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	<title>アラエス &#187; レーニン</title>
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	<description>－全ての人に学びの空間を－</description>
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	<item>
		<title>社会主義の展開と各国の動きについて　－社会主義はどのように考えられていったのか－</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1659</link>
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		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 07:54:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[宮下]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[西洋思想]]></category>
		<category><![CDATA[ウェッブ夫妻]]></category>
		<category><![CDATA[ゴルバチョフ]]></category>
		<category><![CDATA[バーナード＝ショウ]]></category>
		<category><![CDATA[フェビアン協会]]></category>
		<category><![CDATA[ベルンシュタイン]]></category>
		<category><![CDATA[レーニン]]></category>
		<category><![CDATA[孫文]]></category>
		<category><![CDATA[帝国主義]]></category>
		<category><![CDATA[毛沢東]]></category>
		<category><![CDATA[社会主義]]></category>

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		<description><![CDATA[社会主義の展開について考えてみます &#160; &#160; &#160; ※社会主義が様々な形になっていくまでの背景について 　・１９世紀後半に、社会主義は世界的に広まっていった 　・一方で、資本主義が新しくなってい [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1659">社会主義の展開と各国の動きについて　－社会主義はどのように考えられていったのか－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>社会主義の展開について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※社会主義が様々な形になっていくまでの背景について</p>
<p>　・１９世紀後半に、社会主義は世界的に広まっていった</p>
<p>　・一方で、資本主義が新しくなっていき、資本主義の中でも「帝国主義」が展開されていった</p>
<p>　　※帝国主義・・各国が市場を得るために、植民地を取る争いをする、という動きのこと</p>
<p>　・労働運動が活発になり、言論の自由や選挙権の拡大など、</p>
<p>　　労働者の環境が少しずつ変わるようになっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→このような状況で、社会主義が様々な形になっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・イギリスの社会主義</p>
<p>　→代表的な人達として、ウェッブ夫妻やバーナード＝ショウなどが挙げられる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ウェッブ夫妻やバーナード＝ショウについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　・ウェッブ夫妻が中心となり、バーナード＝ショウがサポートする形で、</p>
<p>　　　フェビアン協会というものが作られた</p>
<p>　　</p>
<p>　　　→フェビアン協会は、功利主義の影響を受け、利潤の再分配、福祉の充実、</p>
<p>　　　　重要な産業の国有化などを行って</p>
<p>　　　　資本主義の良くない部分を少しずつ改善していこうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※フェビアン協会は、マルクスの革命の理論に対して、</p>
<p>　　　　知識のある人による指導を受けつつ、議会を使って平和に社会を変えていく、</p>
<p>　　　　という考え方の立場に立った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→このような、フェビアン協会のような考え方をフェビアニズムと言い、</p>
<p>　　イギリスの労働党に受け継がれていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ドイツの社会主義について</p>
<p>　→代表的な人にベルンシュタインという人がいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ベルンシュタインは、マルクス主義を発展させていくためには、</p>
<p>　　マルクスの考え方を修正していくべきだと考えた</p>
<p>　　＝このような考え方を修正マルクス主義という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ベルンシュタインは、政治の仕組みが民主的になり、労働者の地位が上がった国では、</p>
<p>　　突然の革命ではなく、労働者階級の人達が議会で多くを得ることで、</p>
<p>　　着実に社会主義へと向かっていくのが良いと考えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→このような、ベルンシュタインの考え方は、ドイツ社会民主党に受け継がれていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ロシアの社会主義について</p>
<p>　→代表的な人に、レーニンとゴルバチョフという人がいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・レーニンについて</p>
<p>　　・レーニンは、資本主義の社会でどれだけ民主化が進んでも階級による対立が</p>
<p>　　　無くならなければ、社会主義になることは無理だと考えた</p>
<p>　　　→そこでレーニンは、労働者階級の代表だった共産党に独裁をさせることによって</p>
<p>　　　　社会主義にしていこうとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ゴルバチョフについて</p>
<p>　　・ゴルバチョフは、自分を中心に１９８５年にペレストロイカを行った</p>
<p>　　　→しかし、ペレストロイカは、結果的に社会主義体制を</p>
<p>　　　　根本から崩すことになってしまった</p>
<p>　　　　※ペレストロイカ・・ゴルバチョフを中心にして行われた社会主義の立て直しのこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　＝結果的に、１９８９年から９１年にかけて、東欧とソ連の社会主義体制が終了した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・中国の社会主義について</p>
<p>　→代表的な人に孫文と毛沢東という人がいる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・孫文は三民主義を提唱し、「革命、いまだ成らず」という言葉を残して亡くなった</p>
<p>　　→その後、毛沢東が革命運動の中心になり、毛沢東の指導によって</p>
<p>　　　１９４９年に中華人民共和国が作られ、中国が独自の社会主義へと向かって行った</p>
<p>　　</p>
<p>　　※三民主義・・民族主義（民族の自覚を高めること）、民権主義（人民主権にすること）、</p>
<p>　　　　　　　　　民生主義（人々の生活を向上させるために社会主義的な政策を行うこと）の</p>
<p>　　　　　　　　　３つをまとめた呼び方のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ウェッブ夫妻とバーナード＝ショウらによって、フェビアン協会が作られ、</p>
<p>　少しずつ社会主義にしようと考えた</p>
<p>　→この考え方は、イギリスの労働党に受け継がれた</p>
<p>・ベルンシュタインは、修正マルクス主義を提唱し、革新的ではなく、</p>
<p>　着実に社会主義へ向かっていくべきだと考えた</p>
<p>　→この考え方は、ドイツ社会民主党に受け継がれた</p>
<p>・レーニンは、階級の対立が無くなれば資本主義から社会主義になると考えた</p>
<p>　→そこで、労働者階級の共産党に独裁をさせた</p>
<p>・ゴルバチョフらは、ペレストロイカを行ったが、社会主義を崩すまでのものになってしまった</p>
<p>・孫文が三民主義を提唱し、その後毛沢東が革命運動の中心になって、中華人民共和国を作った</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1659">社会主義の展開と各国の動きについて　－社会主義はどのように考えられていったのか－</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>第一次世界大戦後のソ連について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1028</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1028#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 07:59:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
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		<category><![CDATA[一国社会主義論]]></category>
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		<category><![CDATA[第1次五カ年計画]]></category>

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		<description><![CDATA[戦後のソ連について考えてみます &#160; &#160; ・ソ連について &#160; &#160; 　※ソ連では、レーニンが死んだ後、１９２４年に後継者争いが起きた &#160; 　 　・１９２２年に、スターリンとい [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1028">第一次世界大戦後のソ連について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>戦後のソ連について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ソ連について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※ソ連では、レーニンが死んだ後、１９２４年に後継者争いが起きた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・１９２２年に、スターリンという人が共産党の書記長になった</p>
<p>　　→この時スターリンは、以下のような行動を取った</p>
<p>　　　・ソ連１国だけで社会主義の建設が出来るとする一国社会主義論を提唱した</p>
<p>　　　・世界革命を主張するトロツキーなどを追放して実権を握った</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９２８年に、スターリンはネップに代わって、重工業化の推進による</p>
<p>　　社会主義の建設を指示した</p>
<p>　　＝この指示を、第１次五カ年計画という</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・第１次五カ年計画によって、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　→・農業で集団化と機械化が命じられた</p>
<p>　　　　※そのため、集団農場（コルホーズ）と国営農場（ソフホーズ）の建設が強行された</p>
<p>　　　　　→政府は、集団化に抵抗する多くの農民に対し、逮捕、投獄、生産物の</p>
<p>　　　　　　強制供出を実行した</p>
<p>　　　　　　＝そのため、１９３２～３３年に、農民の中で多くの餓死者が出たものの、</p>
<p>　　　　　　　集団化がほぼ完了した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一国社会主義論が優勢になると、コミンテルンもソ連国家の擁護が</p>
<p>　　重要な課題であると考えられた</p>
<p>　　＝そのため、スターリンとソ連共産党の意向を重視するようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・大戦後のソ連の動きをおさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1028">第一次世界大戦後のソ連について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>ソヴィエト政権とソ連の誕生について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1021</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1021#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 07:18:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
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		<description><![CDATA[ソヴィエト政権とソ連の誕生の背景を中心に、戦時共産主義やネップなどを考えてみます &#160; &#160; ・ソヴィエト政権について &#160; &#160; 　・ソヴィエト政権は、ドイツと休戦をした 　　※しかし、 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1021">ソヴィエト政権とソ連の誕生について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ソヴィエト政権とソ連の誕生の背景を中心に、戦時共産主義やネップなどを考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ソヴィエト政権について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ソヴィエト政権は、ドイツと休戦をした</p>
<p>　　※しかし、ソヴィエトは国際的な孤立の状況とドイツの優勢な軍事力を</p>
<p>　　　見せつけられることになった</p>
<p>　　　→そこで、１９１８年３月に、不利な条件でドイツ側と</p>
<p>　　　　ブレスト＝リトフスク条約を結んだ</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・国内では、ボリシェヴィキは憲法制定議会を封鎖した</p>
<p>　　→この封鎖によって、ソヴィエトを基盤とする体制に移動した</p>
<p>　　　＝その結果、社会主義を目指す方針を明らかにした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ボリシェヴィキは共産党と改称され、首都がモスクワに移された</p>
<p>　　→１８年半後には、ソヴィエト体制が事実上、ボリシェヴィキの一党支配になった</p>
<p>　　　＝その結果、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　　・地主からの土地を無償で没収し、農民へ分配した</p>
<p>　　　　・工業、銀行、貿易を国営化にし、国家で管理した　　など</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・レーニンが、ロシアで社会主義を成功させるためには、</p>
<p>　　先進資本主義国での革命（世界革命）が必要だと考えた</p>
<p>　　→そこでレーニンは、１９１９年３月に、モスクワでコミンテルン</p>
<p>　　　（共産主義インターナショナル、第３インターナショナル）を作って、</p>
<p>　　　世界革命の推進を行っていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※しかし、ハンガリーやドイツなどの敗戦国での革命は長続きしなかった</p>
<p>　　　→そのため、世界革命の期待は破れた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝しかし、社会主義を提唱する国家が出てきたことは、資本主義とは</p>
<p>　　　別の方向を示したことに加えて、資本主義の行き過ぎや欠陥などを修正する</p>
<p>　　　という面でも重要な役割を果たしたと言われている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・革命後に、旧帝政派の軍人やボリシェヴィキに反対する政党が、</p>
<p>　　各地に反革命政権を誕生させた</p>
<p>　　※革命が広がることをおそれる連合国も反革命政権を援助した</p>
<p>　　　→そして、直接シベリアなどの各地に軍を派遣した</p>
<p>　　　　＝その結果、対ソ干渉戦争というのが始まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ソヴィエト政府は赤軍を組織した</p>
<p>　　→さらに、チェカ（非常委員会）を設置して反革命運動を取り締まった</p>
<p>　　→その一方で、危機的な食料状況の解決のために、戦時共産主義を実施した</p>
<p>　　　※戦時共産主義・・農民から穀物を強制的に回収し、</p>
<p>　　　　　　　　　　　　都市住民や兵士に配給するスタイルのこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　＝その結果、１９２０年に国内の反革命政権がほぼ制圧され、外国軍が次第に撤退していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ソ連の誕生について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・戦時共産主義は、農業や工業の生産の混乱や低下を招いた</p>
<p>　　※この裏で、多くの餓死者を出すという深刻な事態を引き起こした</p>
<p>　　　＝そこで、１９２１年の初めには、労働者や兵士の中からも</p>
<p>　　　　共産党一党支配への反抗が出てきた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・そこでレーニンは、以下のような行動を取った</p>
<p>　　→・国有化を緩めた　・穀物の回収をやめた　・農民に余剰農産物の自由販売を認めた　</p>
<p>　　　・中小企業の私的な営業を認めた　　など</p>
<p>　　　＝これら一連の転換を、新経済政策（ネップ）という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※ただし、ネップの時にも、共産党一党体制、銀行や外国貿易の国家管理は変えなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→ネップによって、国民経済は回復に向かい、生産が戦前の水準にまで復活した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９２２年１２月に、シベリアから日本軍が撤退した後、ロシア、ウクライナ、</p>
<p>　　ベラルーン（白ロシア）、ザカフカースの４つのソヴィエト共和国が連合した</p>
<p>　　＝この連合によって、ソヴィエト連合社会主義共和国連邦（ソ連）が誕生した</p>
<p>　　　※１９２４年１月には、新憲法が公布された</p>
<p>　　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ソヴィエト政権の動きについておさえる</p>
<p>・ソ連の誕生についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです　</p>
<p>　</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1021">ソヴィエト政権とソ連の誕生について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>ロシア革命について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1020</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1020#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Oct 2013 07:15:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[バーのサトシ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[第一次世界大戦]]></category>
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		<category><![CDATA[農民革命]]></category>

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		<description><![CDATA[ロシア革命について考えてみます &#160; &#160; ・ロシア革命について &#160; &#160; 　・ロシアは、第一次世界大戦が始まってから、何度も負けていた 　　※さらに、輸送危機の重なって、都市への食料や [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1020">ロシア革命について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ロシア革命について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ロシア革命について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ロシアは、第一次世界大戦が始まってから、何度も負けていた</p>
<p>　　※さらに、輸送危機の重なって、都市への食料や燃料の供給が難しくなった</p>
<p>　　　＝しかし、供給の低下に対して、ロシアの皇帝や政府は十分な対策をしなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・一方で、国民の間では戦争の継続に反対する声が広がった</p>
<p>　　→そのため、以下のようなことが起きた</p>
<p>　　　・１９１６年の夏に、戦争へ人を送ることに抗議する中央アジアの民族が</p>
<p>　　　　蜂起を起こした</p>
<p>　　　・１９１７年３月８日に、首都のペトログラードで、パンと平和を求める人々のデモや</p>
<p>　　　　ストライキが起きた</p>
<p>　　　　※この時に、軍隊も加わって各地に広がっていった</p>
<p>　　　　※また、労働者や兵士はソヴィエトを組織して、革命を推進した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→結果的に、皇帝のニコライ２世が退位し、ロマノフ朝が消滅して帝政が崩壊した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　→そして、ドゥーマ（国会）の自由主義の党派の議員は、社会革命党などの</p>
<p>　　　支持を受けていた</p>
<p>　　　※そこで、ロシアで臨時政府を樹立した</p>
<p>　　　　＝これを、ロシアの二月革命（三月革命）という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※臨時政府は、普通選挙による議会の招集を決めた</p>
<p>　　　　→しかし、戦争は継続した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　※一方で、労働者やソヴィエトの兵士も存続し続けた</p>
<p>　　　　＝そのため、特殊なスタイルの二重構造による権力の状態が続いた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　</p>
<p>　・農村では、土地を求める農民革命が起きていた</p>
<p>　</p>
<p>　・また、ウクライナやフィンランドでは、民族革命が起きていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１７年４月に、ボリシェヴィキの指導者であったレーニンという人が</p>
<p>　　スイスから帰国して革命をさらに進める方針を示し、</p>
<p>　　ソヴィエト内でボリシェヴィキの勢力の拡大を目指した</p>
<p>　　＝これを四月テーゼという</p>
<p>　　　→そこで、新しく首相となったケレンスキーと対立した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１７年９月に、ボリシェヴィキの勢力が全国に拡大した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１９１７年１１月７日に、レーニンやトロツキーなどが、武装蜂起を指揮して、</p>
<p>　　政府を倒し、権力を握った</p>
<p>　　→次の日に、全ロシア＝ソヴィエト会議で新政権の成立が宣言された</p>
<p>　　　※この宣言の時に、以下の内容が採択された</p>
<p>　　　　・「平和に関する布告」・・全交戦国に無併合、無償金、民族自決の原則による</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　講和の呼びかけのこと</p>
<p>　　　　・「土地に関する布告」・・農民革命を認めた布告のこと</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝これら一連の流れによるロシア国内の革命を、十月革命（十一月革命）という</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・二月革命についておさえる</p>
<p>・十月革命についておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです　</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1020">ロシア革命について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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