ソヴィエト政権とソ連の誕生について

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投稿者:       投稿日時:2013/10/17 16:18      
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ソヴィエト政権とソ連の誕生の背景を中心に、戦時共産主義やネップなどを考えてみます

 

 

・ソヴィエト政権について

 

 

 ・ソヴィエト政権は、ドイツと休戦をした

  ※しかし、ソヴィエトは国際的な孤立の状況とドイツの優勢な軍事力を

   見せつけられることになった

   →そこで、1918年3月に、不利な条件でドイツ側と

    ブレスト=リトフスク条約を結んだ

 

 ・国内では、ボリシェヴィキは憲法制定議会を封鎖した

  →この封鎖によって、ソヴィエトを基盤とする体制に移動した

   =その結果、社会主義を目指す方針を明らかにした

 

 

 ・ボリシェヴィキは共産党と改称され、首都がモスクワに移された

  →18年半後には、ソヴィエト体制が事実上、ボリシェヴィキの一党支配になった

   =その結果、以下のようなことが起きた

    ・地主からの土地を無償で没収し、農民へ分配した

    ・工業、銀行、貿易を国営化にし、国家で管理した  など

 

 

 

 ・レーニンが、ロシアで社会主義を成功させるためには、

  先進資本主義国での革命(世界革命)が必要だと考えた

  →そこでレーニンは、1919年3月に、モスクワでコミンテルン

   (共産主義インターナショナル、第3インターナショナル)を作って、

   世界革命の推進を行っていった

 

  ※しかし、ハンガリーやドイツなどの敗戦国での革命は長続きしなかった

   →そのため、世界革命の期待は破れた

 

  =しかし、社会主義を提唱する国家が出てきたことは、資本主義とは

   別の方向を示したことに加えて、資本主義の行き過ぎや欠陥などを修正する

   という面でも重要な役割を果たしたと言われている

 

 

 

 

 ・革命後に、旧帝政派の軍人やボリシェヴィキに反対する政党が、

  各地に反革命政権を誕生させた

  ※革命が広がることをおそれる連合国も反革命政権を援助した

   →そして、直接シベリアなどの各地に軍を派遣した

    =その結果、対ソ干渉戦争というのが始まった

 

 

 ・ソヴィエト政府は赤軍を組織した

  →さらに、チェカ(非常委員会)を設置して反革命運動を取り締まった

  →その一方で、危機的な食料状況の解決のために、戦時共産主義を実施した

   ※戦時共産主義・・農民から穀物を強制的に回収し、

            都市住民や兵士に配給するスタイルのこと

 

 

 =その結果、1920年に国内の反革命政権がほぼ制圧され、外国軍が次第に撤退していった

 

 

 

 

 

 

 

・ソ連の誕生について

 

 

 ・戦時共産主義は、農業や工業の生産の混乱や低下を招いた

  ※この裏で、多くの餓死者を出すという深刻な事態を引き起こした

   =そこで、1921年の初めには、労働者や兵士の中からも

    共産党一党支配への反抗が出てきた

 

 ・そこでレーニンは、以下のような行動を取った

  →・国有化を緩めた ・穀物の回収をやめた ・農民に余剰農産物の自由販売を認めた 

   ・中小企業の私的な営業を認めた  など

   =これら一連の転換を、新経済政策(ネップ)という

 

   ※ただし、ネップの時にも、共産党一党体制、銀行や外国貿易の国家管理は変えなかった

 

 

  →ネップによって、国民経済は回復に向かい、生産が戦前の水準にまで復活した

 

 

 

 

 ・1922年12月に、シベリアから日本軍が撤退した後、ロシア、ウクライナ、

  ベラルーン(白ロシア)、ザカフカースの4つのソヴィエト共和国が連合した

  =この連合によって、ソヴィエト連合社会主義共和国連邦(ソ連)が誕生した

   ※1924年1月には、新憲法が公布された

  

 

ポイント

・ソヴィエト政権の動きについておさえる

・ソ連の誕生についておさえる

 

このあたりが今回のポイントです 

 

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