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	<title>アラエス &#187; ローマ教皇</title>
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	<item>
		<title>国際社会について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/1703</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/1703#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 15 Nov 2013 17:29:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ロンリ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[国際政治]]></category>
		<category><![CDATA[ウエストファリア条約]]></category>
		<category><![CDATA[ナショナリズム]]></category>
		<category><![CDATA[ローマ教皇]]></category>
		<category><![CDATA[三十年戦争]]></category>
		<category><![CDATA[主権国家]]></category>
		<category><![CDATA[国民国家]]></category>
		<category><![CDATA[国際社会]]></category>
		<category><![CDATA[市民革命]]></category>
		<category><![CDATA[民族自決の原則]]></category>

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		<description><![CDATA[国際社会について考えてみます &#160; &#160; ・国際社会について &#160; 　・今、世界に１９０以上の主権国家（反対は従属国や植民地などと呼んだりする）がある 　　※主権国家・・国家の権力を誰にも邪魔をさ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/1703">国際社会について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>国際社会について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・国際社会について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・今、世界に１９０以上の主権国家（反対は従属国や植民地などと呼んだりする）がある</p>
<p>　　※主権国家・・国家の権力を誰にも邪魔をされず、完璧な状態で使う事が出来る国家のこと</p>
<p>　　　　　　　　　→これらの国が自分達の主権を主張する形で国際社会は作られている</p>
<p>　　※国際社会には、世界の政府のような世界を仕切るための仕組みはない</p>
<p>　　　＝そのため、それぞれの国が自分の主権を主張しつつ、</p>
<p>　　　　相手の主権を尊重することで社会が成り立っている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　→上のような国際社会のスタイルができるまでの歴史・・・近世のヨーロッパがスタート</p>
<p>　　・近世のヨーロッパは、ローマ教皇という人がトップに立って</p>
<p>　　　様々なことを仕切ることで社会が成り立っていた</p>
<p>　　　→しかし、ローマ教皇に対して怒った宗教団体が多くあり、それらの宗教団体が</p>
<p>　　　　１６１８年～１６４８年の時に三十年戦争という宗教戦争を起こした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→そして、三十年戦争の終わりを認めたり、戦争をした人達が</p>
<p>　　　　仲直りするための会議として、ウエストファリア会議というのが開かれ、</p>
<p>　　　　そこでウエストファリア条約が結ばれた</p>
<p>　　　　＝この時に、それぞれの国の主権を認めると同時に平等な対応をすることが決まり、</p>
<p>　　　　　今のような国際社会のスタイルが出来た</p>
<p>　　　　※この時に、ローマ教皇がトップに立つ社会の仕組みは終わった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・主権国家の歴史について</p>
<p>　　・主権国家は、最初は絶対主義国家（国家の権力が強く国家が中心の国家）として生まれた</p>
<p>　　　→しかし、絶対主義に反対する人が多く、ブルジョアジーという階級の人達を中心にして</p>
<p>　　　　市民革命が起こり、様々な変化が起きた</p>
<p>　　　　※市民革命・・絶対主義のスタイルを壊して、近代の資本主義のスタイルへ</p>
<p>　　　　　　　　　　　持って行った革命のこと</p>
<p>　　　　　　　　　　　代表的なものに、イギリス革命やフランス革命などがある</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　→市民革命によって起きた変化</p>
<p>　　　　・国家と国民がまとまることの必要性が考えられるようになり、</p>
<p>　　　　　国民国家（国民を中心とした国家のこと）が生まれた</p>
<p>　　　　・資本主義が生まれた</p>
<p>　　　　・ナショナリズム（自分の国や民族を中心に考えることで、</p>
<p>　　　　　国民や民族をまとめるという考え方）という考えが生まれた</p>
<p>　　　　</p>
<p>　　　　※・第一次世界大戦の後には、民族自決の原則が認められるようになっていった</p>
<p>　　　　　　民族自決の原則・・それぞれの民族が自分達の考えで様々なことを</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　決めて良いという原則のこと</p>
<p>　　　　　・第二次世界大戦の後には、植民地がどんどん独立していった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　　→市民革命や世界大戦などが影響して、国際社会の考え方が広がっていった</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1703">国際社会について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>ルネサンスについて</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/917</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/917#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2013 09:28:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[アルコール]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[近世・近代ヨーロッパ史初期]]></category>
		<category><![CDATA[カトリック]]></category>
		<category><![CDATA[ヒューマニズム]]></category>
		<category><![CDATA[マキァヴェリ]]></category>
		<category><![CDATA[メディチ家]]></category>
		<category><![CDATA[ルネサンス]]></category>
		<category><![CDATA[ローマ教皇]]></category>
		<category><![CDATA[人文主義]]></category>
		<category><![CDATA[君主論]]></category>

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		<description><![CDATA[ルネサンスについて考えてみます &#160; &#160; ・ルネサンスについて &#160; &#160; 　・中世末期の西ヨーロッパでは都市が発展した 　　→ここから、中世の文化を引き継ぎつつ、人間性の自由や解放を求 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/917">ルネサンスについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>ルネサンスについて考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ルネサンスについて</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中世末期の西ヨーロッパでは都市が発展した</p>
<p>　　→ここから、中世の文化を引き継ぎつつ、人間性の自由や解放を求め、</p>
<p>　　　個人の個性をしようとする文化運動が出てきた</p>
<p>　　　＝この運動のことをルネサンス（「再生」の意味）</p>
<p>　　　　※ルネサンスは、１４～１６世紀にわたってヨーロッパ各地にひろまっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・中世はカトリック教会の権威が中心の文化だった</p>
<p>　　→ルネサンスでは、現世に生きる楽しみ、理性、感情の活動がより重視された</p>
<p>　　　＝この活動を支えたのが、ヒューマニズム（人文主義）の考え方だった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※人文主義の立場を取る知識人（ヒューマニスト）は、</p>
<p>　　　ギリシアやローマの古典文化を深く研究した</p>
<p>　　　→この研究によって、人間らしい生き方を追求しようとした</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　※フィレンツェのマキァヴェリという人は「君主論」を書いて、政治を宗教、道徳から</p>
<p>　　　切り離すという近代的な政治観を提唱した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ルネサンスは、以下のようなところで展開していった</p>
<p>　　→・地中海貿易の盛んなイタリア　　</p>
<p>　　　・南北ヨーロッパ商業の中継地として毛織物工業が成長したネーデルラント　　など</p>
<p>　　　　※しかし、結果的には他の国にも広がっていった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・ルネサンスの学者や芸術家は、都市に住む教養人だった</p>
<p>　　※その多くは、権力者の保護のもとで活動していた</p>
<p>　　　→例として、以下のようなルネサンスの保護と活動がある</p>
<p>　　　　・イタリア・・・フィレンツェの金融財閥メディチ家やミラノ公、ローマ教皇など</p>
<p>　　　　・イギリス、フランス、スペイン・・・国王の保護のもとに文化が栄えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　＝ルネサンスは、以上のような流れと特徴があったため、貴族的性格をおびていた</p>
<p>　　　→そのため、既存の政治、教会、社会体制を正面から批判する力にはならなかった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・ルネサンスの概要と、ルネサンスの流れについておさえる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このあたりが今回のポイントです　</p>
<p>&nbsp;</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/917">ルネサンスについて</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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		<item>
		<title>モンゴル時代のユーラシアとモンゴル帝国の解体について</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/810</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/810#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Oct 2013 14:02:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[天然パーマ]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[内陸アジア史]]></category>
		<category><![CDATA[イスラム教]]></category>
		<category><![CDATA[イル＝ハン国]]></category>
		<category><![CDATA[キプチャク＝ハン国]]></category>
		<category><![CDATA[チャガタイ＝ハン国]]></category>
		<category><![CDATA[パスパ文字]]></category>
		<category><![CDATA[マルコ＝ポーロ]]></category>
		<category><![CDATA[モスクワ大公国]]></category>
		<category><![CDATA[モンゴル]]></category>
		<category><![CDATA[ルイ9世]]></category>
		<category><![CDATA[ローマ教皇]]></category>

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		<description><![CDATA[モンゴル時代のユーラシアとモンゴル帝国の解体について考えてみます &#160; &#160; ・モンゴル時代のヨーロッパとの交流の様子について &#160; &#160; 　・モンゴル帝国が出来たことで、東西の交通網が整 [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/810">モンゴル時代のユーラシアとモンゴル帝国の解体について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p>モンゴル時代のユーラシアとモンゴル帝国の解体について考えてみます</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・モンゴル時代のヨーロッパとの交流の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・モンゴル帝国が出来たことで、東西の交通網が整備されたことがあり、</p>
<p>　　東西の文化の交流が盛んになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時、西ヨーロッパは、イスラーム地域を占領したモンゴル帝国に関心を持っていた</p>
<p>　　→そのため、西ヨーロッパの人達は、以下のような動きをおこした</p>
<p>　　　・ローマ教皇・・プラノ＝カルピエという人を使節としてモンゴル高原に送った</p>
<p>　　　・フランスの王であったルイ９世・・ルブルックという人を使節として</p>
<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　モンゴル高原に送った</p>
<p>　　　　※イタリアの商人だったマルコポーロという人は、大都に来て元につかえ、</p>
<p>　　　　　その様子をまとめた「世界の記述」（「東方見聞録」）という作品を書いた</p>
<p>　　　</p>
<p>　</p>
<p>　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・当時の宗教と文化の様子について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・モンゴル帝国は、一時期イスラーム教を圧迫するということが起きた</p>
<p>　　→その後、キプチャク＝ハン国が、さらにその後イル＝ハン国が、</p>
<p>　　　イスラーム教を保護するようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時、元に来た色目人にイスラーム教徒が多かった</p>
<p>　　→そのため、中国にもイスラーム教が広がっていった</p>
<p>　　　※イスラームの天文学を取り入れて、郭守敬という人が作った授時暦というのは、</p>
<p>　　　　後に日本にも取り入れられた</p>
<p>　　　　＝授時暦は、江戸時代の貞享暦を指す</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・元からイル＝ハン国に中国絵画が伝えられた</p>
<p>　　→この中国絵画が、イランで発達した細密画（ミニチュアール）というのに</p>
<p>　　　大きな影響を与えた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・イル＝ハン国は、初期にネストリウス派という派閥のキリスト教を保護していた</p>
<p>　　※イル＝ハン国は、このキリスト教をヨーロッパのキリスト教諸国や</p>
<p>　　　ローマ教皇庁と使節を交換した</p>
<p>　　　＝この交換がきっかけになって、１３世紀の末にモンテ＝コルヴィノという人が派遣され、</p>
<p>　　　　大都の大司教になった</p>
<p>　　　　→この動きによって、初めて中国でカトリックが布教された</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・モンゴル支配下の地域では、漢語、チベット語、トルコ語、ペルシア語、ロシア語、</p>
<p>　　ラテン語など、様々な言語が使われていた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・当時は、モンゴル語を表記するパスパ文字という文字もあった</p>
<p>　　※パスパ文字は、フビライの師匠だったチベット仏教の教主であるパスパという人が</p>
<p>　　　作ったものだった</p>
<p>　　　＝しかし、結果的にパスパ文字は廃れ、ウイグル文字でモンゴル語で表記することが</p>
<p>　　　　普通になった　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・モンゴル帝国の解体について</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・１４世紀に入ると、以下の大きな２つのことが起きた</p>
<p>　　→・ユーラシア全域で天災が続いた</p>
<p>　　　・モンゴル支配下の各地で、内紛によって政権が揺らぎ始めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　・この時期に、以下のような様々な争いと動きが見られるようになった</p>
<p>　　→・チャガタイ＝ハン国では、分裂争いの中から、ティムールというところが出てきた</p>
<p>　　　　※この動きは、イル＝ハン国の支配していたイラン・イラクにまでいたる広大な地域に</p>
<p>　　　　　領土を広げていった</p>
<p>　　　・キプチャク＝ハン国では、１４世紀なかばころから内紛によって</p>
<p>　　　　政権のつながりが緩んできた</p>
<p>　　　　※この時に、モスクワ大公国が段々と勢力を伸ばしていった</p>
<p>　　　・中国では、放漫な財政や内紛などの影響で、元の統治が揺らぎ始めた</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　※さらに、この時期は交鈔の大量発行や専売制度の強化による飢饉などによって、</p>
<p>　　民衆が苦しめられていた</p>
<p>　　→そのため、紅巾の乱などを始めとして各地で反乱が起きるようになった</p>
<p>　　　＝結果的に、１３６８年に元は明軍に大都を奪われて、</p>
<p>　　　　モンゴル高原に退くことになってしまった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ポイント</p>
<p>・モンゴル時代のヨーロッパとの交流の様子についておさえる</p>
<p>・当時の宗教と文化の様子についておさえる</p>
<p>・モンゴル帝国の解体についておさえる</p>
<p>　</p>
<p>このあたりが今回のポイントです</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/810">モンゴル時代のユーラシアとモンゴル帝国の解体について</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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