和政の臨時政府には、社会主義者も加わった</p>
<p>　　※しかし、農民の多くは、社会主義政策で土地を失うことを恐れていた</p>
<p>　　　→そのため、男性普通選挙制による４月の選挙で、社会主義者が大敗することになった</p>
<p>　　　　＝結果的に、有産者層を代表する穏健共和派の政府が成立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・穏健共和派の政府に対して、パリの労働者が蜂起を起こした</p>
<p>　　＝しかし、この蜂起はすぐに鎮圧された</p>
<p>　　　※なぜ、蜂起が起きたのか</p>
<p>　　　　・社会主義者、労働者の代表としてルイ＝ブランなどが臨時政府に参加して、国立作業場が設けられていた</p>
<p>　　　　・しかし、国立作業場が財政負担のために廃止されることになった</p>
<p>　　　　　→この廃止が、１８４８年６月の蜂起の原因となった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１８４８年１２月の大統領選挙では、ナポレオン１世の甥にあたる、ルイ＝ナポレオンという人が当選した</p>
<p>　　※ルイ＝ナポレオンは、１８５１年にクーデタを起こして独裁権を握った</p>
<p>　　　→そして、１８５２年の国民投票で皇帝になって、自分をナポレオン３世と称した</p>
<p>　　　　＝この時の政治体制を、第二帝政という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・二月革命の影響は、ドイツやオーストリアに波及して、三月革命となった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→三月革命にによって、以下のような影響が出てきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ウィーンでは、１８４８年３月に蜂起が起こり、メッテルニヒが失脚した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ベーメン、ハンガリー、イタリアで民族運動が活発化した</p>
<p>　　　　→そのため、「諸国民の春」と呼ばれる状況になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１８４８年３月にベルリンでも民衆の蜂起が起きた</p>
<p>　　　　→そこで、ベルリンの国王は譲歩して、自由主義的内閣を認めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ドイツ諸邦の自由主義者は、ドイツ統一と憲法の制定のためにフランクフルト国民議会を開いた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　＝以上のような流れを受けて、ウィーン体制は崩壊した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ウィーン体制後は、以下のような動きが見られた</p>
<p>　　</p>
<p>　　→・各地の革命運動がすぐに鎮圧された</p>
<p>　　　　※コシュートという人が指導したハンガリーの反乱に対して鎮圧に貢献したロシアが、反革命勢力の中心になった</p>
<p>　　　　　→そのため、ロシアは「ヨーロッパの憲兵」と呼ばれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・プロイセンの国王が改革を阻止したが、１８５０年に欽定憲法が発布されることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・イギリスで、チャーティスト運動が最後の盛り上がりを見せた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　＝上のような一連の動きを、１８４８年革命という</p>
<p>　　※１８４８年革命は、ヨーロッパ全域に広がっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・しかし、１８４８年革命以後、西欧と東欧で別々の動きが見られた</p>
<p>　　→・西欧諸国・・自由主義や民主主義政治革命が起きた</p>
<p>　　　・東欧諸国・・ナショナリズムによる民族自立が主要な目標になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝結果的に、西欧と東欧の違いがはっきりと見えるようになってきた</p>
<p>　　　→そのため、それぞれが異なる方向に進むことになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・１８４８年革命の流れと、各地への影響についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/974">1848年の革命について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>イギリスの改革について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/972</link>
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		<pubDate>Wed, 16 Oct 2013 06:31:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[副店長]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近代ヨーロッパ史後期・末期]]></category>
		<category><![CDATA[オコンネル]]></category>
		<category><![CDATA[カトリック教徒解放法]]></category>
		<category><![CDATA[チャーティスト運動]]></category>
		<category><![CDATA[ホイッグ党]]></category>
		<category><![CDATA[反穀物法同盟]]></category>
		<category><![CDATA[審査法]]></category>
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		<category><![CDATA[穀物法]]></category>
		<category><![CDATA[第1回選挙法改正]]></category>
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		<description><![CDATA[イギリスの改革の様子について考えてみます &#160; &#160; ・イギリスの改革の様子について &#160; &#160; 　・イギリスでは、自由主義的な性格を強めていた 　　→そのため、イギリスで以下のような動き [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/972">イギリスの改革について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イギリスの改革の様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イギリスの改革の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスでは、自由主義的な性格を強めていた</p>
<p>　　→そのため、イギリスで以下のような動きが見られるようになった</p>
<p>　　　・１８２８年に審査法が廃止された</p>
<p>　　　・１８２９年にオコンネルという人など、アイルランド人の運動が起きた</p>
<p>　　　　※この運動の結果、カトリック教徒解放法という法律が誕生し、</p>
<p>　　　　　国教徒以外でも公職につけるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また、当時の選挙制度が、産業革命後の社会の状況に合っていなかった</p>
<p>　　→そのため、イギリス国内で選挙法の改正を求める運動が激しくなった</p>
<p>　　　＝その結果、ホイッグ党内閣は１８３２年に改革を実現した</p>
<p>　　　　※この改革を、第１回選挙法改正という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第１回選挙法によって、以下のような変化が起きた</p>
<p>　　→・有権者が激減してしまった選挙区（腐敗選挙区）が廃止になった</p>
<p>　　　・廃止になった分の議席が、今まで独立した選挙区として認められていなかった</p>
<p>　　　　新興の商業都市や人口の多い州に分けられた</p>
<p>　　　・選挙資格が拡大された</p>
<p>　　　・産業資本家や、産業革命で豊かになった中流階級が政治的発言力を強めていった</p>
<p>　　　・地主階級は、変わらず政治的な指導力を維持し続けた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※しかし、上のような状況でも、労働者はより民主的な選挙制度を求めるようになった</p>
<p>　　　→そこで労働者は、１８３０年代後半から、男性普通選挙、議員の財産資格廃止など、</p>
<p>　　　　６カ条からなる、人民憲章というのを掲げて政治運動を行った</p>
<p>　　　　＝この政治運動を、チャーティスト運動という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスは当時、産業資本家に有利な自由貿易政策が実現していた</p>
<p>　　※自由貿易政策が実現した理由は、コブテンやブライトなどが参加した反穀物法同盟という</p>
<p>　　　同盟による運動の結果、１８４６年に穀物法が廃止されたことだと言われている</p>
<p>　　　※穀物法・・地主階級の利益を守るために、外国産の穀物の輸入に高率の関税をかけて</p>
<p>　　　　　　　　　穀物価格を維持する法律のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→その後、１８４９年には航海法も廃止された</p>
<p>　　→さらに、１８３４年には東インド会社の中国貿易独占権の廃止が実施された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・イギリスの改革の様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/972">イギリスの改革について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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