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	<title>アラエス &#187; 上からの改革</title>
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	<item>
		<title>「有機的国家論」―納税は「義務」という考え方</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2356</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2356#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 03 Jan 2014 03:54:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ルーブル]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界史全般]]></category>
		<category><![CDATA[アドルフ・ワーグナー]]></category>
		<category><![CDATA[ナポレオン]]></category>
		<category><![CDATA[ヘーゲル]]></category>
		<category><![CDATA[ロレンツ・フォン・シュタイン]]></category>
		<category><![CDATA[上からの改革]]></category>
		<category><![CDATA[法の哲学]]></category>

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		<description><![CDATA[  以前は「原子論的・機械論的国家論」についてまとめました。↓↓↓ &#160;  「原子論的・機械論的国家論」―納税は「権利」という考え方 &#160; これと対照的な国家論が「有機的国家論」です。これについて、簡単な [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2356">「有機的国家論」―納税は「義務」という考え方</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p align="center"> </p>
<p>以前は「原子論的・機械論的国家論」についてまとめました。↓↓↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p> <a href="http://ahlaes.com/post/2348">「原子論的・機械論的国家論」―納税は「権利」という考え方</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これと対照的な国家論が「有機的国家論」です。これについて、簡単な復習を踏まえながら進めていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・税金を納めることは「権利」なのか、「義務」なのか</p>
<p>「権利」という認識の国：イギリス</p>
<p>⇒国家による生命と財産の保護に対する対価。「原子論的・機械論的国家観」</p>
<p>「義務」という認識の国：ドイツ(19C)</p>
<p>⇒国家こそが社会秩序の形成者である、という考え方。「有機的国家観」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>○個人と国家は運命共同体</p>
<p>・「有機的国家観」が出てきた背景</p>
<p>⇒ドイツが後進国だったことが挙げられる。イギリスの「原子論的・機械論的国家観」というのは、豊かな経済基盤に支えられた市民社会が十分に成長していたからこそ出てきた考え方であった。他方の19Cドイツは、封建勢力が強固で、イギリスほど成熟していなかった。しかも、無数の領邦国家が分立して統一国家の体裁をなしておらず、ナポレオンの侵攻にもなすすべなく敗退する状態であった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆こうした社会情勢の中で、イギリスやフランスといった先進国家に対抗するためには、国家がイギリスとは異なる役割が必要だったのです。つまり、先進国家に追いつくために、国家が社会の形成者となる必要があったのです。重要な考え方で言えば「上からの改革」です。これは先進国に追いつけ追い越せをやっていた日本も似たようなあり方です。日本は未だにこのあり方を引きずっている感はありますが・・・上からの改革、下からの改革については↓↓↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p> <a href="http://ahlaes.com/post/556">近代化の2つのパターン</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆若干話が逸れました。要は、ドイツ的国家論では、全体利益あってこその私的利益であり、全体が損なえば個人も損なうという、運命共同体と捉えられていたということです。こうした「有機的国家論」は、ドイツ的な租税理論や納税を「義務」とみなす倫理観に大きな影響を与えました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>では、こうした国家観を構築したのは誰なのでしょうか。ヘーゲルです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・『法の哲学』</p>
<p>ヘーゲルは、社会の成り立ちを「家族」「市民社会」「国家」という3項関係から説明しました。以下、主著『法の哲学』にそって、その概略を見ていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・家族から市民社会への移行</p>
<p>まず、ヘーゲルによれば、「家族」は最も自然的な社会単位であり、最小単位だという。家族に属するものはまだ独立した一個人ではなく、あくまで家族の構成員。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、子供はいつまでも家族の中にとどまっているわけではなく、そのうち自立する。この自立した個人は、今まで家族と生活することで得られていた生活の糧を、自立によって外部から調達せざるを得なくなる。</p>
<p>⇒市場を通じた交換社会の成員となることで、自らの生存を確保するようになる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆これが家族から市民社会への移行です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・市民社会の3つの契機</p>
<p>市民社会には相互依存性という特徴があるという</p>
<p>⇒分業が進み、誰もが自分の生活のすべてを自分のみでは面倒見きれないということ。</p>
<p>分業については↓↓↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1476"> 社会的分業と市場の成立</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ヘーゲルによれば、この市民社会には3つの契機があるといいます。以下、下記諸富参考文献、62-63頁。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>①個々人の労働によって、また他のすべての人々の労働と欲求の満足によって、欲求を媒介し、個々人を満足させること―欲求の体系。</p>
<p>②この体系に含まれている自由という普遍的なものの現実性、すなわち所有を司法活動によって保護すること</p>
<p>③右の両体系の中に残存している偶然性に対してあらかじめ配慮すること、そして福祉行政と職業団体によって、特殊的利益を一つの共同的なものとして配慮し管理すること。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ピンときませんよね。もう少し簡単に言うと・・・</p>
<p>①は各市民がお互いに依存しあいながらも、自身の欲求を満たそうとする社会のメカニズムのこと。=市民社会の原理</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかしこの①の欲求の体系は、②で言われているように、市民が自分の欲求を自由に表明し、行動できることが保護されている限りにおいて初めて機能するということ。</p>
<p>=<b>市民社会は国家なくして機能しない</b>ということ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※このあたりは「法の支配」などとも関係してきます。法によって経済的自由権が認められて初めて経済は発展するということ。↓↓↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/1991" class="broken_link">近代法：英米法と大陸法</a></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2068" class="broken_link">近代経済の性質―アダム・スミスを軸に</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>③は要するに「格差」のことを言っています。自由な経済活動の結果として生じる格差を、「福祉行政」と「職業団体」を通じて是正し、調整することを国家の役割として与えた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆☆☆☆☆</p>
<p>こうしてヘーゲルは、欲求の体系としての市民社会という論理から、国家はなくてはならないという必然性を導き出しました。これはロックらに代表される社会契約論から導き出される国家像とは決定的に異なります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>納税が義務という部分に答えきれていない感じですが、これについてはヘーゲルの考え方を踏襲・昇華させた学者、ロレンツ・フォン・シュタインとアドルフ・ワーグナーの議論を見るともう少し見えてきます。これについては改めて。</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2356">「有機的国家論」―納税は「義務」という考え方</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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	</item>
		<item>
		<title>ホッブズとロックの国家論―租税という切り口から</title>
		<link>http://ahlaes.com/post/2347</link>
		<comments>http://ahlaes.com/post/2347#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 26 Dec 2013 04:19:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ルーブル]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[世界史全般]]></category>
		<category><![CDATA[リヴァイアサン]]></category>
		<category><![CDATA[上からの改革]]></category>
		<category><![CDATA[下からの改革]]></category>
		<category><![CDATA[王権神授説]]></category>
		<category><![CDATA[自発的納税倫理]]></category>

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		<description><![CDATA[  以前にまとめたものと重複する部分もありますが、重要なところなので改めて書いておきます。関連記事↓↓↓  社会契約説―ホッブズ 社会契約説―ロック &#160; &#160; ・租税とは何か ⇒その有力な答えは、ホッブ [&#8230;]<p><a href="http://ahlaes.com/post/2347">ホッブズとロックの国家論―租税という切り口から</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
<p align="center"> </p>
<p>以前にまとめたものと重複する部分もありますが、重要なところなので改めて書いておきます。関連記事↓↓↓</p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2309" class="broken_link"> 社会契約説―ホッブズ</a></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2335" class="broken_link">社会契約説―ロック</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・租税とは何か</p>
<p>⇒その有力な答えは、ホッブズとロックによって与えられた。「国家が市民に提供する生命と財産の保護、この2つへの対価としての租税」という考え方。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これは今でいえば当たり前と思われるかもしれませんが、当時は革命的な考え方でした。</p>
<p>こうした彼らの思想の意義は、「国家の担い手」像の転換にありました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>国家の担い手：神ではなく、神によって権限を与えられた王(王権神授説)でもなく、市民である</p>
<p>⇒「生命と財産の保護」は、<span style="text-decoration: underline">上からの恩恵</span>として与えられるのではなく、市民が自ら(<span style="text-decoration: underline">下から</span>)勝ち取ったもの</p>
<p>※この「上から」と「下から」という考え方はかなり重要で色々応用がきくので、覚えておいたほうがよいかと思います。これについては↓↓↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/556"> 近代化の2つのパターン―「上からの道」と「下からの道」という視点―</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>つまり、国家に生命と財産の保護という機能を持たせるために、それに必要な経費を<span style="text-decoration: underline">自発的に</span>拠出するということ。</p>
<p>⇒封建時代の領邦国家などにおける、税はとられるものという受け身の納税倫理から、自発的納税倫理への転換が起きた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆こうしてホッブズとロックは社会契約論に基づく国家論を樹立し、同時に近代国家における租税に正当性を付与した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それでは、ホッブズとロックの社会契約説を復習しながら、それぞれの国家論について見ていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ホッブズの国家論</p>
<p>…国家は人間自身によって製作される人工物であることを強調。その上で国家(コモンウェルス)をつくっている自然人たる人間とは何かを考えた。</p>
<p>⇒人間は自然権をもち、「自然状態」とした。詳しくは↓↓↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p> <a href="http://ahlaes.com/post/2309" class="broken_link">社会契約説―ホッブズ</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そこで「自然状態」を解消するために出てくるのが「強制権力」(リヴァイアサン)</p>
<p>⇒国家の絶対権力を強調する以上、市民の革命権や抵抗権といった考え方は出てこない</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※こうしてみると、ホッブズが絶対王政を正当化したと言われるのも不思議ではないのですが、彼が生きた時代を考えると、当時は市民革命の渦中であり、どうしたらこの動乱がおさまるかを必死に考え抜いた結果として“仕方なく”絶対王政を正当化したという側面があるということも見逃せません。“絶対王政最高！”というようなポジティブな感覚ではなかったというのは案外重要だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ロックの国家論</p>
<p>…国家の根拠はホッブズと似ている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>簡単にみると・・・</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「自然法」の存在を主張→しかし、共通権力が存在しない自然状態ではこの自然法を維持する主体が存在しない→各人がそれぞれの自然法を行使→「戦争状態」と変わらない→その解決策は、社会成員の一人ひとりがこの自然の権力を放棄し、それを共同体の手に委ね、1個の政治体を結成することに同意すること、という主張。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ホッブズとの違い：「労働による私有財産の獲得」という論理を組み込んだこと</p>
<p>⇒国家の役割はホッブズのように生命の保存だけではなく、労働によって獲得された私有財産の保全も含むようになった</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>更にロックは、市民の「革命権」と「抵抗権」についても言及</p>
<p>⇒もし国家が生命と財産の保全という基本原則を破るようなら、市民は国家を取り替えることができると主張</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ロックについては以下も↓↓↓</p>
<p>&nbsp;</p>
<p> <a href="http://ahlaes.com/post/2335" class="broken_link">社会契約説―ロック</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>☆☆☆</p>
<p>ここまで、もっぱら国家に焦点を当ててきましたが、ホッブズとロックの議論の画期的な意義は、「個人の析出」にありました。これが「原子論的・機械論的国家論」につながるのですが、これについては19Cドイツの「有機的国家論」との比較で改めて書きます。この2つは先に触れたように「下からの改革」と「上からの改革」を理解しておくとより深まるかと思います。</p></p>
<p><a href="http://ahlaes.com/post/2347">ホッブズとロックの国家論―租税という切り口から</a> from: <a href="http://ahlaes.com">アラエス</a></p>
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