ブロック経済について
ブロック経済について考えてみます
・ブロック経済について
・イギリスでは、第2次マクドナルド内閣が失業保険の削減を含む緊縮財政を提案した
※しかし、与党の労働党が反対して、マクドナルドを除名した
→すると、マクドナルドは辞職して、改めて挙国一致内閣を組織した
=結果的に、財政の削減と金本位制の停止を実施した
・1932年のオタワ連邦会議では、スターリング=ブロック(ポンド=ブロック)
が結成された
※ポンド=ブロック・・イギリス連邦内の関税を下げ、連邦外の国に対する関税を
上げる政策のこと
・1935年に保守党政府が成立した
→そこで、ナチス=ドイツの反ソ連という態度に期待して、宥和政策をとった
※宥和政策・・ドイツの要求に譲歩して対決を避けようとした政策
・フランスでは、世界恐慌の影響が1932年になって出てきた
→そこで政府は、植民地や友好国とフラン通貨圏を作って、経済を安定させようとした
・フランス国内の政治は不安定だった
※しかし、ドイツのヒトラー政権が誕生するということが起きた
→すると、国内の極右勢力の活動などで、危機感を持った中道や左翼の勢力が
まとまり始めた
・1935年に仏ソ相互援助条約が結ばれた
・1936年に、社会党と急進社会党に共産党が協力する形で、人民戦線内閣が成立した
※人民戦線内閣について
・人民戦線内閣・・社会党のブルムという人を首相として、反ファシズムを
かかげる内閣のこと
・人民戦線・・ファシズムに対抗するために、共産党を含む左翼の勢力が連合すること
・人民戦線内閣は、1935年のコミンテルン大会で正式に認められた
・人民戦線内閣は、1935年にフランスやスペインで、1936年にチリで成立した
※しかし、人民戦線内閣は長続きしなかった
=以上の国々の動きのように、ドル、ポンド、フランなどの通貨を軸に経済圏を作って、
他国の商品を排除する経済政策のことを、ブロック経済という
※ブロック経済は、国際経済を一層衰退させ、力があまりない中小の国々の経済を
圧迫したと言われている
ポイント
・アメリカ、イギリス、フランスのブロック経済についておさえる
このあたりが今回のポイントです