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	<title>アラエス &#187; ブロック経済</title>
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	<item>
		<title>金本位制とＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1879</link>
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		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 17:19:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[赤長のいちご]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界経済・世界の課題]]></category>
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		<description><![CDATA[金本位制とIMF－GATT体制について考えてみます &#160; &#160; ・金本位制の時の経済について &#160; 　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、 　　金本位制という国際通貨制 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1879">金本位制とＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>金本位制とIMF－GATT体制について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・金本位制の時の経済について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、</p>
<p>　　金本位制という国際通貨制度を使った、自由貿易の経済の体制だった</p>
<p>　　※金本位制の時の国際経済は、国が手を加えなくても、収入と支出が自然と一致したので、</p>
<p>　　　自由貿易が出来ていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→しかし、下の３つの理由が原因で、金本位制が危なくなってきて、</p>
<p>　　結果的に金本位制が完全にダメになってしまったと言われている</p>
<p>　　理由：・第一次世界大戦の後に、国際経済の中心がイギリスからアメリカに</p>
<p>　　　　　　変わっていったので金がアメリカにどんどん集まるようになっていった</p>
<p>　　　　　・貿易量が増えた時に、金は増えなかったので、金が貴重になっていった</p>
<p>　　　　　・１９３０年代に世界恐慌が響いていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→そこで、金本位制が終わった時の世界恐慌を乗り切るために、</p>
<p>　　それぞれの国は主に下の２つのような行動を取った</p>
<p>　　・輸出を増やすことで不況を乗り切ろうとして、</p>
<p>　　　為替の切り下げ（自分の国の通貨の価値を下げる）を行った</p>
<p>　　・輸入する商品に、高い関税をかけることで、</p>
<p>　　　自分の国に入ってくる輸入品を減らそうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝結果的に、世界での貿易が非常に少なくなり、特に大きな国は</p>
<p>　　　ブロック経済を行うところもあった</p>
<p>　　　※ブロック経済・・いくつかの国の経済をまとめて、一つの国の経済として</p>
<p>　　　　　　　　　　　　扱うようになること</p>
<p>　　　　　　　　　　　　（１９３０年代は、イギリス、フランスなどの帝国主義だった国を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　中心に、世界全体がいくつかの経済に分けられることになった）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※上のような経済のスタイルは結果的に崩れたが、崩れたことが</p>
<p>　　　　第二次世界大戦を引き起こす原因の一つだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第二次世界大戦の前の国際経済のスタイルが失敗だということになったので、</p>
<p>　　戦後に新しい経済の制度を使って国際経済を安定させようとする動きが</p>
<p>　　見られるようになった</p>
<p>　　→戦後の国際経済を安定させるための重要な制度として使われたのが、</p>
<p>　　　ＧＡＴＴ（関税と貿易に関する一般協定）とＩＭＦ（国際通貨基金）というものだった</p>
<p>　　　※このように、ＧＡＴＴとＩＭＦが重視されたので、</p>
<p>　　　　ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制とも言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＧＡＴＴについて</p>
<p>　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは１９４８年に、自由貿易を促すために作られた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは、自由貿易、無差別最恵国待遇、多角主義の３つを基本的な原則として、</p>
<p>　　　関税を引き下げる、輸入の制限を無くす、貿易に関する様々な壁を無くす、</p>
<p>　　　などのように、多くの行動を行っている</p>
<p>　　　※最恵国待遇・・２つの国が自分達の間だけで行う貿易に関する</p>
<p>　　　　　　　　　　　独自のルール（関税や航海など）は２つの国とは関係の無い国と</p>
<p>　　　　　　　　　　　行っている貿易に関する独自のルールよりも悪いルールで</p>
<p>　　　　　　　　　　　貿易をしてはいけないということ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＩＭＦについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ＩＭＦは、１９４４年に出来たブレトン・ウッズ協定という協定を土台にして、</p>
<p>　　　１９４７年に作られた国際通貨制度のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ブレトン・ウッズ協定で決められたこと</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・ドルは、金１オンス＝３５ドルというレートで金とドルが交換できることが保障され、</p>
<p>　　　　さらに、他の国々の通貨とドルとの交換の比率も一定の率で固定化され、</p>
<p>　　　　交換できることが保障された</p>
<p>　　　　＝この制度を、固定相場制と言う</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・各国の通貨当局（通貨に関する事務を行う機関）が</p>
<p>　　　　平価維持（ドルとの交換比率を一定の数値で安定させること）を行うことを義務とした</p>
<p>　　　　※ただし、上下１％の変動までは認められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・経常収支が一時的に赤字になってしまった国は、ブレトン・ウッズ協定に</p>
<p>　　　　参加している国が出した出資金から一時的にお金を貸してもらえることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９４４年７月に開かれた連合国国際通貨会議という会議が開かれ、</p>
<p>　　　　下のようなことが決められた</p>
<p>　　　　→・ドルを基軸通貨とすることが決められた</p>
<p>　　　　　・国際復興開発銀行（ＩＢＲＤ）というものを作ることが決められた</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1879">金本位制とＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<title>国際経済を歴史的な視点から見る　―金本位制・IMF－GATT体制―</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1759</link>
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		<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 02:46:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[現代人]]></dc:creator>
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		<description><![CDATA[国際経済の歴史について、金本位制とIMF－GATT体制を中心に考えてみます &#160; &#160; ・金本位制の時の経済について &#160; 　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、 　　 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1759">国際経済を歴史的な視点から見る　―金本位制・IMF－GATT体制―</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国際経済の歴史について、金本位制とIMF－GATT体制を中心に考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・金本位制の時の経済について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第一次世界大戦（１９１４～１９１８）よりも前の時の国際経済は、</p>
<p>　　金本位制という国際通貨制度を使った、自由貿易の経済の体制だった</p>
<p>　　※金本位制の時の国際経済は、国が手を加えなくても、収入と支出が自然と一致したので、</p>
<p>　　　自由貿易が出来ていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→しかし、下の３つの理由が原因で、金本位制が危なくなってきて、</p>
<p>　　結果的に金本位制が完全にダメになってしまったと言われている</p>
<p>　　理由：・第一次世界大戦の後に、国際経済の中心がイギリスからアメリカに</p>
<p>　　　　　　変わっていったので金がアメリカにどんどん集まるようになっていった</p>
<p>　　　　　・貿易量が増えた時に、金は増えなかったので、金が貴重になっていった</p>
<p>　　　　　・１９３０年代に世界恐慌が響いていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→そこで、金本位制が終わった時の世界恐慌を乗り切るために、</p>
<p>　　それぞれの国は主に下の２つのような行動を取った</p>
<p>　　・輸出を増やすことで不況を乗り切ろうとして、</p>
<p>　　　為替の切り下げ（自分の国の通貨の価値を下げる）を行った</p>
<p>　　・輸入する商品に、高い関税をかけることで、</p>
<p>　　　自分の国に入ってくる輸入品を減らそうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝結果的に、世界での貿易が非常に少なくなり、特に大きな国は</p>
<p>　　　ブロック経済を行うところもあった</p>
<p>　　　※ブロック経済・・いくつかの国の経済をまとめて、一つの国の経済として</p>
<p>　　　　　　　　　　　　扱うようになること</p>
<p>　　　　　　　　　　　　（１９３０年代は、イギリス、フランスなどの帝国主義だった国を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　中心に、世界全体がいくつかの経済に分けられることになった）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※上のような経済のスタイルは結果的に崩れたが、崩れたことが</p>
<p>　　　　第二次世界大戦を引き起こす原因の一つだと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第二次世界大戦の前の国際経済のスタイルが失敗だということになったので、</p>
<p>　　戦後に新しい経済の制度を使って国際経済を安定させようとする動きが</p>
<p>　　見られるようになった</p>
<p>　　→戦後の国際経済を安定させるための重要な制度として使われたのが、</p>
<p>　　　ＧＡＴＴ（関税と貿易に関する一般協定）とＩＭＦ（国際通貨基金）というものだった</p>
<p>　　　※このように、ＧＡＴＴとＩＭＦが重視されたので、</p>
<p>　　　　ＩＭＦ－ＧＡＴＴ体制とも言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＧＡＴＴについて</p>
<p>　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは１９４８年に、自由貿易を促すために作られた</p>
<p>　　　</p>
<p>　　・ＧＡＴＴは、自由貿易、無差別最恵国待遇、多角主義の３つを基本的な原則として、</p>
<p>　　　関税を引き下げる、輸入の制限を無くす、貿易に関する様々な壁を無くす、</p>
<p>　　　などのように、多くの行動を行っている</p>
<p>　　　※最恵国待遇・・２つの国が自分達の間だけで行う貿易に関する</p>
<p>　　　　　　　　　　　独自のルール（関税や航海など）は２つの国とは関係の無い国と</p>
<p>　　　　　　　　　　　行っている貿易に関する独自のルールよりも悪いルールで</p>
<p>　　　　　　　　　　　貿易をしてはいけないということ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ＩＭＦについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ＩＭＦは、１９４４年に出来たブレトン・ウッズ協定という協定を土台にして、</p>
<p>　　　１９４７年に作られた国際通貨制度のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ブレトン・ウッズ協定で決められたこと</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・ドルは、金１オンス＝３５ドルというレートで金とドルが交換できることが保障され、</p>
<p>　　　　さらに、他の国々の通貨とドルとの交換の比率も一定の率で固定化され、</p>
<p>　　　　交換できることが保障された</p>
<p>　　　　＝この制度を、固定相場制と言う</p>
<p>　　　</p>
<p>　　　・各国の通貨当局（通貨に関する事務を行う機関）が</p>
<p>　　　　平価維持（ドルとの交換比率を一定の数値で安定させること）を行うことを義務とした</p>
<p>　　　　※ただし、上下１％の変動までは認められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・経常収支が一時的に赤字になってしまった国は、ブレトン・ウッズ協定に</p>
<p>　　　　参加している国が出した出資金から一時的にお金を貸してもらえることになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・１９４４年７月に開かれた連合国国際通貨会議という会議が開かれ、</p>
<p>　　　　下のようなことが決められた</p>
<p>　　　　→・ドルを基軸通貨とすることが決められた</p>
<p>　　　　　・国際復興開発銀行（ＩＢＲＤ）というものを作ることが決められた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・金本位制の概要、崩壊まで、崩壊の理由などを押さえる</p>
<p>・ＧＡＴＴの内容を押さえる</p>
<p>・ＩＭＦの内容を押さえる</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1759">国際経済を歴史的な視点から見る　―金本位制・IMF－GATT体制―</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>世界恐慌後の日本と世界の様子について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1302</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1302#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Oct 2013 07:50:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ゴンショウ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[昭和時代・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[スターリン]]></category>
		<category><![CDATA[ソーシャル＝ダンピング]]></category>
		<category><![CDATA[ニューディール政策]]></category>
		<category><![CDATA[ブロック経済]]></category>
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		<category><![CDATA[日本製鉄社]]></category>
		<category><![CDATA[日産]]></category>
		<category><![CDATA[犬養毅]]></category>
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		<description><![CDATA[世界恐慌後の日本と世界の様子について考えてみます &#160; &#160; ・世界恐慌後の日本と世界の様子について &#160; &#160; 　・１９３１年１２月に、立憲政友会の犬養毅内閣が誕生した 　　→犬養毅首相 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1302">世界恐慌後の日本と世界の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>世界恐慌後の日本と世界の様子について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・世界恐慌後の日本と世界の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３１年１２月に、立憲政友会の犬養毅内閣が誕生した</p>
<p>　　→犬養毅首相は、大蔵大臣に高橋是清という人を使った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・高橋是清は、すぐに金輸出再禁止を行い、円の金兌換を停止した</p>
<p>　　→日本はこの政策によって、金本位制を終了して管理通貨制度に移った</p>
<p>　　　※管理通貨制度・・金本位制を辞め、通貨（不換紙幣）を、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　金の量に関係なく作ることができる制度のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・金輸出再禁止によって、円の相場が大きく下落した（＝円安）</p>
<p>　　→そのため、様々な産業が大量に輸出をするようになった</p>
<p>　　　※中でも綿織物の輸出の拡大が著しかったため、綿織物が世界第１位の規模にまで成長した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界恐慌の後、世界情勢が大きく変わり、多くの国が世界恐慌を抜け出そうとして</p>
<p>　　苦しんでいた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※各国はどのような政策を取ったのか</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・アメリカ</p>
<p>　　　　→１９３３年に就任したフランクリン＝ローズヴェルトという大統領が、</p>
<p>　　　　　ニューディール政策（国のお金を使って景気の回復を目指す政策）をとって、</p>
<p>　　　　　世界恐慌を切り抜けた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・イタリアとドイツ</p>
<p>　　　　→イタリアは、ムッソリーニという人がファシスト党という政党を使って</p>
<p>　　　　　一党独裁体制（ファシズム）を作った</p>
<p>　　　　→ドイツは、ヒトラーという人がナチ党という政党を使って</p>
<p>　　　　　一党独裁体制（ナチズム）を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・ソ連</p>
<p>　　　　→スターリンという人が独裁体制を作り、計画経済を行うことで、</p>
<p>　　　　　ソ連独自の国家を中心とした経済の体制を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　・イギリス</p>
<p>　　　　→イギリスと植民地の間でだけ積極的に貿易を行うという</p>
<p>　　　　　ブロック経済（保護貿易）の体制を作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界の国々は、円安の状況で日本が自分の植民地の国に輸出を拡大することは、</p>
<p>　　ソーシャル＝ダンピングだということで批判した</p>
<p>　　※ソーシャル＝ダンピング・・低賃金や長時間労働などにして、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　低コストで作った商品を海外で売ること</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・日本は、綿花、石油、機械などを輸入していたが、</p>
<p>　　輸入はアメリカに頼るようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・輸出が増えたこと、赤字国債を出して軍事費や農村救済費などに</p>
<p>　　お金を大量に投資したことなどが影響して産業界が活気づくようになっていった</p>
<p>　　→日本は、１９３３年ころに世界恐慌以前の生産水準を取り戻すまでに復活してきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・世界恐慌からの脱出の時には、様々な産業が以下のように盛り上がりを見せた</p>
<p>　　→・軍事面の需要と保護貿易が影響して、重化学工業が著しく成長した</p>
<p>　　　・金属・機械・化学工業の合計の生産額が１９３３年に繊維工業を超え、</p>
<p>　　　　１９３８年に工業生産額の半分を占めた</p>
<p>　　　・産業の中心が、軽工業から重化学工業にシフトしていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・鉄鋼業の面では、八幡製鉄所を中心にして企業どうしのつながりが出てきた</p>
<p>　　→そのため、国策のための会社として日本製鉄社が誕生して、</p>
<p>　　　鋼材を自給することが出来るようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・自動車工業と化学工業の面で、日産や日窒などの新興財閥と呼ばれる財閥が出てきた</p>
<p>　　→新興財閥は、軍と手を組んで、満州や朝鮮などにも進出するようになった</p>
<p>　　→今まであった財閥は、重化学工業に力を入れるようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※日産と日窒について</p>
<p>　　　　・鮎川義介という人が、日産自動車や日立製作所などによって出来ている</p>
<p>　　　　　日産コンツェルンを作った</p>
<p>　　　　　→日産コンツェルンは満州に進出して、満州の重化学工業を独占的に支配した</p>
<p>　　　　・野口遵という人が、日本窒素肥料会社という会社を基盤にして、</p>
<p>　　　　　朝鮮の北部で大水力発電所と化学コンビナートを作ることで、</p>
<p>　　　　　日窒コンツェルンを作った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時は農業恐慌だったので、農民の中で、農民の救済をお願いする運動が増えてきた</p>
<p>　　→そこで政府は、時局匡救事業（その時の情勢を良くするための事業）ということで、</p>
<p>　　　公共土木事業を行って、農民が日雇い労働者として働くスタイルで現金収入を得る、</p>
<p>　　　という方法を用意した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・さらに、政府は農山漁村経済構成運動を始めた</p>
<p>　　→この時に、産業組合を増やさせることなどを行って、農民を結束させようとした</p>
<p>　　　※政府は、農民や漁民が自力で活発になることを期待していた</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・世界恐慌の後の日本と世界の様子を押さえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1302">世界恐慌後の日本と世界の様子について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>ブロック経済について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1040</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1040#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 09:42:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[パワフルくん]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界恐慌・第二次世界大戦]]></category>
		<category><![CDATA[ヒトラー政権]]></category>
		<category><![CDATA[フラン通貨圏]]></category>
		<category><![CDATA[ブロック経済]]></category>
		<category><![CDATA[ポンド＝ブロック]]></category>
		<category><![CDATA[マクドナルド]]></category>
		<category><![CDATA[人民戦線内閣]]></category>
		<category><![CDATA[仏ソ相互援助条約]]></category>
		<category><![CDATA[保守党]]></category>
		<category><![CDATA[宥和政策]]></category>
		<category><![CDATA[金本位制]]></category>

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		<description><![CDATA[ブロック経済について考えてみます &#160; &#160; &#160; ・ブロック経済について &#160; &#160; &#160; 　・イギリスでは、第２次マクドナルド内閣が失業保険の削減を含む緊縮財政を提案し [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1040">ブロック経済について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ブロック経済について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ブロック経済について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イギリスでは、第２次マクドナルド内閣が失業保険の削減を含む緊縮財政を提案した</p>
<p>　　※しかし、与党の労働党が反対して、マクドナルドを除名した</p>
<p>　　　→すると、マクドナルドは辞職して、改めて挙国一致内閣を組織した</p>
<p>　　　　＝結果的に、財政の削減と金本位制の停止を実施した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３２年のオタワ連邦会議では、スターリング＝ブロック（ポンド＝ブロック）</p>
<p>　　が結成された</p>
<p>　　※ポンド＝ブロック・・イギリス連邦内の関税を下げ、連邦外の国に対する関税を</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　上げる政策のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３５年に保守党政府が成立した</p>
<p>　　→そこで、ナチス＝ドイツの反ソ連という態度に期待して、宥和政策をとった</p>
<p>　　　※宥和政策・・ドイツの要求に譲歩して対決を避けようとした政策</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・フランスでは、世界恐慌の影響が１９３２年になって出てきた</p>
<p>　　→そこで政府は、植民地や友好国とフラン通貨圏を作って、経済を安定させようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・フランス国内の政治は不安定だった</p>
<p>　　※しかし、ドイツのヒトラー政権が誕生するということが起きた</p>
<p>　　　→すると、国内の極右勢力の活動などで、危機感を持った中道や左翼の勢力が</p>
<p>　　　　まとまり始めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３５年に仏ソ相互援助条約が結ばれた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９３６年に、社会党と急進社会党に共産党が協力する形で、人民戦線内閣が成立した</p>
<p>　　※人民戦線内閣について</p>
<p>　　　・人民戦線内閣・・社会党のブルムという人を首相として、反ファシズムを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　かかげる内閣のこと</p>
<p>　　　・人民戦線・・ファシズムに対抗するために、共産党を含む左翼の勢力が連合すること</p>
<p>　　　・人民戦線内閣は、１９３５年のコミンテルン大会で正式に認められた</p>
<p>　　　・人民戦線内閣は、１９３５年にフランスやスペインで、１９３６年にチリで成立した</p>
<p>　　　　※しかし、人民戦線内閣は長続きしなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　＝以上の国々の動きのように、ドル、ポンド、フランなどの通貨を軸に経済圏を作って、</p>
<p>　　他国の商品を排除する経済政策のことを、ブロック経済という</p>
<p>　</p>
<p>　　※ブロック経済は、国際経済を一層衰退させ、力があまりない中小の国々の経済を</p>
<p>　　　圧迫したと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・アメリカ、イギリス、フランスのブロック経済についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1040">ブロック経済について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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