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	<title>アラエス &#187; バグダード</title>
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	<item>
		<title>中世のムスリム商人について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/873</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/873#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 13 Oct 2013 19:02:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[足利]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[中世世界史]]></category>
		<category><![CDATA[アイユーブ朝]]></category>
		<category><![CDATA[アチェ王国]]></category>
		<category><![CDATA[カーリミー商人]]></category>
		<category><![CDATA[バグダード]]></category>
		<category><![CDATA[マタラム王国]]></category>
		<category><![CDATA[マムルーク朝]]></category>
		<category><![CDATA[マラッカ王国]]></category>
		<category><![CDATA[ムスリム商人]]></category>
		<category><![CDATA[中世]]></category>
		<category><![CDATA[神秘主義教団]]></category>

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		<description><![CDATA[中世のムスリム商人について考えてみます &#160; &#160; ・中世のムスリム商人の動きについて &#160; &#160; 　・１３世紀以降に、商人や神秘主義教団の活躍によって、 　　インドや東南アジアのイスラー [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/873">中世のムスリム商人について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>中世のムスリム商人について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・中世のムスリム商人の動きについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１３世紀以降に、商人や神秘主義教団の活躍によって、</p>
<p>　　インドや東南アジアのイスラーム化が始まった</p>
<p>　　→そして、１４世紀の終わりにはマレー半島西南部にマラッカ王国が作られた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※マラッカ王国は、以下の２つの行動によって繁栄した</p>
<p>　　　　・マジャパヒト王国の商業活動をおさえこんだ</p>
<p>　　　　・インド洋と南シナ海を結ぶ中継貿易を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※マラッカ王国の後に登場したジャワ島中南部のマタラム王国や</p>
<p>　　　　スマトラ島北部のアチェ王国も、香辛料貿易によって栄えたイスラーム国家だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１０世紀～１１世紀の時に、バグダードが政治的な混乱によって</p>
<p>　　衰退するということが起きた</p>
<p>　　→すると、エジプトのカイロというところがインド洋と地中海を結ぶ</p>
<p>　　　交易活動の中心地になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→その時にムスリム商人は、インド商人と手を組んで、以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・インドや東南アジア産の香辛料、香料、木材、中国産の絹織物、陶磁器などを購入した</p>
<p>　　　・上のような商品をダウ船という船に乗せて、インド洋から紅海沿岸に運んだ</p>
<p>　　　・さらに、ナイル川を利用してカイロやアレクサンドリアなどにも運んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アイユーブ朝やマムルーク朝は、豊かな農業生産に加えて東西貿易の利益を独占した</p>
<p>　　※この時に、首都のカイロはイスラーム世界の経済や世界の中心地として大いに栄えた</p>
<p>　　　→この当時にインド洋と地中海を結ぶ交易活動を行ったのは、</p>
<p>　　　　カーリミー商人というムスリム商人のグループだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝カーリミー商人は、通商による利益をモスクや学院の建設に投資し、</p>
<p>　　　イスラーム文化の保護者としても重要な役割を果たしたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>ポイント</p>
<p>・中世のムスリム商人の動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/873">中世のムスリム商人について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>バグダードからカイロへの流れについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/816</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/816#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 15:58:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[イスラム世界史]]></category>
		<category><![CDATA[アイユーブ朝]]></category>
		<category><![CDATA[アズハル学院]]></category>
		<category><![CDATA[アッバース朝]]></category>
		<category><![CDATA[カイロ]]></category>
		<category><![CDATA[サラディン]]></category>
		<category><![CDATA[バグダード]]></category>
		<category><![CDATA[ファーティマ朝]]></category>
		<category><![CDATA[マムルーク朝]]></category>
		<category><![CDATA[十字軍]]></category>

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		<description><![CDATA[バグダードからカイロへの動きについて考えてみます &#160; &#160; ・バグダードからカイロへの動きと流れについて &#160; &#160; 　・クルド人のサラディン（サラーフ＝アッディーン）という人が以下のよ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/816">バグダードからカイロへの流れについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>バグダードからカイロへの動きについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・バグダードからカイロへの動きと流れについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・クルド人のサラディン（サラーフ＝アッディーン）という人が以下のようなことを行った</p>
<p>　　→・エジプトにアイユーブ朝という王朝を作った</p>
<p>　　　・サラディンは、ファーティマ朝を倒してスンナ派の信仰を回復した</p>
<p>　　　・１１８７年に十字軍を破って、聖地のイェルサレムを奪い返した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、第３回十字軍は聖地の征服を再び目指したが、成功しなかった</p>
<p>　　→そこで、十字軍はサラディンと和解して帰国した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アイユーブ朝のスルタンも、トルコ人の奴隷を買ってマムルーク軍団を作ったが、</p>
<p>　　段々とその勢いが活発になった</p>
<p>　　→その後、スルタンが１２５０年にアイユーブ朝を倒して</p>
<p>　　　エジプト・シリアにマムルーク朝という王朝を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※第５代スルタンだったバイバルスという人は以下のようなことを行った</p>
<p>　　　・シリアに侵入したモンゴル軍を撃退した</p>
<p>　　　・アッバース朝のカリフをカイロに復活させた</p>
<p>　　　・メッカ・メディナの両方の聖都を保護した</p>
<p>　　　　＝これらの内容を行うことで、イスラーム国家としてのマムルーク朝の権威を高めていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アイユーブ朝からマムルーク朝中期へかけてのエジプトでは、以下のようなことが起きていた</p>
<p>　　→・ナイル川が順調に増水していた</p>
<p>　　　・安定した政治が行なわれていた</p>
<p>　　　　＝この２つによって、小麦や大豆などの主要作物の生産が増え、</p>
<p>　　　　　商品作物としてのサトウキビ栽培が普及した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→その他にも、以下のような動きが見られた</p>
<p>　　　・歴代のスルタンは、国家が統制する中で、地中海・インド洋貿易の利潤を独占していた</p>
<p>　　　・首都のカイロは、バグダードのかわりに、</p>
<p>　　　　イスラーム世界の政治、経済、文化の中心地として繁栄した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ファーティマ朝時代に建設されたアズハル学院が、この時代にスンナ派イスラーム教の信仰と</p>
<p>　　　学問活動の分野で中心的な役割を果たすようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・バグダードからカイロへの流れと動きについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/816">バグダードからカイロへの流れについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>イスラーム帝国の様子と分裂について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/814</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/814#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 15:39:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[マミ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[イスラム世界史]]></category>
		<category><![CDATA[アッバース朝]]></category>
		<category><![CDATA[イスラーム帝国]]></category>
		<category><![CDATA[ウマイヤ朝]]></category>
		<category><![CDATA[コーラン]]></category>
		<category><![CDATA[シャリーア]]></category>
		<category><![CDATA[バグダード]]></category>
		<category><![CDATA[ファーティマ朝]]></category>
		<category><![CDATA[ブワイフ朝]]></category>
		<category><![CDATA[マワーリー]]></category>
		<category><![CDATA[大アミール]]></category>

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		<description><![CDATA[イスラーム帝国の様子と分裂について考えてみます &#160; &#160; ・イスラーム帝国の様子について &#160; 　※前提として「コーラン」は、全ての信者は平等である、 　　ということを説いていることをおさえてお [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/814">イスラーム帝国の様子と分裂について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>イスラーム帝国の様子と分裂について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イスラーム帝国の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※前提として「コーラン」は、全ての信者は平等である、</p>
<p>　　ということを説いていることをおさえておく</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・征服地の新しい改宗者（マワーリー）は、ウマイヤ朝の様々な政策を</p>
<p>　　「コーラン」の教えにそむくと考えた</p>
<p>　　※アラブ人のなかにも、ウマイヤ朝による支配を批判する人達が出てきた</p>
<p>　　　→その後、上のようにウマイヤ朝を批判する人々が、ムハンマドの叔父の子孫だった</p>
<p>　　　　アッバース家の革命運動に協力した</p>
<p>　　　　＝この革命運動が結果的に成功し、７５０年にアッバース朝が開かれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※第２代カリフのマンスールという人は、肥沃なイラク平原の中心に円形の首都である</p>
<p>　　　バグダードを作って、イスラーム帝国の基礎を固めていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アッバース朝の時代には、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　→・イラン人を中心とする新しい改宗者が要職につけられるようになった</p>
<p>　　　・宰相が統率する形を採用した官僚制度が発達していった</p>
<p>　　　　＝結果的に、行政の中央集権化が進んでいった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→すると、アラブ人とそれ以外の人達との関係が以下のように変わってきた</p>
<p>　　　・アラブ人の特権が失われるようになっていった</p>
<p>　　　・イスラーム教徒であれば、アラブ人以外でも人頭税が課せられないようになった</p>
<p>　　　・アラブ人でも、征服地に土地があったら地租が課せられるようになった</p>
<p>　　　・公用語はアラビア語が継続して使われた</p>
<p>　　　・民族による差別は廃止された</p>
<p>　　　・カリフの政治はイスラーム法（シャリーア）にもとづいて実施されるようになった</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　※イスラーム法について</p>
<p>　　　・イスラーム法は「コーラン」を土台として９世紀ころまでに整えられた</p>
<p>　　　・イスラーム法は、儀礼的規範と法的規範を中心に作られている</p>
<p>　　　・儀礼的規範・・礼拝、断食、巡礼などに関係する規範のこと</p>
<p>　　　・法的規範・・婚姻、相続、刑罰などに関係する規範のこと</p>
<p>　　　・租税や戦争の規定などカリフ政治の基本も書かれていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イスラーム帝国の分裂について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アッバース朝が作られると、ウマイヤ朝の一族がイベリア半島に逃げて、</p>
<p>　　７５６年にコルドバを首都とする後ウマイヤ朝を建設した　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・後ウマイヤ朝は、アッバース朝に対抗する政治を行った</p>
<p>　　→その後、バグダードを中心に発達した学問や文化を積極的に吸収していった</p>
<p>　　　＝その結果、イベリア半島にレベルの高いイスラーム文明を作り出した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アッバース朝は、ハールーン＝アッラシードが治めている時に、黄金時代を迎えた</p>
<p>　　→しかし、ハールーン＝アッラシードが亡くなってから</p>
<p>　　　帝国内のエジプトやイランに独立の王朝が次々と誕生した</p>
<p>　　　＝そのため、カリフの主権が影響を与える範囲は次第に縮小していった</p>
<p>　　　　※代表的な独立王朝に、エジプトのトゥールーン朝やイランのサーマーン朝などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・シーア派の中でも、過激な一派だったファーティマ朝という王朝が、</p>
<p>　　１０世紀の初めの北アフリカに誕生した</p>
<p>　　※ファーティマ朝は、アリーを父と、ムハンマドの娘のファーティマを母とするものの</p>
<p>　　　子孫であると自称した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ファーティマ朝は、９６９年にはエジプトを征服して首都のカイロを作った</p>
<p>　　→ファーティマ朝は、作り始めた時からカリフの称号を使って、</p>
<p>　　　アッバース朝の権威を全面から否定した</p>
<p>　　→一方で、後ウマイヤ朝の君主も、ファーティマ朝に対抗する形でカリフの称号を使った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝結果的に、イスラーム世界は３人のカリフが並び立つという分裂した状態になった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・その後、イラン人の軍事政権だったブワイフ朝という王朝が</p>
<p>　　９４６年にバグダードに入城するということが起きた</p>
<p>　　→すると、カリフから大アミール（軍司令官たちのなかの第一人者のこと）に任じられた</p>
<p>　　→それと同時に、イスラーム法を施行する権限を与えられた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝以上のようにして、新しい変革の時代が始まったと言われている</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・イスラーム帝国の様子についておさえる</p>
<p>・イスラーム帝国の分裂についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/814">イスラーム帝国の様子と分裂について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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