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	<title>アラエス &#187; パリ講和会議</title>
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		<title>国際秩序と国際組織について　－勢力均衡・集団安全保障・国際連盟－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1866</link>
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		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 15:38:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際社会・国際政治]]></category>
		<category><![CDATA[パリ講和会議]]></category>
		<category><![CDATA[全会一致]]></category>
		<category><![CDATA[勢力均衡]]></category>
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		<category><![CDATA[国際連盟規約]]></category>
		<category><![CDATA[安全保障のジレンマ]]></category>
		<category><![CDATA[平和14カ条]]></category>
		<category><![CDATA[戦争の違法化]]></category>
		<category><![CDATA[正戦論]]></category>
		<category><![CDATA[集団安全保障]]></category>

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		<description><![CDATA[勢力均衡・集団安全保障・国際連盟について考えてみます &#160; &#160; ※勢力均衡と国際社会が考えられるようになった背景 　→国際社会の安全を保障するために、国際法以外を使った方法が必要だと 　　考えられるよう [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1866">国際秩序と国際組織について　－勢力均衡・集団安全保障・国際連盟－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>勢力均衡・集団安全保障・国際連盟について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※勢力均衡と国際社会が考えられるようになった背景</p>
<p>　→国際社会の安全を保障するために、国際法以外を使った方法が必要だと</p>
<p>　　考えられるようになった</p>
<p>　→戦争への意識や見方が変わってきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　※戦争への意識的な変化の歴史</p>
<p>　　・昔・・正戦論（正しい理由があれば、戦争は良いという考え方）があったが、</p>
<p>　　　　　　正戦論が戦争を促すことがあった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・１９世紀・・戦争の権利（戦争の自由）を国家に認めた上で、</p>
<p>　　　　　　　　　戦争に関する様々な法律が作られるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・２０世紀以降・・２回の世界大戦が影響して、国家が戦争で何かを訴えることが</p>
<p>　　　　　　　　　　　禁止されるようになった</p>
<p>　　　　　　　　　　　＝このような、国際社会の方向転換を戦争の違法化と言う</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・勢力均衡について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・勢力均衡は、１７世紀から１９世紀までのヨーロッパで生まれて発展していった　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・勢力均衡とは・・国家の力を同じにすることで、異常に力の強い国家から</p>
<p>　　　　　　　　　　侵略されることを防ぐ、という考え方のこと</p>
<p>　　　例：ＡとＢの国が同盟を結んで力をつけたので、ＡとＢが有利にならないように、</p>
<p>　　　　　ＣとＤの国が同盟を結んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※しかし、現実では他の国よりも少しでも大きな力をつけようとして、</p>
<p>　　　軍隊や兵器などを増やしていこうとする動きが出てくる可能性があり、</p>
<p>　　　逆に戦争を引き起こす原因になったこともあった</p>
<p>　　　＝このように、自分の安全のために軍備を増やすと、相手も軍備を増やして</p>
<p>　　　　逆に危険な可能性がある状態を、安全保障のジレンマという</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・集団安全保障について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・集団安全保障は、第一次世界大戦後に生まれた考え方だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・集団安全保障とは・・戦争を違法と考えて、集団安全保障に参加している国家の中で、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　戦争などを行う国家が出てきた時、集団安全保障に参加している他の</p>
<p>　　　　　　　　　　　　全ての国が、戦争などを行う国家に罰を加えるという考え方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※集団安全保障は最初に国際連盟が使った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際連盟について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際連盟とは・・アメリカのウィルソン大統領という人が</p>
<p>　　　　　　　　　　平和１４カ条というものを発表した</p>
<p>　　　　　　　　　　→平和１４カ条を土台に、１９１９年に第一次世界大戦の</p>
<p>　　　　　　　　　　　パリ講和会議で作られた国際平和機関のこと</p>
<p>　　※平和１４カ条では、秘密外交（国民に教えないで、政府だけでやる外交）の禁止や</p>
<p>　　　民族自決の原則などを提唱した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際連盟規約（国際連盟で決めた規則）の内容</p>
<p>　　→・紛争の平和的解決の原則（紛争をおだやかに解決すること）</p>
<p>　　　・国際紛争の軍事的解決の禁止（国際紛争は軍事などの戦力を使って</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　止めることをしてはいけない）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際連盟の構成</p>
<p>　　・総会・・加盟している全ての国によって構成される組織のこと</p>
<p>　　・理事会・・戦争で勝った国などによって構成される組織のこと</p>
<p>　　・事務局・・国際連盟の行政に関する事務を行うための組織のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※国際連盟には、常設国際司法裁判所という施設が作られた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国際連盟の開始と失敗について</p>
<p>　　・国際連盟は１９２０年にスタートした、史上初の国際機構だった</p>
<p>　　・国際連盟は、国際紛争の解決に対して、十分に効果を発揮することができなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・国際連盟が国際紛争の解決に貢献できなかった理由</p>
<p>　　　・総会や理事会での会議の時に、全会一致の方式が使われていたので、</p>
<p>　　　　より良い決定をすることができなかった</p>
<p>　　　　※全会一致・・全員が賛成をすることで、その意見が採用される方式のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・連盟で決められた内容の強制力があまり強くなかった</p>
<p>　　　　→強制力が弱かった理由・・加盟国に対して、行動を取るように言うだけで、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　侵略をした国に対しては、経済制裁（経済的な罰）しか</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　できなかったから</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・世界の力のある大きな国は、連盟を推していたわけではなく、</p>
<p>　　　　国際連盟自体が不安定だった</p>
<p>　　　　→・アメリカ・・国際連盟に加盟しなかった</p>
<p>　　　　　・ソ連・・１９３４年に加入</p>
<p>　　　　　・日本、ドイツ、イタリア・・１９３０年代にどんどん抜けて行った</p>
<p>　</p>
<p>　　　→このような理由があって、国際連盟は第二次世界大戦を防ぐことが</p>
<p>　　　　できなかったと言われている</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1866">国際秩序と国際組織について　－勢力均衡・集団安全保障・国際連盟－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>パリ講和会議と中国・朝鮮の民族運動について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1289</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1289#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 04:17:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[大正時代]]></category>
		<category><![CDATA[ウィルソン]]></category>
		<category><![CDATA[パリ講和会議]]></category>
		<category><![CDATA[ヴェルサイユ体制]]></category>
		<category><![CDATA[ヴェルサイユ条約]]></category>
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		<category><![CDATA[国際連盟]]></category>
		<category><![CDATA[委任統治権]]></category>
		<category><![CDATA[山東半島]]></category>
		<category><![CDATA[独立宣言朗読会]]></category>

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		<description><![CDATA[パリ講和会議と中国・朝鮮の民族運動について考えてみます &#160; &#160; ・パリ講和会議について &#160; &#160; 　・アメリカ大統領のウィルソンという人が議会に１４カ条を提唱して、 　　その提唱をド [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1289">パリ講和会議と中国・朝鮮の民族運動について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>パリ講和会議と中国・朝鮮の民族運動について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・パリ講和会議について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・アメリカ大統領のウィルソンという人が議会に１４カ条を提唱して、</p>
<p>　　その提唱をドイツが受け入れた</p>
<p>　　→この受け入れによって、１９１８年１１月に、休戦が成り立った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※１４カ条の内容について</p>
<p>　　　・これは、１９１８年１月１８日にウィルソンが議会に出した教書のこと</p>
<p>　　　・内容は、秘密外交の禁止、全ての経済障壁の撤廃、国際的な連合の設立</p>
<p>　　　　などの１４カ条だった</p>
<p>　　　　※ただし、賠償問題には触れていなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・休戦が成立した次の年に、パリで講和会議が開かれた</p>
<p>　　※日本は、連合国の１つとして、西園寺公望や牧野伸顕などをパリに送った</p>
<p>　　　→この時の会議で、６月に講和条約を調印した</p>
<p>　　　　＝この条約をヴェルサイユ条約という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　※ヴェルサイユ条約の内容</p>
<p>　　　　　・ドイツ側に大量の賠償金を求める</p>
<p>　　　　　・ドイツ側の軍備を制限した</p>
<p>　　　　　・ドイツの土地の一部を譲り渡す</p>
<p>　　　　　　→このような、厳しいものだった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、民族自決の原則の考え方によって東欧で多くの独立国家を誕生させた</p>
<p>　　→さらに、国際紛争を平和に解決することや国際協力を行っていくための機関として</p>
<p>　　　国際連盟を作ることを決めた</p>
<p>　　　＝このように、ヴェルサイユ条約を土台にしたヨーロッパでの</p>
<p>　　　　新しい国際のルールを、ベルサイユ体制という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※国際連盟について</p>
<p>　　　　・国際連盟は１９２０年に誕生した</p>
<p>　　　　・それぞれの国の行動を規制するために、国際法を作った</p>
<p>　　　　・戦争を行わずに、それぞれの国の協調を促そうとした</p>
<p>　　　　　※ただし、戦争で勝った国に有利にする状況を維持するものもあった</p>
<p>　　　　・日本は、イギリス、フランス、イタリアの３国と一緒に常任理事国になった</p>
<p>　　　　・国際連盟を提唱したアメリカは、上院に反対されたため、</p>
<p>　　　　　国際連盟に参加できなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・中国や朝鮮での民族運動について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、ヴェルサイユ条約によって、山東半島のドイツの利益を</p>
<p>　　引き続き受け継ぐことを認められた</p>
<p>　　→これと同時に、赤道より北側のドイツ領の南洋諸島の委任統治権という権利を得た</p>
<p>　　　※委任統治権・・植民地のような地域に関する統治の権利のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ヴェルサイユ条約の時に、日本は人種差別撤廃条約をすごく推した</p>
<p>　　　→日本がこの条約を推した理由に様々な説があるが、</p>
<p>　　　　大きくは以下の２つあると言われている</p>
<p>　　　　・山東半島に関する問題の時の取引材料として使おうとした</p>
<p>　　　　・国際連盟が白人人種を中心にした連盟になることを防ぎたかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※山東問題については、会議のときからアメリカなどは反対していた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・上のような状況で、中国は１９１９年５月４日から北京などで</p>
<p>　　山東半島の返還などを求めて、学生や労働者などが反日の国民運動を行った</p>
<p>　　＝この出来事を五・四運動という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→中国はこれに加えて、二十一カ条の要求の内容を撤廃することを要求したものの</p>
<p>　　　会議で拒否された</p>
<p>　　　＝そのため、中国はヴェルサイユ条約に調印しなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・その後、民族自決という考え方が国際レベルで広がっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→その状況の中で、東京に住んでる朝鮮人の学生、</p>
<p>　　　日本に支配されている朝鮮の学生や宗教団体などが</p>
<p>　　　朝鮮の独立を求める運動が起きた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　※１９１９年３月１日に京城（現在のソウル）の</p>
<p>　　　　パゴダ公園（現在のタプッコル公園）というところで独立宣言朗読会</p>
<p>　　　　という会を開いた</p>
<p>　　　　→この会をきっかけに、朝鮮全体で独立を求める人々の運動が始まった</p>
<p>　　　　　＝この運動を三・一独立運動という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・朝鮮の三・一独立運動は、基本的に平和で暴力を行わないものだった</p>
<p>　　※しかし、朝鮮総督府は警察や憲兵、軍隊などを使って、</p>
<p>　　　三・一独立運動を厳しく抑えつけた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※ただし、国際の意見を配慮することと、原内閣の考え方により、</p>
<p>　　　今までは朝鮮総督府が現役の軍人だけだったものを、文官までに拡大したり、</p>
<p>　　　憲兵を廃止したりするなどの、少しの改善を行った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・パリ講和会議について押さえる</p>
<p>・中国と朝鮮の民族運動について押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1289">パリ講和会議と中国・朝鮮の民族運動について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>第一次世界大戦の時の日本の様子について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1031</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1031#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 08:11:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[第一次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[シベリア出兵]]></category>
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		<category><![CDATA[二十一カ条の要求]]></category>
		<category><![CDATA[五・四運動]]></category>
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		<description><![CDATA[第一次世界大戦の時の日本の様子について考えてみます &#160; &#160; ・第一次世界大戦の時の日本の様子について &#160; 　※第一次大戦によって欧米の国々が弱くなっていったことは、 　　日本が新しく海外に進 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1031">第一次世界大戦の時の日本の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>第一次世界大戦の時の日本の様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・第一次世界大戦の時の日本の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※第一次大戦によって欧米の国々が弱くなっていったことは、</p>
<p>　　日本が新しく海外に進出するきっかけになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、第一次大戦が始まった後、ドイツに宣戦した</p>
<p>　　→すると日本は、中国にあるドイツの租借地膠州湾（青島）と、</p>
<p>　　　太平洋上のドイツ領南洋諸島を占領した</p>
<p>　</p>
<p>　・また日本は、１９１５年１月に、中国に対して二十一カ条の要求をつきつけた</p>
<p>　　→袁世凱政権は、中国の主権を無視するものとして最初は二十一カ条の要求を拒否した</p>
<p>　　　※しかし、軍事力を背景にして日本が中国を圧迫したため、</p>
<p>　　　　二十一カ条の要求の承認に追い込まれた</p>
<p>　　　　＝このため、中国人の日本に対する感情が急激に悪くなった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・そして日本は、第一次大戦の末期にシベリア出兵に加わった</p>
<p>　　※日本は、他国が兵を撤退してからも革命勢力の阻止を理由にして、</p>
<p>　　　最後まで軍を置いといた</p>
<p>　　　→そのため、シベリア出兵が国内外から批判を浴びた</p>
<p>　　　　＝そこで日本は、１９２２年に軍を引き上げた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本が統治していた朝鮮では、ロシア革命や世界各国の民族自決の流れに乗っかって、</p>
<p>　　独立への要求が高まってきた</p>
<p>　　</p>
<p>　・１９１９年３月１日に、ソウルで独立万歳をさけぶデモが始まった</p>
<p>　　→このデモは、すぐに全国に広がっていった</p>
<p>　　　＝この運動を三・一独立運動という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→朝鮮総督府は、軍隊を使って三・一独立運動を鎮圧した</p>
<p>　　　※しかし、朝鮮はこの事件に衝撃をうけた</p>
<p>　　　　＝そのため、武断政治をある程度ゆるめて、「文化政治」と呼ばれる</p>
<p>　　　　　同化政策に変わっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→１９１９年４月に、朝鮮の独立運動に関する様々な団体を統合して、</p>
<p>　　　大韓民国臨時政府が上海で結成された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１９年のパリ講和会議で、中国は以下のような要求を出した</p>
<p>　　→・二十一カ条の要求の取り消し</p>
<p>　　　・山東のドイツ利権の返還の提訴　　など</p>
<p>　　　　＝これらの要求は、列国によって却下された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→中国は要求の却下に抗議して、１９１９年５月４日に、北京大学の学生を中心に</p>
<p>　　　抗議デモが行なわれた</p>
<p>　　　※このデモは、以下のような動きを見せるようになった</p>
<p>　　　　・条約反対や排日の声になって各地に波及した</p>
<p>　　　　・日本商品の排斥やストライキが起きた</p>
<p>　　　　・幅広い層を巻き込んだ愛国運動に発展していった</p>
<p>　　　　　＝５月４日に行われたデモを、五・四運動という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そのため、中国政府もヴェルサイユ条約の調印を拒否せざるを得なかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・パリ講和会議で日本は、以下のようなことが認められた</p>
<p>　　→・日本がドイツ権益の継承を認められた</p>
<p>　　　・赤道以北のドイツ領南洋諸島の委任統治権を得た</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・また日本は、国際連盟の常任理事国になり、国際的な地位を向上させた</p>
<p>　　→しかし列国は、東アジアで日本の勢力が拡大することに対して</p>
<p>　　　警戒心を抱くようになった</p>
<p>　　　※そこで、ワシントン会議ではアメリカやイギリスなどが中国の主張を支持した</p>
<p>　　　　＝その結果、九カ国条約で中国の主権尊重と領土保全の約束、</p>
<p>　　　　　山東のドイツ利権の中国への返還などが行なわれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・第一次大戦の日本の様子についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1031">第一次世界大戦の時の日本の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>ヴェルサイユ体制について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1022</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1022#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 07:24:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[第一次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[ウィルソン大統領]]></category>
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		<category><![CDATA[セーヴル条約]]></category>
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		<category><![CDATA[十四カ条の内容]]></category>
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		<description><![CDATA[ヴェルサイユ体制について考えてみます &#160; &#160; ・ヴェルサイユ体制について &#160; &#160; 　・１９１９年１月に、連合国の代表が集まって、パリ講和会議が開かれた 　　→講和の基礎になる原則は [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1022">ヴェルサイユ体制について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ヴェルサイユ体制について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ヴェルサイユ体制について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１９年１月に、連合国の代表が集まって、パリ講和会議が開かれた</p>
<p>　　→講和の基礎になる原則は、アメリカのウィルソン大統領が、</p>
<p>　　　１９１８年１月に発表した十四カ条だった</p>
<p>　　　※十四カ条の内容</p>
<p>　　　　・秘密外交の禁止　・海洋の自由　・関税障壁の廃止　・軍備の縮小　</p>
<p>　　　　・ヨーロッパ諸国民の民族自決　・植民地問題の公正な解決　・国際平和機構の設立　　</p>
<p>　　　　　などを主な内容としていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ウィルソンは、以下のようなことを考えていた</p>
<p>　　→・ヨーロッパ列強の秘密外交や非民主的な政治を批判した</p>
<p>　　　・平和や社会的公平への民衆の願望を受け止めようとした</p>
<p>　　　・自由主義経済のもとで戦争を防止する国際秩序を実現しようとした</p>
<p>　　　・ロシア革命の社会主義に対抗しようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・しかし、フランスのクレマンソーやイギリスのロイド＝ジョージは、</p>
<p>　　植民地などの既得権益を手放さず、敗戦国に対しても厳しい態度で向かっていった</p>
<p>　　→そのため、パリ講和会議の原則が部分的にしか実現しなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※一方で、以下のようなことも起きた</p>
<p>　　　・民族自決権の適用が旧ロシア、オーストリア、オスマン帝国にいる</p>
<p>　　　　民族の独立に限定された</p>
<p>　　　・ドイツの租借地や植民地が戦勝列強国に分配された</p>
<p>　　　　→これらの動きは、中国をはじめとして、アジアやアフリカの人々を失望させた</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１９年６月に、パリ郊外のヴェルサイユ宮殿で、</p>
<p>　　ドイツとのヴェルサイユ条約が調印された</p>
<p>　　→その結果、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・ドイツが全ての植民地を失い、アルザスとロレーヌをフランスに返還した</p>
<p>　　　・ポーランドなどの周辺国に国境地域を渡した</p>
<p>　　　・ラインラントを非武装化した</p>
<p>　　　・軍備の制限をした</p>
<p>　　　・巨額の賠償金の支払いを決めた（１９２１年に、１３２０億金マルクに決定した）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・オーストリア、ハンガリー、ブルガリア、オスマン帝国の旧同盟国との講和条約が</p>
<p>　　それぞれ別個に結ばれた</p>
<p>　　→結ばれた講和条約として、以下のようなものがある</p>
<p>　　　・１９１９年９月のサン＝ジェルマン条約</p>
<p>　　　・１９２０年６月のトリアノン条約</p>
<p>　　　・１９１９年１１月のヌイイ条約</p>
<p>　　　・１９２０年８月のセーヴル条約</p>
<p>　　　　※これらの条約は、どれもパリ近郊で調印された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→講和条約が結ばれたことによって、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・オーストリアがドイツ人のみの小共和国になった</p>
<p>　　　・旧オーストリア＝ハンガリーと旧ロシア帝国領から、以下の地域が独立した</p>
<p>　　　　　→・ハンガリー　・チェコスロヴァキア　・ユーゴスラヴィア　・フィンランド　</p>
<p>　　　　　　・ポーランド　・エストニア　・ラトヴィア　・リトアニア</p>
<p>　　　・旧オスマン帝国内では、アラビア半島でイブン＝サウードが独立した</p>
<p>　　　・シリアが、フランスの委任統治のもとに置かれた</p>
<p>　　　・イラクとトランスヨルダンとパレスチナが、イギリスの委任統治のもとに置かれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→さらに、講和条約の時に、ウィルソンの提案した国際連盟の設置も決まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※国際連盟について</p>
<p>　　・国際連盟とは・・世界の恒久的な平和を目指す史上初の大規模な国際機構のこと</p>
<p>　　・スイスのジュネーヴに本部を置いた</p>
<p>　　・総会、理事会、連盟事務局を中心に運営された</p>
<p>　　・国際労働機関と常設国際司法裁判所が設置された</p>
<p>　　・ドイツなどの敗戦国とソヴィエト＝ロシアが排除された</p>
<p>　　・アメリカは、国際的な負担に反対する上院がヴェルサイユ条約の批准を拒否したため、</p>
<p>　　　連盟に参加しなかった</p>
<p>　　　→そのため、連盟の構成国はヨーロッパ諸国に偏るという問題があった</p>
<p>　　　→さらに、侵略国家への制裁手段が不十分であるという問題もあった</p>
<p>　　・中小諸国の国境紛争の調停や、文化交流の面では国際連盟は成果を上げた</p>
<p>　　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　＝パリ講和会議で決まった上のようなヨーロッパの新国際秩序を、ヴェルサイユ体制と呼ぶ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ヴェルサイユ体制についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1022">ヴェルサイユ体制について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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